第36話 依頼完了

 フロアには、たくさんの料理が並べられている。

 城で働く人たちも加わり多くの人が集まった。


 クルムがフロアの中心でグラスを片手に話し出す。


「本日はお集まり頂きありがとうございます。悪しき者からこの国を救った英雄達を讃えて、簡単では御座いますが食事会を開きました。皆さまグラスをお持ち下さい」


 クルムはグラスを掲げた。


「英雄達に乾杯」


「乾杯!!」

 皆がグラスを掲げ、喜びの声を上げた。


 ミレーラは兄テオドルと一緒に、エルトンやコーデリアと笑顔で談笑している。


 そんなミレーラのもとには次々と話し相手が訪れた。


 ヒュームにオレク、騎士団長に侍女。


 ……だが、その中にロジェの姿は無かった。


 手に持つグラスには、時折、寂しげな笑顔のミレーラが写り込んでいた。



 数刻前


 クルムがコーデリアを部屋に送り届けた後、一人の男に声を掛けられた。


「伯爵」


 クルムが振り返るとロジェが立っていた。

「ロジェ殿、どうかなされたか?」


「伯爵……俺はこれで失礼するよ」


 クルムは困惑した表情を見せる。


「食事会を開くのに、主役の君が不在というのは、賛成しかねることだが……」


 ロジェは気まずそうな顔をしている。


「……あまり注目されるのは得意じゃないんだ……」

 なんとも歯切れの悪い言い方だった。


「…………」

 クルムは黙って聞いている。


「……それに、ギルドに報告をしないといけないので……」

 ロジェの態度は益々、胡散臭うさんくさく、裏があるように見えた。


「……嘘の付けない男だな……まぁ良い。娘の恩人の願いを聞かないわけにもいかないだろう……分かった」

 クルムはロジェの状況を何となく察した。


「……だが、ロジェ殿。貴公へは後日、改めて御礼をさせて貰いたい。もちろん内密にな……それなら良かろう?」


「……ああ、ありがとう。その時は喜んで来させて頂くよ」


「……娘を……この国を救ってくれてありがとう……」

 クルムは深々と頭を下げた。


 ロジェが慌ててクルムに近寄る。

「止めてくれ。伯爵がそこまでしなくても……」


「これは一人の親としての礼だ。また会おう」


 そう言うと手を差し出す。


「そうか……」


 ロジェは笑顔でクルムと握手を交わした。


 歩き出すロジェの背中を目で追うクルム。

(人目を嫌うのは、彼の使う剣技のせいか……何にせよ、不器用な男だ……『ボッチ』とは……よく言ったものだな……)



 ギルド


 一人の男が扉を開け入ってくる。


「ジェマさん、報告に来たよ」

 その疲れた顔の男は中央カウンターの女性に声を掛けた。


「あら、ロジェ。一人? ……ミレーラさんは?」

 ジェマは一人でいるロジェを不思議そうに見つめた。


「兄さんと一緒にいるよ。行方不明だった兄さんが見つかったんだ」


「え!? そうなの、良かったじゃない」

 バンバンとロジェの肩を叩くジェマ。


「ああ……」


「それじゃ、報告って……」


「依頼完了の報告だ」

 ロジェは、相変わらず浮かない顔をしている。


「一人で……?」


「…………」


 ロジェに元気が無い理由が、疲れだけでは無いことに気付くジェマ。


「そう……分かったわ」


 ジェマは後ろの戸棚から書類を取り出した。


「じゃあ、ここにサインを頂戴」


 スラスラと名前を書くロジェ。


「あとは依頼者であるミレーラさんのサインを貰えばお終いね」


「……そうだな」

 書き終えた書類をジェマに渡すとロジェは立ち上がる。


「もう帰るの? ……まあ良いわ、今度詳しく話しなさいよ」


 ロジェは黙ってうなずくとギルドを後にした。


がらにも無く、センチメンタルね」

 ロジェの後ろ姿を見送るジェマは、小さく呟いた。



 三日後の朝


 ミレーラは自分の家に戻っていた。

 兄のテオドルは、クライン城で療養も兼ねて、今回の事件の後始末をしている。


 一人で朝食を取るミレーラは、ロジェとの毎朝のやり取りを懐かしく思い、時折ボーっとしてロジェの幻影を追っていた。


 朝食を取り終えたミレーラは、ギルドに向かった。


 ギルドに入り、ロジェの姿を探すが、見つけることは出来なかった。


 中央カウンターのジェマに声を掛ける。

「ジェマさん、おはようございます」


「おはよう、ミレーラさん」


「依頼完了の報告にきました。兄が無事に見つかり、本当にありがとうございました」


「……本当に良かった……」


 ジェマがミレーラを抱きしめると、ミレーラは目に涙を浮かべた。


「はい、本当に良かったです……」



 ミレーラが書類にサインし、料金を支払う。


「それではこれで依頼は完了になります。ありがとうございました」


 ジェマが深々と頭を下げた。


「こちらこそ、ありがとうございました……」

 ミレーラも深々と頭を下げた。


「それで……あの、ロジェ……知りませんか?」

 ミレーラは恥ずかしそうにジェマに訪ねる。


「……ロジェ?」


「はい……最後のお礼が言えて無くて……」


「え!? あいつ……何も言わないで帰って来たの?」


「……はい……」

 寂しげな表情のミレーラを見て、ジェマの怒りが湧いてくる。


「あのバカ……」

 ジェマのまぶたがピクピクと動く。


「そうだ!! ミレーラさん、これから時間ある?」

 勢いよく手を叩くジェマ。


「はい?」


「バタバタしていたから、ロジェに西門の通行証を返して貰ってないのよ」


「あの【紫花採取依頼】の時の……」


「回収期限が過ぎているから、本来なら直ぐにでも返してもらわないといけないの……私は忙しくて行けそうもないから、ミレーラさんにお願いできないかしら」

 ジェマは、わざとらしいほど、困った態度を見せた。


「ええ、もちろん良いですよ。もともとは私の依頼でしたから」

 ミレーラは笑顔で快諾した。


「そう言ってくれると助かるわ……でも、あいつ何処に行ったのかしら……」


 ミレーラを見つけたミルトが近寄ってくる。


「ミレーラさん、お兄さんが見つかったみたいですね!! おめでとうございますぅ」

 ミルトは明るく元気な声で話しかける。


「ありがとうございます」


「それに兄もご迷惑をおかけしたみたいでぇ」


「ミルトさんのお兄様?」

 ミレーラは誰か分からずに少々戸惑った。


「はい、光聖教会のエルトンが、私の兄さんです」


「え!? エルトン様の妹さんだったのですか」


「はい。まー兄さんは真面目過ぎて口煩くちうるさいから、一緒には住んでませんけど……」


「ねぇミルト……ロジェが何処に行ったか分かる?」

 ジェマが眉をひそめ、ミルトに声を掛ける。


「ロジェさんですか……分かりませんねぇ……」

 あごに手を当て、考えるミルト。


「あっ、そういえば、昨日、兄から連絡があって、今日、お城にロジェさんが行くみたいな事を話してましたよぉ」


 その言葉でミレーラの表情が明るくなる。


「お城ですか……ありがとうございます。では、私、お城に行って来ます」

 ミレーラはジェマとミルトに手を振ると出口へと向かう。


「ジェマさん……西門の通行証に返却期限なんてありましたっけ……」


「そんな事は良いのよ。さぁ仕事、仕事」

 ミルトの質問に目が泳いだジェマだったが、ミルトの背中を押し仕事を急かした。


「はぁーい」

 ミルトが気の無い返事をして仕事を始める。


(ミレーラさん、頑張るのよ)

 ジェマはいつもより優しい目で、ミレーラの後ろ姿を見送った。

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