第35話 悪夢の後

 月明りの下、ロジェはミレーラのそばに急いだ。


 倒れるミレーラを抱きかかえるロジェ。

「ミレーラ、ミレーラ」

 懸命に呼ぶロジェだったが、ミレーラの意識は戻らない。


 ……また、魔力を生命エネルギーで補ったのか……だが、これは……


 ロジェの心全眼には、ミレーラの中心で輝く光が徐々に小さく、弱々しくなっていくのが見えた。


「…………」

 ロジェはミレーラの胸に手を置くと、自身の全身を巡る魔力をミレーラに注ぎ込む。

 ロジェの手溢れる光がミレーラの体を包む。


 弱々しかったミレーラの中心の光が大きく、力強くなっていく。

 中心の光りが全身を巡るとミレーラがゆっくりと目を覚ました。


 ミレーラは自身の胸に置かれたロジェの手を握る

「ロジェ……ありがとう……あなたの温かい心が伝わって来ます」


「ミレーラ……良かった……」

 ロジェはミレーラを優しく抱きしめた。


 月明りに照らされる二人。

 樹々のざわめきさえも騒がしく感じるほど、辺りは静寂に包まれていた。


 意識がはっきりしてきたミレーラが、自身の置かれた状況を理解する。

(はっ!! 今……抱きしめられている……嬉しいけど……)


 ミレーラは顔を真っ赤にしながら、恥ずかしさを必死に隠している。

「ロジェ……あの……もう、大丈夫です」


 その言葉に我に返ったロジェが、ミレーラから慌てて距離を置く。


「……すまない……つい……」

 ロジェもまた、顔を真っ赤にしていた。



「……コーデリア様を見てきます」

 ミレーラは立ち上がるとコーデリアに向かって走っていく。


 ロジェも立ち上がり恥ずかしそうに頭を掻くと、コーデリアに向かい歩き出す。


 ん!?……

 ロジェは違和感に気づく。

 自身の体の中を巡っていた魔力が消え、見える世界もいつも通りに戻っていた。


 真紅の目ように輝ていた瞳も消えている。


 あの力は、一体……


 ミレーラが大声でロジェを呼ぶ。

「ロジェ!! コーデリア様も無事です」


 ミレーラの隣で、目を開けたコーデリアがロジェに小さく手を振っていた。


「冒険者のロジェ様ですね……あの悪魔から、みんなを助けてくれて……ありがとうございます」


 ロジェはこの声に聞き覚えがあった。

 ……俺を暗闇から起こしてくれた……あの声だ……


「コーデリアさん、もしかしてあなたは……俺を」


 コーデリアは小さくうなずいた。


「あの時、私の意志……魔力が、ロジェ様を感じました……ありがとうございます。私の願いを聞いてくれて……」


「いや、俺の方こそ、君の声が俺を救ってくれたよ……」


「…………本当にあなたは、私の大好きな本の主人公……『愚か者のロジェ』みたいですわ」

 そういうとコーデリアは微笑んだ。


 その言葉にロジェは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、小さく頷く。


 肩をおさえ、たどたどしい足取りのヒュームが声を掛ける。

「お前達、無事だったか……」


「ああ、何とか無事だ……皆で城に戻ろう」


 ロジェはコーデリアを背負うと歩きだした。


 森を出た四人を数名の騎士団が見つける。


「ヒューム殿、生きて戻られたのですね。……そちらは!? コーデリア様!!」


 静かに頷くヒューム。

「……コーデリア様は無事です」


 騎士の一人が四人を馬車へと誘導した。 

「皆さん、こちらの馬車にお乗りください」


 四人が乗る馬車はゆっくりとクルムの待つ城へと向かって行った。


 ロジェは、長い一日の終わりに安堵あんどしていた。


 横に座るミレーラに視線が止まるロジェ。

 ……これで、ミレーラの依頼も完了だな……

 ふと胸に、言いようのない寂しさがよぎっていく。


 ミレーラもロジェの視線に気が付く。

「全員、無事に戻って来れましたね」


「ああ、そうだな」

 ロジェはそう答えるとなんとも寂しそうな笑みを浮かべていた。

 ……もうすぐ……お別れだな……



 クライン城


 エントランスでクルムが一同を迎えた。


 クルムは、コーデリアを抱きしめると膝を落とし涙を流した。

「コーデリア……無事だったのだな……」

「お父様……」


 ミレーラは、そんな二人を見て涙ぐんでいる。

「ミレーラ!!」


 自身を呼ぶ懐かしい声にミレーラが振り返る。


 そこには、杖を突きながら、ゆっくりと近づいてくるテオドルの姿があった。

 かたわらには、意識不明だったエルトンとオレクの姿も見える。


 涙を溜めたミレーラがテオドルに抱きつく。

「兄さん……意識が戻ったのね」


 テオドルは泣いているミレーラの頭に手を置く。

「心配掛けたな……」


 ミレーラはさらに強くテオドルを抱きしめた。

「良かった……兄さんが、戻って来てくれて……」


「……ああ……ただいま」

「お帰りなさい……」

 ミレーラは優しく微笑んだ。


 オレクがロジェに話しかける。

「あれを倒したのか、若いの」


「何とかな……」


「大した者だな、『ボッチ』のロジェ」

「ふっ」

 ロジェは、やれやれとばかりに鼻で笑った。


 そんなロジェをエルトンが軽く小突く。

「貴様には、また助けられたな……」


 ロジェもエルトンを小突き返す。

「お前も生きていて良かったな……。お前の妹に怒られずに済みそうだ」


「はっはっはっ、そうだな」


 ロジェとエルトンは握手を交わした。


「皆さん、話したいこともたくさんあるでしょう。ですが、彼らは今戻ったばかり……今夜は夕食会を開きますので、一旦お開きにしましょう」


 クルムが告げると、使いの者達がそれぞれを部屋に案内した。


 しばしの休息が訪れた……。

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