第30話 急転

 黒装束の老翁ろうやと、タトゥーが入った男はロジェに近づく。


「ミレーラを監視していた爺さんか……」


「ほっほっほ、それは少し違うぞ、『ボッチ』のロジェや」


「色々と調べてあるみたいだな……あんたら何者だ……」

 目の前にいるはずの二人から、気配がほとんど感じられなかった。


 タトゥーの男が話し出す。


「我々はクルム伯爵からの要請で、スピカ国より参った。そちらの黒装束の男はオレク。私は結界師、ヒュームだ」


「ほっほっほ、よろしくな、若いの」


「テオドル殿がコーデリア嬢を、命を掛けて元に戻した次の日、我々はこちらに到着した……」




 クライン城 謁見えっけんの間


 クルムの前に冒険者ガランが立っている。


「伯爵、わざわざ来てやったぞ。……昨夜のこと、説明してくれ」


「ガラン殿……あの化物は娘……コーデリアなのだ。彼女の中の魔の力が暴走し、あれに姿を変えた……」


「まぁーそんなこったろうとは思ったさぁ……で、どうする。殺すのか?」


「……」

 険しい表情のクルムはガランの質問に黙っている。


 その時、執事が謁見の間に入って来た。

「失礼いたします。クルム伯爵、スピカ国より使者が参っております」


「スピカ国から……通してくれ」


 黒装束の男と全身にタトゥーが入った男が謁見の間に入って来た。


「クルム伯爵、貴殿の要請により、スピカ国より参りました。ヒュームと申します」


 黒装束の男も頭を下げている。

「オレクと申します」


「遠い所を来てくれたか……」


 ヒュームがガランを見る、

「……ところで、そちらのお方は?」


「俺は冒険者のガラン、剛腕のガランだ。がぁっはっはっは」


 ヒュームはガランを無視してクルムに話しかける

「……お嬢様の件ですが……」


「今回のご令嬢の件、機密事項きみつじこうとして頂きたい」


 唐突にヒュームが申し出る。


 クルムは困惑した表情したまま口を開いた。

「……多くの騎士や関係者から怪我人だけでなく死人も出ている……」


尚更なおさらです。この情報が漏れれば、ご令嬢は危険な化物として、処分しなければなりません」

 ヒュームはクルムに近寄ってい行く。


 目を伏せたクルムが悔しそうにつぶやく。

「……たみのため、その覚悟はある……」


 クルムの眼前で、静かにジッと睨むヒューム。

「……救える可能性が、まだあるのに?」



 目を逸らすクルムが、悲しみに溢れた声を漏らした。

「……それは……だが、もう時間が……」


 クルムの肩を掴み、鬼気迫る表情のヒューム。 

「魔力を奪う剣……デーモンブレイド。この剣を一刻も早く見つけて下さい」


「しかし、見つかるまでにまた、コーデリアが暴走してしまったら……」

「伯爵、私は結界師です。出来る限り時間を稼ぎましょう……」


「なぜ、そこまで……」


「私は助けられる者は、最後まで諦めずに助ける性分なのです。ましてや子供は……絶対に殺させない」

 ヒュームの目は鋭く、恐ろしさを感じる程、冷たく見えた。


「……分かった。ありがとう」

 クルムはヒュームの手を握った。



「それと、テオドル殿の代わりを見つけましょう。限られた者にしか聖なる力は使えません」


「そうなのか……」


「……おそらく、化物は聖なる力を持つ者を排除するために動くでしょう。候補者には、見つかり次第しだい、護衛が必要です」


「……分かった。よろしく頼む」


「それでは、我々は準備に入りますので、失礼致します」


 二人はクルムに一礼すると部屋を出て行こうと、ドアに歩き出す。


「おい、待て。無視されるのは、良い気分じゃないねぇ」


 黙って聞いていたガランが、ヒュームの肩を掴む。


「……離せ」


 その場に緊張が走る。


「待ってくれ、ガラン殿」


 焦ったクルムが二人の仲裁に入った。


「ちっ……」


 ガランは渋々しぶしぶ手を放す。


 ガランは二人に視線を向ける、

「……あんたら、相当強いな……戦ったら面白そうだ」


「その必要はない……お前と戦う理由が無いからな」

 ガランには、目もくれずにスタスタと歩く二人。 


 ヒュームとオラクは部屋を後にした。


「なんだ……拍子抜けだ。さて、俺も帰るか」 


 ガランは退屈そうな顔をすると、部屋の出入口に向かう。


 クルムは遠ざかるガランに叫ぶ。 

「ガラン殿、この事は他言無用たごんむようだ」


 後ろ向きのまま、頭上で手を振るガラン。

「わぁってるよ。あんな小さい嬢ちゃんが殺されたら、寝覚めが悪くて仕方ねぇ」


「そうか……すまない。……そうだ、ガラン殿、お主に西門の警備をお願いしたいのだが……」


「西門の警備?」


 立ち止まるガランが振り向いてクルムを睨んだ。 


「昨夜の互角の戦い。今後、娘が暴走した時に、あれを止めてもらいたい。これからギルドに依頼を出すから、引き受けて貰えないか?」


「うーん……良いだろう。その代わり、金はタンマリ貰うからな。がっはっはっは」


 クルムの申し出にガランは豪快に笑った。




 現在 謁見の間


 ロジェは腕を組み聞いていた。

「……じゃ、爺さんは、ミレーラを監視していたわけでは無く、守っていたのか?」


「そうじゃ、まさか護衛が付くとは思わんかったがな、ほっほっほっ」

 オレクは顎に手をあて笑っている。


「……」

 ピンチのミレーラを救ったのは、そういう事だったわけか……



 クルムはロジェ近寄ると、深々と頭を下げた。

「娘のためとはいえ、ロジェ殿とミレーラさんには真実を隠していた。伯爵邸での説明。憲兵の報告書。全て私のしたこと。申し訳無かった」


 腑に落ちない表情のロジェ。

「……テオドルさんを乗せた馬車の男が、森でゴブリンにさらわれた件は……」



「我々が魔窟の森に入った時、あの男は馬車に1人で待っていたが、戻った時には消えていた。ゴブリンに襲われていたとは、その時は分からなかった……」



 ゴブリンの件とは全くの無関係だった……

 ……そして、真相を聞いたエルトンも協力した……


 ロジェの中の疑惑が少しずつ晴れて行った。



 ヒュームは考え込んでいるロジェの剣を、まじまじと見ていた。


「ロジェ殿……あなたの剣、何処どこでそれを……」


 ロジェは剣をヒュームに見せる。

「ん? これか、良く分からない神殿で見つけたのを、そのまま持って来てしまった」


「まさか……伯爵!! これが探していたデーモンブレイドです!!」


「何だと!! こ、この剣があれば……コーデリアを助けることが出来る」

 クルムは驚きながらも喜んでいる。


「ロジェ殿、この剣をお貸し頂きたい」


 クルムの申し出に対して、何かを考えるロジェ。

「……条件がある。俺もその場にいさせてほしい」


 ヒュームが真剣な表情でロジェに告げる。

「……危険だそ……」


「ああ、ここまで来たからには、最後まで付き合わせてもらう」


「「私もです」」

 開いたドアからミレーラが声をあげた。


 ミレーラに顔を向けるロジェ。

「ミレーラ……」


 ロジェに駆け寄ったミレーラが、決意を込めて言葉を放つ。

「ロジェ、私も最後まで一緒ですよ」



 ミレーラの真剣な表情にロジェが頷く。


「……では、伯爵。そういう事で頼む」


 ロジェとミレーラはクルムに強い視線を向けた。


「お前達……」



 ヒュームは意を決した様子で、皆を集めた。

「決戦は今夜だ」


 ロジェが首をかしげる

「……今夜は満月では無いが」


「最近は魔の力が益々強大になり、満月で無くとも暴走している。エルトン殿が抑えなければ、今夜も姿を現すだろう……。昨夜もその強大過ぎる力で私の結界から飛び出して行った」


 腕を頭上高くに挙げたクルムが力強く力説する。


「今夜、コーデリア様からあの悪魔を消す。ロジェ殿、デーモンブレイドは魔力を吸い取る剣だ。その力でコーデリア様から魔の力を奪い取り、彼女を自由にしてくれ」


 エルトンも腕を掲げる。

「奴が現れたら、私とミレーラさんの力で奴を抑えます」


 エルトンの言葉にミレーラが頷き、腕を掲げた。


「ヒュームの結界術とわしが、ロジェを援護しよう……チャンスは一度じゃ」


 オレクはロジェの肩を叩くと腕を掲げる。


「…………(二度と俺の傍で子供は殺させない)」


 無言のまま、ヒュームも腕を掲げた。


「ああ……任せておけ……」


 ロジェも腕を掲げると静かに闘志を燃やしていた。


 その場にいる全員が腕を高々に挙げ、決戦に向け決意を新たにする。





 準備を整えるため、ロジェとミレーラは部屋を与えられた。


 廊下を歩くオレクに、ロジェが声を掛けた。

「爺さん……」


「何じゃ」


「俺の剣技の事だが……あんた何を知っている……」


「その昔、お主の使う流派と良く似た剣士と戦ったことがあるだけじゃ……。何とか逃げ切ったがのぉ。しかし、似ていただけで全く違う剣技じゃわい。わしも耄碌もうろくしたもんじゃ」


「……そうか、すまない……」


「何がじゃ。ほっほっほ……今宵こよいは、ぬかる出ないぞ」


「ああ」


 ロジェは部屋に入ると剣を握り、静かに瞑想めいそうを始める。

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