第29話 暴走

 化物へと変化したコーデリアだったが、元の姿に戻り、いつも通りの生活を送っていた。

 だが、彼女の中の魔の力は日々、禍々まがまがしく強大になっていく。



 テオドルが城を歩くクルムを呼び止める。

「クルム伯爵」


「テオドル殿、どうなされた?」


 テオドルの表情から焦りを感じたクルムは、悪い話だろうと息を呑んだ。


「コーデリア様に巣食う、あの悪魔は、満月の夜に力が強くなります……次の満月、私の力では抑えることができないでしょう……」


 予想通りの悪い話だったことにクルムは頭をもたげた。

「(やはり)……そうか……」


「あの姿で、町に出られたら、甚大じんだいな被害が出るでしょう……伯爵……ご決断を」


「……」


 クルムは下を向いたままでいる。

「あれはまだ、七つだ。なんと酷い運命なんだ……次の満月の夜、その時に決断しよう……」


 その表情は悲しみに覆われていた。



 現在


「私は、次の満月の夜、テオドル殿がコーデリアを抑えることが出来なければ、たみのため……討伐する決心を固めていた」


「そんな……お父様が娘を殺すなんて……そんなこと……」


 ミレーラは口に両手当てながら唖然としている。


 クルムは静かに話を続ける。

「……だが、満月の夜を待たずに、その時は来てしまった」



 満月まで二日前の夜


「クルム伯爵!! コーデリア様の様子が……」


 騎士団より城にいるクルムに緊急連絡が入った。


 驚き、悲痛な表情を浮かべたまま、クルムは急ぎ屋敷に向かった。 


 屋敷に到着したクルムが、玄関の前で負傷した騎士を見つけた。


 倒れている騎士を抱えるクルム。

「大丈夫か……」


 そう言ったクルムは言葉を失う。


 抱える騎士は上半身のみで、下半分は遠くの壁際に落ちていた。


(これは一体……何があったのだ……コーデリア……)


 底知れぬ不安がクルムを襲う。


 屋敷に入ると広い玄関にも、騎士団が倒れていた。

 どの騎士もすぐに絶命しているのが分かる程、損傷が酷い。


 階段を駆け上がると、しゃがみ込み震える侍女を見つける。


「何があったのだ!!」

 クルムは震える侍女の肩を掴むと、顔を近づけて様子を聞く。


 侍女は震える指で曲がり廊下を指差す。

「あ、あ、あの、化物が……突然……」


「あの先に……いるのだな」


 クルムの問いかけに、侍女は震えながら頷いた。


 侍女に自身の着ていたコートを優しく掛けるクルムが、息を呑み曲がり廊下に向かう。


 廊下を壁にして、奥を確認するクルムは、突き当りだった場所に巨大な穴が開いているのを見つけた。


 (なんてことだ……)


 言葉を失うクルムは、穴の近くにいる騎士に気づき、走り寄った。


 騎士は右腕を強い力で引きちぎられているようで、大量の血が流れている。


「クルム様……」


 力を振り絞る騎士が、弱々しくも言葉を発する。


「コーデリア様は……西に……西に向かって飛んで行きました……」


 騎士はそれ以上、口を開くことは無かった。


「くっ……」


 クルムは、伯爵家に使えている男を呼ぶ。


「今すぐにテオドル殿を呼びに行き、西門の先まで連れて来てくれ」


「はっ、はい」


 男は全速力で馬車を走らせ、テオドルの家に向かった。


「「ドンドンドン」」

「テオドル殿、テオドル殿」


 男がドアを叩くと、テオドルがドアを開いた。


「何があったのだ」


「コーデリア様が暴走し、西門の先へ飛び出して行きました」


「何だって!? 分かった、すぐに準備をする」


 テオドルは準備を終えると、見送るミレーラを横目に馬車に乗り、西門の先へ向かった。



 西門の先では、クルムと騎士団が集まっていた。


「すまない、テオドル殿」


 クルムの表情から、テオドルは最悪の事態が起きていることを実感した。


 覚悟を決めた表情のテオドル。

「伯爵……コーデリア様は何処へ」


「コーデリアは魔窟の森に向かったようだ……急ごう」


 一団は魔窟の森に向かった。



 魔窟の森


「遅くなっちまったなぁ。相手が弱すぎて、討伐依頼の最中に寝ちまったら、あいつら俺を置いて帰っちまうんだから、薄情な奴らだ」


 ガランは1人、ぼやきながら森を歩いていた。


(なんだぁ、この気配はー)


 その時、ガランはただならぬ気配感じ、それちらに目をやった。


 闇の中に一つだけ目玉が浮かんでいる。

 目玉は不気味に赤く光るとガラン目掛けて、大口を開けて襲い掛かってきた。


「「バコーン」」


 ガランは咄嗟とっさに斧で化物の大口を攻撃し、横に吹っ飛ばした。


 化物は体制を整えて着地すると、すぐにガランに突進してくる。


「なんだ、なんだ、こいつは……強そうじゃねぇか……ぞくぞくするねぇ、面白れぇ」


 喜色を浮かべたガランが化物と戦い始めた。




 クルム伯爵の一団が森に到着する。


「「「わっはっはっはっは」」」」


「「「ガン、ガン、ガン」」」


 森の奥から、笑い声と凄まじい衝撃音が聞こえてくる。


 一団が音のする方に近づくと、化物と目を輝かせたガランが戦っていた。



 騎士団が化物を囲む。


「今度はなんだぁ。騎士団じゃねぇか、おっ、あれはクルム伯爵かぁ」


 ガランはクルム伯爵に近づく。


「伯爵様、あいつは俺が先に見つけた、俺の獲物だ。こんな楽しい戦いは久しぶりだ……邪魔するな」

 狂気に満ちた目でクルムを睨む。


 クルムもまた、一歩も引けない気概でガランを睨みつけた。

「あなたは冒険者の方か……すまない。こちらとしても、引けない事情がある」


 それでもガランは引かない。

「どんな理由があっても、あれは俺の獲物だ」


 ガランは化物を囲む騎士団を横目でチラリと見ていた。

「それに、あの騎士団じゃ、全員殺されるぞ……」



 化物を囲んだ騎士団が一斉に攻撃を仕掛けた――が、騎士団の攻撃をものともせずに、化物は次々と騎士団の体の一部を吹き飛ばしていく。


 次々と倒れて行く騎士団たち。


「ほら、見ろ。あいつらじゃ無理だ」


 今にも飛び出そうと高揚した体で戦いを見るガラン。


「お前たち、何をしている……あの化物……あの化物を討伐せよ」


 クルムの掛け声と同時に騎士団と魔法部隊が一斉に化物を攻撃した。


「すまない……コーデリア」


 クルムは表情を変えずに戦況を見ていたが、目からは、涙がこぼれていた。


「……ちっ、訳アリか……。仕方ねぇ、先鋒は譲ってやるよ」


 ガランは近くの岩に腰を降ろした。



 攻撃を物ともせず、化物は次々騎士を手にかけ、辺りが真紅に染まる。


「ひぃぃぃぃ、こんな化物に、勝てる訳がない……赤い……悪魔……」


「ひるむな!!」


 テオドルが叫ぶ。


「ホーリーレイ」


 テオドルの魔法が赤い悪魔を貫いた――が、悪魔はすぐに再生し、テオドルに襲いかかる。


「コーデリア!!」


 咄嗟に叫んだクルムだったが、化物に通じたのか、テオドルに襲い掛かる寸前に、それは動きを止めた。


「ヴゥゥゥゥ」


 動きを止めた化物だったが、低い唸り声をあげると、真紅の血に染まった赤い悪魔が、クルムに向けて飛び交かってきた。


「危ない!?」


 テオドルがクルムを守るように化物の前に立ち塞がった――次の瞬間、テオドルの体を赤い悪魔の腕が貫く。


 体を貫かれ、血を吐くテオドル。


「コーデリア様、娘がお父上を殺すなど……あってはならない」


 テオドルは貫かれたまま、赤い悪魔を抱きしめた。


「さよなら……ミレーラ」


 テオドルは全ての力、生命エネルギーさえも使い、聖なる魔力を悪魔に注ぎ込んだ。


 光の柱が赤い悪魔を包む。


 光が消えると、コーデリアとテオドルが倒れていた。


「……これは、どーゆうことだい?」


 その光景をみたガランは、クルム伯爵を問いただした。



 現在


「テオドル殿は、深い傷を負ったが命を取り留め、この城で治療している」


「兄さんは、生きて……生きてこの城にいらっしゃるのですか」


「……生きてはいるが……意識が戻っていない」


「えっ……意識が……戻らない」


 ミレーラは両手で顔をおおった。


「エルトン殿、すまないがミレーラさんを、テオドル殿の所へ連れて行ってもらえないか」

「……はい、分かりました」


 エルトンはミレーラを連れ、謁見えっけんの間から出て行った。


 ロジェはクルム伯爵をにらんでいる。


「……それで伯爵、あの化物がコーデリア様だということを、秘密にするために、テオドルさんの件を隠蔽いんぺいしたのか?」


「……」



「それについては、私が説明しよう」


 黒装束の老翁と、顔・腕・足など見える箇所全てにタトゥーが入った男が現れた。






ホーリーレイ=上級 光魔法……圧縮した光の魔力をレーザーのように放つ

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