第28話 誕生

 謁見えっけんの間

 思いつめた表情でクルム伯爵がロジェとミレーラに話しを始める。


「三年前、コーデリアが四つの時に母が亡くなり、その頃から娘が高熱を出すことが増えて行った。そして、あの夜……悪魔が目覚めてしまった……」



 三年前


 ベッドでは、顔色が青く苦しそうに、はぁはぁと息をしているコーデリア。

 原因不明の高熱を出してから、三日が経過していた。


 熱を冷やすために、額に濡れたタオルが置かれている。


 少女を手を握り、不安そうに見つめるクルム。


 か細い声でコーデリアが話し出す。

「お父様……私は、お母様の近くに行くのでしょうか……」


 コーデリアの手を強く握る。

「……大丈夫だぞ、コーデリア。時期に熱は下がるだろう……そんな事を言わないでくれ」


「父を……一人にしないでおくれ……」


「……お父様……」


 悲壮な面持ちの父を見て、少女は心配させまいと無理をして微笑ほほえむ。

 悲しげな笑みの中、少女は意識を失っていた。



 その後、四日ほどったが、高熱は続き、コーデリアは、ますます衰弱していった。


(私はまた、何も出来ないのか……)


 衰弱していくコーデリアに、妻の病床を思い出していたクルムは、最悪の結果をも覚悟していた。


 そんな中、光聖教会より一人の男が城を訪ねて来る。



 城門


 警備の兵士が馬車を止める。


「現在、城は何人なんぴとの立ち入りも禁止されている。立ち去られよ」


「私は光聖教会の祓魔師ふつまし、テオドル・フランセルと申す者です」


「……祓魔師?」


「はい、魔をはらう【エクソシスト】と言えば、分かりやすいかもしれません」


「それが、伯爵に何の用だ」


「……ご令嬢であるコーデリア様の病気について……」

 その言葉に緊張が走る。


「貴様!! なぜその事を知っている」


「……お力になれると思います。ぜひ、伯爵と話しをさせて下さい」


 兵士は疑いながらも、報告を入れると、その男に謁見の許可がおりた。



 城内エントランス


 きらびやかなエントランスの入口で、テオドルが深々と頭を下げている。


わたくし、光聖教会の祓魔師、テオドル・フランセルと申します。コーデリア様の件でお話が御座います」


 驚きで顔が強張こわばる。

「なぜ、その事を……」


「はい、昨晩、神の啓示けいじを受けました。啓示に従い、こちらに参りました」


 眉間にしわをよせ、いぶかしげにテオドルを睨む。

「啓示……」


 テオドルは深々と頭を下げた。

「コーデリア様のもとへお連れ下さい」



 クルムは手のほどこしようがないコーデリアに対し、わらにもすがる思いで、その男に娘の診察を許した。



 テオドルが部屋に入ると、コーデリアは熱でうなされ、青ざめた顔をしている。

 そっと手を握る。


「やはり……。 クルム伯爵、お嬢様の中には強大な魔が潜んでおります」


「何だと!?」


「……衰弱が激しい……一刻いっこく猶予ゆうよも御座いません……これから、彼女の中に巣食う魔を抑えます」


 テオドルはコーデリアの手を額に当てると、光がその手を伝い、彼女を包んでいった。

 苦しそうに、はぁはぁ荒い息使いのコーデリアだったが、光に包まれると嘘のように静かに呼吸をしている。

(これは……もしや……助かるかもしれない……)

 その様子を見て、クルムは娘の無事を期待していた。


 コーデリアが光に包まれて一刻ほど経過する。



 テオドルとコーデリアの光は徐々に消えていった。


「……これで、しばらくは大丈夫でしょう」



 コーデリアの熱は下がり、顔色が良くなっている。


「コーデリア、良かった……。テオドル殿、娘を助けて頂き、何と感謝をすれば……」


 クルムはかたわらでコーデリアの手を取り、安心から涙を流していた。


「いえ、神の思し召しに従ったまでです。ところで……お亡くなりになられた伯爵夫人は、どちらのお生まれでしょうか?」


 唐突な質問にクルムは驚いた。


「……あいつは、スピカの出だ……」


「魔大陸の……魔貴族のご出身でご座いましたか……」


「ああ、スピカ国の第三王女だった……」


「……」


 テオドルは考え込んでいる。


「コーデリア様の病は、魔力の暴走にあります。亡くなられた奥様のお身体が弱かったのも、おそらくは、強すぎる魔力によるものと思われます……」


「妻も……」


「奥様の血筋には、強力な魔の力が宿っているのかもしれません……」


「……妻も幼くして母を亡くしたと聞いた。短命の一族だと……」


 クルムの表情は困惑している。

「……コーデリアも長くは無いのか?」


「……それは分かりません。しかし、このままでは、コーデリア様の魔の力が自信をむしばみ続けるでしょう……」


「何か助かる方法は無いのか……」


「…………」

 テオドルは思慮しりょを張り巡らすかのように沈黙する。


「……できることは、今日のように、定期的に聖なる魔力を注ぎ、中和させ、体の負担を軽くすることです……」


「それで、コーデリアは助かるようになるのか?」


「……分かりません」


「そうか……」


 クルムの顔は悲しみで曇っていた。


「それと……この魔の力は魔大陸の影響を受けやすいため、この城から出て、河向こうに住まわれた方が良いでしょう……」



 現在


「……提案通り、コーデリアを町の北側にある屋敷に住まわせ、テオドル殿には定期で魔の力を押さえて頂いた」


「兄さんがお屋敷で働いていたのは、そのような理由があったのですね……」


「……しかし、コーデリアの力は益々ますます強大きょうだいに、禍々まがまがしくなっていった……」


 クルムの言葉は、ますます重々しい口ぶりに変わっていった。



 数ヶ月前


 クルム邸でクルム伯爵とテオドルが険しい顔で話しをしている。


「伯爵、コーデリア様の力が益々強大になっており、私の力では、抑えきれなくなる日も近いでしょう……」


「そうか……」


 感情が抜け落ちたような表情になるクルム。


「魔力を封じる剣は、まだ見つからないのですか?」


「ああ……全力を尽くしているが……未だ、情報は入っていない……」


 クルムは大きな溜息をついた。

 その時、大きな音が屋敷の一室から聞こえた。


「なんだ!? 何が起きた!?」


「伯爵、大変です。お嬢様が……」


 クルムとテオドルが、コーデリアの部屋に急ぐと、壁には大きな穴が空いており、

 変わり果てた姿のコーデリアがいた。


 うろたえるクルム。

「あの化物が……コーデリア……」


 すかさず、テオドルが聖なる魔力を放つと、コーデリアは光に包まれ、元の姿に戻っていった。


「今の姿は……」


「魔の力が暴走し、コーデリア様を吞み込んだようです……」


 不安と恐怖の中、二人は茫然と立ち尽くしていた。


 満月の輝きが、いつもより周囲を明るく照らす夜。

 大穴から差し込む月灯りの下、最凶の化物が誕生した。






*一刻=60分程

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