第27話  謁見

 翌朝


 ロジェとミレーラがいつも通り朝食を取っている。

 しかし、昨夜の事件で二人の表情は暗く、沈んだ空気が流れている。


 思い空気の中、下を向いたロジェが話し出す。

「ミレーラ……昨夜は済まなかった……手がかりが無くなり、焦った俺は、君を一人にしてしまった……護衛失格だ……」


 ミレーラも俯いている。

「いえ……私もあの激しい音でロジェが心配になって、無防備に外に出てしまいました……」


 胸を手を当て、不安そうなミレーラ。

「あの化物を見た瞬間……胸を締め付けられるような、黒い魔力を感じました……あの化物は、一体何だったのでしょうか……」


「…………」

 ロジェは無言のまま顔を横にふる。


 ガラガラと車輪の音が聞こえると、家の外で馬車が止まる音が聞こえる。


 ドアがノックされ、一人の男が訪ねてきた。

「ロジェ様とミレーラ様ですね。エルトン様のご依頼で参りました。どうぞ、馬車にお乗りください」


「どこに行くんだ?」


 ロジェは警戒しながら、男に訪ねる。


「それはお伝え出来ません。お乗りになれば、いずれ分かります」


「……分かりました。ロジェ、行きましょう」

「……」

 ミレーラが決意を込めた表情で答えると、ロジェは静かに頷く。


 二人が馬車に乗ると、どこかに向けて移動を始めた。



 町中を抜け、門を抜け、しばらく馬車は進んだ。


 馬車が止まり、ドアが開く。


「到着いたしました。足元にお気をつけて、お降り下さい」


 二人が馬車から降りると、そこは、城門の中だった。


 その優美な建物には、目前に階段が広がり大きな扉の入口が見える。


 ロジェはどこかで見覚えのある建物だと気付く。


「ここは……クライン城……」


 ミレーラも動揺している。

「ここは、以前遠くから見たお城……こちらにエルトン様がいらっしゃるのですか?」


「はい、いらっしゃいます。どうぞお進み下さい」


 男はゆっくりと歩きながら、二人を入口の扉に案内した。


 扉を開け城に入ると、優雅なエントランスが広がっている。


 男は手をかざし、奥の通路へと案内した。

「こちらで御座います」


 広い通路を進んだ先に、エルトンと見知らぬ少女が二人を待つように談笑している。


「エルトン司祭様」


 ミレーラがエルトンを見つけ、近寄ろうとした時、ロジェがミレーラの前に手を出し、それ以上、近づかないようにする。


 何だ!? この気配は……あの少女から……


 少女に目を向けながら、警戒したロジェがエルトンに叫ぶ。

「エルトン……それは、何だ!!」


 ミレーラもまた、少女に異変を感じていた。

(この禍々しい魔力は……)


 少女から、禍々しい気配を感じたロジェは、自然と剣に手を掛けた。


 その時、ロジェのすぐ隣に影のように現れた者がいた。


 その影は剣を抜かせないように、ロジェの手を押さえた。

「そこまでにするのじゃ」


「あんたは、昨夜の……」


 視線の先には昨夜の老爺ろうやが立っていた。


「……大丈夫じゃ、安心せい。……冷静になれ、こんな場所で剣を抜いたら、終わりじゃぞ」


「……」

 ロジェは剣に掛けた手を降ろした。


 ミレーラも警戒しながら少女を見ると、エルトンに声を掛ける。

「エルトン様、そちらのお方は?」


「こちらは、クルム伯爵家ご令嬢、コーデリア・クルム嬢になられます」


 異様な魔力を帯びた少女コーデリアが、二人の前に歩み寄る、


「初めてお会い致しますね」


 エルトンがコーデリアに二人を紹介する。


「お嬢様、こちらが、冒険者ロジェ・デュンヴァルト殿に聖女候補ミレーラ・フランセル嬢で御座います」


 手をパチンと合わせて喜ぶコーデリア。

「まぁ、ロジェ様は冒険者なのですね。私、冒険譚ぼうけんたんが大好きですの」


「……ごほん……」


 エルトンがわざとらしく、咳をする。


「あら、私ったら……はしたない所をお見せいたしました。本日、お父様とお会いになられるお客様とは、お二人のことでしたのね」


 コーデリアはロジェを、上から下まで、まじまじと見ている。


「ロジェ様、ぜひ次もお城に来て頂いて、私にロジェ様の冒険譚をお聞かせ下さい」


 ロジェは目の前の可愛らしい少女から感じ続ける、禍々しい気配が原因で、極度の緊張から何気ない会話も耳に入っていなかった。


「ああ……分かりました……お望みとあらば……」


 嬉しそうに笑うコーデリア。

「ふふふ、約束ですよ」


 エルトンがコーデリアに声を掛ける

「コーデリア様、そろそろ……」


「ええ、分かりましたわ。それでは皆様、ごきげんよう」


 コーデリアは侍女じじょと共にその場を去って行った。


 ロジェは、コーデリアがその場を去るまで、のどにナイフを突きつけられているような恐怖に包まれていた。


「ロジェ、クルム伯爵がお待ちだ」


 エルトンが先頭に立つと、ドアが開き、謁見えっけんの間に入って行った。

 二人もエルトンを追うように部屋に入ったが、ロジェの体からは、まだ、冷や汗がこぼれていた。


 清淑な広間の奥、玉座に男が座っている。


「クルム伯爵、冒険者ロジェ・デュンヴァルトと聖女候補ミレーラ・フランセルをお連れ致しました」


 ロジェとミレーラは、男の前まで行くとひざまずき、頭を下げた。


「二人とも頭を上げよ。本日は、公式な場ではないため、無礼を許そう」


 ロジェが立ち上がり、声を上げる。

「それでは、失礼ながら申し上げます」


「この度我々は、エルトン殿の誘いを受け、伯爵とお会い致しておりますが、状況が分かりません。ご説明をお願い致します」


「……」

 伯爵が手を叩くと、二人とエルトンを残し、使用人達が部屋から出て行く。


 クルムが表情を強張らせる。

「二人は先ほど、我が娘コーデリアど出会うたであろう……娘には悪魔が巣食うておるのだ」


 ……悪魔

 ロジェの表情に緊張が走る。


「あれの母は、体が弱く……コーデリアが四つになった頃に亡くなった。その頃からだ、コーデリアに悪魔が棲みついたのは……」


 伯爵は思いつめた表情で話し始めた。

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