第26話 襲来

 屋根の上、仮面を付けた黒装束くろしょうぞくの者に剣を構えるロジェ。


「……」

 黒装束の者は逃げようと間合いを取る。


 逃がしはしない……

 気迫を込めた瞳でロジェが攻める。


 間合いを詰めて剣を振るロジェだったが、黒装束の者はヒラリヒラリと素早くロジェの攻撃をかわした。


 屋根伝やねつたいに逃げようとする黒装束の者に、引き離されないようにピッタリと間合いを詰めて激しい斬撃を叩きこむロジェ。


 激しい攻撃を上手く躱し続けていた黒装束の者だったが、鋭さを増す攻撃に、たまらず腰に掛けた短刀を使い、攻撃を防ぎだした。


 逃がさない……

 さらに早くなる剣速に、防御の隙を突いたロジェの一撃が黒装束の者の頭に直撃したかに見えた――が短剣でいなしたされた攻撃は仮面に当たり、ピキッとした音と共に割れた仮面が落下する。


 仮面の下からは、頬に傷のある年老いた男の顔が見えた。

「しつこい奴じゃのう……」


 この身のこなし……この爺さん、只者じゃないな……

「……じいさん、あんた何者だ……。なぜ、ミレーラを狙う」


「ほっほっほ、そんなこと聞かれて、教えるバカが何処どこにおる」


「……確かにそうだな……だが、あんたを捕まえてでも、吐かせてもらう」


「さて……出来るかのぉ」


 ロジェは構えを変える。


(あの構えは……これは、ヤバいのぉ)

 黒装束の老爺ろうやは、その場の空気が変わるのを感じ取り、ロジェに何かを投げつける。


 ロジェは咄嗟に避けると、老爺の投げた物が煙出しながら爆発した。


「逃がしてもらうぞ」

 さらに爆弾を投げる老爺。辺りを大量の煙幕が広がる。

 老爺は煙に紛れ、振り向き走り去ろうとしていた。


 ロジェは煙の中で静かに目を閉じる。

「……第八ノ剣……羅刹らせつ


 逃げようとする前を向き走り出す老爺。そのさらに前方の空間から突然、剣が現れると斬撃が放たれる。


 老爺が目を見開き、驚くと同時に回避行動をとる――が、避け切れずに間一髪かんいっぱつの所で短剣でガードした。

 後方に吹き飛ぶ老爺の先に、待ち構えていたロジェが剣を突き付けた。


 老爺がギロリとロジェを睨む。

「……おぬしのその剣技……見たことあるのぉ……確か……東の国の流派じゃったなぁ」


「……」


「確か……その技を見た者で生きている者はいない、最強の剣じゃったか……」


「……」


「……死人に口無し……その存在自体を知る者はいない……だが、なぜその剣をお前が使えるのじゃ……門外不出もんがいふしゅつゆえ、逃亡でもしたら、命が無いはずじゃが……」


「……爺さん、あんたには悪いが、ミレーラの事を聞いた後でも、簡単には帰せなくなった……」


 ロジェは漆黒のように冷たく瞳で、相手をジッと見ていた。


 老爺は黒装束を広げる。

「ほっほっほ、まだまだ若いのぅ」


 黒装束の中には、大量に巻き付いた爆弾を隠し持っていた。


「「ボカン」」

 と激しい音が鳴り、老爺ごと爆発する。


「……自爆だと……」

 ロジェが防御すると、黒煙の中から出てきた老爺は、その隙に逃げようと走り出す。


 ロジェが冷たい目で剣を構えた。

 ……命を奪ってたとしても、逃がすことは出来ない……


「……第一ノ剣……」

 攻撃を放とうとした瞬間、



「「「「ズドーン」」」」



 どこからか巨大な炸裂音が聞こえた。


 何だ……今の爆発は……

 ロジェが音の方を向くと、ミレーラの家の方向から煙が立ちのぼっている。


「ミレーラの家の方だ……何だ、この禍々まがまがしい気配は……森の中で見た……あいつか……」


 ロジェが気を取られている隙に、黒装束の老爺は消えていた。


「くそっ……」


 ロジェはミレーラの家に向かう。


 何が……起きている……

 異常な気配に焦るロジェは、町の中を全速力で走った。



 ミレーラの家の前には、猿のような体躯たいくで、大きな一つ目、巨大な口を持つ黒い化け物が、今まさにミレーラに襲い掛かる瞬間であった。


「(ここからでは、間に合わない)ミレーラ!!」


 ロジェは、必死にミレーラに走り寄ろうとしていた。




 数分前……


 家の中でミレーラは雷が落ちたような、激しい音を聞いた。


(今の音は?……ロジェは無事かしら……)


 ロジェの身を案じたミレーラが、急いでドアを開けて外に出る。


 庭先には大きな穴が開いていた。


 大きな穴の中心で黒い何かがミレーラをジッと見ている。


(!? あれは……)

 ミレーラはその禍々しい者を見つけると、締め付けられるような苦しさを感じ、膝をついた。


 一つ目の化物は、ミレーラを見つけると、ニタっと気味悪く笑うと、巨大な口をゆっくりと広げ、凄まじい速さで、膝をついて苦しがるミレーラに襲い掛かった。


「ミレーラ!!」

 ロジェの声が聞こえる。


 苦しむミレーラは視界の奥で、走り寄ってくるロジェを見つけた。

(ロジェ、無事だったのね……良かった)



 黒い化物ばけものが獲物を狙う獣のように、無数の鋭利な牙を携えた巨大な口で、ミレーラを一口で食べるように、襲い掛かった瞬間。


 ガチンという激しい音が辺りに響く。


 一口で食われたかに思われたミレーラだったが、黒装束の老爺が空中より現れ、ミレーラを突き飛ばすと化物の牙から間一髪でミレーラを救う。


「ヴゥゥゥゥゥ」

 悔しそうに唸る化物は、ガチンガチンと歯を鳴らしている。


 老爺は、懐からガラス瓶を複数本取り出すと、すぐさま化物へ投げつけた。


 化物に命中し瓶が割れる。

 割れた瓶から出た透明な液体を化物に浴びせる。

 液体が化物に触れると、ジュージューと音を立て煙が立ち上った。


 化物は苦しみだした――その時、苦しむ化物に対し、空中から槍が降り注ぐ。


 ロジェが上空を見ると、空飛ぶ馬(ペガサス)に乗った騎士団を発見した。


 槍が化物を中心に、円を描くように地面に刺さるとボゥと結界が浮かび上がる。


 フードを深く被った男が、結界で動きが鈍る化物に向け、光の球を放った。


 光の球は結界ごと化物をおおうと、苦しんでいた化物がパタリと下を向き、完全に動かなくなった。


 化物を囲むように騎士団が次々と降り立つ。


 ロジェは、老爺に助けられ、壁に寄りかかるミレーラに近寄っていた。


 意識のないミレーラに声を掛け、肩を揺さぶるロジェ。

「ミレーラ、ミレーラ」


 しかし、目をつぶったままのミレーラに返事は無かった。


 フードの男がロジェに近づく。


「……大丈夫だ……。おそらく、あの化物の邪気じゃきに当てられて、気を失っているだけだろう……」


 その声に驚いたロジェがフードの男を見る。


 その声は……まさか……


 ロジェは、その声に聞き覚えがあった……。


「……お前は……エルトン……か?」


 騎士たちは、完全に停止している化物を、牢馬車ろうばしゃに乗せ、飛び去って行った。


 騎士の一人が、フードの男に声を掛ける。


「帰投するぞ」


「今、行く」

 立ち去ろうとするフードの男に、ロジェが詰め寄り、胸ぐらを掴む。


「おい、エルトン、どうなっている……これは、何だ!! 説明しろ!!」


「明日……使いを出す。そこで説明する……」


「ふざけるな!! 今、ここで説明しろ」


「……今はミレーラさんを、安静にしてやれ……」


 エルトンは、ロジェの手を振りほどくと、ペガサスに乗り、上空へと消えて行った。


 月の輝く夜、ロジェとミレーラを残し、悪魔の襲来は、嵐のように過ぎ去っていった。




「ロジェ、何があったの。大丈夫?」


 呆然と夜空を見上げるロジェに声を掛ける物がいた。


 声を掛けてきたのはジェマだった。


「この大穴は何!? もしかして……さっきの爆発?」


 ジェマは唖然としながら心配そうに歩いて来たが、呆然としているロジェとミレーラの異変に気づき、走り寄ってきた。


「ジェマさん……、俺は大丈夫だ。ミレーラを見てくれ……」


 ロジェが、抱えるミレーラをジェマに見せる。 


「気を失っているようだけど、脈や呼吸に異常はなさそうね……横にしましょう、連れて来て」


 ジェマはミレーラの家に入ると、ベッドを見つけ、寝かせた。


「ジェマさん、すまない……どうしてここへ?」


 困惑した顔のジェマ。

「……ギルドでゴブリン討伐の祝勝会をしているんだけど、あなた達が来ないから、呼びに来たのよ……そしたら、大きな音がして、煙が見えて……一体、何があったの?」


 ロジェは、先ほど起きた出来事をジェマに説明した。


「ペガサス騎士団はクルム伯爵、直属の騎士団だわ……それに、光聖教会のエルトン司祭……赤い悪魔……何が何だか、さっぱりね……」


「ああ……」


 部屋のドアが開き、目を覚ましたミレーラが、二人に近寄る。


「ロジェ、それにジェマさんも……」


「……ミレーラさん、起きて大丈夫?」


「はい……ロジェ、私にも、何が起きたのか教えて下さい……」


 ロジェはうなずくとミレーラに状況を説明した。



「エルトン様は……一体、何をされているのでしょう……」


「明日、使いが来ると言っていた……その言葉を信じるしかない……」


「そうですね」


「俺は外で警備を続ける……ミレーラは、ゆっくり休んでくれ」


 ロジェは外に出て行った。


「ミレーラさん、一人で大丈夫?」


「ありがとうございます。ジェマさんにも、ご迷惑をお掛けしました……ごめんなさい」


「迷惑なんて……そんな事ないわ。何かあったら、どんどん私を頼って。いえ、何も無くても頼ってちょうだい」


 ジェマはミレーラを抱きしめた。


「……ありがとうございます」



 ジェマが外に出ると、ロジェが周囲を警戒している。


「ロジェ、あなたも気を付けて……」


 真剣な目でロジェに言葉を掛けると、ジェマはギルドに戻っていった。


 俺が離れたせいで、ミレーラは命を落としていたかもしれない……


「くそっ」


 ロジェの胸には、自分自身の軽率な行動に対する怒りと、後悔の念が渦巻いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る