第31話 決戦

 クライン城 大広間


 中央いるコーデリアが、祈るように手を組み、ひざまずいている。


 コーデリアの前には、ヒューム。

 左には、エルトンとオレク。

 右には、ミレーラとロジェ。

 囲むように配置した一行は、その時に向けて待機してる。


 壁際には、部屋を一周するように騎士団が並び、万が一に備えた。




 クルムは騎士団と同列で様子を見ていた。

「頼んだぞ……」


 城の外では月明かりが暗闇を明るく照らしている。


 突然、コーデリアが苦しみ出すと、みるみるうちに足元から広がる黒い影が彼女を包んだ。

 コーデリアを包む黒い影が球体になる。

 パキパキと音を立てて割れはじめる球体だったが、突然、バンと破裂する。


「「ヴォォォォォォォ」」


 静かで重い咆哮ほうこうと共に一つ目の赤い悪魔が姿を表した。

 部屋全体を激しい魔力が覆う。


「アレストケージ」

 ヒュームがいんむすぶと、赤い悪魔の足元に陣が現れ、悪魔を囲んだ。


 悪魔は暴れ出し、ヒュームに向かい突進するが、結界に阻まれ進むことが出来なかった。

 五ヤード程の結界内を縦横無尽に暴れまわる赤い悪魔だったが、結界の壁に阻まれて外に出ることは出来ない。


「「ヴォォォォォォォ」」


 再び激しい雄たけびを上げると、禍々まがまがしい魔力が強大になっていく。

 結界内の壁に激しく頭を打ち付け小さな穴をあけると、両腕を差し込みながら無理やりこじけようとしている。バチバチと音が鳴り、結界の穴が広がっていく。


 力を込めるヒュームの腕のタトゥーから、血が噴き出る。

「……何て力だ。二人とも、聖なる魔力を放ってくれ!!」


 テオドルとミレーラは、目を合わせて頷くと両手に魔力を込めた。

 左右から悪魔に向け、光の球が放たれる。


 激しい光に包まれた悪魔は、力を失うように動きが鈍っていった。

 しかし、黒い影が足元から悪魔を包むと、光の力が弱まっていく。


「これまで、こんなことは無かった……学習しているのか……この化物は……」

 ヒュームが驚きながら、新たな印を結ぶ。


「チェーンプリズン」

 飛び出した鎖が、悪魔の四肢ししを地面に縛り付けた。


「ロジェ、今だ!!」


 デーモンブレイドを構えたロジェは、悪魔に向け進む。

 四肢を抑えられている悪魔だが、黒い魔力を刃のように変化させ、ロジェを近寄らせまいと、激しい攻撃を繰り出す。


 黒い刃を剣で受けるたびに、黒い魔力が剣に吸収されるように、消えていった。

 激しい斬撃を受けながら、ロジェは赤い悪魔の前までたどり着いた。


「これで、終わりだ」

 ロジェはコーデリアに影響が無いように、切っ先を悪魔の胸に突き刺す。


 デーモンブレイドが黒い魔力を呑み込むように、吸収していく。

 魔力が吸われ、激しく苦しむ悪魔だったが、やがて沈黙し動きを止めた。


 悪魔を覆っていた黒い魔力が消えるとコーデリアの姿が現れた。


 クルムが倒れるコーデリアを抱きしめる。

「コーデリア……良かった。これで……これで、全てが終わった」


 ヒュームがロジェの肩を叩く。

「良くやった」


 オレクもロジェに声を掛ける。

「良い仕事じゃったぞ」


 エルトンも喜んでいる。

「これでコーデリア様も、これから元気になられるでしょう」


 ロジェとミレーラは、笑顔で見つめ合う。

「ロジェ、終わりましたね……」

「ああ……依頼完了だ……」


 倒れているコーデリアに走り寄るクルム。


 クルムは涙を流してコーデリアを抱きしめた。

「……助かったのだな……これで、娘は……」


 その場が安堵に包まれていた。


 エルトンがクルムの肩を叩く。

「クルム伯爵。コーデリア様を寝室へとお連れ致します」


 泣き顔のクルムが頷く。

「ああ、よろしく頼む」


 エルトンはコーデリアを抱きかかえると、ドアに向けて歩き出した。




 ドアへと向かう途中、コーデリアの目が開いた。


 コーデリアの意識が戻ったことに気が付いたエルトンは、優しく話しかける。

「目を覚まされたようですね。コーデリア様、ご安心下さい。もう悪魔は去りました」




 コーデリアはギョロリとエルトンを見ると、ニタァと不気味に笑った。



 次の瞬間、ズシャッという音が響く。

 エルトンの右腕が吹き飛び、辺りには血飛沫ちしぶき飛んでいた。

 血を吹き出しながら、意識を失い倒れるエルトン。


 エルトンの血を浴び、真っ赤に染まるコーデリアが無表情で振り返る。


「コーデリア!」

 クルムが走り寄ろうとするが、オレクが止める。


 クルムの額から汗が流れる。

「……様子が変じゃ……」


「アレストケージ」

 ヒュームが印を結びコーデリアを結界内に封じた。


「ミレーラ、今のうちにエルトンを助けるぞ」

 必死な表情のロジェがミレーラに声を掛ける。


「……」

 ミレーラは茫然として、動けずにいる。 


 ロジェは大声でミレーラを呼ぶ。


「「ミレーラ」」


 ハッとしたミレーラがロジェを見て頷く。


「……はい」


 茫然としながらガタガタ震えていたミレーラだったが、ロジェに手を引かれエルトンに近寄った。


 意識が無く、凄惨な状態のエルトンを見て、自身がやるべき事を理解したミレーラ。

「回復を試みますので、腕を……千切れた腕を持って来てください」


 ロジェが飛ばされて腕をミレーラに渡す。


「ハイヒール」

 千切れた腕を体に合わせると、回復魔法をかける。

 腕の傷は塞がり、もとに戻ると一命は取り留めたようだった。


 ロジェが安堵の表情を見せる。

「なんとか助かったようだな……」


 ――が、ミレーラの表情は強張っていた。

「ええ……でも、傷は回復しましたが、意識が戻りません……」


「どういうことだ……」


「……兄さんと同じように、生命エネルギーに動きが感じられないのです……」


「何だって……」


 コーデリアは結界内で冷たい目で二人を見下ろしていた。


 そして……小さく微笑むと声を上げて笑い出した。


「アッハッハッハッハ」


 コーデリアの笑い声と共に、囲っていた結界が弾け飛ぶ。


 禍々しい魔力がコーデリアを覆うと、二つの赤いつのを生やし、黒いうろこのような物で体が覆われた、漆黒の翼を持つ、女が現れた。


「我が名はマリオン。わらわの復活、よくぞ成し遂げた。お前達に感謝しよう」

 そこにいる者全てが、その言葉一つ一つにさえ、圧倒される程の力を感じた。


 ……これは……あの時の……

 ロジェは恐怖を感じていた……。

 あの夜、初めて赤い悪魔を見た時と同じ感覚だった。


 昨夜の襲来から、ロジェは疑問を感じていた。

 ……森で見た化物と赤い悪魔が同一なのか……と。

 容姿や禍々しい魔力は同じだったが、圧倒的と言えるほどの強さは、感じていなかったからだ。


「貴様らのおかげで、復活がなされた。素晴らしい事だ。――ん、そこにいる二人は森でうたな」

 マリオンが虫を見るような目でロジェとミレーラを見下ろす。


「お前が……あの時の……」


 マリオンに視線を送られたロジェとミレーラは、圧倒的な力の前に動けずにいた。






アレストケージ=捕縛結界……相手を結界内に閉じ込める

チェーンプリズン=封印結界……四肢の動きを封じる

ハイヒール=光魔法 中級……強力な回復魔法

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