第15話 魔窟の森

 ヘレンはテントから出ると、冒険者達を集めた。


 ロジェとミレーラも参加する。

 討伐隊の冒険者が中央に集まるとヘレンが登壇し、話を始める。

 さすがの冒険者たちの顔にも緊張が伺えた。 


「お前達、準備は出来ているな!! これからゴブリンの巣穴に向かう。偵察隊の話しじゃと、巣穴の近くには、武装したゴブリンの見張りが複数、隠れておる」


 ヘレンの言葉に、冒険者達がざわめく。


「ゴブリンが見張りを置くなんて……」

「本当に武装してるとは……」


 手を叩きパンと叩き、皆を静かにさせるヘレン。


「それでは……作戦じゃが、探索部隊が先行して見張りのゴブリンを討伐しながら、巣穴近くで待機する。その後に全員で巣穴を包囲し、出てきたヤツラを一匹残らず殲滅せんめつする。機を見て、探索部隊が巣穴に突入し、囚われている者達を助け出す。」


 ヘレンの言葉に息を呑む冒険者たち。 


「……探索部隊は、レイナルドを中心に少数で行く。レイナルド、前に出ろ」


 レイナルドが一歩前に出ると剣を掲げた。


「この作戦は先行部隊に掛かっているが、私は失敗などしない。お前達、安心して前進して来い」


 レイナルドの言葉に呼応ように、冒険者たちは雄たけびを上げた。

「「うおぉぉぉぉぉ」」 



「レイナルド、油断はするなよ……」

 ヘレンの声にレイナルドがうなずく。


「お前達……あたしはこれまで、ゴブリンが武装や見張りを置くなど、聞いたことがない……何が起こるか分からん。全員、気を引き締めて討伐に当たってくれ。死ぬんじゃないよ!!」


「「うおぉぉぉぉぉ」」


 ヘレンの言葉に、冒険者たちは不安をかき消すかの如く、再度雄たけびを上げた。


 そんな中、ロジェの目は闘志を宿していた。

 俺が必ず……ミレーラを守る……




 ロジェとミレーラは、ヘレンに呼ばれていた。


 そこには、幼い魔法使い二名とレイナルドがいる。


「探索部隊のメンバーはレイナルド、魔法使いバルドとメロ、そして……お前たち二人の五名じゃ。油断するんじゃないよ!!」


 レイナルドに目線をやるヘレン。

「レイナルド、皆をしっかりと頼んだよ」


「はい……」


 ヘレンはロジェとミレーラの肩をポンと軽く叩くと、その場を後にした。


 レイナルドがガシャンガシャンと重厚な鎧を鳴らしながら、二人に近づいた。


「お前たち二人を連れて行くことは反対だが、マスターの命令で仕方なく連れて行く。私の指示に従ってもらうぞ」


「ああ、分かっている。でもあんた、そんな重い鎧を着て動けるのか?」


 背が低く、幼い魔法使い、バルドとメロがやってきた。


「それは大丈夫だよ、兄ちゃん。その人は、『疾風のレイナルド』って呼ばれているSランク冒険者だ。そして、俺達が天才魔法兄妹。攻撃担当の俺がバルド、こっちが回復担当で妹のメロ。これでもAランク冒険者だぜ。兄ちゃんが……『Sランクのボッチ』だろ?」


 ん? この二人は……確か……

 ロジェが二人に近づくと、メロがバルドの頭を叩き、頭を下げた。

「兄さんが、生意気を言ってすいません」


 背丈は同じくらいの少年と少女。

 髪が赤く短い少年のバルドは、髪色と同じ赤い法衣を身に着けている。

 髪が青く左右二つに結ばれている少女メロもまた、髪色と同じ青い法衣を着ている。


「お前らの噂は聞いた事があるよ。十歳そこらでAランクの天才魔法兄妹がいるってな。俺はロジェ、こちらこそ、よろしくな」


 ロジェは二人と握手を交わした。


 バルドがふんぞり返って笑っている。

「まぁ、兄ちゃん。俺が入ればゴブリンなんてイチコロだよ。大船に乗ったつもりでいてくれ」


「本当に兄さんたら……ロジェさん、すいません。私も頑張りますので、よろしくお願いします」

 メロは冷たい目でバルドを見ると、ロジェにお辞儀をした。


 ミレーラも二人に深々と頭を下げた。


「ミレーラです。よろしくお願い致します」


 バルドは急に緊張しながら、恥ずかしそうにミレーラに頭を下げた。

「おう。よろしくな!!」


 メロはミレーラが子供である自分たちにも、とても丁寧に対応してくれた事に恐縮しながら、頭を下げた。

「ミレーラのさんのような、とても綺麗なお姉さまと一緒いれて幸せです。よろしくお願いします」



「それでは、そろそろ出発するぞ」

 レイナルドの掛け声で、五人は魔窟の森に向かい出発した。




 魔窟の森


 夕暮れ時、魔窟の森に入る五人。

 森は太陽の光を遮るように樹木が茂っていた。

 薄暗さが不気味な雰囲気を、より一層強めていた。


 森を進んで行くと、突然レイナルドが止まるように指示を出す。


 前方に目をやると、武装したゴブリン三匹が、武器を構え周りを警戒している。


「……おかしいな、偵察隊の話しだと、見張りはもっと先にいるはずだが……」


 レイナルドが武器を構え飛び出すと、一瞬にしてゴブリンとの間合いを詰め、瞬時に三匹を斬り伏せた。


 バルドが駆け寄る。

「レイナルドさん、見張りはもっと先じゃなかったの? それに、こいつら何か変だ。怯えているような感じだったけど……」


「ああ、そうだな……これより先、私が先行して様子を見る。お前達は警戒を強めて付いて来てくれ」


 レイナルドが先行する形で、五人は警戒を強めて森の中を進んで行った。


 ロジェもまた、警戒を強めていた。

 なんだ……嫌な感じがする……



 ゴブリンの見張りがいる地点に到着したが、物音一つせず、静寂に包まれていた。


 バルドが小声で話す。

「おかしいな、ゴブリンの気配がしない」


 レイナルドが四人を呼んだ。

「おい、これを見てみろ……」


 その場所には、ゴブリンであっただろう肉塊が無残に散らばっていた。


 メロは惨劇を目にし驚いている。

「何……これ……」



「……仲間割れでもあったのだろうか……」

 レイナルドは集中して周囲を探ったが、近くに魔物の気配は感じられなかった。


「巣穴はもうすぐだ。進むぞ……」

 レイナルドを先頭に再び森の中を進みだした。




 後方を歩いていたミレーラが何かを感じて立ち止まる。


「…………」

 それは、これまでに感じた事のない、おぞましい気配だった。気配の方向に視線を振る。


 同時に、近くにいたロジェも異様な気配に気づき、原因の矛先に視線を送る。


 二人の視線は、樹木の間から、こちらをジッと見ている大きな目を捉えた――と、その瞬間、その目は消えていた。


 ミレーラは恐怖からその場に座り込む。

 ロジェは無意識に剣を構え、額には汗が滲んでいる。


 汗が頬を伝う感覚でロジェが我に返る。

 ……なんだ今のは……気が付いた時には……剣を構えていた……


 ロジェは、剣を鞘に納めると、座り込み震えるミレーラの手を握った。


「……ミレーラ、大丈夫か?」


 ミレーラはその声に反応するように、瞳に生気が戻る。


「……はい……、あれは何だったのでしょうか……」


「……分からない……」


 ロジェはミレーラを起こすとレイナルド達に合流した。


 メロが心配して声を掛ける。

「ロジェさん、何かありましたか?」



「いや……大丈夫だ……」

 ロジェは、先ほどの大きな目の事を伝えなかった。

 何が起こったのか分からずに混乱していた事もあるが、死の恐怖を感じた事を心が拒絶し、『現実』だと確信を持てない事からだった。


 しばらく進むと、突如森の中に大きな洞窟の入口が見えた。ゴブリンが住む巣穴だ。

 洞窟が良く見える場所まで近づく。


「本体が合流するまで、ここで待機する」

 レイナルドが指示を出し、五人は見つからないように物陰に潜んだ。


 そんな中、ロジェは先ほどの『何か』が頭から離れず、言い知れぬ不安を抱いていた。

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