第9話 光聖教会の秘密
エルトン司祭の自室
テーブルを挟み、ロジェとミレーラがエルトンの前に座っている。
エルトンは礼儀正しく静かな口調でミレーラに話しかける。
「ミレーラさん、テオドル殿の件は教会にも連絡が入っております。いまだに行方不明とのことですが……」
「ええ……兄はまだ見つかっておりません……」
「教会としても力を尽くしておりますが、特に情報は聞き
ミレーラが頭を下げる。
「お
ロジェが体を乗り出して話し出した。
「今日はその事で聞きたい事があるんだ」
テオドルは
「……貴様は、
「西門の事だ。あそこの管理は光聖教会がしているだろう?」
「西門……ああ、そうだ。最近は凶暴な魔物が増えているので、警備は特に厳重にしている」
「ミレーラの兄さん……テオドルさんが消えた夜、彼を乗せた馬車が、西門を通っている可能性がある……」
「……テオドル殿は、夜中に馬車でクルム伯爵邸に向かわれたのだろう? 伯爵邸なら北門を通るはずだ。それに、さっきも言ったが西門は厳戒態勢で夜中の往来は禁止されている……」
ロジェは話しを
「西門の警備だが……昼間は冒険者のガランが一人で門番をしているな。だが……あんな脳筋が通行の管理など出来るはずがない。あいつはただ、門を守っている護衛だ。ということは、西門の通行管理は別の者がしているはずだ……おそらく光聖教会の者がな……」
ロジェの言葉にエルトンの顔が曇る。
さらに話しを続けるロジェの口調は、強くなっていった。
「いくら魔物が増えているからといっても、あの門はそう簡単に突破されないだろう……それなのにS級冒険者をわざわざ警備に付けている……。そこまで厳戒態勢を引いているのに、夜は警備を付けていない……エルトン……何を隠している」
エルトンの目を見ながら凄んで見せるロジェ。
そんな二人の会話をミレーラは驚きながら静かに聞いていた。
しばらく沈黙していたエルトンだった。
フゥーと大きな溜息をつくと、エルトンが話し始める。
「相変わらず、貴様は阿呆なのか切れ者なのか良く分からない奴だな……」
神妙な顔つきに変わるエルトンがロジェを睨む。
「ここ数か月前から、西門の先にある魔窟の森に凶悪な魔物が出現しているのだ……出現は決まって夕刻だ。多くの犠牲者を出しては、霧のように消える……血にまみれたその姿から、赤い悪魔と呼ばれている……。伯爵直属の騎士団が討伐に当たっているが、行方は分かっていない……」
話しを聞いたミレーラは驚き、涙を浮かべ、エルトンに詰め寄る。
「兄さんはその魔物に……」
「それは分かりません、テオドル殿の
ホッとした半面、不安な気持ちから
ロジェはテーブルを叩く。
「……なぜ、その魔物の事を公表しないんだ!!」
「公表してどうなる」
エルトンは静かな声で答えた。
「赤い悪魔の事を公表しても、ただ不安と混乱を招くだけだ。犠牲者を増やさないために、夜間の
エルトンは厳しい表情でロジェを睨んだ。
ロジェもまたエルトンを睨み返した。
「なら……ガランが居なくなった後の西門はどうなっている?」
「……光聖教会の者が門に結界を張り監視している。我々以外に情報を漏らさないためにな……」
「そこまで強力な魔物なのか……」
「ああ、そうだ……四大魔族に匹敵するかもしれない……」
「……四大魔族級だと!? ……そんなものがいるなんて……」
ロジェとミレーラは言葉を失っていた。
……本当にそんな魔物が存在するなら、この町どころか国単位で動く状況だぞ……
しばしの沈黙が流れる。
「話しはこれで終わりか? だったらさっさと帰ってくれ、これ以上の情報は無い。テオドル殿の件は教会も探索を続ける……赤い悪魔の件は誰にも話すな、貴様の首が飛ぶぞ」
エルトンはスタスタと自室の入口まで行くと、ドアを開き出て行くように示唆した。
考え込んでいたロジェも口を開く。
「……分かった。俺たちの優先すべきは、ミレーラの兄さんの行方だ……魔物はお前らに任せる」
立ち上がるロジェが、ドアに向かって歩くと思い出したように話し出した。
「……そうだ、俺達に西門の通行を許可してもらいたい。魔窟の森でテオドルさんがゴブリンに
エルトンは少し考えた様子だったが、
「……西門は厳戒態勢中だ。テオドル殿の事があるとしても……すまないが、許可は出せない」
ロジェは渋い顔をしている。
「そうか……分かった」
これ以上、こいつに迷惑は掛けられないな……
「仕方ない……今日は帰ることにするよ。またな、エルトン」
ロジェは軽く手を挙げ、部屋から出ていった。
ミレーラが深々と頭を下げる。
「エルトン様、色々と申し訳ありませんでした」
「いえ、テオドル殿の無事を祈っております。神の御加護があらんことを……」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
ミレーラは、早々と出て行ったロジェを追いかけた。
二人が出て行くのを見届けると、エルトンは音信機に手をかけ、会話を始める。
「ここ一、二ヶ月間で夜中に西門を通っている記録を私に報告して下さい。ええ……よろしくお願いします……」
光聖教会から出てくる二人。
ミレーラは肩を落としていた。
「兄さんの足取りが分からなくなってしまいましたね……」
「そうだな……西門の通行許可が出れば、魔窟の森に行けるんだが……どうしたらいいか……ギルドに相談してみるか……」
「冒険者ギルドですか?」
「ああ、通行許可は光聖教会以外だと冒険者ギルドしか出せないからな……ジェマさんに相談するしかないな……」
ミレーラの表情が一瞬暗くなった。
「ジェマさん……」
長い階段を下りるて冒険者ギルドに向かう二人。
黙って後ろを歩いていたミレーラが、急にロジェに話しかけた。
「あの……ロジェさんとジェマさんってどういう関係なんですか?」
ロジェは突拍子の無い質問に驚き、ミレーラの方を振り返る。
「関係って……ただの腐れ縁かな。俺がこの町に来た十年程前に、たまたま同じ馬車に乗っていたのがジェマさんだった。それから何の
ミレーラの表情からは、少しだけ安心したような感じが受け取れた。
「そうでしたか……私はてっきりお付き合いされていると思っておりました」
「俺とジェマさんが!? ないない。それに彼女は、ああ見えてだいぶ年上なんだ、俺なんて相手にもされないよ」
ロジェからは、何となく煮え切らない表情が垣間見えた。
「……とりあえず、ギルドに向かおう」
二人はギルドに向けて歩き出したが、失踪の情報が得られなかったためか、足取りは重かった。
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