第5話 北門

 決闘の後、家の中に戻るとテーブルに向かい合って話を始めた二人。


 お互いの緊張がほぐれたのか、よそよそしい雰囲気は消えていた。

「ミレーラ、テオドルさんが出て行った日の事を、詳しく教えてくれ」


「分かりました……兄は一ヶ月前の夜中に、クルム伯爵の使いの者から急な怪我人が出たと言われ、馬車に乗って屋敷へ向かいました」


 そもそもテオドルさんは屋敷に向かったのか……

 ロジェは考え込み難しい顔をしている。


「テオドルさんは、『屋敷に行く』と言って出て行ったんだよな……その、使いの者は知っている人だったのか?」


「いえ、初めて見る方でしたが……兄は知っている方だったのか、怪しんでいる感じはありませんでした」


「そうか……」


 屋敷に向かったかどうかを確かめる必要があるな……どうしたら……


 考え込むロジェ。しばしの時間が流れる。


 足取りを追うには、馬車を追うしか手はないな…… 


「……テオドルさんは、顔見知りの何者かにで連れ去られた……馬車は夜中だと目立つ、まずは、馬車の行方を追ってみよう」


 ロジェは立ち上がるとテーブルに近隣の地図を広げた。


「俺たちの住む町、グレースがここだ」


 地図の中央にある町を指差す。


「クルム伯爵の屋敷は町の北側、ここは伯爵の別邸で、伯爵の娘であるコーデリア嬢が住んでいるらしい」


「えっ……屋敷に伯爵様はいらっしゃらないのですか?」


「ああ、伯爵がいるのは、町の西側にある西門を越えて、橋を渡った先にあるだ」


「お嬢様が屋敷に……なぜ、城に住んでいらっしゃらないのですか?」


「良く事情は知らないが、噂だと……『城が好きじゃない』とかで屋敷にいるってことらしい。伯爵も屋敷にちょくちょく来ているらしいから、お嬢さんが住んでいるのは本当だろうな……」


 地図上の屋敷をトントンと叩くロジェ。


「本来だと、伯爵が町を視察する時用の屋敷だったが、数年前から、常に使用人や警備役を置き始めたらしい。おそらく、その頃から、お嬢さんが住んでいるのかもしれないな」


「お嬢様は確か五・六歳くらいでしたよね……その年齢で、お父さんと離れて住んでいるなんて……それに……伯爵夫人は体の弱い方で、コーデリア様がお生まれになって、数年でお亡くなりになっていますよね……」


「ああ、そうだ……」


 ロジェが小さく手を叩く。


「話しを戻そう……テオドルさんが、伯爵の屋敷に向かったのなら、町の北側の門を通らなければならない。」


「そうですね……」


「夜中なら警備も厳重だろう。北門の門番に馬車が通ったかどうかを聞いてみれば、テオドルさんの足取りが分かるかもしれない……北門に行こう」


 ミレーラがうなずくと二人は立ち上がり足早に出発した。



 町の中心地を越え、北門へと続く道は農村地帯が広がっているため、静かでゆったりと時が流れる。

 ミレーラが歩きながら話を始めた。

「私……幼い頃に疫病で両親を亡くしてから……兄さんと二人で光聖教会で育ったんです」


「そうか……十数年前の疫病でこの地域でもたくさんの人が亡くなったみたいだな……」


「ええ……兄と私は、二人とも働ける歳になるまで光聖教会に居ましたが、家族二人だけ……助け合って、兄妹で同じ家に住むことしました……」


「……」


「兄さん、いつも自分より私の心配ばかりで……それなのに、急に居なくなってしまって……」


 下を向き黙ってしまったミレーラ。


「必ず……見つけよう」

 ロジェの優しくも力強い声にミレーラは、黙って頷いた。



 北門

 大きな石造りの門の前には、町の出入りを監視する門番の男が武器を持って立っている。

 人々や馬車が行き交う門の下、ロジェが一人の門番の男に話しかけた。

「すまない、少し話を聞きたいんだが」


 門番は不愛想に答える。

「何だぁ?」


「一ヶ月前の夜中に馬車が町の外に出るために、ここを通らなかったか?」


「一ヶ月前の夜中だぁ、馬車なんて通ってねぇよ」


 ミレーラが驚いて話し出す。

「本当ですか? 一ヶ月前にクルム伯爵のお屋敷に向けて馬車は通りませんでしたか?」


「だから、通ってねぇって。だいたい、最近は魔物が多いから夜中は門を開けてねぇよ」


 ミレーラはズイズイと門番の男に詰め寄った。

「でも……兄は伯爵のお屋敷に向かったんです。ここを通ったはずなんです」


 ミレーラのしつこい様子に門番は苛立っている。

「伯爵のお屋敷は北門の先だが、夜中は通らねぇし、知らねえよ……何だよ、あんたらは」


 少し焦りすぎだな……

 その時、ロジェがミレーラと門番の間にスッと割り込むと、門番からミレーラを引き離した。


「ミレーラ、落ち着いて。ここは俺に任せてくれ」


 ロジェがゆっくりと門番に歩み寄る。

「仕事の邪魔をして悪かった、ありがとう」


 そう言うと門番にチップとして銅貨を数枚渡した。

 チップを受け取った門番の態度は、あからさまに良くなった。


「なんだ兄ちゃん。礼儀を分かってるじゃねぇか、へへへ」


 ロジェは機嫌の良くなった門番に話しかける。

「夜中は門は閉まっているのか?」


「ああ、魔物が多いからな。門は閉めてるぞ。しかも交代で必ず誰かしらいるからな、さっき言った通り、馬車なんて通れねぇよ」


「そうか……」

 馬車はこの門を通ってないのか……


「最後に一つ聞きたいんだが、門の管轄は何処どこがやっているんだ」


「門の管轄……たしか、光聖教会がしているさぁ」


「光聖教会か……ありがとう。また何かあったら、よろしく」


 門番から離れたロジェがミレーラに近づく。


 不信な表情のミレーラが呟く。

「あの方が、兄さんを見ていないならば……兄さんは何処に向かったのでしょうか……」


 ロジェは考え込んでいる。

 ……あの門番が嘘をついているとは思えない……


 ロジェは、ゆっくりと道の端まで歩くと草の上に座り地図を広げる。

「一つ気になることがある」


 ミレーラもロジェの隣に移動して座る。

「何ですか、気になることは?」


「憲兵からの探索結果に、『森でゴブリンに襲われた』と書いてあった……本当だとするなら、森は恐らく西側にある、この森だ」


 ロジェは確信があるように、西側の森を指差した。


「数千年前に戦争が終わった、魔族と人間の戦い、人魔大戦は知っているだろう?」


「ええ、魔族は魔法、人間は武器で幾度いくどとなく戦ったと……」


 ミレーラは鞄から本を取り出した。

「光聖教会の聖書にも載っております」

 ミレーラはペラペラと聖書をめくると、ロジェに開いたページを見せた。


「ここです……魔法は魔族だけが使えるものでしたけど、協定が結ばれて交流が増え、契りを交わす方々が増えたことにより、人間も使えるようになったと書かれています……ただ……今は人間も魔族も平和に暮らしておりますので、本当に大戦があったかどうかは分かりません……おとぎ話だと言う方々も多いです」


 ロジェはミレーラの話をうんうんと頷きながら聞くと、話を始める。


「その大戦時、この町は魔族領と人間領との境界の町で、どちらの味方でも無い中立国と言われる国だったらしい。そして、西門側の先が魔族領である魔大陸と言われている。今でも西側に強い魔物が出るのは、その影響だ」


「魔族の住んでいた魔大陸……東側は人間の住んでいたヒュー大陸と言われていますね……」


「ああ……そして魔大陸側にある、この西の森は、協力な魔物が現れることから、ギルドの間で魔窟まくつの森と言われている」


 ミレーラの表情が曇る。

「魔窟の森……」


「もし、探索結果の森が魔窟の森なら、ゴブリンが大量に居ても不思議じゃない」


 ミレーラの顔がさらに曇る。

「でも、なぜ兄は西側に?」


「テオドルさんは、クルム伯爵の屋敷ではなく、城に向かったのでは無いだろうか……城に向かう途中に襲われたのか、何らかのトラブルにあったのか、は分からないが……調べて見る価値はあるとだろう……」


「城へ……だから、北門の方々は馬車を見てないと……分かりました……西門に向かいましょう」


 そういうと二人は西門に向けて歩き出した。


 西門は町からだいぶ距離があり、西門に続く道も長く、殺風景な景色が続いている。

 これは、西門の外が魔大陸であり、魔物が入って来ても町に到着するまで時間を稼ぎ、対応の時間を取るためだとされている。


 道中


 ミレーラが話し出す。

「クライン城は、なぜ魔物が多い魔大陸側にあるのでしょうか?」


 ロジェは少し考えながら、


「うーん……ギルドで良く聞くおとぎ話だと、

『人魔大戦の時、クライン城の王は魔族で人間嫌いだった。しかし、人間の娘と恋に落ち、やがて婚姻を結んだ。そして中立国としてどちらの側にも就かず、大戦終結に大きな影響を与えた』という話しだ」


 ミレーラはとても嬉しそうに聞いている。

「とてもロマンティックで素敵なお話ですね……こんど詳しく教えて下さい」


 よく知らないんだよな……

 ロジェは困った様子で顔をしかめている。

「すまないが……これ以上詳しくは分からないんだ。ギルドでジェマさんに聞いてみてくれ……」


「フフフ、わかりました。今度聞いてみます」


 そんな会話をしながら、二人はやっと西門に到着した。

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