第2話 適任者

 ガヤガヤと騒がしいギルドから、扉を一枚隔てた部屋の中は嘘のように静かな空間だった。


 受付のジェマと、冒険者ギルドへ依頼にきたミレーラは向かい合い話しをしている。


 ジェマは神妙な面持ちでミレーラに話しかける。

「お兄様の探索の件は分かりましたが……誰かに監視されている?……そんな気がするのですか」


 ミレーラは不安そうな目で下を向きうつむく。


「わたしの……私の、気のせいかもしれませんが……憲兵に相談に行った、次の日から、見られているような……誰かに付けられているような、そんな感じがするのです。もしかしたら、兄がいなくなった不安からかもしれませんが……」


 ジェマは首をかしげながら、考え込んでいる。

「うーん……」

(おそらく、気のせいでは無いわね……監視されるような『何か』があるのか……)


 ジェマが両手をパンと鳴らし、うんうんと一人頷いた。

「分かりました。……では、、この二つで依頼を引き受けましょう」


 ミレーラの表情は少し明るくなった。

「本当ですか? そうして頂けると心強いです。ありがとうございます」


 対症的にジェマの顔が曇った。


「ただ……問題があります。実は最近、モンスターが大量発生していて、ギルドへの討伐依頼が殺到しております。冒険者達はモンスター退治の報奨金が高いので、そちら依頼を優先してしまって、人員がいないのです……お兄様の安否あんぴを気遣うと、直ぐにでも依頼に取り掛かりたいのですが……」


 ミレーラの顔も曇る。

「報奨金ですか……」


 ジェマは、依頼人の落ち込んだ様子に戸惑いながら、「大丈夫」の意味で両手を振る。


「誤解させてしまいましたね。当ギルドでは、依頼料は決まっておりますので【たくさん支払うと優先される】などはございません。ミレーラ様の場合は、人探しと護衛の合計金額になります」


 テーブルの上にギルドの案内書をサッと開き、説明を始めた。


「当ギルドでは依頼者の優越で優先順位を決定しないために、内容によっての料金変更はありません。もちろん緊急を要する場合は、ギルドから直接、冒険者を斡旋あっせんしますが。」


 案内書を見つめるミレーラ。


「護衛や人探し、アイテム採取、など対象が変わらないものは、王様でも町人でも料金は変わらないので、冒険者も忖度なしで公平に依頼を受けます……」


 眉間にしわを寄せ、厳し表情に変わるジェマ。


「……ですので、モンスター討伐依頼が溢れる今、報奨金の安い依頼は敬遠されがちなんです……依頼が少ない時なら直ぐに冒険者は集まのですが……タイミングが悪いですね……」


「そうですか……」


 重々しい雰囲気が二人を包む。


(誰かいないかしら――あっ、そうだ!!)

「お客様、少々お待ちください」


 ジェマは肩にかかる髪をかき上げ、颯爽さっそうと立ち上がり部屋を後にした。


 部屋を出たジェマが、ホールを見渡し、一人の男が座るテーブルにヅカヅカと歩み寄った。


「ロジェ!! あなたに依頼があるの」


 一人が好きなのか、端のテーブルでひっそりと酒を飲みながら食事をする男が怪訝けげんそうな顔をしている。


 剣をテーブルの横に置く、その男は、冒険者のようで、筋肉質でガッシリとした体形をしている。

 無精ぶしょうひげを触ると、何とも面倒くさそうな目でジェマをにらみつけた。


「ジェマさん……俺は食事中だから、他を当たってくれよ。あんたの直接の依頼は、ろくなことが無いから……」


 ジェマは、ロジェの言葉をお構いなしに横に座ると近くに詰め寄る。


「どうせ、あなたは暇でしょ。仲間もいないし。いつも一人クエスト専門じゃない。今は討伐依頼ばっかりで一人クエストなんか無いわよ。暇なんだから、私の依頼を受けなさいよ」


 はぁぁぁ、この人から直接の依頼……無茶が多いんだよな……

 ロジェは嫌そうにジェマから少し離れるように座りなおす。


「一人クエストが無いなら休みだよ。体を休めるのも冒険者の仕事だろう」


「あんた、いつも休んでるじゃない」


「一人クエストが少ないから仕方ないだろ」


「なら、依頼を受けなさいよ!」


 ロジェは肉をほおばりながら、ジェマを眺めた。

 ……確かに懐が寂しいのも事実……依頼を選べる状況ではないか……どうするか……


 ジェマが両手でドンと大げさにテーブルを叩いた。


「もうー! とにかく、さっさと来なさい!!」

 ジェマはロジェの手を掴むと、強引にミレーラのいる部屋に連れて行った。


 ミレーラの前に、さっきまでのロジェとのやり取りとは別人のように凛としたジェマが、不機嫌そうな剣士を引っ張ってきた。


「ミレーラ様、お待たせしました。ご紹介します、こちらが冒険者のロジェ・デュンヴァルト、剣士をしていて腕はそこそこです」


 ロジェは、さらに怪訝な表情を浮かべる。

「……『そこそこ』って……」


 そんなロジェにミレーラは深々と頭を下げた。

「ミレーラ・フランセルと申します。ロジェ様、よろしくお願い致します」


 ロジェは腕を組むと困った顔で話し出す。

「ミレーラさん、俺はまだ依頼を受けるとは言ってないよ。依頼内容も聞いてないし……」


 それを聞いたジェマが、横にいるロジェの足をギューッと踏みつけた。

「ロジェさん、依頼を受けるんですよね……ね!!」


 痛いなぁ……強引過ぎるぞ、この人……はっきり言わないとな……

 踏まれた足を外すロジェ。

「ジェマさん、俺は依頼を受けるとは言ってませんが……内容も聞いてませんから!!」


 ジェマは、怒った顔でロジェを睨むと声を荒げる。

「依頼者の前で恥を欠かせないでくれる!! あんたが一人クエスト専門で仕事が無いから紹介してあげてるのに、何なのその態度は!!」


 唖然とするロジェをさらにまくし立てる。

「そんなんだから『ボッチ』とか『ロンリーフェンサー』なんて言われるのよ」


 ロジェの眉毛がピクリと動く。

「俺は一人が好きだから一人冒険者をしているんだ。人の勝手だろうが……だいたい、『ボッチ』とか『ロンリーフェンサー』って言いだしたのは、ジェマさんが最初だろうが!!」


「何だとぉ!!」

 ジェマは怒りから立ち上がり目を細めてギロリとロジェを睨んだ。


 そんな、二人の様子を見ていたミレーラが笑い出した。


「うふふふ、お二人は仲が良いのですね」


 あれ……笑ってる……こんなに楽しそうに笑える人なんだな……


 ロジェは部屋に入って目にした依頼人の女性が、あまりに酷く落ち込んだ様子だったが、笑顔が見えた事でほっとしていた。


 ロジェはミレーラの前に顔をグイっと突き出す。

「お嬢さん、俺は、辛気臭しんきくさいい話しは嫌いでね。あんたが、悲しい顔をしていたから依頼を聞く気にはなれなかったけど……あんた、笑えるだな。笑ってる顔の方が似合ってるよ」


 ミレーラは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 すかさずジェマがロジェの頭を叩く。

「何を格好つけてるのよ、あんた!!」


 ロジェは頭を抑え、無言でジェマを睨んだ。

 痛いな……


 ミレーラは、フフフっと笑うとロジェの顔を真っ直ぐ見つめる。


「ロジェ様、私のお話を聞いて頂けませんでしょうか」


 その真剣な眼差まなざしに、ロジェは目を奪われてしまった。

 ……綺麗な目の色をしている人だな……


 ロジェはハッとして我に返る。

「分かったよ、ミレーラさん。あなたの話しを聞いてみて、依頼を受けるか判断するよ」


「ありがとうございます。私の依頼は……」

 ミレーラは兄失踪事件を話し始めた。

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