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 取り敢えず執行官の身體をEHbb0へ預けると、EZ136らはrEZ998を抱えて997a1支部の医務室へ駆け込んだ。それから暫くして直ぐEZ110が監視室を飛び出し、勢いよく医務室の扉を開けた。

 

「ナインエイトがいたって本当!?」

 

 EZ333は唖然としてジェルの入った瓶を落としてしまった。あのEZ110があんなにも乱暴に扉を開けるとは思わなかったのだ。EZ110は柔らかなボブ・ヘアの白髪を乱し、息を切らしていた。彼女は視線を下ろし、床に散らかったジェルや瓶の破片に意識を留めた。

「きゃあ!ごめんなさい。大丈夫?」

「いや、気にすることはない。落としたのジェルだから」

 EZ333は小さく苦笑した。高価な薬品であれば、流石に絶望していただろうが。運がいいのか悪いのか、ここにはそんなものはない。EZ110は怖ず怖ずとしながらも再度声を鳴らす。

「ナインエイトは?」

「ああ、今ちょうど、傷口を塞いだところだ。そこの野生児ばりに傷だらけで参った」

 EZ333の救急用の調整器コクーンに向けられた。それは繭型の医療用装置ユニットだ。通常よりも操作できる機能が多いのが特徴なのだが、オフラインである現在いまはただ無駄にボタンや基盤の多い寝台だ。

 その傍らで椅子に座していたEZ136は眉間の皺を増やした。

「ちょっと。今の台詞、聞き捨てならないわよ」

「お前、今日の傷以外も無数に作って放ってたじゃないか」

 う、とEZ136はことばに詰まる。EZ136の身體は刀傷は無くとも既に古傷だらけであった。それはひとえに、「ジェルが染みて嫌いだから」という何とも子供っぽい理由のためだ。どの執行官もそうなので、執行官は人格が子供っぽいのだろうか、などとEZ333は考えてしまう。

 EZ333は持参していたノートパッド型医療端末(通称医療用タブレット)をEZ110へ差し出した。簡易検査キットもこの端末に内蔵されてあるのだ。画面上には縦にウイルスの種別が記載され、その横にステータスが表示されている。すべてが問題なしのオールグリーン。

「兎に角、ウイルス検査はすべて陰性。r999a1区の担当官でここまで無事なのは奇跡だな」

「そうね……」

 EZ110は安堵で穏やかな微笑を浮かべる。EZ333も微笑み返すと、やおら室の奥でキーボードを叩くD7100を見た。彼女はEZ998の脳内に内蔵されている記憶メモリへ直接アクセスし、障害の有無を調査しているのだ。無線通信は叶わないので、直にコードで接続する必要があり、EZ998の長い髪はベリーショートに刈り上げる羽目になったのだが――安全を確認するためには止むを得ないことだ。

 EZ333はD7100へ傍へ寄り、静かな声で尋ねる。

主記憶メモリの状態はどうだ?」

「……ひと言で言うと、悲惨。ウイルス感染したんじゃないかと思うくらい。でも、どれも検知されていないのよね?」

「よほど特殊な隠匿型じゃない限りは」

「そう……中身がぐちゃぐちゃで、抜けも散見される。各種設定もガタガタだから、そこは医務官である貴方が修正してあげて」

「わかった」

 EZ333はこくり、と頭を縦に振る。その様子を眺めていたEZ110は、すぐ横で何かをにたにたと見詰めているEZ022を認めて顔を引き攣らせた。

「で、トゥトゥは何をしているの?」

「ああ……初期作品が戻ってきて喜んでるのよ」

 とEZ136。「初期作品?」とEZ110 は小首を傾げてEZ022の近くまで歩行あるき寄る。EZ022の手の平には小さな白銀のキューブが煌めいている。EZ110は眼を見開き、明るく大きな声を上げた。

「わあ!懐かしいわね!」

「え、忘れてたの私だけ!?」

 と思わず立ち上がる。EZ022はそれみたことか、と鼻で嗤った。EZ136はがっくりと肩を落とした。どうやら己は脳筋なだけでなく、薄情らしい。感覚系も筋肉でできている所為じゃないか?等と囃し立てるEZ022に腹を立てるが、ぐうの音も出ない。EZ136は悶々としながらキューブを見詰めると、ふと思い出した。

「……そう言えば、気の所為かもしれないけど。キューブそれ、なんか音鳴ってたのよね」

「え!?本当ですか?」

 勢いよく立ち上がり、EZ022が詰め寄る。興奮気味と言ってもいいかもしれぬ血眼の形相だ。EZ136は呆気に取られながらも、こくこくと頷いて応える。

「え、ええ」

「へえ……また何処かの通信を傍受しちゃったのかしら」

 とEZ110。その不穏な言葉に、EZ136は眉根を寄せた。

「ん?傍受?」

「だってそれ、通信機じゃない」

 そんなものを開発者ディベロッパーでも無い頃の、而も未だ正式な市民エージェントでもない頃に。勇敢を通り越して蛮勇だ。無謀が過ぎる。

 通信機器はセキュリティ面の問題に深く根ざすため、権限を持たぬ者が製作すれば罪に問われる。無論、処罰は執行官の元へ連行されてからの「即刻処分」。運がいいのか、EZ022は正式な市民エージェントになってからは製造権限まで有する高位の開発者ディベロッパーであった為罪に問われることはないが、当時は己が何の権限を有しているのか伏せられている故、知らない。

 己の特性から、おそらく分析官か開発者ではないかと踏んでいたのやもしれぬが――EZ136は呆れた風に深々と嘆息した。

「……規則スレスレを攻めた作品作ったわねえ、あんた」

「結果良ければすべて良しですよー」

 EZ022の呑気な返答に、EZ136は青筋を立てる。我慢ならず、つい立ち上がって拳を下ろしに行ったほどだ。EZ022が「痛いじゃないですか!」と吠える傍らでEZ136は白銀のキューブを取り上げ、しんとした声で言葉を落とした。

「で、さっきの話からして。訓練所スクールの頃にも数度、通信に成功してたわけね」

「ええ。でも、発信源はわからないのよね」

 EZ110の同意にEZ136は表情を険しくした。それは即ち、やはりあのときの声は聞き間違えでない可能性があるということ。

 

 ――誰か、私の声が聞こえるか。

 

 あれはたしかにそう言っていた。いったいあの声主は何を呼びかけていたのか。若し、今回の災害地区の生き残りの声を拾ったのだとしたら? 

(そうだとしたら、早く助けてあげなくちゃ)

 己は執行官。やれることは、市民エージェント廃棄品ジャンクにすること。だからといって同胞が死にゆくのを見るのを好むわけではない。

 表示されていたのは「NOAH」の文字。あれはでたらめに表示されたものなのか、それとも何らかの暗号なのか。どちらかは判らない。けれども、それしか今は手掛かりがないのだ。

 

「あの、ちょっといい?」

 

 矢庭に鳴らされたD7100の声で、EZ136は我に返った。彼女はEZ998の記憶メモリのチェックを終えたのか、キーボードから手を離してEZナンバーの面々を見据えていた。

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