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 D7100は小さく息をつくと、端末を操作してひとつのウィンドウを表示させる。其処には基本情報――主記憶メモリの残容量や各機能の設定値、保有している権限など――を纏めた表が提示されている。

「初めて見たし、ここの機材は性能低いから確かなことは言えないのだけれど」

 そのあまりにもったいぶった物言いに、EZ136は顔を顰めて端末画面を凝視する。表には確かに各機能の設定値が悲惨であることをありありと証明していた。あれではまともに音を聞くことも文字を読むことも敵わぬだろう。だが、それは気不味くなるようなことではない。そのようなことはついさっき先行して告げられてある。D7100はキーボードのカーソルキーを叩き、表をスクロールしながら小さく言葉を落とす。

「この市民エージェント、ただの分析官じゃないの」

 その言葉の意味が解せず、EZ136らは「へ?」と語を溢すが、D7100は視線を端末へ向けたまま続ける。

「サーティス。貴女と同じよ。特種型」

 カーソルキーから手が離れた。其処には「body-type」の項目がありその横に――。その文字にEZ136は我知らず声を漏らしていた。

 

中間型ミドルタイプ?」

 

 それは市民エージェントでは滅多に見掛けない女型フィメールタイプ男型メールタイプの間の、どちらでもありどちらでもない型だ。許可さえ与えれれば女型フィメールタイプと同等のことができるが、そうでない間は男型メールタイプ同様にあらゆる権限に制限が付されるという中途半端な性質を有する。

 今度はEZ110が口を開く。

「分析官で?何の役職でも珍しいけれど……」

 特殊な型は特種権限を有する者に多く現れやすい。保安局や議会を束ねる者、開発者、医務官、執行官など。だが、それは目先の経験則の統計に過ぎない。それが一般議員であろうと監視官や分析官であろうと男型や中間型が現れても可怪しくはない。それは生まれながらに定められた性質であり、論理的説明に基づいたものではない。

 EZ136がそのいい例だ。女型の執行官は筋力においても手足の長さリーチにおいても不利だ。その上、複製機能を有する執行官など危険極まりない。それは同時多発的な殺人が可能ということを指すからだ。

 EZ136は深く息を落とすと、言葉を返した。

「偶々でしょう?私もたぶん、偶々だし」

「そうだと思うのだけれど……。若し、彼が中間型ミドルタイプだったから逃げ延びれたのだとしたら、何かあるのかなと思って」

 とD7100。先程のEZ333が持参していたノートパッド型医療端末をじっと見詰めている。

「ウイルスが中間型に対応してないとか」

「それも考えられるわ。たいていは女型を集中的に狙って拡散させたり、男型を壊滅させて行為の権限を停止させたりだとかだから……中途半端な中間型は年頭から外れがちになる」

 だが、D7100の懸念は其処にはない。そうと言わんばかりの口振りに、EZ136は怪訝な面持ちをする。

「何が、言いたいの?」

「俺たちの使用している機材もあまり中間型に適応されていない。だからこそ、実はウイルスの方は中間型に適応されていて、俺たちの方がウイルス見逃しているだけなんじゃないか――そう言いたいんだろう」

 EZ333の言葉にEZ136は息を呑む。EZ333は横たわったまま意識を取り戻さぬEZ998を見下ろして、低い声で語を継ぐ。

「俺も一応、見逃しているウイルスの可能性は考えて検査キットは完全分離型のものを使用していた。まあ、中間型だとは思いもしなかったが」

 EZ110は祈るように両手を握り、切なる声を鳴らす。

「でも、本当に感染していない可能性も」

 D7100は小さく頭を縦に振り、「それも、ある」と応じる。そしてやや目線を下げて気不味げな様相を見せると、しんとした声で語を落とした。

「けれども専用隔離装置ユニットはして中継地点に運んだろうがいいと思う」 

 隔離装置ユニット――それは、本来は処分対象者を拘束し護送するためにある。D7100の横で座っていたEZ022 はすっくと立ち上がった。

 

「で、どっちづかずで判断付かないから処分ってやつですか?」


 しんとした静寂が室内に下ろされた。EZ022は長い前髪の奥で、侮蔑を帯びた白銀を向けている。その口調にはいつもの巫山戯た様相はない。

「保安局のやり方はいつもそうです。解らなければ取り敢えずすべて揉み消して無かったことにする。実に頭が悪い」

「……それは、悪いとは思っている。けれど、ひとつひとつすべてを解明してから対応していては手遅れになることもある」

「それには理解はしてますよ。ただ、「取り敢えず」が先行しすぎて不要な処分を繰り返していまいか……そう思っているだけですよ。考えたことありますか?殺される側のことを。

 EZ022の語に、EZ136の胸の奥がずきり、とした。それはいつも、心の奥底で感じていた言葉。

 

 私はいつまでこんなことを繰り返せばいい?

 何人殺せば終わる?

 十人?百人?千人?

 それとも市民を皆殺しにすればいい?

 

 己が処分されるまで続けられる、終わりのない同胞殺し。EZ022は横たえられているEZ998のすぐ傍らまで徐々ゆったり歩行あるき寄り、立ち止まる。その手には、ひとつの装置ユニットが握られていた。隔離装置ユニットだ。保護装置ユニット〈ガーディアン〉と同様に首から顔の半分まで覆う部位と外套のように身體を覆い拘束する部位で成り立っている。色は黒。赤いラインが入れられ、後頭部付近に「DISPOSAL(廃棄)」の文字。

 EZ022は乱暴な手つきでEZ998の胸ぐらを掴んで引き寄せる。意識のないEZ998は人形のようにぐらぐらと揺れて、EZ022に凭れ掛かる。だがEZ022の冷たい視線はD7100へ向けられたままだ。

「つくづく思いますよ。自分が保安局なんて猿の集団に選ばれなくてよかった、と」

 カチリッと音がなった。EZ998の首から頭部の半分ほどまでを首輪型の赤い通信遮断具が覆い、腕を含む上半身を黒い拘束具が包みこんでいる。EZ022が装着させたのだ。

「ワタシは猿じゃあありませんからね。この事態を解消するための協力ならば惜しみませんし、元よりその算段つもりです。知らない構成型プロトコル?ならば突き止めるための手立てをワタシは追求しますよ。ワタシは他者ひとには興味ありませんが――友を見捨てるほど腐ってもいませんからね」

 その友には、EZ136のような「殺す側」も含まれている。EZ022は吐き捨てると、すたすたと室内を横切り退室した。

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