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『さて、旧友諸君出てきたまえ!』


 拡声器から鳴らされたのはEZ022の声だ。何となく、そうなのではないかと薄々と感じていたEZ136とEZ333両人は頭を抱えた。

 EZ022には同胞に対する慈しみ等ないに等しい。彼にとってはそれが面白いか、面白くないか。それだけなのだ。故に、その頭部ヘッド胴部ボディが泣き別れになろうと胸を痛めることはない。加えるならば、誤って骸を粉々に粉砕しても気に留めない。

 EZ333がEZ998を抱き抱えると、両人は呆れ顔を見合わせ、頷きあった。EZ136が先行して飛び出すと大きな声を鳴らした。

「トゥトゥ、こっちよ!」

 いったい何を考えたのだろうか。EZ022はさらに速度スピードを上げた。EZ136は咄嗟に危機を察知して、建物内へ逃げ込む。〈キャリアー〉はEZ136の停車した。操作が単純に下手でブレーキとアクセルを踏み間違えたのか。それとも旧友で市民エージェントの性能試験でもしようと考えたのだろうか。前者であってくれ。EZ136の脳裏にはそんな願いがありながらも、停車した〈キャリアー〉の運転席を勢い良く開け、取り敢えずの苦情クレームを一喝した。

 

「殺す気か!」

 

「厭ですねえ。一応、速度スピードは計算してギリギリを攻めておきましたよー。ほら、対象を撃退する前に同型で試験しておかないと」

「後者か!何となくそんな気はしてたわよ!」

 とつい大声で突っ込んでしまう。EZ333は顔を引き攣らせたまま、後ろの荷台の扉を開いていた。兎に角、あの執行官に気付かれる前に乗り込まなければ。そして厭たことというのは総じて起きうるのである。白煙の向こうに赤い髪が垣間見えたのだ。EZ333は急ぎ乗車し、扉を閉める前に注意喚起した。

「サーティス、トゥトゥ。来たぞ!」

 EZ136は後方にその対象ターゲットを認めると、運転席の横になり座して扉を閉める。それと同時に、EZ022はブレーキから足を離してハンドルを切る。勢いよくUターンをすると、アクセルを全力で踏んだ。

「ちょ!」

 思わずEZ136は声を上げる。まったくもって遠慮というものがない。〈キャリアー〉はまことの全速力をもって、この区の担当執行官へと突っ込んでゆく。そしてドカンッという鈍い音ともに今度は急停車した。EZ136は座席シートにしがみつきながらも、生きた心地がしなかった。

「ふう。そて、どうなりましたかね」

 操作していたEZ022だけがけろりとしている。どころか、結果が気になって仕方がないらしい。唖然としているEZ136を小突き、「さっさと見てきてください」等という。新しい刑執行装置ユニットでも開発する気なのか。だがボサボサの前髪の下でキラキラと輝かせているその眼差しは、開発者というより狂科学者マッドサイエンティストが似合いそうだ。否。最早単なる狂人だ。

 渋々とEZ136は降車すると、〈カムイ〉を携えて忍び足で執行官の姿のあった辺りまで歩行あるいた。相手は機能停止はしないだろう――そしてその予想は的中しており、路端で赤い髪の男は白目を剥き、泡を吹いて呻いていた。その首筋にあるIDから名は「D8d5f」というらしい。EZ136は顔を歪めると静かに言葉を溢す。

「あなたがナインエイトを救ってくれたのなら、礼を言います」

 EZ136の手に握られていた〈カムイ〉がふるい落とされる。その刃は鈍い音を立てて硬い執行官の頸を断ち斬った。執行官の身體は大きく跳ね、動きを留めた。頭部ヘッドは未だぶつぶつと支離滅裂な語を吐いているが、これで暴れ回ることはない。EZ136は苦しげに嘆息すると、動けなくなった執行官のヘッド胴部ボディを担ぎ上げ、〈キャリアー〉へ戻った。

「取り敢えず、一時的に動きは封じたから連れて行くわ」

 この執行官の記憶メモリにはおそらく、調査する上で重要な情報が記録されているに違いない。座席の間に胴部ボディを下ろし、その上に頭部ヘッドを置く。その眼はまだ世界を映しているのだろうか。ぎょろぎょろと動いてはEZ136を睨め付ける。EZ022は実に興味深そうにそれを凝々じろじろと見る。

「ほう。あの攻撃を受けて動けはしていたんですねえ。いやはや、執行官の頑強さは実に興味深い」

「それ以上どうでもいいこと抜かしたら、あなただけここに置いて帰るわよ」

「それは恐ろしい」

 EZ022は肩を竦めると、〈キャリアー〉は発進した。今度は常識的なの速度スピードをもって、〈キャリアー〉は帰路についた。





//LOADING>>>PLAYBACK



 

 r996a1支部の認証基盤ゲート前で〈キャリアー〉が急停止すると、EZ136は座席から立ち上がった。その弾みで、腰元のポケットに仕舞っていた物がカツンと音を立てて転がった。

「あ」

 そこでようやく、EZ136は先程拾ったキューブのことを思い出した。そのキューブはEZ022の足許に転がり、EZ022はきょとんとしてそれを拾い上げた。

「ん?これは……」

 その白銀のキューブを見て、EZ022は声を上げた。

 

「懐かしいですねえ!」

 

 EZ022の言葉に、EZ136は眉を顰めた。それと同時に丁度EZ333もEZ998を抱きかかえて降車し、EZ022の手に握られていたキューブを見て同じく声を上げた。

「それ、若しかして」

「え?なんだっけ……私覚えはあるんだけど何だったか覚えてなくて」

 EZ136は焦りを覚えながらも尋ねる。これは最早、記憶にない方がいけないやつか、と。そしてその予想は当たっていたらしい。EZ022が憤慨した様相で声を鳴らした。

 

「ワタシの一番最初の作品じゃあないですか!何忘れてるんですか、サーティス。その頭は空っぽなんですか!」

 

 EZ022の、一番初めの作品。EZ136は記憶を手繰った。三人共通の記憶となれば、それは訓練所スクールの頃だ。EZ136はうんうんと唸りながら、キューブに関する記憶を探る。だが直ぐには出てこない。EZ022は伸びた前髪の奥で嘲笑すると、またキューブへ視線を落とした。

「しかしこれ、ナインエイトに皆で渡しませんでしたっけ?」

「え、そうだっけ……」

「そうですよー。ナインエイトがあんまり泣くもんで」

「あいつが泣くう?そんなことはなかったと思うけど……」

「まったく。常々思っていましたが、馬鹿ですね貴女。でもなんでナインエイトの持ち物がこんなところ……に……」

 EZ022の視線がEZ333の腕の中に留まる。其処には、抱き抱えられているEZ998の姿。その首筋には、その市民エージェントが「ナインエイト」であることを指し示している。EZ333は気不味げにしながら、小さく言葉を溢した。

 

「まあ、そういうことだ」

 

 

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