record_010 encounter(2)


 雑音ノイズ輪郭かたちの定かでない映像の中で、人影のようなものが動いていた。色は白なのか黒なのかは判ぜないが、何となく黒服のように思われる。様子を見るに、片方が片方を追っている。EZ110とDDt40は顔を見合わせると頷き合い、支援装置ユニット〈ネイバー〉を操作してEZ136へ繋げた。

「どうしたの?」

 今回は直ぐにEZ136が応じた。集音器マイクの反響具合からして、おそらく現在いまは室内。戻ってきたのかもしれない。とたとたとふたりぶんの走る音がして、監視室の扉が開け放たれた。姿を現したのはEZ136とEZ333である。EZ136はヘッドセット型支援装置ユニット〈ネイバー〉を操作して通信を切断し、EZ110の横へ寄る。

「ごめん、直接話したほうが早いと思って」

「ううん。丁度よかったわ。これを見て」

 EZ110の使用端末のもとへ、DDt40も含め三者は集まった。其処には無数のウインドウが開かれ、最も上に一枚の映像ウィンドウが表示されている。ヘッダーには地点9997小区画と記されている。区間昇降機エレベーターの、乗車口ステイション付近だ。

 EZ136はその中に、ぼやけた人影を認めて、顔を顰めた。

「暴走者?それとも……」

「判らない。でも、誰かが追われてるみたいなのは確かだわ」

「暴走してる奴ってあんまりひとりだけを追い回したりしないもんな」

 DDt40の言葉に、EZ110は頷く。カメラに映し出された人影は、まるで意思を持ったように追い、追われているのだ。今は互いに手の届くほどの距離ではないが、きっとそのうち追い付くであろう。あまりに雑音ノイズがひどく、特徴は捉えられないが放っておくわけにもいくまい。

 EZ136は端末から視線を逸らし、凛とした声を鳴らす。

「今すぐ地点8869へ急行するわ。監視官ふたりはこの人影を追跡して、動きがあったら逐一報告してちょうだい」

「オッケー」

「わかったわ」

 監視官ふたりが応じると、EZ136とEZ333は駆け足で退室した。螺旋の階段式昇降機エスカレーターを三段飛ばしで駆け下り、内部認証基盤ゲートを半ば破る勢いで飛び出した。

 急いで現地へ飛んで行く彼らの姿が視えなくなると、EZ110は雑音ノイズで歪む映像を見た。DDt40 が手動で雑音ノイズの除去を試みているが、どうにもうまくいかない。DDt40はとうとう諦めたのか、キーボードを投げ出して叫んだ。

「無理!オンラインにしたい!」

「故障ならいいけど、ウイルス感染だったりしたら……」

 EZ110がことばを溢すと、DDt40は顔を青褪めさせ、寒気でもするのか腕を擦って声を上げた。

「ちょっと止めてくれよお。そんなんだったら、全区画危ないじゃん」

「きっと思い過ごしよ。今までだって、共通系がウイルス感染したりしたことないじゃない」

 EZ110 は努めて苦笑した。あまり悪い方向に考えるものではない――だが、その不安は完全に解消されることはなく、ずっとEZ110の胸を燻った。その様子を察してか、DDt40は白い歯を見せて笑い、EZ110の背を強く叩いて云った。

「この追いかけっこしてる奴らの監視と併せて、他のカメラも確認しよーよ。私たちに出来るのは、巡回くらいなんだから」

「そうね……」

 EZ110は苦笑すると、他のカメラ画像の捜索も同時に確認し始めた。丁度他のウィンドウを開いてしまっめいたために心付かなかった。人影の映るウィンドウ上で起きた出来事に。人影の片方が大刀型簡易刑執行装置ユニット〈カムイ〉を持っていることに――。





//LOADING>>>SWICH


 EZ136はバイクの速度を最大限に上げて、EZ333 と共に路を疾駆はしり抜けていた。EZ110の指摘のあった地点を目指してあるのだ。運が良いのか、バイクならば数分で辿り着く距離だ。途中途中で白目を剥いた市民エージェントが飛び出して来るが、EZ136は速度を落とすこと無く、〈カムイ〉を振るって即座に始末する。

 昇降機エレベーターが近い所為か、おそらくr996a1区から上がっていると思われる煙が辺り一帯に立ち込めつつある。「崩壊」による火は市民エージェントでは鎮火できず、自然に鎮火するのを待つしかない。「崩壊」による火事は原因不明で、いったい何故燃えているのかも判らないのだ。

 EZ333がEZ136へ並行してバイクを走らせると、声を張って告げる。

 

「あと少しで目的地だ!」

 

 両者とも急カーブを曲がり、目的地点へ這入った。煙が一層濃くなり、視界が酷く悪い。EZ136とEZ333両名はバイクから降りると、バイクを路端へ停めて疾駆はしりだした。この視界では、バイクの走行は危険だ。

 煙を払いながら、周囲に警戒しながら両者は進んだ。時おり路に転がる市民のうめき声がするが、EZ110の云っていた「追われている市民エージェント」は見当たらない。取り敢えず、暴走手前の市民エージェントの対処をしながら進むことにした。

 EZ333は顔を歪めながら、悪態付くように言葉を落とす。

「煙が酷いな」

「そうね」

 その上、先程の揺れの影響か建築物や機材の破片で足場が悪い。EZ136 は誤って地に転がる市民エージェントに足を取られ、転倒しそうになった。慌ててEZ333が腕を掴んで何とか顔面衝突は免れ、互いに深く息を吐く。

「サーティス、御前は地味に危なっかしい」

「ごめんなさい……」

 EZ136は頬を掻きながら、姿勢を正す。EZ333は呆れた風に眉根を寄せ、彼女の腕から手を離そうとした。その瞬間。

 劈くような叫び声が轟いた。とても、正気とは思えぬ甲高い声である。悲鳴というよりは単純に「叫んでいるだけ」のような音。それと同時に、ズガンッという激しい銃声が鳴り響いた。その音にEZ136とEZ333は互いに見合い、息を呑んだ。それは、刑執行装置ユニットが稼働した音である。

 両者は急ぎ音の鳴らされた方角へ疾駆はしり出した。昇降機エレベーターへ更に近寄った所為か、最早白煙が視界を覆い、建築物すら視界から姿を消す。EZ136は耳を欹て、目を凝らして声主を探す。そして――眼前に広がる光景に我知らず大声を上げた。

「はあ!?」

 それは暴走した市民エージェントの群れである。ゾンビ映画よろしくのその光景は、何とも名伏し難い。白い市民エージェントの集団はすべて呻き声を上げながら同じ方向にふらふらと進み、何かを追っている。

 EZ136は〈カムイ〉を握り直すや、彼らの中へと飛び込んだ。ひとり、またひとりと薙いで穿ち、その動きを止めてゆく。更に突き進んで、彼らの行く手を追う。進んでいくうちに、白んだ視界の中で一瞬、燃えるような赤い髪を見た。それはEZ136と同じ執行官を表す髪色である。

 

(まさか、生き残り!?)

 

 EZ136は周囲の市民エージェントを薙ぎ倒しながら速度を上げ、あの赤髪の見えた地点を目指す。されど、其処へ到達する寸前にまた、あの銃声が轟いた。EZ136は胸の奥でひやりとするものを感じ、その音の中心へ飛び込んだ。だがその瞬間、白煙の中でざざ、ざざ、というざらついた雑音ノイズが鳴り響き、人の言葉のような音が確かに形を成して鳴らされた。


「……れ、……か……」


「……れ、か……聞こえ……るか……」

  


「誰か、私の声が聞こえるか」

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