record_009 encounter(1)

//LOADING>>>PLAYBACK

 

 保安局r996a1支部局の監視室で、EZ110は端末を黒画面にしてオフライン操作していた。ひとつひとつ街頭センサーやビル内センサーの捉えた視覚的データや聴覚的データなどを目や耳で確かめているのだ。オンラインであれば、条件絞り込みスクリーニング等の便利な機能が使用できるのだが、仕方が無い。ひとつひとつのデータを文字媒体や画像媒体にして表示しては閉じた。

 優先順位でいえば、生存者の確認が最優先である。その上で、動作している「処分対象者」が多い場所からEZ136に知らせて対処してもらうのだ。

 EZ110の横で同じく端末をオフライン操作していたDDt40が声を上げた。

「うひゃあ。小地区0001から0017までに暴走してる奴、結構いるね」

「じゃあ、EZ136に向かってもらいましょう」

「オッケー」

 DDt40は努めて暗い空気を払おうとしているしれない。白い歯を見せて笑い掛けると、支援装置ユニット〈ネイバー〉を操作して明るい声でEZ136へ話し掛けている。陰気になりがちな「刑執行」現場では非常に有り難い存在だ。EZ110は微笑を浮かべると、端末へ向き直った。己も己の成すべしことをせねば。キーボードを叩き、各地の様子を確認して回る。

 

(矢っ張り、酷いわね……)

 

 痛々しい光景だ。きっとつい今朝方までは普段通りに同僚と悪巫山戯をしたり、業務タスクへの不平を言い合ったりしていたに違いない。中には休暇を謳歌していた者もあるかもしれない。

 だが、カメラの向こうには最早、日常というものはない。白い通りやビルの中で虚ろな白銀を虚空へ向けてぎょろぎょろとさせて、転がっているのみだ。自傷行為をした者もあるらしく、首や顔の皮膚かわが傷だらけになって捲れ上がっている者もある。

 

 突然、ビルが大きく揺れた。


 それは激しく、立っていられなくなるほどのゆれる。あまりの揺れに、戸棚に放置されていた書類や器具が落下し、一部は破裂音を立てて破損した。EZ110は己の使用している端末を庇いながら、声を上げた。

 

「え?何?」

 

「イレブン!ちょっとこれ!」

 同時にDDt40が大声で叫んだ。彼女も端末を庇っていたらしいのだが、食い気味に画面を覗き込んでいる。EZ110は端末を手で抑えながら、身を乗り出すようにしてDDt40へ尋ねた。

「どうしたの、ティーフォー?」

「うっかり間違ったキー押しちゃったんだけど……そうしたら」

 EZ110は訝りながらも、彼女の端末を覗き込んだ。端末の画面には無数のウィンドウが開かれ、彼方此方あちらこちらの街頭カメラやビル内のカメラの映像が表示されている。EZ110と同様、片端から状況確認をしているのだろう。ひたすらに白い映像ばかりだ。

 だがその中にひとつ、赤く染め上げられた映像があった。街が燃えているのだ。アドレス・バーには「r997a1_0054」と示されているのを見るに、EZ110が現在いまある場所でなく、もうひとつの担当区域だ。

 EZ110は大きな白銀のまなこを見開き、我知らず声を落としていた。

「これって……」

 実は、こういった現象は初めてではない。時おり、原因不明の出火が起きて、街ひとつが「炎上」し「崩壊」することがあるのだ。EZ110は顔を曇らせて呟いた。

 

「厭なことばかりね……ウイルスの感染爆発の次に、「崩壊」なんて……」

 

「きっと、先程の揺れはこれよね」

 とDDt40。流石の彼女も、明るく努められなかったらしい。哀しげに眼を震わせている。EZ110は〈ネイバー〉を操作してEZ136へ繋いだ。暫くの間、なかなかに通信は繋がらず、虚しく単調な発信音だけが鳴り響く。気が付けば、揺れは収まっている。端末を操作してみると、r996 a1区の他の小区画も同様に燃え上がり、白いビルが崩れ始めている。発信音が止むと、ようやくEZ136の声が鳴らされた。

「イレブン?無事?すごく揺れたのだけど……」

 EZ136の〈ネイバー〉のマイクがEZ333が「連絡か?」等と尋ねているのが聞こえる。彼らは丁度先程DDt40が指示を出した小地区0001から0017にいるらしい。走行装置ユニット(バイク)の駆動音が鳴り響いている。

 EZ110は己の操作していた端末の前に座り、端末を操作した。街頭センサーや保安局のビル内センサーの映像を片端から確認して彼らの姿を探したが、赤い髪と緑の髪は目立つ故、直ぐに見付かった。

 矢張り外部そとにいたらしい。小区画0015におり、無力化した数人の市民エージェントを積み上げ、傍にある街頭センサーを見上げている。視覚系のセンサーなので、ようはカメラだ。よくよくその周囲を注視すると、散らばった建築物の破片がある。先程の揺れで、付近ビルの窓硝子でも割れたのかもしれない。

 EZ110はキーボードから手を離すと、静かな声で言葉を返した。

「ええ。もうひとつの担当区域が「崩壊」したの」

「え……?」

 マイクの向こうで、EZ333も同じくことばを溢している。驚くのも無理はない。「崩壊」も「ウイルス感染」も初めてではないが、こんなにも同時多発的に「災害」が起きるのは初めてのことだ。EZ110は苦しげに眼を伏せて語を継いだ。

「とにかく、先程の揺れはこちらには影響ないわ。だから引き続き、分析官の手伝いをお願い。優先すべき地点があればこちらから連絡するわ」

「……わかった」

 ふつり、と通信が切断された。きっと今頃、EZ136は悔しく思っていることだろう。「崩壊」した街は手遅れだ。助けられたかもしれぬ市民エージェントも諦めねばならない。DDt40はそっと項垂れるEZ110の肩を叩くと、静かに声を掛けた。

「ここもいつまで安全かわからないわ。急ぎましょ」

「ええ、そうね」

 こうなっては、何時何が起きても可怪しくはない。可能な限り早く対処して撤収すべきだ。EZ110はかぶりを左右に激しく振って己を奮い立たせると端末に向き直り、また各映像を確認して回りながら続けて分析官たちへEZ136にしたのと同じ方向をする。矢張り驚いたらしく、緊張した声が返ってきた。

 さて最後の通話を切ろう――通信を終了したその矢先、奇妙な映像情報データにEZ110は手を止めた。

 

「……あれ?」

 

 ひどく雑音ノイズの入り混じった映像だ。大きくぶれて、何が何なのか判別つかない。アドレスバーを見れば、r996a1区の小区画8869で、区間昇降機エレベーター乗車駅ステイション付近だ。

「故障……?」

 訝った面持ちでDDt40がEZ110の傍へ寄る。彼女も同様に、その映像を不審がった。街頭カメラやビル内カメラは容易には故障しないようにしてある。それらは、G5全体のロギングを担う共通基盤室に接続されているからだ。DD002はその雑音ノイズだらけの映像をじっと見詰めると、小さく声を溢した。

 

「あれ、これ。……ひと?」

 

 其処には、ふたりの市民エージェントのようなものが映し出されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る