record_008 ruined city(4)


 エントランスでEZ136はEZ333と共に、外部そとで異常動作をしている白服の市民エージェントの数体を支部内へ運び込んでいた。これは分析官インベスティゲーターの手伝いで、D7100やEHbb0は彼らの中にある主記憶メモリやビルのローカルに保管されているログデータ等を収集するのだ。

「ふむ。これはもう少し軽量化の余地がありますね……」

 その傍ら、EZ022はEHbb0がオフライン情報収集装置ユニットを操作するのを見て独り言ちている。それはボディ・バッグ型の鉄の塊だ。多量のメモリとウイルスを封じ込めるためのパッケージが内蔵されている。

 EZ136はふと、EZ333が同時に二体も黒服の骸を担いで二階へと上がって行くのを見て、顔を引き攣らせた。G5の市民の多くは非力だ。彼らの主な業務は頭脳を用いたもの。それゆえか、彼らの身體は肉体労働をするように出来ていない。例外は戦闘に特化した執行官エグゼキューショナーくらい――の筈なのだが、医務官ドクターもそれに含まれているらしい。EZ136も両肩に数人の市民エージェントを担ぎ上げると、EZ333の元へ駆け寄った。

 

「あんた、重くないわけ?」

 

「ふたりくらいなら問題ない。というより、その言葉をそのままお前に返したい」

 彼の視線の先で、EZ136はけろりとした様相で四、五人も肩に乗せている。EZ333ならば立ち上がることも叶わぬであろう。

「私は執行官だもの。その代わり、数式とかよく理解からないのだけれど。お陰でトゥトゥには馬鹿だの阿呆だの言われるわ」

 深々と息を吐く。多くの市民は頭脳労働型。だがその中にも優劣は生じており、ランクの高いものは保安局セキュリティならば分析官インベスティゲーター議会コングレスならば内部改善部隊に集中し易い。EZ022はその中でも最優秀にあたる頭脳を有する。彼からすれば、腕に物を言わすEZ136は猿以下と感じられるのであろう。

 EZ136の言葉に、EZ333は一瞬語を詰まらせ、低く声を押し鳴らす。

「……さして俺も変わらんな」

「あんたは医務官じゃない」

「数式とは無縁だ。器具を使うだけだから」

 G5 の医務官は研究者ではない。決められた手順に則って、与えられた選択肢の中で治療行為を選択し治療器具を操作する。EZ136は「確かに」と語を溢すと、彼の両肩に乗せられた市民へと視線を遷す。

「でも、その腕力はいらなくない?」

「いや、これでもかなり筋力がいる役職だぞ?」

「え、何?殴る蹴るが必要な場面があるの?」

「ああ」

 EZ333の台詞に、EZ136は後退る。EZ333は両肩に市民を乗せたまま肩を竦めて見せ、溜息混じりに語を継ぐ。

「暴れる患者や逃げ回る患者がいるんだよ」

「はあ?拳で語り合わないといけない患者なんているわけ?」

部品パーツの交換は痛むだろう。それで、酷く暴れるんだ。あと、予防ワクチンの針を見て逃げ回る奴……その中にお前と同型もいるというか、まさに同型が厄介なんだ」

 ああ、なるほど。脳筋には脳筋ということか。EZ136は冷たい汗を額に伝わらせながら、「ハハハ」と空笑いをして「なんかごめん」と呟く。EZ333はぎろりとEZ136 を涼やかな白銀で睨め付けると吐き捨てるように云う。

「お前は頼むから大人しく治療させてくれよ」

「大人しくしなかったら?」

 

「腹か頸に一発見舞って黙らせる。執行官含め、大抵のやつはこれでいける」

 

 それは気絶させているだけではないのだろうか。等という語は喉の奥に仕舞い込み、EZ136は小さく返した。

「気を付けまーす……」

「そうしてくれると非常に助かる。殴った後に数倍返しを試みる面倒な輩もいるんだ」

「それは、うん。確かにやりそう」

 EZ136は多量の冷や汗を掻きながらも、EZ333に続いて歩行あるき始める。敢えてそう「設計」されているのか、執行官の多くは血の気が多い。苦手なことは理詰めで捲し立てられること。得意なことは兎に角破壊すること。EZ136もあまり他者ひとのことを言えた性質たちではなく、何かと直ぐに手が出がちである。

「お前は誰よりも骨が折れそうだ。トゥトゥに医療用拘束具と防御壁でも開発してもらうかな……」

 あ、駄目だ。これは何が何でも迎え撃つ算段つもりだ。EZ333の言葉に、EZ136は震え上がった。医務官も十分に血の気が多そうだ。




//LOADING>>>ADD

 

 一方で、分析官両名は専用情報保存装置ユニットにデータをロードしていた。EZ022も彼女たちと共にあり、彼女たちの作業と並行してソフトウェアの最適化を試みていた。装置ユニットに搭載されているプログラムはすべて、事件発覚したその日の夜にやっつけで開発したものなので兎に角しつが悪い。その所為か読み込むのに異様な時間を要する。ウイルスのプロトコルも不明なので、封じ込めも片端から色々と試してギリギリ合うパッケージを選択肢二重三重の鍵を掛けてメモリに閉じ込めるのだ。

 EHbb0は携帯用キーボードを叩くぼさぼさ頭の開発者ディベロッパーをちらりと一瞥した。

 

「しかし、現場に出張りたがる議会コングレスてのも珍しいわよね」

 

「そうですかー?へへへ……これはやり甲斐がありますねえ。ぐへへ」

 奇妙な嗤い声を上げ始めた男に、EHbb0は僅かに後退る。彼が変人であることは有名であるが、実物を見るのは初めてである。どうせ色々と尾ひれが付いた噂だろうと踏んでいたのだが、どうやら事実らしい。

 主記憶メモリの吸い上げに並べられていた骸を目視調査していた、D7100は小さく言葉を溢した。

「矢っ張り。怪我でもしているのか分からないけれど、どれも〈スイレン〉の弾痕があるわね。あと、一部は刀痕もある。武器は最低ふたつ携帯しているみたい。……あと」

「あと?」

 EHbb0は小首を傾げる。D7100は市民エージェントに残された傷口をじっと観察しながら語を続けた。

 

「刀痕の位置がやけに低いものがある」

 

「は?執行官はサーティス除いてひとりでしょう?男型ってなんかやけに皆背が高いじゃない。この開発者だってそうだし」

「素体は男か女、もしくは中間ミドルの三種しかありませんからねえ」

 にやにやと嗤うEZ022にEHbb0は眉を顰め、「素体?」と尋ねる。それは知らない用語だ。EZ022は一寸口を噤むと、ケラケラと嗤い、

「なんでもないでーす」

 と誤魔化した。まったくもって意味のわからない男だ。相手をしていたら疲弊しそうだ。EHbb0は顔を歪めて閉口していたが、深々と嘆息を溢して言葉を返した。

「怪我の所為じゃない?例えば負傷した腹を抱えて応戦してるとか」

「そうなると、本当に早く見付けてあげないと……弱っているとウイルス感染し易い」

「もう何処かで死んじゃってるかもよー?寧ろ、暴れ回ってる方が怖いかも……。私たちじゃ太刀打ちできないじゃん」

 それは最もである。戦闘に特化した執行官に敵うのは、執行官のみ。それも優劣があるので、女型で若いEZ136は不利になる可能性がある。分析官両名は厭な沈黙に包まれたが、忘れることにして作業へと戻った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る