record_007 ruined city(3)


 保安局r996a1区支部の認証基盤ゲート前に、96/97調査隊と何故か同行しているひとりの開発者ディベロッパーは降り立った。彼らは調査の拠点として機材の揃っている支部を選択したのだ。これは指令には指定されていない。それは区によって、支部が使い物になっていない可能性が想定されているためだ。

 支部は周囲と同じ白塗りのビルで、外観は統括区と然程違いのないビルだ。周囲を見渡せば、「異常動作」をした市民エージェントが路上のあらゆるところに伏している。EZ136の足許に転がる〈助けるぞう君〉が「イナイ、イナイ」「ア、イタ。ア、チガッタ。シヨウシャダッタ」と声を鳴らし、それらが最早無事でないことを裏付けている。

 D7401がEZ136を含む全隊員の顔を見回すと、しんとした声で云い放つ。

「先ず手筈通り、ビル内の安全をサーティスに確保してもらう。彼女が意見を排除した後、イレブンとティーフォーは監視室の機材をチェック及び起動して街を目視でパトロールを。その間にわたしとビビはサンプルを集め、主記憶メモリやログの収集。サーティスとトリプルは監視官たちの指示に従って市民エージェントの処分または救助をお願い――トゥトゥは……お好きにどうぞ」

了解ラジャー

 一斉に96/97調査隊一同は敬礼をして応じる。本任務において、各調査隊の隊長は最年長の隊員が担う。常ならば指揮命令権を有さないゆえ、CW073局長の権限で一時的に局長の「補佐官」と同程度の権限を与えられているのである。

 EZ136が大刀型簡易刑執行装置ユニット〈カムイ〉を背から引き抜くと、他の者たちは盾型防護装置ユニット〈シールド〉を装備して構える。ビル内部も外部そとと同じ状況であれば、数人の「暴走」した局員が練り歩いていることだろう。CW073局長やB4050 補佐官の予測通り感染源ならば、もっと悲惨かもしれない。EZ110 がマニュアルで認証基盤ゲートを開き、すぐさま後退すると、EZ136はビル内部ないへ突入した。

 だが這入ってすぐ、EZ136は足を留めた。其処は、統括区の本部と代わり映えのないインダストリアルな内装の施されたビルだ。開けたエントランスに受付と内部認証基盤ゲート。その奥には螺旋の階段式昇降機エスカレーターがあり、筒状に形成された各階を突き抜けている。

 そして――外部そとと同様に幾人ものの黒服の人人が折り重なって転がっている。中には、電力供給の止められていない階段式昇降機エスカレーターで打ち上げられては落とされている個体もある。だが。違和感がある。

 

「静かすぎない?」

 

 声を溢したのはDDt40。〈シールド〉から顔を覗かせて、周囲を見渡している。その傍らでEHbb0が頭を縦に振り、「そうよね」と同意してことばを加える。

「外って、もっとこう五月蠅くて」

 外部そとのウイルス感染者たちは、動かなくとも呻きながら、ぶつぶつと何かを口走っているのだ。恐らく異常動作の一貫なのだろが、兎に角ずっと何かしら音を立てており、このビル内部ないのようにしんとした静寂には包まれていない。寧ろ、閉鎖じた空間ならばもっと反響して騒々しくなる筈なのだ。

 EZ333 はうつ伏せに倒れていた市民エージェントのひとりの傍へ歩行あるき寄り、そっと転がせて状態を見た。シルバーのゴーグルの下で白銀の眼を見開いた女型フィメールタイプ市民エージェントだ。その唇は震わされることもなく、胸に耳を当てても稼働音はない。偶然に横へ転がった〈助けるぞう君〉は

「ハンテイタイショウナシ、ハンテイタイショウナシ」

 と無機質な音を立ててまた何処かへと転がって行く。判定対象無し。それは、この市民エージェント市民エージェントとして見做さなかったといえことだ。〈助けるぞう君〉は第一段階に「市民の形をしているか」と「生体反応があるか」で判定対象を振り分ける。それくらいならば単純な教師あり学習の線形モデルで判定できる。人型をしているのは市民エージェントのみで、その上市民エージェントは特有の周波数の電波を出しているからだ。

 D7100もEZ333 の傍へ寄り、骸となった市民エージェントに触れ、隅々まで調べる。ネットワーク接続は叶わない故、経験に基づいた調査となる。本格な調査は各種データを専用端末へ収集し、中継地点のr005a1区の専用端末で行う。D7100は女の頭部ヘッドを持ち上げ、ふと目を留めた。

「――これ」

「どうしたの?」

 EZ136も屈んで覗き込むと、それは何かに穿たれたプラグ穴だ。大きく穴を広げ、体内なかが破裂している。それは見覚えのある痕跡だ。EZ136は眉根を寄せ、声を押し鳴らす。

「〈スイレン〉の弾痕……?でも、それにしては外しているような……」

 刑執行装置ユニット〈スイレン〉は本来、プラグ穴の中に弾丸を打ち込み、弾丸を破裂させ停止命令を発令させる。だが、この弾丸は頸の肉を抉って無理矢理発令させている。

「どちらにせよ、〈スイレン〉て使えるの執行官エグゼキューショナーだけなんでしょう?ということはこの区の担当執行官が生きてるってことじゃないの?」

 語を差したのEH bb0だ。生存者がここにいた。それもおそらく、EZ136と同型の市民エージェント。EZ136はすっくと立ち上がった。

「まだ生きているかもしれない。早く見付けないと」

 

「此処から脱出したみたいですよ?」

 

 矢庭に鳴らされたEZ022の声。だが、其処には姿がない。声主の姿を探すため、内部認証基盤ゲートを潜り、きょろきょろと周囲を見渡すが、矢張り「動作」している市民エージェントの姿はない。

 ようやくEZ022 の姿を認めたのは、二階の一室だ。いつの間にかDDt40と共に行動していたらしく、彼女の姿もある。EZ333は室の扉横の電子パネルに表示された「救急治療室」の文字に顔を顰めた。この室には、出入り口の認証基盤ゲートとは別の、緊急患者を搬送するための専用昇降機エレベーターがあるのだ――。

 EZ136らが室内へ踏み込むと、室内は処分手前の市民エージェントを「修復」し「調整」するための機材が詰め込まれている。EZ333の読み通り、その室の端にある、昇降機エレベーターの扉の前にEZ022らはいた。とはいっても、その扉は開かれ、ケーブルにぶら下がる鉄の箱自体は階下に降ろされている。この昇降機エレベーターの操作権限は医務官しか有さない。EZ110はぽっかりと空いた薄闇の先に見える昇降機エレベーターの天板を見詰めながら、語を落とした。

「ということは、医務官ドクターも生きているということかしら?」

「いや、医務官ドクターの遺体はここにある」

 応じたのはEZ333。彼の視線の先には出入り口の横に蹲るように倒れている緑髪の男型メールタイプの姿がある。それはあまりに昇降機エレベーターから離れた位置で、死の間際に操作したとも思えぬ位置だ。いったいどういうことか?室内にいる96/97調査隊は静まり返った。

 初めに沈黙を破ったのは96/97調査隊の隊長、D7100だ。両手を打ち鳴らし、みなの注目を集めると、淡白な声で云い放つ。

「ここでどうこう考えても仕方がない。予定通りの作業に加え、監視官たちには優先的に生存していると思われる市民エージェントの捜索をしてもらう」

了解ラジャー

 隊員一同は敬礼し、急ぎ持ち場へと散り散りになって走った。

 

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