record_006 ruined city(2)


 それはやや低めの、少年のような声だ。彼女は拡声器で声を鳴らしていた張本人、DDディーディーt40ティーフォーゼロである。通称ティーフォーで、EZ110と同じ統括区の監視官オブザーバーである。EZ333は涼やかな白銀を半眼にし、苦々しげな声音で尋ねた。

 

「……ティーフォー。これを結束力と表現するのか?」

「でも他にはない仲の良さだよ?うちらってさ、あんまり同期の間で交流ないからさ。同僚とはあるけど」

「まあ、「訓練所スクール」から「卒業」したあとの所在する術が無いものね……」

 と返すや、EZ136は乾いた嗤いを溢した。G5の市民エージェントは必ず実戦配備される前に「訓練所スクール」と呼ばれる場所で知識や技術を身に着けるのだが、そのかん連絡先というものを有していない。役職も配属先も「卒業」して離れ離れになった際に本人のみに通達が来るため、EZ136とEZ110のように配属先が重ならない限り、厭でも関係が途切れてしまうのだ。それに加え――。

「それにさ、人数も馬鹿みたいに多いから誰が「卒業」して誰がしてないのか、わかんなくなっちゃうんだよね」

 通常、各世代において39,304人(市民IDのうち、136やt40のような三桁の識別コードが0から9の数字とiアイoオーを覗くアルファベット24文字で成立しているのである。)の「新入生ブランニュー」がいる。

 そのうち、数割が「卒業」試験でするわけだが、それでも「卒業」する者多い。加えて訓練所スクールには固定席もクラス割もグループ活動も無いゆえ、同じ面子と顔を合わせるのは困難なのだ。

 EZ110は頬に手を添えて、やんわりとした声を鳴らして応じる。

「私たちの代は、全員合わせても1000人しかいなかったから……」

「ほんっと、異例だよなあ。君たちは。「卒業」したのってここにいる四人で全員だったりする?」

 DDt40の視線はEZ136を初めたEZナンバーたちへと向けられている。G5で最も新世代にあたるEZナンバーが極端に数の少ないのことはG5において知れ渡っていることである。通常何千と「卒業」する中、そもそも初期段階で1000人と数が少なく、その上例年になく難関な「卒業試験」を課せられて「卒業」したのは片手で数えられる程度のみ。その試験内容を見た先輩市民たちは「あれに当たらなくて良かった」と安堵したほどだ。おそらくその試験を今課せられれば、現役市民の半数以上が脱落する羽目になるであろうからだ。

 DDt40の問いに、EZ136は頭を左右に振って静かに応えた。

「ううん。あとひとりいるの」

「へえ、何処所属なのさ。議会コングレス保安局セキュリティ?」

「それが、ひとりだけ結局わからなくて」

 とEZ110。DDt40は己の額を叩いて「あちゃあ」と声を溢して言葉を続く。

「あちゃあ。ひとりだけ除け者かあ。可哀相に」

 EZ333は静かに頭を縦に振り、低く声を鳴らす。

「俺たちも偶々巡り合わせただけだから、会えるか会えないか運なのは他と同じだ」

「トゥトゥだけはみんな知ってたけどね」

 EZ136の鋭い突っ込みに、車内にある市民エージェントたちはどっと笑った。その理由をみなかいしているからだ。EZ022のみそれを理解っておらず、ぼさぼさの長い前髪の奥で眉根を寄せた。

「え、ワタシは知りませんでしたよー?」

「あんたが有名人すぎるのよ!」

 装置ユニット道具ツールに変革を齎せた本人となれば大の有名人だ。G5の市民で彼を識らぬ者はいないであろう。それに加え、フットワークの軽さや周囲を置いていく言動で「奇人のトゥトゥ」とまで呼ばれているのだ。厭でも、「あゝ、あいつ其処に配属になったのね」となる。

 EZ333はこほん、と咳払いすると申し訳無さそうに小さく語を落とした。

「まあ、実を言えば、サーティスのことは知っていた」

「あ、それワタシもですね」

 EZ022にまで同意され、EZ136は大きく肩を落とした。己も他者ひとのことが言えないのだ。女型の執行官はG5にひとりしかいない。EZ022は嗤いを堪えながら言葉を継いだ。

「炎舞のサーティス、でしたっけ……ぷぷ……」

「う、五月蝿いわね!私が好きで呼ばれてるわけじゃないわよ!というか奇人て言われてるあんたにだけは言われたくない!」

 EZ136の長いおさげが宙で舞う様子を見て、付けられた異名である。装置ユニットの名称といい、G5市民には気恥ずかしい命名をしたがる傾向があるらしい。EZ022は愉快そうに腹を抱えて嗤い、ひいひいと呼吸困難寸前である。矢張り殴ろう――EZ136は赤面しながら拳を強く握りしめ、振り被った。その瞬間。

 ガタン、と大きく揺れてキャリアーか停車した。そして間髪入れずバダン!と激しい音を立てて扉が開かれ、ふたりの女型保安局員が姿を現した。

「ちょっとお!あんたたちだけで愉しく団欒してないでよお!運転席にいる私たちが寂しいじゃない」

 甲高い声で叫ぶのはEHイーエイチbb0ツービーゼロ分析官インベスティゲーターである。EZ136と同様の切れ上がった眼を一層吊り上げ、高く結ったツインテールを揺らし、ずんずんと車内へと這入ってくる。

 その後ろに続くのは同じく分析官のD7ディーセブン100テンゼロ。この中では最も「旧世代」の市民エージェントである。眉上で整えた前髪の下に、とろんとした眼を見せ、長い髪を項あたりで編み込んで纏めている。分析官たちは運転席で〈キャリアー〉をマニュアル操作していたのである。別に分析官でなければ操作できないわけではなく、単純にくじ引きで負けたのである。

 D7100は淡々とした声でEH00bへことばを掛ける。

 

「ビビ、文句言わない。公平に決めた結果なのだから」

 

「わかってるわよ!ハンドレッドはそればっかり!」 

 よほど荷台が賑やかなのを羨ましく思っていたのだろう。EHbb0は実に不服そうに頬を膨らませたまま、車内に積んでいた機材を抱え始める。その様子を見て、EZ136はD7100へ視線を向け静かに尋ねた。

 

「到着したの、ハンドレッド?」

 

 こくり、と頷き、車外へ視線を送る。D7100の眼差しの先には、白いビル群の中に聳え立つ、黒塗りの物々しいビル。その前に立ち塞がるようにしてある堅牢な認証基盤ゲートには小さな電子パネルが付されている。その電子パネルに示された名称はSecurity Bureau r996a1 Branch(保安局r996a1区支部)――本任務の最初の目的地である。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る