record_004 slight sleep(3)


 大型スクリーン上に全区画の地図マップが映し出され、その上にr990a1地区からr999a1地区の900ナンバー一帯の地図マップが拡大表示されると、CW073局長の傍らでB4ビーフォー050ファイブゼロ補佐官が声を鳴らした。 

「先ほども説明した通り現在、当該地区の警報は停止させております」

 凛とした女の声だ。長い白髪をきちんと団子に結っている様子からも、彼女のしっかりとした性質が読み取れる。B4050補佐官は地図マップを操作し、地点とマッピングされた数か所の動画データを表示する。

 それは、何とも悲惨な光景であった。幾人ものの市民エージェントが折り重なるようにして倒れている。さらに加えて、数人の市民エージェントが他の市民エージェントを攻撃したり、建築物を破壊したりととても正気な様相で歩行あるき周り回っているのだ。中には、己の首を絞めたり己の胸や腹を手で貫いたりして自死する者もあり――そのあまりの光景にEZ136は眼を見開き、我知らずことばを溢していた。

 

「ウイルスの集団感染……?」

 

 B4050補佐官は静かにかぶりを縦に振る。その傍らで、EW073局長は苦しげに眉間の皺を寄せる。席に付くの保安局員らも同様で、表情を暗くしている。B4050補佐官は端末を操作し、大型スクリーンに新たなウィンドウを開き、ひとつの報告書を提示する。

「おそらくそうだと考えられます。既にEZ136。貴女にもその一部に対処してもらいましたが、おそらく今朝から騒ぎになっている新型ウイルスの感染者ではないかと考えられます」

 それは新型ウイルスに関する、分析室からの報告書だ。其処には構成型プロトコル不明であるため治療ワクチンの開発が困難であり、故に感染者は抹消するしかないと記されている。

 度々こういった報告が上がり、ワクチンが開発されるまでの期間あいだ、感染した市民エージェントが処分対象者になることはある。EZ136も数多くの市民エージェントを「解決策不明の新型ウイルス感染者」として刑執行して来た。

 朝からEZ136が対処していた処分対象者も同様の判断がくだされ、刑執行に至ったのだ。だが、緊急要請のあった処分対象者はすべて刑執行が完了している。動画のように、感染爆発など起きていない。EZ136は困惑し、言葉を返した。

「なんで900ナンバーの地区だけこんなことになっているの?他の区画みたいに地道に対処していれば……」

「900ナンバーの初期感染者の多くが、保安局セキュリティの局員だったと考えられます。また今朝方より600ナンバー以降の地区からの通信に障害が発生していました。その障害対応とも重なり、検知が遅れました。その所為で既に、r998a1区とr999a1区は……」

 さらに新たな動画が表示された。其処には、歩行ある市民エージェントはない。みな、路や建物内で折り重なってぴくりとも動かない。何とも悲痛な光景だ。EZ136はことばを失い、茫然とその動画を見入った。B4050局長は一度咳払いをすると、一歩前へ出て声を張った。

 

「明朝より、保安局セキュリティの一部要員は本件の原因究明及び解消に当たる。対象は本会議の出席者だ。作戦の詳細及び担当区画はメールで報せる。それと、議会コングレスより開発者ディベロッパーがひとり協力してくれる。防護装置ユニットや刑執行装置ユニットに関する相談はその開発者ディベロッパーに相談するように」

 

 B4050局長が云い終えると、会議室で着席していた全局員が一斉に立ち上がり、敬礼した。EZ136もまた同様に挙手の敬礼をし、「御意」と短く声を鳴らす。

 視界の左端には幾つかの新たなウィンドウが開かれ、先程のB4050局長の云っていた指令書が表示される。EZ136の担当地区はr998a1区やr999a1区に最も近い、r997a1区とr996a1区だ。担当監視官オブザーバーにはEZ110が含まれていた。

 EZ136の横で、EZ110も心付いたらしい。EZ136の方を見ると、にこやかに「よろしくね」と微笑んだ。EZ136も微笑み返すと、指令書に記されたr997a1区の担当者の一覧を上から下に眺めた。その中に、担当医務官ドクターの名も記されている。医務官はEZ136のような執行官と逆で、市民エージェントの修復を担う役割の者である。その名を読み取ると、EZ136は呆れた風に嘆息した。

「担当医務官ドクターはトリプルなのね……」

 記されていた名はEZ333サーティスリースリー。EZ136やEZ110と同様の「EZナンバー」である。それは即ち、同期であることを示す。EZ110は嬉しげに微笑み、柔らかな声を鳴らす。

「そうみたいね。それに、作戦に協力する開発者ディベロッパーってトゥトゥなんでしょう?」

 EZ110の言葉に、EZ136は顔を引き攣らせた。それは先程の医務官ドクター同様に同期の愛称であり、議会コングレスの内部改善部開発課の課長のことでもある。EZ136は急ぎ指令書のページを捲り、共通項目のページで留まる。其処には、協力する開発者ディベロッパーの名と写真が記されている。その見覚えのある名と顔に、EZ136は一層顔を歪めた。

「え、嘘。本当だ。トゥトゥまで……」

「そうみたい。言っちゃあれだけど……同窓会みたいでちょっと嬉しい」

「ひとりいないけどね」

 きっぱりとEZ136は云い切ると、EZ110は残念そうに苦笑した。

「そうね。ナインエイトもいれば、みんな揃うのに」

 通常はひとつのナンバーに対して数千人はおり、すべての同ナンバーの者の名や顔を記憶するのは難しい。されど、その理由は不明だが、EZナンバーの市民エージェントは極端に少なく、EZ136を含めて五名しかいない。故に互いに顔見知りであり、他のナンバーに比較くらべて仲も良い。EZ136は何となしに、最後の一人であるEZ998ナインティナインエイトについて尋ねた。


「ナインエイトって何処に所属したんだっけ?議会コングレス保安局セキュリティ?」


「私も知らないの。「移送」がほら、ナインエイトだけ半年ずれちゃったから……」

「ま、あいつのことだから元気にやってるわよ」

「そうね」

「さ、急いで向かいましょう。どうせ、しばらく休息はなしよ」

 EZ136は指令書のウィンドウを閉じるや、すっくと立ち上がる。EZ110は「そうね」と苦々しく笑うと続いて立ち上がる。

 周囲では同僚同士で担当地区を尋ね合っている。その配属がどうあれ、彼らは突然の惨事に胸を痛め、不安で顔を曇らせ、そして励まし合っている。EZ136とEZ110の両名は席を離れ、任務の支度をすべく急ぎ会議室から退室した。


 ――与えられた指令は大きく分けて三種。先ずは危険地帯に残された市民エージェントの保護と破壊。次に新型ウイルスの解析に必要な情報の収集及び解析。そして最後が最優先事項である、本災害の解消。時刻はPM07:05。数時間後には作戦行動開始である。

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