record_003 slight sleep(2)


 ここ、G5ジーファイブは統括区と999の支部区を合わせた1000の地区で成り立っている。各区は区間昇降機エレベーターで繋がれ、許可ある者だけが他の区画へ足を運ぶことができる。その中でも統括区は厳しく、統括区へ向かう昇降機エレベーターはr001a1区からr005a1区とr501a1区からr505a1区の十の区画のみである。

 EZ136は足早に統括区への経由地であるr003a1区の白い街並みを疾駆はしり抜けていた。時おり広報のウィンドウがポップアップして、視界を遮蔽さえぎるのが何とも億劫である。ようやく専用昇降機エレベーター乗車駅ステイションが見え始めると、EZ136は一層速度を上げ、認証基盤ゲートに首の市民IDをスキャンさせた。この印字された市民IDの下にはチップが埋められているのだ。

 EZ136は駆け足を保ったまま昇降機エレベーターの扉が開かれるのを待つ。他の一般的な白い箱である区間昇降機エレベーターと異なり、白銀の縁取りのされ物々しさのある昇降機エレベーターだ。

 ヘッドセット型支援装置ユニット〈ネイバー〉のスピーカーが小さく警告音を鳴らすと、「使用許可受諾」という文字が眼前に表示され、プシューッと空気の精抜けるような音と共に昇降機エレベーターの扉が左右に開かれた。

 視界の左端に浮かぶウィンドウ上で、EZ110が恐々こわこわと声を鳴らした。


「あとどれくらいで到着できそう?」


「あと数分で統括区の降車駅ステイションには辿り着くわ。走行装置ユニットの手配お願い」

「わかったわ。会議室で待ってるわね」

 EZ110は云い終えると、通信を切断した。同時に彼女を映していたウィンドウも閉じられる。目を外へ向けると、昇降機エレベーターの外は白く光る粒子のようなもので包まれており、何も視えない。

 視線を視界の端に映るウィンドウへと移すと、EZ136は〈ネイバー〉を操作して報告書の作成フォームを表示した。昇降機エレベーターが到着するまでに最後の報告書を書き上げてしまおうと考えたのである。刑執行時間と担当である己の市民IDを打ち込み、完了のボタンを押下おうかする。ピピッと電子音が鳴らされると「受諾確認」の文字が表示された。

 

「さて、行きますか」

 

 視線を上げれば、EZ136の乗せた昇降機エレベーターの扉が開かれ、白い高層ビルの連なる街並みを視界に映し出している。EZ136が昇降機エレベーターから踏み出すと同時に一台のシルバーの走行装置ユニットが到着する。オンロードバイクのツアラータイプのような形状から通称「バイク」と呼ばれているもので、EZ110に手配を依頼したものだ。

 EZ136はバイクに跨ると、ハンドルの横に備えられているプラグを引き、首のプラグ穴に挿し込んだ。幾つもののウィンドウが開かれては閉じ、黒画面が表示される。白い文字の羅列が上から下に流れ「初期化クリア処理完了」の文字と共にすべてのウィンドウが閉じられ、エンジンの駆動音が鳴り始めた。ハンドルを操作し走行モードへ移行させると、バイクは速度を持って路へ飛び出した。

 G5は何処も白い建物と白く長い路が続いている。その周囲を往来するのも白髪に白銀の眼をした人人。多くは白服を纏う女型フィメールタイプで、「議会コングレス」に属している者たちだ。彼女たちはおそらく、各区域の議員を纏める「副議長」の補佐官か、内部改善部隊に属する開発者ディベロッパー法管理者ロイヤーであろう。

(議長や副議長は普通、男型メールタイプだもの)

 特殊権限を有するものは通常、各種業務において並行処理を禁じられている故、男型メールタイプを取る。そうでなければ中間型ミドルタイプで、許可の下りた場合のみ女型と同様に意識の複製が許可される。

(まあ、私みたいな異例もいるけれどね)

 特殊機能の中には、刑執行も含まれている。刑執行を含め、市民エージェント自体に影響を及ぼすすべての権限――意思決定や装置ユニットの製造実行、内部規則の変更修正、そして市民エージェントの修復など――は制限をかけられるのだ。そういう意味では、EZ136は特殊個体と言える。何故そうなのかと問われれば、「知らない」としか応じられない。生まれながらに、その市民エージェントの権限は定められているのだ。

「Security Bureau Headquarters(保安局本部)」の文字の記された認証基盤ゲートの前で、EZ136はバイクを停止させた。バイクから降りてプラグを外すと、バイクは自動で所定の停車場へ走っていく。バイクが停車場へ向かったのを確認すると、EZ136は首にある市民IDを認証基盤ゲートへスキャンさせた。ようやく到着である。時刻はPM06:14 で、会議開始は四分前。若干の遅刻である。

(局長、怒らせると面倒なのよね)

 EZ136は開門と同時に中へ駆け足で這入り、黒の詰め襟制服に剣と盾の襟章を施した保安局員たちの間を抜けて眼前にある白い螺旋階段へ飛び乗った。階段式昇降機エスカレーターではあるものの、気の急いていたEZ136は二段飛ばしで駆け上がる。

 周囲には宙に浮かぶウィンドウが無数にあり、その上には現在の各区域のセキュリティ警戒レベルなどが表示されている。現在いまのところ、すべてがオールグリーンの問題なし。今朝は多くのウィンドウが赤く染まり、「障害発生」と表示していたのだ。

(ええと確か、三階の大会議室よね)

 三階へ辿り着くと、EZ136は「conference room 310」と表示された電子パネルのある室まで疾駆はしる。途中、会議に参加しない局員が「お疲れ様です」と言葉を掛けるが、手を振り返すに留め、兎に角疾駆はしる。時刻はPM06:16。EZ136は目的地の扉を勢いよく開け放ち――同時に低い男の声が轟いた。

 

「そこ!静かに入室しなさい!」

 

 室はすべてのライトが落とされ、前方にある大型スクリーンだけが際立って光っていた。室内はその大型スクリーンへ対面するように白い長机がずらりと並べられてありわ既に多くの会議参加者が着席している。その中にはEZ110の姿もある。大型スクリーンの前には、長い青髪を流した男型メールタイプ市民エージェント。保安局局長のCWシーダブリュ073セブンスリーだ。CW073局長は眉根を寄せ、〈ネイバー〉のゴーグル越しに切れ長の瞳を細めた。

「貴様、七分三秒の遅刻だぞ!」

 CW073局長の一喝で、EZ136は思わず視界の右端にある時計を見る。彼のことばの通り、時刻は06:17となっていた。秒数までカウントするとは細かい。本音を言えば、会議時間をこんなにもぎりぎりを攻めた時刻に設定するのが悪いと云いたいところだが、EZ136は言葉を飲み込み姿勢を正して敬礼した。

「申し訳ありません。EZ136只今戻りました」

「……そういえば、御前は出張していたのだったな。宜しい。席に付きなさい」

御意

 短く応じると、EZ136は急ぎEZ110が空けておいてくれていた隣の席に付く。EZ136が席に付いたのを確認すると、CW073局長は低く高らかに声を鳴らした。

 

「緊急会議を再開する」

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