第22話 カーバンクル迷宮




 翌日。私は朝の早い時間から、クイユの近郊にある唯一の迷宮…『カーバンクル迷宮』へと向かった。


「……え?」


 迷宮に入ってすぐに、目の前に広がる光景にしばし呆然としてしまった。


 そこにあったのは、『街』だった。時間帯はおそらく固定なのだろう、夕焼けが辺りを照らしている。

 大理石のような白い石で出来た建物が立ち並び、同じく白い石で舗装されたみちの脇には用水路が張り巡らされ、さらさらと澄んだ水が流れている。全体的に真っ白い中で、等間隔に植えられた街路樹の緑が綺麗に映えていた。


「(…生き物の気配が全くしない)」


 とても静かで、なんとなく声を出すのが憚られる。なるべく足音を立てないように歩きながら、私は近くの家を覗いてみた。


 家の中も、白い色が目立っていた。壁や床はもちろん、家具も白い。そこで、視界の端に人影が入った気がしてドキッとした。慌ててそちらを見やると、そこにはーーー


「、え…」


 椅子に腰掛けた『人』がいた。いや、良く出来ているけれど、これは生きている人ではなく、『人形』だ。目を閉じているので、まるで眠っているように見えるけれど。


 それよりも、人形の"額にある宝石"は、この人形が宝石精霊族カーバンクルを模したものだとひと目で分かるようなもので。


「なんなの、ここ…」


 なんだか見ていられなくなって、改めて室内を見回すと…机の上や棚の中など、至る所にぽつぽつと宝石が転がっていることに気がついた。…なるほど、どうやって宝石が手に入るのかと思っていたけど、あれを拾うのか。私は拾わないけれど。


 その家を出て、街を歩く。他の家々も覗いてみたけれど、どこの家にも宝石精霊族カーバンクルを模した人形はあった。人形達は、みな一様に椅子に座って目を閉じていて……静かすぎる街並みとも相まって、ここはまるで"墓所"のようだ、と思った。




 次の階層への階段は、街の中央にあるひと際大きな建物の中にあった。しかも第2階層へと降りると、すぐそばに第3階層への階段があって。もしやと思って降りてみると、やはりすぐそばに次の階層への階段があった。ちなみに階段の脇には『転移魔法陣』もある。

 そして階段がある建物の外には、第1階層と似たような街並みが広がっていた。時間帯は変わらず、夕暮れ時だ。


 街を探索する気力はとうに失せていたので、私は一気に最下層である第30階層まで降りることにした。階段を延々と降りながら、つらつらと考える。


「(この迷宮は、なんなのかな。整然とした街並みに、宝石精霊族カーバンクルの人形達…)」


 そもそも迷宮とは、"世界"が創り出した異空間、だと云われている。何のために存在するのかだとか、本当のところは誰にも分からない。ただ、迷宮の中には枯れない資源があって、人々はその資源を求めて迷宮に潜る。

 なお後日知ったことだけど、『カーバンクル迷宮』の人形達は動かせないらしい。というか、この迷宮内の建造物や家具等は動かしたり、壊したりは出来ないそうだ。持ち出せるのは街中や家の中に転がっている宝石と、最下層にいるジュエルスプライト…が、息絶えて宝石化したもの。あとは街の用水路に流れている水くらいらしい。

 人形達が外に持ち出されることはないと聞いて、私はなんとなく安堵した。持ち出そうとした人が過去にいたことには嫌悪感を覚えたけど…。




 第30階層にて。階段のある建物から出ると、そこにあったのは相変わらずの夕焼けに染まった街並みだった。

 だけど他の階層と違うのは、街中のそこかしこに黒い靄のような人影が存在していることだ。…あれが、ジュエルスプライトかな。

 人影達は、ゆったりと路を歩いていたり、二人で立ち止まって向かい合い、何やら話している風だったり、様々だった。というか、ベンチに座って読書しているようなのもいる。やたらと"人らしい"動きをしている人影達に、私は困惑した。


『お嬢さん、どうかしたのかい?』

「っ!?」


 横から声を掛けられて、私は驚きにびくりと肩を震わせつつ、そちらを振り返った。するとそこにいたのは、大人の男性くらいの人影で。でもその人影は、徐々にきちんとした輪郭を持ってーーーひとりの、宝石精霊族カーバンクルの男性になった。

 その男性が、心配そうな顔で「大丈夫かい?」と私に問い掛けてくる。


「あ、えっと…私、初めてここに来たんですけど…」


 現状に混乱しつつも、なんとか言葉を紡ぐ。すると男性は穏やかに微笑んで言った。


『そうなのかい。なら、まずは街の案内所に行くといい。ほら、あの建物だよ』

「あ、ありがとうございます」

『どういたしまして。ここには同胞しかいないから、安心して過ごすといい』


 そう言うと、男性はどこかへと歩き去って行った。その背を呆然と見送ってから、改めて周囲を見回すと……最初見た時は黒い靄だった人影達は、皆あの男性のように、確かな輪郭を持っていた。そして彼らの額には、宝石精霊族カーバンクルの証である宝石が。


 色々な驚きと疑念を抱えたまま、とりあえず教えてもらった案内所の建物に近づき、両開きの扉を開いて中へと入る。

 入って正面奥には、窓口が3つ並んでいた。冒険者ギルドよりも、前世の市役所っぽいな、なんて妙な感想を抱きつつ、人が並んでいない一番左の窓口へと近づく。そこのカウンターの内側に立っているのは、やはり宝石精霊族カーバンクルの若い女性だった。


『こんにちは、本日のご用件はなんでしょうか?』

「私、この街に初めて来たんですけど…」

『そうなのですね!よくぞご無事で…。ではまず、住民登録をしましょうか』


 そう言うと、女性は何やら水晶玉のような魔道具を取り出してカウンターに置いた。


『この魔道具に触れてください。それで住民登録は完了しますので』

「はい」

『……まあっ、貴方まだ生まれたばかりじゃないですか!この街へはひとりで来たんですか?保護者の方は?』

「えっと…保護者は、いないです」

『ああ…ごめんなさい。聞くべきではなかったですね。でも大丈夫、この街には貴方と同じような境遇の子ども達が多くいますから…きっと寂しくはないですよ』


 女性は優しげに微笑むと、私の頭をひと撫でした。…なんだろう、子ども扱いされている気がする。いや、気のせいじゃないなこれ。確かに実年齢0歳だけれども…。


 というか、この状況はいったいどういう事なんだろう?…とりあえず、その辺の人達に聞き込みしてみようかな。




 *




 あのあと、街の人達に色々と話を聞いて分かったことは。


・彼らの認識では、この街は"辺境にある、宝石精霊族カーバンクルの街"であること。

・この街で暮らしている人々は、もれなく欲深い他種族達に狙われてこの街に逃げてきた、ということ。

・その生い立ちから、この街の人々は他種族へのヘイトがかなり高い、ということ。


 特に3番目については、


・街に他種族が入り込んだら、得意な魔法で総攻撃している。


 とのことで…やはり、この街の人々=ジュエルスプライト、なようだ。……でもジュエルスプライトって、魔物だと云われていたような。こんなに皆優しいのに…って、それは私が同族だからか。


 そういえば、昨日冒険者ギルドで見た『ジュエルスプライトの納品』を求める依頼は、だいぶ前から出されている、いわゆる塩漬け依頼というやつだった。難易度が高すぎて誰も受けたがらないという…私は別の意味で受けたくないけどね。


 というか、もしかしなくとも他種族の人達には、ジュエルスプライトは私も最初に見た黒い靄のような人影に見えているのかな?




 一度迷宮を出て、クイユの冒険者ギルドで聞いてみたところ、私の推測が合っていたーーージュエルスプライトの見え方が、私と他種族の人達では異なっている、ということが判明した。

 ついでに冒険者ギルドの窓口の人から、例の塩漬け依頼をどうにか達成出来ないか相談されたけれど、断固拒否しておいた。無抵抗というか、こちらに好意的な人達を害するとか、絶対にしたくないし。


 結局、『カーバンクル迷宮』は何だったのかよく分からないけれど……いつか、あんな夢幻ゆめまぼろしかのような出会いではなく、現実で同族の人と会って話してみたいな、という気持ちが胸に芽生えた。

 私は転生して宝石精霊族カーバンクルになったからか、これまで宝石精霊族カーバンクルであるという自認が薄かったけれど。今回、初めてたくさんの同族に囲まれて色々と話をしたことで、少しばかり自認が強くなったような気がする。だから何が変わるわけではないけれどね。


 さて、明日からはクイユの工匠区(職人達の工房が集まっている区画)を見学しつつ、宝飾品のデザインの勉強をするぞ。身につける宝飾品自体はクラウディアさんに作ってもらうけれど、せっかく"宝飾の街"に来たのだから、少しでも知識を吸収しないとね。


 人も物も、良い出会いがあるといいなあ。そんなことを内心で呟きつつ、私は宿の部屋で早めに就寝したのだった。



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