第18話 ★閑話〜それぞれの価値観




 本日は、6月の35日。あと10日後辺りにはミスリルゴーレムを納品するために王城へと向かわなければならないけど、本日は大事なイベントがある。

 そう、お屋敷の皆のお給料日にして、初の特別手当ボーナス支給日でもあるのだ。この日のために、私は"布の街"エリルで新たに綺麗な柄の布の袋を買ってきて、"いつもありがとう"という言葉を各人の名前と共に刺繍した。


 で、いつものように商業ギルドで両替してもらったお金を、お給金袋と特別手当用の袋にそれぞれ詰めて、各人に手渡したのだけど。


 ものすごく感謝感激された上に、ベティ、シェリル、ダイアナのメイド組に至っては「もしやこれは素敵な夢なのでは…?」と現実逃避し始めていた。そこまでなの?


「雇用した時に、ちゃんと説明したはずなんだけどなぁ…」

「他に類を見ない好待遇だもの、仕方ないんじゃないかしら」


 思わずボヤいたら、この混沌とした状況を外から眺めていたローナさんに冷静に突っ込まれた。ちなみに今は朝食後で、食後のティータイム中だ。

 イライザとフローラ謹製のイチゴのフルーツティーをひと口飲んでから、改めて現状を見る。…あ、アグネスがメイド組を正気に戻した。そして改めて皆にお礼を言われたので、「こちらこそ、いつもありがとう」と返して、その場は解散とした。


「彼女達はきっと、ヘルミーナさんを守るためなら全力を尽くすのでしょうね」

「まあ、私は雇用主ですし…」

「それだけじゃないわよ?こんなに優しくて可愛らしい"主様"なんだもの、守りたくなるのは当たり前じゃないかしら」

「…ちょっと気になったんですけど」

「なぁに?」

「私って、この国の基準で見て『可愛らしい』部類に入るんですかね?」


 確かに最初に自分の姿を見た時は、人形みたいに整った顔立ちをしているとは思ったけれど……ほら、美醜の感覚って国や文化によって変わるし。ここナディアリス王国は多種族国家だけど、兎、鼠、栗鼠などの小型の獣人族が国民の約8割を占めている。ローナさんも兎の獣人族で、可愛らしい感じの美人さんだ。

 私の問い掛けに、ローナさんは「そうねぇ」と小首を傾げた。


「もちろん可愛らしい部類に入るでしょうけど、ヘルミーナさんの容姿はエルフ族に好かれそうね」

「エルフ族に?」

「ええ。エルフ族は金色や銀色の輝く髪と、綺麗な色の瞳、それと何より美しい容貌を尊ぶのよ。

 ウチのサブマスのエリアスもエルフ族でしょう?大層ヘルミーナさんのことを気に入ってるみたいだし、まず間違いないわね」


 そう言い切ったローナさんは、そこでニヤリと悪戯っぽく笑った。


「きっと隣国のユジェルド王国に行ったら大変よ〜?パトロンになりたいっていう王侯貴族に囲まれちゃうかも」


 ユジェルド王国は、エルフ族の国だ。国民の約9割がエルフ族らしい。


「パトロンって…私、冒険者なんですけど」

「あら、贔屓の冒険者のことを応援したい人達は、エルフ族に限らず結構多いのよ?」


 なんでも、金や銀のランクの冒険者や冒険者パーティには、貴族のパトロンが付いていることもあるらしい。冒険のための資金を提供して貰う代わりに、その貴族の依頼を優先的にこなすのだとか。ただし、冒険者ギルドを挟まないやり取りはリスクが高く推奨されていないので、多くの場合は冒険者ギルドを介して指名依頼として依頼を受けるらしい。

 とはいえ。


「私は現状、お金に困ってないですからね…貴族社会ってドロドロしてそうですし、あまり関わりたくないです」

「確かに、貴方はそうよね。それに貴族社会が面倒なのは合ってるわ。でもまあ、気の合いそうなエルフ族の貴族なんかがいたら、縁を繋いでおくのも良いかもしれないわよ」

「?…エルフ族の貴族に、何かあるんですか?」

「大抵のエルフ族…特に貴種のエルフ族は、強欲な人間族なんかを警戒しているわ。エルフ族も美しい種族だから、子供が拐われたりすることもままあるの。もちろん、その対策も万全にしているけれど」


 貴方の種族的に、守りは幾らあっても良いでしょう?と、ローナさんは真面目な表情で言った。…なるほど、私達宝石精霊族カーバンクルはかつて"欲深い人間族などに狙われ、乱獲された"ことで数を大幅に減らした種族だ。同じように狙われやすく、でもその対策をしっかりしているエルフ族達ならば、いざという時に私のことを守ってくれるだろう、ということか。


「…エルフ族の貴族と知り合う機会があったら、考えてみますね」


 私ひとりなら、『箱庭』に逃げ込めば良いけれど……もう私には、他に守りたい人達がいるから。私が立ち働くアグネス達に視線を向けたのに気づいているのか、ローナさんはひとつ頷いてから…「まあでも」、と纏う雰囲気を和らげた。


「きっとヘルミーナさんなら、特段何もしなくともエルフ族に囲まれてガッチリ守られるわよ。もしかしたらパトロンとかまどろっこしいことは言わずに、愛人希望者がたくさんやって来るかもね〜」

「なんて???」


 いやいや、え?愛人希望??私がよっぽど変な顔をしていたのか、ローナさんは小さく吹き出した。


「あら、エルフ族の"習性"を知らないのね。彼ら、美しい人や物を共有するのよ。過去に他国からユジェルド王家に嫁いだ、絶世の美女と名高かった樹木精霊族ドライアドの姫君が、老若男女問わずのハーレムを築いた話は有名よ?」


 姫君がハーレムを築いたというか、その姫君を中心に勝手にエルフ族のハーレムが築かれたらしい。なにそれ怖い。


 その逸話以外にも、複数のエルフ族が一人の美人を囲う事例は数多くあるようで……後日、ウチにいる唯一のエルフ族であるフローラにそれとなく聞いてみたら、


「あらぁ、主様ほどお美しかったら、お相手はり見取りですよ〜?かく言う私も、日々主様の美しさに癒されておりますので〜」


 それがさも当然のことかのように、そう言われた。ええ…エルフ族ってそういう感じなの…?

 …ローナさんには「考えてみる」と言ったけど、ユジェルド王国に行くのはちょっと怖いな…いや、実際行ったらどうなるのか気にはなるけれどね?怖いもの見たさ的な感じで。


 ……もしユジェルド王国に行く用事が出来たら、お屋敷の皆で行こう。皆で行けば怖くない…はず。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る