第17話 ランクアップと休息日




 指名依頼完了から、約半月後。ひと月半ほど我が家に泊まっていたローナさんを連れて、私はガニーへと《転移》した。

 街へと入り、冒険者ギルドへと向かうと、ローナさんは私とエリアスさんを伴って2階の応接室へと入った。


「さて、今回の指名依頼を達成したことで、ヘルミーナさんはランクアップの条件を満たしたわ」

「『金の二』に上がるんですか?」

「いいえ、貴方は今日から『白金』ランクよ」

「えっ?」

「国王直々の依頼を達成したんだもの、当然でしょう」


 白金とはつまり、最高位のランクだ。そんな易々とならせていいモノなのか、と思っていたら、それを察したらしきローナさんが「あのねえ」と口を開いた。


「ミスリルゴーレムを1週間で140体も狩れる冒険者を、いつまでも金ランクにはしておけないのよ。他の金ランクの冒険者が気の毒だわ」

「それは…そうかもですね?」

「なんで疑問形なのよ」

「私、他の金ランクの冒険者を見たことがありませんので、イマイチ練度が分からなくて」


 そう言うと、ローナさんは少し逡巡してから、キッパリと言った。


「ハッキリ言って、貴方と比べたら雑魚よ」

「ハッキリ言い過ぎでは?」


 本当に。"雑魚"って言い方はないでしょ、ローナさん。エリアスさんも苦笑しているし。


「そもそも『人形の迷宮』は、金ランクの"パーティ"が入る所なのよ。それなのにソロで、まるでお散歩でもして来るかのように軽々とミスリルゴーレムを狩ってくる貴方は、紛れもなく強者よ」

「…なるほど」


 そう言われてみればそうかも知れない。でも私の場合、武器がチート気味だからなあ。…あ、そういう武器を揃えられることも含めて『白金』ランクなのか。それなら納得だ。

 という訳で、私は白金ランクの冒険者になった。ギルドカードも白金色だ。というか、冒険者登録から約3ヶ月半で最高位のランクまで登り詰めてしまったけれど、これは有りなんだろうか。なんだか私、生き急いでない?大丈夫?…そういえば、前に"指名依頼が完了したら少しゆっくり休むと良い"とローナさんに言われたよね。よし、今日から何日間かは休息日としよう。

 街を出てから、王都の屋敷に《転移》する。やって来たアグネスに「今日から少し休む」旨を伝えると、ホッとしたような顔をされた。


「主様は働きすぎですから。ぜひごゆっくりお休みくださいませ」

「…私、そんなに働いてた?」

「はい」

「そっかあ…じゃあお言葉に甘えて、しばらくは屋敷でゆっくり過ごそうかな。あ、でも必要なものとかあったら言ってね?調達してくるから」

「そういうところですよ、主様。そういう雑事は、私共使用人にお任せくださいませ」


 あ、はい。アグネスに深いため息をつかれてしまった。なるほど、主が何でもかんでも動いたらダメなのね。考えてみたら、屋敷の金庫室に白金貨が山と積まれているし、王都内で使ってもらった方が良いのか。というか、『箱庭』の自給自足(?)って傍から見たら不自然だよね。屋敷に人の気配はあるのに、買い物をしている様子がないって。その辺を今更ながらアグネスに聞いてみたら、なんと彼女が気を利かせて定期的に食料品や花の苗などの買い付けをしていたらしい。お陰で不審がられてはいないようだ。


「ありがとう、アグネス」

「いえ、これも主様の"秘密"を守るためですから」


 それから、アグネスと色々と話し合った結果…何故か、私のドレスを仕立ててもらうことになった。もちろん、屋敷にデザイナーさんを呼んで、である。そんな貴族みたいなことして良いの?と聞いたら、衝撃的な言葉が返ってきた。


「白金ランクの冒険者の地位は、だいたい高位貴族と同じくらいの立ち位置ですよ。ですので、白金ランクの主様が貴族のような暮らしをしていても、誰からも文句は出ないでしょう」


 …それは知らなかったよ、私。というかローナさんもエリアスさんもそんなことはひと言も言ってなかったけど、あれ?もしかしてそれって、この世界じゃ常識だったりするの?


「…そういえば、主様はまだ0歳なのでしたね。すっかり抜け落ちておりましたが」

「うん、そうだよ…私、常識に疎すぎかな…?」

「いえ、生まれて数ヶ月、と考えると、むしろ主様は物事をよく分かってらっしゃる方だと思いますよ。常識など、おいおい学んでゆけばよろしいのです」

「そっか…ありがとう。これからも色々と教えてね」

「かしこまりました」




 数日後。アグネスが厳選した仕立て屋のデザイナーさんが、屋敷へとやって来た。なんでも新進気鋭の若手デザイナーさんらしく、お店の規模は小さいけれど、その作品は素晴らしいものばかりなのだとか。でもまだ貴族には知れ渡っていなくて、裕福な商家の女性とかが顧客らしい。

 そんな人を、端っことはいえ貴族街へと呼び出したものだから、やって来たデザイナーさんはカチコチに緊張していた。


「私はただの冒険者で貴族じゃないから、そんなに緊張しなくとも大丈夫ですよ」

「は、はい、すみません、こんなに立派なお屋敷に呼ばれるのって初めてで…」

「…ドレスのデザインどころじゃなさそうですね?とりあえず、お茶でも飲んでゆっくりしてください」

「あ、ありがとうございます…」


 アグネスが用意してくれた紅茶を飲みながら、ぎこちない動きのデザイナーさんをそれとなく観察する。名乗ってくれた名前は『ナターシャ』。種族は人間族で、性別は女性。年の頃は20代前半くらいかな?焦げ茶色の髪と緑の瞳を持つ、知的な美人さんだ。

 少し落ち着いてきたのか、ナターシャさんは私に向き直ると、「失礼いたしました」と深々と頭を下げた。その頭を上げさせてから、「さっそくですけど」と話を振る。


「今回依頼したいのは、私のパーティードレスを3着と、普段着のドレスワンピースを5着です。いま着ているドレスワンピースもお気に入りなのだけど、そろそろ新しい服も着たいな、と思いまして」

「なるほど…拝見したところ、ドレスワンピースは動きやすさも重視してお作りなられているようですが、今回もそのようにお作りしますか?」

「お願いできますか?私、この服装で迷宮に潜ったりしているので」

「め、迷宮にっ?」

「もちろん、服には色々と《付与》をしていますよ」

「魔法による《付与》ですか。…それならば、素材は魔法の馴染みが良いスパイダーシルクを使用しましょうか?少々…かなり値は張りますけど、伸縮性と肌触りは最高のものですよ」

「それは良いですね。できれば5着ともスパイダーシルクで作ってほしいですけど…ねえアグネス、スパイダーシルクって貴重なものなの?」

「そうですね、そこそこ貴重な素材ですが…5着分となりますと、多く見積もっても5000万ベルほどあれば手に入りますよ」

「そう、ありがとう。…んー、パーティードレスの方は、エリルの街の布地を使って欲しいから…輸送費も考えると、いくらくらいが妥当かな?」

「多くても1000万ベルほどかと」

「分かった。なら今回は、手付金として6000万ベルを支払います。ナターシャさん、それで大丈夫そうですか?」


 私とアグネスのやり取りを呆然と眺めていたナターシャさんは、私から話を振られてハッと我に返るとアワアワと言った。


「そんな、貰いすぎです!」

「でも、これだけあれば確実に素材を手に入れられるでしょう?」

「それはそうですけど…」

「なら良いですよね?さあ、本題のデザインの話をしましょうか」


 にっこり笑顔で押しきると、ナターシャさんは深呼吸をひとつしてから、「はい、わかりました」と力強く頷いた。

 そこからのデザインについての相談は白熱した。途中からアグネスにも参加してもらった結果、ナターシャさんには昼過ぎに来てもらったのに、デザインが纏まったのは夕暮れ時だった。


「必ずや、ヘルミーナ様のご期待に応えてみせますからね!」


 そう言い置いて、ナターシャさんは帰って行った。なんだかよく分からないけれど、充実した時間だった。心なしかアグネスもツヤツヤしているし。楽しかったんだろうなあ。




 翌日。今日もお休みなのだけど、暇すぎて仕方がない。暇つぶしに何かしようかな、と考えて、ふと思いついた。インベントリに入れっぱなしのアイアンゴーレムとミスリルゴーレムをインゴットにしよう、と。


「ちょっと『箱庭』に行ってくるね」


 そうアグネスに言ってから、私は『箱庭』へと《転移》した。作業小屋に入り、《錬金》のための部屋へと入る。《鍛冶》でもインゴットは作れるけれど、《錬金》スキルのレベル上げも兼ねて今回はこちらで作業することにした。

 まずはアイアンゴーレムから。1体分を取り出して、適度な大きさにカットした鉄塊を『錬成陣』の上に置く。そして陣に魔力をゆっくり流してゆくと、見る見るうちに鉄塊は綺麗なインゴットへと変わっていった。よし、成功だね。

 あとは、これをひたすら繰り返して、鉄のインゴットを量産してゆく。例の指名依頼の時にゴーレムを狩りまくったから、アイアンゴーレムもかなりの数があった。

 鉄のインゴット作りが終わったら、次はミスリルインゴット作りに入る。こちらもそこそこの量があったけれど、昼前には終わった。なので《転移》で屋敷に戻って、お昼は皆と食卓を囲んだ。なお昼食は魚介のスープパスタで、大変美味でした。


 午後からは、また『箱庭』へとやって来て、畑に種を蒔いては収穫までの待ち時間に釣りをする、という作業をしていた。こういう地味な作業ってけっこう好きなんだよね、いかにも箱庭ゲームって感じで。実際、この『箱庭』は所々ゲーム仕様だしね。

 それにしても、インベントリに大量に積まれたインゴットはどうしようか…まあ、いつか使うよね、たぶん。


 こうして、休息日は『箱庭』で作業をしたりして過ごしていたのだけど。この数日間で、私にはまったりスローライフは向いていないことが判明した。単純に、暇を持て余すのがツライのだ。もしかしたら、実年齢がまだ若いーーーというか、0歳なこともその一因かもしれない。


 ともかく、こうして休息日を終えた私は、その翌日から意気揚々とガニー周辺の迷宮へと潜りに行ったのだった。



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