第12話 歓迎会と、ランクアップ
懇親会から、さらに数日経って。私は使用人達を全員食堂に集めて、緊急会議を開いていた。
議題は、"屋敷に護衛を雇うか否か"である。というのも、最近北区にあるとあるお屋敷が、強盗に入られたのだ。幸い、強盗は駆けつけた衛兵達によって捕縛されたけれど、今後、この屋敷にもならず者が入って来ないとも限らない。
「…という訳で、私は護衛の冒険者なり何なりを雇った方が良いと思うんだけど。何か意見とかある?」
「主様、よろしいですか」
「はいアグネス、どうぞ」
「護衛を雇う場合、商業ギルドで専属護衛を募るべきかと思います。冒険者はあまり長期の依頼を受けたがりませんし、それに主様の"秘密"のことも鑑みると、やはり商業ギルドを介した方がよろしいかと」
「なるほど、確かにね。人数とかは、何人くらい雇えば良いかな?」
「アタシとフローラはそこそこ戦えるから、そんなに人数はいらないと思いますよ」
「そうですね〜、2人もいれば十分かと思いますぅ」
イライザとフローラは戦えるのね。私も戦えるけど、常にこの屋敷にいるわけじゃないから戦力外かな。
「じゃあ、専属護衛を2人雇おうかな。住込みだろうから女性が良いよね」
ということで、アグネスをお供に商業ギルドにやって来ました。職員のジョゼットさんに事情を話すと、「ちょうど良かったです」と言われた。
「実は先日、とある貴族家を解雇になった女性の傭兵の2人組がいまして。ああ、解雇になった理由は"命令違反"となっていますが、実際のところは"護衛とは関係のない命令"を下されて反抗したことが理由です」
「ああ、なるほど…」
ジョゼットさんの説明に、アグネスが眉を顰めて頷く。どういうこと?と小首を傾げた私に気づいて、アグネスが言いにくそうにしながら言った。
「主様は、その…閨、と言って通じますか?」
「え?…あ、ああーなるほどね。その傭兵さん達、災難だったのね。女性の私が雇い主なら、雇われてくれるかな?」
「おそらくは」
「彼女達は今、商業ギルドの宿舎に寝泊まりしていますので、お声掛けしておきますよ……と、噂をすれば。彼女達です」
商業ギルド内にある階段を降りてきた2人組の人間族の女性達に、ジョゼットさんが「アイリーンさん、カレンさん!」と呼び掛けた。
「どうしたの?ジョゼットさん」
「なにか…って、あら?そちらの方々は?」
「それも含めてお話ししますので、こちらへどうぞ」
そうして、私とアグネスは2人組と共に、以前も使った会議室のような場所へと案内された。
そこで、私達が女性の専属護衛を2人ほど雇いたいと考えている旨をジョゼットさんが説明すると、2人組の片割れ…アイリーンさんが尋ねてきた。
「念の為の確認ですけど、そちらのお屋敷に護衛以外の"命令"をしてくる人は…」
「ウチは女性しか雇ってませんので、そういうことはありませんよ。雇い主は私ですし」
そう答えると、アイリーンさんとカレンさんは一度顔を見合わせてから、「よろしくお願いします」と私に頭を下げた。
「決まりですね。では、契約の手続きを進めましょうか」
こうして、その日のうちに専属護衛のアイリーンとカレンが我が家に仲間入りしたのだった。
屋敷に着いてからは、まず2人と使用人達との顔合わせをした。同性しかいないこともあって、わりと馴染むのは早かったと思う。
ちなみに、アイリーンは銀髪と紫の瞳の美女で、カレンは金髪に緑の瞳の美女だ。この容姿なら、手を出したくなる気持ちも分からなくはない…けど、無理やりダメ、絶対。
「近いうちに2人の歓迎会をやろう」
そう提案したら、全会一致(アイリーンとカレンを除く)の賛同を得た。皆、さては果実酒にハマったな?よし、じゃあ気合い入れて追加分の果実酒を作ってきますよ。
「アイリーンとカレンは、お酒飲める?あと甘いものは大丈夫?」
「お酒は好きですよ。あと、甘いものは滅多に食べれませんが、好きです」
「私もアイリーンと同じく、です」
「それなら、歓迎会を楽しみにしていてね。甘い果実酒を色々出すから」
ついでに何か、甘いものも作ってみようかな。ということで、『箱庭』へとやって来た私は、倉庫から入り用な物を取り出してインベントリへと詰め込んだあと、マイホームのキッチンに向かった。
実は数日前、箱庭ポイント交換の『雑貨』タブを眺めていた時に『お菓子作りの本』を発見していたのだ。それをシリーズごと
よし、まずは定番のクッキーから作っていきますか。
あれから、私は時間が許す限りお菓子を作り続けた。魔道具のオーブンなどはちょこっとゲーム仕様で、『焼き上がりまで:5分』などとやたらと短い時間で焼き上がったし、後片付けは《クリーン》の魔法で一瞬だしで、お菓子作りが大変捗ったのだ。しかも作った先から"時間停止"機能の付いたインベントリへと放り込んでいたので、出来立てを提供できる。
クッキーやケーキ以外にも、シャーベットやアイスクリームも作ったし、ある意味定番のプリンも作った。
ただ、誤算がひとつ。作っている間中、ずっと甘い匂いに晒されていたので、私自身はもう甘いものは見たくない気分なことだ。なので果実酒作りに入る前に、リビングのソファーで無糖の紅茶を啜りつつ、休憩をとることにした。
ふと窓の外を見やると、もう薄暗くなっていた。アグネスには今日は『箱庭』から戻らないかもと伝えてあるので、心配をかけることはないだろう。
思えば、ここひと月ほどでずいぶんと環境が変わったものだ。それまでは独りで『箱庭』に引きこもっていたのに…いや、引きこもってたのは生まれてから約1週間くらいか。というか、私まだ0歳児なんだよね。外見年齢は15歳らしいけど。
「…そろそろ、果実酒を作ろうかな」
とりあえず今は、アイリーンとカレンの歓迎会の準備をしないとね。
それから数日後に開催された歓迎会は、控えめに言っても大成功だった。皆、果実酒以外にも私が作ったお菓子達を喜んで食べてくれて、「美味しいです!」とそれぞれが笑顔と感想をくれた。喜んでもらえて何よりです。
その翌日。私はひとり、王都冒険者ギルド本部を訪れていた。目的は2階にある資料室で、今回はこの国、ナディアリス王国の地図を探しにきた。とはいえ、地図といっても簡易なものしかなかったので、それを持参した紙に書き写す。…主要な街や村の名前と、山や森、河などの名前しか載っていないのは、きっとわざとなんだろうな。国益がどうのとか、色々あるんだろう。
さて、なぜ私が地図を探していたのかというと、そろそろルグミーヌ湖沼地帯以外の場所で狩りをしようと思ったのと、もし新たな狩場の近くに街などがあったら立ち寄ろうと思ったからだ。
良い狩場はないかなー…うん?
「"冒険者の街"ガニー…?」
王都からもエリルの街からも遠いけど、"複数の迷宮が近辺にある"街、らしい。
迷宮。作品によってはダンジョンとも呼ばれる、異空間。この世界の迷宮は、以下のような特徴がある。
★迷宮について
迷宮とは、世界が創り出す異空間の総称である。門のような両開きの大きな扉が"入り口"として存在し、この扉は謎素材で出来ており壊れることはない。
内部のものは、倒した魔物はもちろん、水、土、草花、樹木、鉱石、虫、動物、魚等、普通に採取可能なものであれば何でも持ち帰ることができる。
内部の資源は外界にはない特有のものが多く、その種類、品質、稀少度などの価値は高い。同じ物でも、外界産よりも良質で高値で取引される。
上記のこともあり、人々が迷宮に潜る目的は主に魔物の素材を含む資源の獲得である。
迷宮は複数の階層によって成り立っており、浅い階層よりも深い階層の方が魔物は強く稀少な資源も豊富である。さらに最下層にはその迷宮固有のボスが存在しており、それを撃破したあとにのみ進める区画にはかなり稀少な資源が存在する。なお、一度外に出れば当然リセットされるのでボスもまた復活する。
魔物は、外界の魔物よりも特殊な行動も多くて強い傾向にある。
各階層の階段付近には「安全地帯」と呼ばれる魔物が寄り付かない空間があるために、大体の人々は此処で休憩したり野営をしたりする。
迷宮の環境は階層ごとに分かれており、熱帯雨林だったり、雪深い針葉樹の森だったり、湖沼地帯だったりする。浮島が大量にある海や、オアシスが点在する砂漠などもあるし、中には遺跡がそこかしこに見られる平原などもある。
迷宮内には「転移魔法陣」がある。場所は階段の傍で、最下層のみボスを倒したあとに出現する。「転移魔法陣」は行ったことのある階層へ転移できるほか、外へと転移することもできる。
内部の時間の進み方は、それぞれで異なっている。もちろん、内部と外界で時間の流れる速さが異なる訳ではなく、あくまでも"見せ掛けの"時間のことである。
全く時間帯が変わらない場所もあれば、やたらと速く時間帯が移り変わる場所もあるし、エリアごとに時間帯が異なっている場所もある。
迷宮は各国の行政やギルドによって厳重に管理されており、内部に入れるのは国やギルドの許可証を持っている者のみである。ちなみに許可証はどのギルドでも発行できる。
★
「これは、行くしかないのでは…?」
"パーティごとに被らずに出入りできて、一度出入りすると中の状況がリセットされる"。つまり、人目と環境を気にして自重しなくても良い、ということだ。
ガニーの近辺の迷宮について書かれた本があったので読んでみると、冒険者ランクによって入れる迷宮が決まっているようだった。私は現在『銀の一』なので、『金』ランクのみが入れる迷宮以外は入れるようだ。…これ、迷宮に入るためにランクアップの試験を受けるべきか。
「うーん…面倒な試験だったらやめにして、ガニーに行こう。一度行けば《転移》で行き来できるし」
という訳で、王都冒険者ギルド本部の受付窓口に行ってランクアップ試験について尋ねてみたところ、なぜか2階の応接室らしき部屋へと通された。
出された紅茶を飲みつつ大人しく待っていると、ノックのあとに大柄な男性が、私を案内してくれた女性職員さんと共に入ってきた。
「まずは自己紹介からだな。俺はナディアリス王国冒険者ギルド本部のギルドマスターをしているディエゴだ。で、こっちがサブギルドマスターのリオ」
「リオです、よろしくお願いします」
「ヘルミーナです。こちらこそよろしくお願いします」
「で、今回お前さんはランクアップの試験を受けに来たとのことだったが…試験は免除だ」
「はい?」
「ルグミーヌ湖沼地帯で易々と狩りをする奴を、いつまでも銀ランクにはしておけねぇってことさ。これは東門支部のギルマスからも賛同を得てるし、ギルドカードに記載されている討伐記録もあるから、覆ることはない」
「こちらがヘルミーナさんの新しいカードになります」
「ええ…本当に良いんですか?いえ、貰えるなら貰っておきますけど」
困惑しつつそう言うと、リオさんの口から衝撃の事実が語られた。
「ルグミーヌ湖沼地帯関連の依頼は、一応『銀の一』ランクから受けられることになってはいますけど…実際に受けるのは『金の三』ランク以上の人達なんですよ、それもパーティで。なんせ、一度に襲ってくる魔物の数が多いですからね。
そこに来て、あの場所でソロで活動できるヘルミーナさんの実力が、金ランク以上だと判断されるのは当然なのですよ」
「はあ…なるほど、納得しました」
それは納得せざるを得ない。まあ、面倒な試験をパスできただけ幸運だったと思おう。
「ちなみにひとつ聞いても良いか?あ、これは興味本位で聞くだけだから、答えなくとも良いぞ。…お前さん、一番得意な武術系スキルのレベルはいくつぐらいなんだ?」
「武術系って、《剣術》とかのことですよね?」
「そうだ」
「んー、《剣術》と《槍術》で、どちらもレベル10です」
「「…は?」」
ディエゴさんとリオさんが呆けた顔をしている。……あ、そういえばレベル10(MAX)って珍しいんだっけ?
でも私、どちらかというと魔法使い系統なんだけどな、精霊族だし。さらに呆然とさせそうだから、言わないけど。
そのあとは、どうにか現実に戻ってきた2人と軽く雑談を交わしてから、屋敷へと帰った。
明日はエリルへと《転移》して、そこからガニーを目指す予定だ。地図を見る限り、《飛翔》の魔法で直線距離で行けそうなのがこのルートなのだ。基本的に旅の最中の休憩時には『箱庭』へ《転移》する予定なので、明日から数日屋敷を留守にすることをアグネスには伝えておいた。
そして翌朝。私はガニーを目指して旅立ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。