第10話 お屋敷と使用人
翌日。朝から王都へやって来た私は、王都冒険者ギルド・東門支部ーー昨日最初に入ったギルドの正式名称だーーの資料室へと足を運んだ。
目的は、"王都ナディアリスタで家を持つ方法"を探すため、である。いちいち外壁の外に出て《転移》するのが面倒に感じたので、いっそ持ち家の中から《転移》できればな、と考えたのだ。
それで、本によると、
1:ナディアリスタの市民権を得る。
2:冒険者ランクを『金の三』以上にする。
以上の2つが王都で家を持つ方法らしいことが分かった。
"市民権を得る"とはどういうことかというと、5万ベルで市民権ーー王都内に住む権利ーーを買う、ということだ。『金』ランク以上になるとこの5万ベルは免除されるらしい。ただし、王都内に住居を持つと例外なく1世帯あたり年額1万ベルの住民税を支払う必要があるとのことだ。
そして私が選んだのは、手っ取り早く5万ベルで市民権を買う方である。さっそく王都の中央区にある役所へ行って、市民権を購入した。その時、役所の職員さんから"家と土地は商業ギルドで購入できる"ことを聞いたので、その足で商業ギルドへと向かった。
王都の商業ギルドは、中央区に…というか、役所の隣にあった。おそらく、利便性を考えての配置だろう。入り口の扉を開けて中へと足を踏み入れると、屋内にはそこそこの人がいた。身なりからして、どうやら多くは商人のようだ。
とりあえず空いている窓口に並ぶと、程なくして私の番が来たので、窓口の前に立って用件を述べる。
「王都内の土地で、住居になるような建物付きの土地ってありますか?あ、予算は1000万ベルくらいで」
「住居となりますと、まず市民権はございますか?」
「はい、これです」
「確かに、ありがとうございます。では、そのご予算ですとかなり幅広く選ぶことができますが、他にご希望の条件などはありますか?例えば、中央区の近くですとか、逆に郊外の広いお屋敷ですとか」
職員さんのその問いに、私は悩んだ。はっきり言って広いお屋敷はいらないのだ、私には『箱庭』のマイホームがあるから。でも中央区付近だと、利便性は高いけれども人目がありすぎて、《転移》で出入りするのは危険そう…あとそういえば、家を持ったら定期的に手入れもしないとだよな…うーん。
「…王都内で、治安が良い土地ってありますか?」
「治安の良さですと…貴族街がある北区の土地がやはり治安は良いですね。ただ、こちらは土地代がお高くなりますし、場所柄建物自体は大きめなものが多いので、ご予算で収まるかは場所によりますね」
「ちなみに予算を倍にすると?」
「北区の大体の土地が選べますよ。…実際にいくつかご覧になりますか?」
「え、良いんですか?ぜひ!」
という訳で、私は商業ギルドの職員ーーージョゼットさんと共に、北区の物件を見に行くことになった。商業ギルドの馬車に乗って、雑談を交わしつつ物件を回る。
「ジョゼットさん、お屋敷の管理って、やっぱり人を雇うべきですかね?」
「そうですね…大体のお屋敷に庭がありますので、最低限メイドと庭師、料理人なども必要かと。使用人の数によっては彼らを纏める執事なども必要になりますね」
「なるほどー…勉強になります。ちなみに使用人の方のお給金とかはーーー…」
最終的に、私は北区の貴族街の端にあった元・男爵邸を購入することになった。土地建物併せて2300万ベルと少々(?)予算をオーバーしたけれど、未だ手元には2000万ベルを超えるお金があるので大丈夫だ。
そして、商業ギルドを通して使用人も募集することになった。条件は第1位が信用性、第2位が人柄、仕事の出来はその次に指定した。というのも、私が《転移》で王都を出入りするのを秘密にできる人じゃないと意味が無いからだ。あと、私が
ちなみに募集するのは、執事1人、メイド3人、料理人1人、庭師1人の計6人だ。住込みさせる予定なので、全員女性を希望しておいた。なお、お給金については、実際に人が集まってから開示することにしてある。
「ヘルミーナさん、人が集まりましたよ」
それから3日後、商業ギルドへ行くと、ジョゼットさんからそう言われた。早いな!
彼女に案内された会議室のような場所には、ぴったり6人の女性がいた。
「右から、女性執事のアグネスさん、メイドのベティさん、シェリルさん、ダイアナさん。料理人のイライザさんに、庭師のフローラさんです」
「「「よろしくお願いいたします」」」
揃ってお辞儀をされて、内心狼狽えつつも自己紹介をする。
「私は依頼人のヘルミーナ、見ての通り
働く条件として、北区にある屋敷に住込みで働いてもらいたいのだけど、そこは大丈夫ですか?」
「ヘルミーナさん、そこと"秘密を守る"ことについては、彼女達は了承済みです。元より、主家の秘密を口外する者など紹介いたしませんけれど」
「なるほど」
ジョゼットさんの補足説明に頷きつつ、私は1枚の紙を取り出して、集まってくれた彼女達に提示した。その内容を読んだのか、執事のアグネスさんと料理人のイライザさん、庭師のフローラさんが息を呑む。他の3人はどうやら読み書きが出来ないようで、頭に疑問符を飛ばしていた。…というか、ジョゼットさんも驚いてないか?
「あの、ヘルミーナさん…これは?冗談ではない、ですよね?」
「そんなに驚きます?これでも最低限だと思うんですけど」
私が提示したのは、以下のような役職ごとのお給金の一覧表だ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
執事:月給…5万ベル、特別手当(夏、冬)…各10万ベル
メイド:月給…2万ベル、特別手当(夏、冬)…各4万ベル
料理人:月給…3万ベル、特別手当(夏、冬)…各6万ベル
庭師:月給…2万ベル、特別手当(夏、冬)…各4万ベル
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月給+夏冬2回のボーナス制だ。読めなかったらしきメイドのベティさん、シェリルさん、ダイアナさんのためにジョゼットさんが内容を読み上げると、彼女達も「ええっ!?」と驚きの声を上げた。
「ああ、もちろん衣食住とそれに係る諸経費は別途支給するので、ご安心ください」
追加でそう言ったら、さらに悲鳴じみた声を上げられた。解せぬ。
結局、あの場に集まってくれた6人を雇うことに決まって、その日のうちに契約を結んだ。しかも6人とも、「ぜひ今日から働かせてください!」と言ってくれたので、先に購入したばかりの屋敷に皆で向かった。なお移動は商業ギルドの馬車を借りたけれど、これから必要になるだろうし、あとで我が家で使う馬車と馬を購入しようと思う。
屋敷に着くと、皆で屋敷中を見てまわって、購入が必要な物を書き出していった。
なお、事前に照明や暖炉、水道などの魔道具を動かすための魔石は狩ってきて設置済みで、シーツや掛け布団などのリネン類は、『箱庭』ポイント交換で予備も含めて14セット交換して設置済み、各部屋のカーテンや家具等も『箱庭』ポイント交換で交換して設置してある。食器類やカトラリーも交換済みで、それらを入れる棚も交換済みだ。
さらに厨房から入れる地下の食料庫には"時間停止"を《付与》しておいて、『箱庭』で採れた作物や魚介、卵、調味料、狩ってきたお肉、お手製の果物ジャムや果汁シロップ、お茶などを入れておいた。
「これは…いま必要なのは各人の制服と、馬車と馬くらいかな?」
「
執事のアグネス(使用人に敬称や敬語はいらないと言われた)にそう訝しげに言われたので、「これも秘密のうちのひとつだよ」と微笑んでおく。
そういえば、今回晴れて我が家の使用人となった6人について。皆個性豊かなメンバーなので、軽く紹介したいと思う。
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『執事:アグネス』
・人間族。白銀髪に青紫の瞳のクール系美女。
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『メイド:ベティ』
・猫の獣人族。茶髪に緑の瞳の活発系美少女。
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『メイド:シェリル』
・犬の獣人族。桃髪に薄紫色の瞳のおっとり系美少女。
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『メイド:ダイアナ』
・兎の獣人族。黒髪に青い瞳の清楚系美少女。
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『料理人:イライザ』
・
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『庭師:フローラ』
・エルフ族。白金髪に青緑の瞳の天然系美女。
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以上。私的にはイライザが『
さて、屋敷内もだいたい見終わったので、私はアグネス達を連れて仕立て屋へと向かうことにした。そこで全員分の制服をとりあえず5着ずつ仕立ててもらって、帰りは馬車と馬を買って帰った。
制服が仕上がるのは2週間後と言われたため、それまでは既製品(『箱庭』ポイント交換で交換した各種制服)に"サイズ自動調整"を《付与》したものを着てもらおうと、各人に手渡した。
「これは…主様には驚かされてばかりです」
「ホントですねえ。"サイズ自動調整"なんて付与、初めて見ましたわ〜」
さっそく制服に着替えたアグネスとフローラが話している。そこに、コック服に着替えたイライザが加わる。
「良いのかね、アタシまでこんな上等な服を貰っちまって」
「料理するのにエプロンは必須でしょう?それに、私はこういう部分で差別するつもりはないから、諦めて」
私の言葉に、イライザは苦笑気味に頷いた。そんな彼女の後ろでは、メイド3人娘が真新しいクラシカルなメイド服に大興奮していた。
「すごい、こんな肌触りの良い服着たの初めて!」
「落ち着きなさいよベティ、確かにこの制服は素晴らしいけれど」
「ダイアナも嬉しそうだね〜。主様、こんな素敵な制服をありがとうございますぅ」
「どういたしまして。シェリル達3人は知り合いなの?」
「はい〜、私達はメルムっていう村の出身で、幼なじみなんですぅ」
「ふぅん、そうなんだ」
確かメルムという村は、王都周辺にあるいくつかの村のひとつだったはずだ。冒険者ギルドの資料室で読んだ本に書いてあった。
「さて、皆着替え終わったところで、昼食の準備をしようか。頼んでもいいかな?イライザ」
「もちろんですよ、それがアタシの仕事ですからね。あのとんでもない食料庫の中身は自由に使っても?」
「どんどん使っちゃって。中身は定期的に補充しておくから。なんなら欲しい野菜とか果物とかを教えてくれれば、それも補充しておくよ」
「はー、やっぱりとんでもないね。分かりました、とりあえず昼食を作っちまいますよ」
「よろしくねー」
という訳で、昼食の支度をイライザに任せて、私達はダイニングルームへと移動した。アグネスの指示でメイド3人娘がテーブルのセッティングをしている間に、フローラと庭の整備について話す。
「主様。目隠し用に、樹木を多めに植えましょうか?」
「そうだね…そうしてもらえると助かるかな」
「あとは〜、前庭は定番の薔薇園はどうです?主様の瞳のような真紅の薔薇でいっぱいにしましょう〜?」
「そう言われるとちょっと恥ずかしいけど…まあ、庭については任せるよ。必要な種とかあったら言ってね、用意するから」
「ありがとうございます〜。ちなみに、その種や食材の入手ルートも"秘密"なんですよねえ?」
「うん、そうだよ。誰にも言わないでね」
「かしこまりました〜」
そうこうしているうちに、イライザによって昼食が運ばれてきた。普通は主人は使用人と共に食卓を囲んだりはしないようだけど、我が家では全員で食卓を囲むことにした。なので今回はコース料理ではなく、最初に全ての料理をテーブルの上に並べる方式で料理を作ってもらった。
メイド3人娘による配膳が終わり、皆でテーブルに着く。
「今日の糧に感謝を」
「「「今日の糧に感謝を」」」
この世界での食前の挨拶を私が言ってから、アグネス達が唱和する。そして昼食が始まった。ちょっと行儀は悪いかもだけど、食べながら話をする。
「このパスタ美味しいね。トマトクリームの味付けが絶妙だよ」
「ありがとうございます。パスタはアタシの得意料理なんでね、もし主様が気に入ってくだすったんなら、他にもお作りしますよ」
「ありがとう、楽しみにしてる」
そうして、イライザの作った絶品料理に舌鼓を打ちながら、私達は和やかに過ごしたのだった。
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