第6話 初めての街




 『箱庭』生活8日目。私は朝から、ミラマ大森林へとやって来ていた。昨日1日でだいぶ森歩きにも慣れて、あまり足音を立てずに歩くこともできるようになった。お陰で狩りの効率も上がったので、基礎レベルの上がりも早くて良い感じだ。

 昨日は魔物の気配ばかりを追っていたので気がつかなかったけれど、この森はとても恵み豊かだ。《鑑定》で食用になるキノコを判別しては採取しながら、森を歩く。…そういえば、『箱庭』でキノコは収穫できるんだろうか?あとで箱庭ポイント交換の『種』タブを見てみよう。

 そうして、しばらく森の散策を続けていたら、川辺に出た。なんとなく川の下流に向かって歩いて行くと、やがて森が途切れて、平原に出た。


「ん?……もしかして、あれ街かな?」


 平原の向こう、そこまで遠くない場所に…外壁に囲まれている街らしきものが見えた。


「さて…あの街に行くか行かないか」


 悩みどころだ。人には会ってみたいけれど、でも怖いのもあるし……うん、保留で。とりあえずそろそろお昼だし、一旦『箱庭』に帰ろう。


 《転移》で『箱庭』へ帰って来ると、私は自分に《クリーン》を掛けてからキッチンへと向かった。外套を椅子に引っ掛けて、代わりにエプロンをつける。昼食は何を作ろうかな。


「よし、簡単に肉野菜炒めにしよう」


 豚肉の在庫が特に多いし、野菜もたくさん摂れるからね。




 昼食後、私はリビングのソファーに沈み込みながら、お茶を片手に箱庭ポイント交換のウインドウを眺めていた。

 いま見ているのは『種』タブで、キノコが無いか探しているところだ。


「えーと…あった、キノコ。シイタケ、エノキタケ、エリンギ、ブナシメジ、マイタケ、ナメコ…マッシュルームもあるね。キクラゲもあるし…マツタケに、黒トリュフ、白トリュフまであるの?」


 その他にも色々あって、食用キノコってこんなにあったんだー、と思わず感心してしまった。ただ私、そんなにキノコ料理を知らないんだけど。

 あと、『種』タブを見ていて気づいたことがもうひとつ。倉庫に元々入っていた種は『リンゴ』とか『キャベツ』とかだったのだけど、箱庭ポイント交換には『リンゴ(ふじ)』とか『キャベツ(春)』とか、品種ごとに分かれているものがいくつかあったのだ。どうりでやたらと多いと思ったよ。


「神様の謎のこだわりを感じる…」


 食べるの好きなのかな?なんて想像しつつ、私は『種』タブから『調味料』タブへと移動した。ここにも、有り難いけど解せないものがあったりする。


『無精卵(S)×10』…20Pt

『無精卵(M)×10』…25Pt

『無精卵(L)×10』…30Pt


 調味料とは。いやほんと有り難いんだけどね?卵食べたかったし。でも見つけた時、ちょっと呆然としたよね。


 まあ、それらは置いておいて。私は先ほどから目を逸らし続けている問題について、いい加減考えることにした。

 それはずばり、"人の街に行くか行かないか"、これである。


「街に興味はある。けど、お金も身分証とかも無いし、そもそも街に入れるのかな?」


 それと、私の種族的な問題もある。私たち宝石精霊族カーバンクルは絶滅危惧種らしいので、街に入れたとしても目立つだろうことは確定だと思われる。

 あと、この世界には『冒険者』がいることが分かっている。となればおそらく『冒険者ギルド』とかもあるのだろうし、魔物の素材の買取りとかはそこでしていそうだよね。推測でしかないけれど。


「あー、この世界について、持ってる情報が少なすぎる」


 それは仕方ないことなんだけれども。知らないのは怖いことだと、私は改めて思った。

 …それでも、いつまでも引きこもっていてはますます外に出づらくなりそうだ。それはあまりにももったいない。せっかく神様が転生させてくれたのに、この世界を楽しまないなんて。


「…よし、決めた。今からあの街に行こう」


 思い立ったら吉日、って言うし。外套を羽織って身支度をしたあと、私は《転移》で先ほどの、ミラマ大森林を出た地点へと飛んだ。




 一瞬の浮遊感のあと、私は平原に立っていた。後ろは森で、前方には街の外壁が見える。


「あの街は、なんていう街なんだろうな」


 街の方へ歩き出しながら、街に思いを馳せる。良い人に出会えれば良いなあ、とか、悪い人には会いたくないなあ、とか取り留めもなく考えながら、襲いかかってくる魔物を無詠唱の魔法で仕留めてはインベントリに仕舞ってゆく。なおこの辺にはホーンラビットが多いらしく、兎肉の在庫が増えた。


 ようやく街の入り口に着いたのは、それからしばらくしてからだった。ホーンラビットが多すぎてなかなか進めなかったのだ。さすが、繁殖力が高いだけあるな、兎。

 街の入り口では、門番さんに宝石精霊族カーバンクルなことを驚かれはしたものの、特に問題なく街に入ることができた。

 ちなみに、街の名前は『エリル』というらしい。別名"布の街"ともいわれていて、布作りや染物で有名な街なのだとか。これは、街の名前を尋ねたら門番さんーー名前はセインさんというらしいーーが教えてくれたことだ。ついでに魔物の素材を買い取ってくれる場所も尋ねたところ、「冒険者ギルドだ」と場所まで教えてくれた。


「ありがとうございました、セインさん」

「おう、気をつけて行けよ、ヘルミーナちゃん。冒険者は荒っぽい奴も多いからな」

「はい、分かりました」


 フラグかな?と思いつつ、セインさんに手を振って街の中へと歩き出す。教えてもらった冒険者ギルドは、私が入ってきた西門からそう遠くない場所にあったので、わりとすぐに辿り着いた。

 冒険者ギルドは、そこそこ大きな建物だった。後ろに倉庫が併設されており、どうやらそこで獲物の解体や保管をしているようだ。

 私には大きく感じる両開きの扉を開いて、ギルドの中へと足を踏み入れる。すると、一瞬視線が集まるのを感じてーーーいや、一瞬じゃないな、いつまで見てるんだ。まあ気にしても仕方ないので、素材買取りをしている窓口を見つけて並ぶ。

 やがて私の番が来たので、窓口の前に立つと…買取り担当のギルド職員さんが、何やら緊張の面持ちで話し掛けてきた。


「こちら、素材の買取り窓口ですが、お間違えではないですよね?」

「はい、今日は魔物の素材の売却に来ました。ちょっと量が多いんですけど、どうしたら良いですか?」

「それでしたら、裏の倉庫へご案内しますね」


 そうしてやって来た別の職員さんに連れられて、私はギルドを出た。裏の倉庫にはすぐに着いて、私は職員さんに指示された場所に、インベントリから出した素材を積んでいったのだけど…


「ちょっと待ってください、どれだけあるんですか?」

「え?まだ半分くらいですよ?」

「マジか……んんっ、すみません、続けてください」

「はい」


 一応、魔物の種類ごとに分けて置いている…けど、意外と量があったなあ。まあ、オークの集落を潰したりしたからね。

 やがて全ての素材を積み終えると、職員さんが倉庫内にいた別の職員さん達を応援に呼んで、わりと大掛かりな査定が始まった。そして待っている間、私はギルドの2階にある応接室のような部屋に通された。ここに案内してくれた職員さん曰く、「下にいると面倒なのに絡まれそうだったので」とのこと。あ、やっぱりフラグ立ってたのね?

 それはそうとして、案内してくれた職員さんーーエルダさんという女性だーーに冒険者ギルドへの加入を勧められたのだけど…どうしようかな。身分証は欲しいけれど、面倒な人に絡まれるのは嫌だし…あ、でもそれは種族的に何処へ行こうと同じなのか。

 とりあえず冒険者ギルドについて詳しく聞いたところ、エルダさんは快く教えてくれた。



 ★『冒険者ギルド』について


 『冒険者ギルド』とは、『冒険者』という"万屋的な自由業"を営む者達のための組織である。冒険者に依頼を仲介したり、また冒険者から素材を買い取ったりして冒険者をサポートするほか、彼らの権利を国や貴族などから守る役割も持つ。もちろん冒険者が何かをやらかせば罰するし、あまりにも態様が酷ければギルドからの除名処分なども有りうる。

 冒険者ギルドでは依頼をランク付けて管理しており、そのランクがそのまま冒険者のランクとなっている。なおランクは上から、白金、金の一、金の二、金の三、銀の一、銀の二、銀の三、銅の一、銅の二、銅の三、の10段階ある。

 その他、注意する点としては、冒険者は怪我や病気などの特段の事情が無い限り、冒険者ギルドの依頼を最低でもひと月に1度は受注して達成しなければ、罰金やランクダウン、最悪除名処分などのペナルティーがあること。さらに受注した依頼の失敗が続いても同様のペナルティーがあることなど。


 ★



「…とまあ、冒険者ギルドや冒険者についてはこんな感じです。どうです?加入しませんか?

 ちなみにヘルミーナさんが加入するとしたらランクは銀の三からになりますよ」

「え、銅の三からじゃないんですか?」

「さすがに、フォレストオークキングを倒せる人を銅ランクにはしておけないですよー」


 エルダさんは明るくそう言ってから、私のカップにお茶のおかわりを注いでくれた。なおこのお茶は紅茶ではなく麦茶のような味がして、なかなか美味しい。

 しかし冒険者ねえ…デメリットもそんなに無いし、なってみようかな。


「うん。なります、冒険者。加入させてください」

「はい喜んで!!」


 居酒屋かよ。




 それから。冒険者の身分証であるギルドカードをエルダさんがサクッと作ってきてくれて、私はギルドの2階でお茶を飲みつつエルダさんとの雑談を楽しみながら、素材の査定が終わるのを待っていたのだけど。何故か私達がいた応接室に、冒険者ギルド・エリル支部のギルドマスターであるアドリアナさんがやって来て、今は彼女を交えた3人で雑談をしていた。

 なお、アドリアナさんは『樹木精霊族ドライアド』という種族の人で、同じ精霊族同士、何やら親近感を感じる。どうやらそれは向こうも同じようで、場の空気は終始朗らかだった。

 ちなみにエルダさんは栗鼠の獣人族である。この世界、人型種族は人間族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、竜人族、人魚族、精霊族がいて、さらにそれぞれの種族の中で色々と分かれているのだ。


「私、樹木精霊族ドライアドの方に初めてお会いしました」

「あら、そうなの?宝石精霊族カーバンクルよりは全然珍しくないんだけどね、私達」

「なにせまだ生まれて間もないもので…この世界のこと、よく知らないんですよ」

「そうなのね。何かあったら、遠慮なく私やエルダを頼って頂戴。良いわよね?エルダ」

「もちろんです!」

「そう言ってもらえると有り難いです」


 そんな風に話しているところに、控えめなノックの音が響いた。アドリアナさんが「どうぞ」と応えると、査定を担当していた職員さんが「失礼します」と室内に入ってきた。


「素材の査定が終わりましたので、査定結果の一覧をお持ちしました。どうぞお確かめください」

「ありがとうございます」


 渡された紙を見てみると、魔物ごとに素材とその数、そして売値が細かに記載されていた。こうして見ると、『魔石』の売値が高めなのが分かる。まあ魔石は魔道具などに使われるから、需要が高いのだろう。

 そして合計額はというと。


「831万5千ベル…?」

「あらまあ、ずいぶんといったわね?ま、フォレストオークキングやフォレストハイオークの素材があったから、それは納得だけど。…ヘルミーナさん、どうしたの?」

「いえ…そういえば私、お金の価値を知らないなー、って思いまして」


 そう零したら、アドリアナさんがこの世界のお金について懇切丁寧に教えてくれた。



 ★『通貨』について


 通貨は『ベル』。貨幣は硬貨のみで、小銅貨、銅貨、大銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、白金貨の8種類ある。価値については以下の通り。


1小銅貨=約10円=1ベル

10小銅貨=1銅貨(約100円)=10ベル

10銅貨=1大銅貨(約1000円)=100ベル

10大銅貨=1小銀貨(約1万円)=1000ベル

10小銀貨=1銀貨(約10万円)=1万ベル

10銀貨=1小金貨(約100万円)=10万ベル

10小金貨=1金貨(約1000万円)=100万ベル

10金貨=1白金貨(約1億円)=1000万ベル


 なお、だいたい成人した人間族の1日の食費が100ベル(1大銅貨)くらいらしい。


 ★



「…つまり、私が今回受け取る831万5千ベルは…8金貨と3小金貨と1銀貨と5小銀貨?(ついでに日本円だと約8315万円…!?)」

「そうなるわね。まあそれだと使い勝手が悪いだろうから、ある程度は小さい硬貨で渡すけれどね」

「それは、ありがとうございます。助かります」


 という訳で、私は査定額の通り、831万5千ベルを受け取った。ギルドカードに紐付く『口座』に入金することもできる、と言われたけれど、私にはインベントリがあるので断った。

 その後も少し雑談してから、私は冒険者ギルドをあとにした。結局フラグ回収することはなくーーおそらく絡まれないようにアドリアナさん達が気を回してくれたーー、至って平和に私は街を出た。門番のセインさんにはもうすぐ日が暮れることを心配されたので、《転移》魔法で家に帰る旨を伝えたらとても驚かれたあと、「気をつけてな!」と送り出してもらった。良い人だ。




「はー、なんか疲れたな…」


 『箱庭』のマイホーム、定位置となっているリビングのソファーに沈み込みながら、私はボヤいた。

 久しぶりに人と会話した気がして、疲れもあるけれど、楽しくもあった。出会った人達が皆感じが良かったのもあるかもしれないけれど。

 そこで、本日手に入れたギルドカードを取り出して翳して見る。銀色をしたそれは、『銀』の冒険者の証だ。こうして身分証を手に入れたことで、なんだか地に足がついたような心地がした。


「明日は、さっそくギルドで依頼を受けてみようかな」


 最低でも月に一度は依頼を受けなければならないらしいし、他の事に夢中になって忘れないうちにやっておきたい。なんせ、私はこれから《調合》や《錬金》にも手を出すつもりなのだから。

 レベルアップした『泉』で釣りもしたいし、『種』タブで見つけた品種ごとの作物も植えてみたい。やりたい事はまだまだあるので、冒険者活動はゆるーくやっていこうと思う。



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