四日目・昼前



 奥の休憩所にやって来たケイ達は、六人でテーブルを囲って話し合いを始めた。今回の件に関して、まずは情報を整理する。


「まず、愛美――藍澤さんの事情については、ここにいる全員が既に把握してると思う」


 ケイが居並ぶ面々を見渡しながら言うと、各々が頷いて肯定した。愛美の偽名についても、既に説明済であったようだ。


「じゃあ戸羽さんの事情について説明する」


 ケイはまず、清二にとって件の先輩達は、逆らう事の出来ない恐怖の対象である事を前提として、元恋人を守れなかった事を含め、先程の雑木林で愛美を襲いそうになったのも、先輩が怖いという我が身可愛さによる彼自身の保身である事を説明した。


 愛美を始め加奈や恵美利、哲郎達による批難の視線に曝され、清二は黙って俯いている。神妙な面持ちにも、不貞腐れているようにも見える。


(まあ、流石にこの内容を自分の口からは言えないわな)


 ケイは話し合いがただの糾弾会にならないよう、清二の立場にもフォローを入れた。


「確かに彼は、今さっきも許されない行為をしでかしそうになった。過去の出来事も情けないとは言えるが、戸羽さんの不安や保身行為その物は否定できないと思う」


 清二が俯き加減のまま、少し驚いたような表情をケイに向けた。清二の行動に理解を示すような事を言うケイに、愛美と加奈は眉を顰め、恵美利が反発する。


「否定できないって……そんなの」

「うーん……」


 哲郎も腕組みをして難しい顔をしている。それぞれ予想していた反応に、ケイは続けてこう言った。


「誰だって自分が精神的、肉体的な暴力の矢面に立たされるのは怖いさ。それは子供同士のいじめレベルであってもそうだし――」


 ケイのこの言葉に、ハッとなった恵美利は、発し掛けていた糾弾の言葉を飲み込む。彼女には身に覚えがある分、少々耳が痛いだろう。

 さらにケイは、起きた事実を常識的な価値観に基づいて判断して見せ、それを淡々と述べる事で、皆の不安を煽って思考を誘導する。


「――ましてやこの件に関わっている戸羽さんの先輩達がやった事は、堅気の範疇を超えている。一般人ではない人達寄りだと考えた方がいい」


 真っ当? な暴力団員であれば、自分の属する組織に迷惑が掛かるので、今時こんな無茶は出来ないだろう。ならば特定の組織にも属さない社会のはみ出し者か。

 モラルを著しく欠いた暴力的な人間というのは、良心の呵責もなければ、世話になっている組織への面子や仁義にも縛られないという面で、かなり危険だし厄介だ。

 一般人がそういう野放しのアウトローから身の安全を図るには、関わらないようにするのが一番である。


「だから、戸羽さんにも早く縁を切る事を勧めているんだけどね」


 清二にも被害者的な側面があるという論調を匂わす事で、四面楚歌状態にある清二からの信頼を得る。そうする事で、清二にこちらの要求を通し易くなる。

 他の皆も、ケイの説明には感情面では不本意ながら、確かに一理あると納得してくれた。


「でも、じゃあ……どうしたらいいの?」


 ポツリと呟いた愛美に、ケイはこの旅行で『姉の死の真相を知る事が出来た』という一点を成果として、ひとまず収めてみてはどうかと促す。


「色々納得いかない部分はあると思うけど、一度お姉さんのお墓参りに行くとかしてさ、気持ちに整理を付けるのも良いんじゃないかな」

「……そうだね」


 愛美は、納得はしていないが致し方なしといった様子で頷いた。ここで清二を糾弾したところで、何も報われやしないというケイの論調には、一応理解を示しているようだ。

 ケイは愛美から『ひとまずここで収める』という同意を得た事を軸に、この話し合いの最終的な纏めに入る。


「まず、全員この件に関しての真相は口外しないこと」


 愛美の両親に明かすのも、時期を見定めた方がいいかもしれないと促す。

 そして清二には、この件を大事にしない条件として、今後一切この事は喋らない。『柳瀬絵梨香』を侮辱するような発言をしない。愛美にも接触しない。

 そしてなるべく速やかに、件の先輩達とは距離を取って疎遠になるように努力する。という旨の制約に基づいた生活を心掛けさせる。


「どこか遠いところへ引っ越すのが良いかもしれません」

「ひ、引っ越しかー……」


 誰にも行き先を告げず、新天地でひっそりやり直す。これまで清二と交流のあった親しい人達から「夜逃げをした」と思われるような醜態を晒す事になるが、そのくらいの報いを受けるだけの事は、ついさっき雑木林でもやらかしている。


「それじゃあ、藍澤さん。ひとまずこれで手打ちという事にしていいですね?」

「うん……他にどうしようもないし」


 いい案も浮かばないし、と愛美は小さな溜め息を零しながら了承した。


「戸羽さんも、ここで決めた『条件』の履行をお願いします」

「お、おう……でも、引っ越しかー……」


 清二は厳しい糾弾を覚悟していただけに、穏便な話し合いとその結果には安堵している様子だが、仕事や金銭的な負担も掛かる引っ越しには不安を感じているようだ。


「他の皆も、今日ここで話し合った内容は他言無用。厳守をよろしく」

「うん、分かった」

「分かりました」


 恵美利と加奈がそう返答し、哲郎もうんうん頷いて了解の意を示す。


「では、これにて話し合いを終了、解散とします。皆さんお疲れ様でした」


 ケイがそう言って礼をしながら締め括ると、皆もつられて「おつかれさまでしたー」とお辞儀を返す。これをもって、愛美と清二の問題もひとまず片付いた(片付けた)のだった。



 休憩所での話し合いを終え、解散した足で広場の祠前にやって来たケイは、恐らくこの場所では最後になるであろう石神様への祈りを奉げていた。


(流石にもうこれで、ツアーの終わりまでは何も起きないだろう)


 城崎と杵島の無理心中。それに誘発される加奈の恵美利殺害。そこから派生する愛美の清二殺害という死の連鎖。哲郎を除いて、訳アリ旅行者ばかり集まってしまったこの限界集落ツアー。

 三度ほど死に戻りをする羽目になったが、どうにか大元から防ぐ事が出来た。ケイがここ三日間、実質十日余りの出来事を振り返っていると、愛美が声を掛けて来た。


「あの……曽野見くん?」

「ケイ、でいいよ」


 ケイは背中越しにそう言って愛美を振り返る。「じゃあケイくん」と言い直した愛美は、ケイに改めて礼を言った。


「ありがとね。ケイくんが声を掛けてくれなかったら、あたし……どうなってたか分かんなかったと思う」


 姉の真相の扱いや、清二の事についても、ケイが段取りをつけて取り仕切ってくれたおかげで、話し合いもスムーズに進める事が出来たと、愛美は感謝を述べる。

 その上で、愛美はどうしても気になっている事があるのだという。


「ケイくんってさ、やっぱりお姉ちゃんと知り合いだったの?」


 愛美は『牧野 梨絵』としてこのツアーに参加し、『藍澤 愛美』という正体に関しては、一切明かしていなかった。

 にも拘わらず、昨夜のあのタイミングで姉や自分の本名を出して来たケイに、本当は自分達姉妹の事を知っていたのではないかと訊ねる。


「んー……その件に関しましては、また後日説明の機会を設けたいと考えている次第であります」

「ぷっ、何ソレ」


 どこかの政治家みたいと笑う愛美。笑顔が戻って何よりだと思うケイは、一応彼女にはこのツアーが終わってから自分の秘密を話すつもりでいた。信じる信じないは別として。

 今回のような死に戻りが発生する事態に巻き込まれた時は、問題の解決を図る際、さかのぼりの記憶を駆使して周囲の人々に干渉し、自然な流れを作り出して解決に導くのがケイの基本的なやり方だ。

 だが愛美のケースのように、重要な情報を聞き出せるほど親密な関係を築く時間的な余裕が無く、しかしヒントになる手掛かりは持っている、というような状況になった場合。

 手っ取り早く情報を得る為に、その時点で自分が知っている筈の無い手掛かりを対象に突き付けて聞き出すという強引な方法を使う事もある。

 そういう方法を使った相手には、『自分のプライベートな情報を知るケイは何者なのか』という疑念がずっと残る事になるので、問題が解決して安全が図られてから、遡り能力の事を教えるようにしていた。

 反応は様々で、納得する人も居れば、余計に猜疑心を募らせる人も居る。


「帰りのバスとか、電車が同じ方角なら電車の中なり駅近くの喫茶店ででも説明するよ」

「ふーん? ……まあいいか。それじゃ、あたしの連絡先教えとくね」


 愛美はそう言って、ケイにメールアドレスと携帯番号が記されたメモを差し出した。



 201号室に戻って来たケイは、PC作業を一段落させて寛いでいる哲郎に迎えられた。


「おかえり相棒。なんか色々おつかれ」

「ただいま。本当にやっと一息つけそうだよ」


 ケイが初日から忙しなく動き回っていた事を知る哲郎は、改めてケイの社交性の高さを称賛した。加奈や恵美利と親しくなる事から始まり、バラバラだったツアー客を纏めて、全員で記念撮影会を敢行するにまで至ったケイの手腕を称える。


「ほんとに、ケイが言ってた通りになったよね」

「まあ、ちょっと色々トラブルも入ったけどね」


 流石に褒め過ぎだと少し照れるケイは、PC画面をのぞき込んでそこに表示されている写真画像に目をやった。

 哲郎のブログ用写真は既に旅館や周辺の景色も撮り終えているので、今後の撮影の予定は無い。記念撮影会の方は、今の状況で行うのは微妙なところだ。清二だけ省いて続行というのも憚られる。


「残りの記念撮影会は中止だな、やっぱ」

「まあ、そうだよねぇ」


 写真画像をスライドしながら告げるケイに、哲郎も妥当だと同意する。結局、全員集合した写真は丘の上近くで撮った一枚が最初で最後になった。

 集合写真に写っている皆の表情は和やかだ。この時は、ケイも今のような状況になるとは思ってもいなかった。


(けど、誰も死なせずツアーを終えるって目標は達成できそうだ)


 後は残りの日程をつつがなく、平穏に過ごして行けばいい。清二にとっては、愛美を襲い掛けた件もあって針のむしろ状態が続く事になるだろうが、あれは完全に自業自得なので仕方が無い。


「相棒、そろそろ昼食にいこう」

「お、そうだな」


 この波乱に満ちたツアー(主にケイにとって)で、唯一『訳有り』では無い普通の旅行者である哲郎と連れ立って食堂に向かう。


「哲郎は癒しだよ……」

「何それ怖い」


 急におホモ達を連想させるようなセリフを向けられると構えてしまうわと怯む哲郎なのであった。


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