エピローグ



 色々と訳有りな人が集まってしまったこの限界集落の国内旅行ツアーも、無事に最終日を迎えた。

ケイの推測通り、あれからはこれといったトラブルも起きず、平穏な時を過ごす事が出来た。


 皆で揃って朝食を済ませると、各々部屋に戻って帰り支度を始める。食堂を出る時、おばちゃんを始め食堂で働く全ての従業員達が顔を出して見送ってくれた。


「また来てね~」

「お世話になりましたー」


 最後にそんなやり取りをして、感慨深い気分に浸りつつ旅館を発つ準備が整えられる。出発前に玄関ホールへ下りると、ここでも旅館の従業員達が総出で御見送りに集合していた。

 旅館の周りを掃除していたおじさんや、裏方の若い衆が一堂に会してのお別れと御見送りという演出に、加奈と恵美利が感極まったり、哲郎と清二が貰い泣きしたりと賑やかな出発となった。


「いや~これ、有名な旅館とかでも来た時と帰る時のおもてなしって結構やってくれるけど、ここまでは出来ないだろうなぁ」

「確かに、客は俺達ダケだもんな」


 哲郎が旅館側の対応に感心しつつも、こういう特殊な環境にあるからこその大演出だろうと推察すると、ケイもそれに同意する。

 一般庶民の感覚としては、ここまでされると少々気後れしてしまうが。


 やがてバスがやって来た。帰りは全員が同じ便に乗り、麓にある田舎町の小さな駅へと向かう。そこから隣町の大きな駅に着くまでは、皆一緒に行動する事になっていた。


 対向車も滅多に通らない、高い木々に囲まれた山林の道をバスに揺られながら小一時間。麓の町に近づくにつれて、圏外だった携帯にも電波が入るようになり、メールが届き始める。


「うわっ、数百件とか入ってる」

「六日分だもんなぁ」


 哲郎が自動受信したメール数を見て呻く。その殆どはスパムメールであろうが、大事なメールも交じっているかもしれないので、処理が大変そうだ。

 皆で揃ってメールの処理に携帯と睨めっこを始めたりしつつ、一行が隣町の大きな駅に到着したのは、お昼になろうかという頃だった。

 この駅から、それぞれ自分達の住む町へと別れて行くのだ。


「それじゃあ皆さん、僕達はこれで失礼します。道中お気をつけて」


 杵島はそう挨拶すると、傍でお辞儀をした城崎と共に帰りの列車に乗り込んだ。

 ホームに残ったケイ達は、手を振って彼等を見送る。杵島と城崎は、ケイに感謝を込めたにこやかな表情を向けて去って行った。


(杵島さんは帰ってからが地獄だな……)


 ここまでの道中でメール処理大会になった時、特に動揺しているような様子も見られなかった。家族からの不倫に関する問い合わせメールは来ていなかったと思われる。

 城崎の話では、杵島の奥さんは薄々気付いているらしいとの事だったので、逃げられないように準備万端で待ち構えているのかもしれない。


 後日、哲郎から記念撮影会で撮った写真画像が全員のメールアドレス宛に送られる事になっているのだが、この二人はそれどころではなくなっていそうだ。



「じゃあね、ケイ君、栗原君。また今度連絡するから」

「失礼します」


 加奈と恵美利は、駅でお弁当を買って次の列車で帰って行った。帰りの車内で昼食にするらしい。


「駅弁も旅行の醍醐味だもんな」

「確かに」


 活発な恵美利と大人しい加奈の印象はそのままに、二人は本当の仲良しになったように感じる。ケイはそんな風に思った。


(愛美の件も、良い方に影響したのかもな)



 哲郎と清二は、さらに次の列車で帰るようだ。ケイは念の為、清二に条件履行に関する注意事項として、引っ越しする際のアドバイスを伝えておく。清二は引っ越しの費用や借家の保証人に両親を頼るそうなので、彼の両親は引っ越し先や連絡先も把握する事になる。


「どんな人間が訪ねて来ても『息子が何処に居るのか分からない、連絡先も分からない』で通して、後で誰が訪ねて来たのかこっそり教えて貰うようにしてください」


 件の先輩達が清二をどういう立ち位置に見ているのかは不明だが、もし金づるや良いカモとして見ていた場合、逃げた事を悟って追って来る可能性もある。


「突然姿を消した事で、何かの事件に巻き込まれたと思われるかもしれませんが、退屈しのぎに探りを入れて来たり、弱みを握って付け込むチャンスと考えたりするような人達もいますから」

「ああ……それはあると思う。あの人ら、知り合いで困ってる奴が居たら、何があったかしつこく聞き出そうとするし、大体そこから儲け話に持って行こうとするし……」


 清二はそう言って顔を曇らせる。例えば知人に対人トラブルがあった時、相手を脅す等して手を引かせ、「追っ払ってやったぞ」と恩を着せて謝礼を要求する。

 勿論知人はそんな事を頼んでいないし、トラブルのあった相手とも単なる口喧嘩程度で、いつも直ぐに仲直り出来る関係だったのが、それが原因で疎遠になってしまったり。

 その事を抗議したところで、「助けてやったのに恩知らずが」と逆切れで慰謝料を請求し始める。そんな人達なのだと。


「うわ~……性質悪いなぁ」


 隣で話を聞いていた哲郎が恐々としていた。



「じゃあ、相棒。またなー」

「おう、気を付けてな」


「お前には世話んなったな。引っ越して落ち着いたら、いつか連絡するわ」

「ええ、良いところが見つかると良いですね」


 駅のホームにアナウンスが流れ、哲郎と清二が乗り込んだ列車のドアが閉じられる。出入り口近くの座席に座った哲郎が軽く手を振った。

 清二は向こう側の席に座ったようだ。現在ケイの傍には愛美が立っているので、顔を合わせ難いのだろう。



 哲郎と清二を乗せた列車が、ホームを出て行く。これで愛美と二人きりになったケイは、彼女を誘って近くのファミリーレストランでの昼食を提案した。


「一応簡素にするけど、結構長い話になるんで」

「ふーん? ちゃんと説明してくれるんだ?」


 愛美には、ケイが彼女の本名や姉の事を知っていた理由について、遡り能力の事も含めて明かすつもりでいる。


「それを聞く為に、最後まで残ったんでしょ?」

「まあね。じゃ、いこっか」


 本来なら、愛美も先程の哲郎と清二が乗った列車で帰る予定だった。残ったのはケイからの説明を期待しての事である。



 愛美と連れ立って駅近くのファミリーレストランに入り、奥の席に座ると、軽い昼食を注文して対話の準備が整った。


「さて、聞かせて貰いましょうか。あたしとお姉ちゃんの事を知ってた理由」

「そうだね……」


 ケイは比喩や遠回しな言い方をせず、ストレートに語り始めた。


「まず、俺には特殊能力がある」

「……へ?」


「詳しい仕組みは俺にも分からないけど、特定の手順を経る事でセーブポイントみたいにその時間を記録するんだ。で、死亡すると記録した時間に遡る。そういう能力があるんだわ」

「え、えーと……ケイくん?」


 愛美はあからさまに戸惑っているが、こういう反応にも既に慣れきっているケイは、構わず話を続けた。


「実は今回のツアーで三回ほど死んでまして、四周目にしてようやくここまで辿り着けたんだ」

「……ふざけてるの?」


 戸惑いから不満気な表情になる愛美に、ケイは極めて真面目な話である事を告げた。

 今までにも何度か死に戻りをするような事件に巻き込まれる事があり、その都度、問題を解決するなり、これから起こりうるトラブルを避けるなりして対処して来たと説明する。


「大抵の場合は、前回の流れで覚えた知識を駆使して先手先手を打つように立ち回る事で、事件そのものを起きないようにして収めるんだけど――」


 ある問題の解決に必要な手掛かりを前回の記憶でつかんでいるものの、本来ならその手掛かりを得る為には、特定の対象と深い信頼関係が結ばれなければならない。だがその対象と親睦を深める時間的余裕や手段が無く、しかし今その手掛かりを使って問題の解決を図らなければ、その対象が死亡するなどの被害を負う。

 そんな切羽詰まった状況になった場合は、手順を飛ばして手掛かりを使い、問題を解決に導く。そして、そういう強引な方法を使った相手には、自分の秘密を明かして説明する事にしているのだと語る。


「今回の場合は、俺が藍澤さんの本名とお姉さんの名前を出して、その名前に関する情報を得たという部分がそれに当たる」

「……つまり、どういう事?」


 愛美は胡乱げに眉を顰めつつも、ケイの語る内容には耳を傾けている。


「つまり、俺が藍澤さんの本名を知ったのは、三週目の四日目の昼前、あの雑木林で――藍澤さんの遺体の傍に落ちていた定期入れを見つけて、中の写真を見たからなんだ」


 ケイは初めから順を追って話す前に、なぜ彼女の本名を知っていたのかという結論部分から先に明かした。


「え、な、なにそれ? 遺体ってなに? 定期入れの写真って……セイジがあたしの鞄から持ち出してたやつ? なんでその事知って――」


 姉とのツーショット写真の入った定期入れは、清二と雑木林の奥に入って直ぐに取り返したので、他の誰にも見せていないはずなのだ。

 少し混乱気味になる愛美に、ケイは三週目の終わりと四周目の始まりについて説明を続けた。


「まず、三日目の深夜に丘の上で上着を貸して話をしたよね? あの時点ではまだ三週目。で、その後荷物を取りに部屋へ行く途中、広場の祠に寄ったでしょ」

「う、うん……そう言えば、あの時ケイくん、急に倒れてたけど」


 あの夜の事を振り返りながら何気なく問う愛美に、ケイはあそこが切り替えポイントだと語る。


「その倒れた時点から四周目に入ったんだ。三週目の時はあそこで状況を記録して、部屋に荷物を取りに行って、そのまま俺達の部屋に招いて朝まで過ごした、という流れ」

「ん? あの後、もう一度丘の上に行ったよね?」


「うん、それは今回の四周目。三週目の時はまだ藍澤さんの本名も、お姉さんの事も知らない状態だったから、翌朝の朝食後に長風呂して、雑木林に到着したのは犯行の後だった」

「犯行……」


 雑木林でのやり取りを思い出した愛美は、大きな石塊を握り締めてにじり寄ろうとしていた清二の姿から犯行の意味を悟る。


「それって、あたしが……殺されてたって、こと?」

「うん、そこで遺品を調べて、定期入れと写真を見つけた。その後、俺もその場で」


 少しの間、俯いて沈黙していた愛美は、ふっと一つ溜め息を吐くと、眉を顰めたまま上目遣いで言った。


「それ、冗談だとしたら性質が悪いよ?」

「この件に関しては、どう思ってくれてもいいと思ってる。こうして秘密を明かして説明するのは俺のポリシーというか、単なる自分ルールだからね」


 にわかには信じられない様子の愛美に、ケイはさらりと言い放つ。態々説明するような類の話ではないとは思っているが、『知る筈の無い事を知っている人間に対する疑念』がずっと残り続けるであろう相手に考慮しての処置なのだと。


「んー……あ、四周目って言ったよね。死んだら戻るって、まさかセイジに三回も?」

「いや、加奈ちゃんに一回、藍澤さんに一回、戸羽さんに一回の順かな」


「え、加奈って、あの子に!? っていうかーあたしにも!?」


 一体何があったの!? と、まだ信じきれないながらも、衝撃的な事実を聞かされて驚く愛美に、ケイは詳しい死因やその時の状況も覚えている限り話した。


「加奈ちゃんに刺されたのは、自信をもってこうだろうって推測は出来ないけど、多分口封じだったのかなぁ。藍澤さんに崖から落とされたのもその類だと思う」

「あ、あたしとあの子が……?」


 正確な動機までは分からないまでも、大体こうだったのであろうというケイの出した推測を交えつつ、他者のプライベートにも関わるので口外しないよう念を押しながら、四周目までのループの間に何があったのかをじっくり語って聞かせる。


 杵島と城崎の心中事件。その真相は、恋愛の成就かさもなくば心中という城崎の背水の陣だった事。加奈と恵美利が抱えていた過去の傷と心の闇。そして、加奈が動く事で条件が揃ってしまい、実行される愛美の復讐。


「このツアーの裏で、そんな事が起きてたんだ……」


 ケイがやたらと要領よく動いていたのも、遡りによるアドバンテージだと聞かされた愛美は、何だか詐欺にあった気分だと零す。


「はは、あながち間違いでもないかな。ツアー中、俺の言動を好意的に捉えられたのは、あらかじめ相手の性格とかを把握して好ましく思われるように意識してやってたからね」


「ふぁー……じゃあ、今のケイくんは?」

「今この瞬間は全部初めて経験する新しい時間だけど、ここまでに相手の事をある程度把握してるからね」


 特に意識しなくても、愛美の好む話し方が自然に出て来るのだ。


「以上、説明終わり」

「うーん」


 予想していた内容とは随分かけ離れた説明というか話をされたなぁと、愛美は軽く息を吐いて、すっかり冷めてしまった料理に箸をつける。

 ケイも列車が来る時間を気にしつつ、昼食にありつくのだった。



 昼の二時を回る頃、ケイと愛美は少し長引いた昼食を終えてレストランを後にした。二人の会話をこっそり聞いていたらしき店員さん達からジロジロ見られてしまったが。


「ちょっと長居しちゃったね」

「混んでなかったからセーフ」


 二人してそんな他愛ない話をしながら駅に戻る。間もなく帰りの列車がやって来る。

 アナウンスが流れ、ケイの乗る列車と、愛美の乗る列車は、ほとんど同時に反対方向からホームの両隣に入って来た。

 ケイと愛美は、ここで別れる。


「それじゃあね、ケイくん」

「ああ、愛美さんも気を付けて」


「ちょっ、このタイミングで名前で呼ぶ?」

「あ」


 ケイは「つい、いつもの癖で」と誤魔化し笑いしつつ帰りの列車に乗り込んだ。愛美もホームの向こう側の列車に乗り込み、振り返って小さく手を振る。

 やがて二人を乗せた列車は、それぞれの向かう町へと離れて行った。


(これで、このツアーもほぼ終了だな)


 一息吐いたケイは、ガラガラに空いている車内の適当な座席に腰を下ろす。

 哲郎から記念撮影会の画像が送られて来るまでは、何となく皆との繋がりは感じていそうだが、その後は再び会う機会も無いだろう。

 日々の生活の中で過ぎ去った記憶として埋もれ、いずれ忘れ去られていく。


「でもまあ、良い出会いだった」


 そう呟いて目を閉じる。線路の音を聞きながら、列車の揺れに身を任せる。こうして波乱の旅を終えたケイは、平穏で退屈な、しかし貴重な日常へと帰っていくのだった。




 限界集落ツアー編 ― 完 ―


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