三日目・夕方~深夜



 夕食の時間は全員が顔を揃えて、滞りなく終わった。撮影会の影響もあってか、皆がバラバラに動いていた時とくらべて和気あいあいとした、良い雰囲気の夕食だった。

 皆の様子を注意深く観察しているケイから見て、加奈と恵美利の二人は会話量が若干増えている気がする。杵島と城崎はあまり変わりなく、機嫌の良さそうな杵島に付き従っている印象の城崎。梨絵と清二は周りを威圧するような言動もみられず、少し静かになっていた。


 部屋に戻って来たケイと哲郎。時刻は17時を少し回ったところだ。早速PCの前で画像編集の続きを始める哲郎に、ケイは少し仮眠を取ると伝えた。


「仮眠? 早目の就寝じゃなく?」

「ああ、まだちょっと用事が残ってるからな」


 他のツアー客と積極的に交流を図って記念撮影会を企画したり、恵美利と加奈の仲を取り持ったりと、ケイが色々動き回っている姿を見て来た哲郎は、流石に疲れただろうと納得した。


「4時間程で起きる予定だから、寝過ごしそうな時は起こしてくれ」

「分かった。おやすみ相棒」


 半分襖を締めた隣の部屋に布団を敷いたケイは、時計のアラームもセットしつつ横になった。



 目が覚めたのは21時になる頃。ケイは腕時計のアラームが鳴る前にオフにすると、「ぬおー」と一つ伸びをして布団から起き上がった。


「おはよう相棒」

「おはよう」


 哲郎が「寝覚めの一杯」と言って缶コーヒーを差し出す。わざわざ買って来てくれていたようだ。ありがたく頂戴しながら座椅子に腰かける。

 哲郎のPCを覗き込むと、記念撮影会の画像編集も大分進んだようだ。


「良い感じに撮れてるな」

「でしょ? でしょ?」


 むふふと笑う哲郎は褒められて嬉しそうにしている。このまま良い旅の思い出にして行きたいところだ。その為にも、城崎との交渉は成功させなければならない。

 窓の外に目をやると、既に真っ暗闇が広がっている。例の光を見た時間は、大体22:50から23:15の間頃だった。現在の時刻は21:20を回る頃。


「さて、ちょっと出掛けて来るよ。もしかしたら戻るまでに0時回るかもしれないから、その時は先に寝ててくれ」

「分かった。いってらー」


 特に目的や場所は聞かず送り出してくれる哲郎に、空気の読める良い相棒だなどと心の中で称賛を送りつつ、ケイは一階の玄関ホールに向かった。

 今回はあらかじめ玄関ホールに待機しておく事で、梨絵の犯行の機会を潰す。

 もし梨絵と清二が出掛けようとしていた場合、声を掛けてあからさまに『二人が出掛けるところを目撃した者アピール』をするのだ。それで梨絵に犯行を思い止まらせる。

『洞穴は水没するみたいだから危ないらしいですよ』とか言っておけば大丈夫だろう。


 静かな深夜の玄関ホール。時折旅館の従業員が通りかかるくらいで、客室から誰かが下りて来る気配もない。ケイはソファーに身を沈めてじっと時間が過ぎるのを待つ。

 今回のループでは初日から時間の限り動き回っていたので、こんな風に待つのは久しぶりだ。しかし、焦れる気持ちはない。

 今宵、城崎に話す予定の内容を反芻しつつ時計を見る。


「もうこんな時間か……」


 23:00を過ぎた時点で、梨絵と清二は下りて来ていない。やはり、今日は出掛けないようだ。

 ケイの推測通りなら、恵美利が死ななかった事により、加奈のスタンガンも梨絵の手には渡っていない筈。それによって、梨絵が清二を洞穴に誘い出すというこれまでの流れも変わったのだ。


(よし、これで三日目の恵美利の死亡と、不倫カップルの心中もひとまず防げたぞ)


 そこへ、城崎がホールへの階段を下りて来るのが見えた。ケイは周囲に人影が無い事を確認しつつソファーから立ち上がると、彼女に向かって歩き出す。


「あ……」

「こんばんは」


 ケイに気付いた城崎が足を止める。自然に会釈したケイは、そのまますれ違いながら小声で話し掛けた。


「このまま一度サロンに向かって下さい。それから裏口を出て、俺達が最初に出会った砂浜海岸に下りる土手の裏で待ち合わせましょう」

「……分かりました」


 話をする場所を指定したケイは、夜の散歩に出掛ける風を装いながら玄関から外に出た。旅館の海側の土手の向こう。初日に杵島と城崎が言い争いをしていた付近。

 あそこなら旅館から死角になっているので目立たないし、人に聞かれる心配も少ない。旅館の外から各部屋の窓を見上げると、201号室以外はすべて明かりが消えている。


(哲郎はまだ起きてるのか)


 前回、前々回と光の正体を確かめに出た時も、他の部屋の明かりは消えていた。そんな事を考えながら目的の土手までやって来る。そうして待つこと暫く、城崎がやって来た。


「改めましてこんばんは、城崎さん」

「……こんばんは」


 相変わらず警戒の眼差しを向けている城崎に、ケイは無難に挨拶をして話に入る。


「杵島さんの事で単刀直入に聞きます。城崎さんは、彼と別れるつもりは無いんですね?」

「ありません」


 いきなり核心から突くケイに、城崎はキッパリと答えた。


「では、このツアーに参加する前、どうして彼と別れる事を約束したのか教えて頂けますか?」

「……そんな約束、してない」


 表情を翳らせた城崎は、若干俯き加減にそう呟く。


「では、別れるという約束は、杵島さんの勘違いだったという事ですか?」

「……今の関係について考えると言っただけ……別れるなんて約束してない」


 ふむと唸ったケイは、自分は杵島さん側の話しか聞いてないので、城崎さんの話も聞いて二人の事情や立場をまず明確にしたい旨を告げると、もう少し詳しく聞き出すべく言葉を続けようとした。しかし――


「無駄だから! もう遅いからっ!」


 突然激昂してそう叫んだ城崎は、既に不倫の証拠を杵島の家に送り付けていると言う。


「あなたが何をしたって、もう手遅れなんだからっ!」

「落ち着いてください城崎さん。その話をもっと詳しく教えてくれませんか?」


 ケイは努めて冷静に宥めながら語りかける。


「わ、別れさせようたって……っ! 私は――」

「別れたくないという城崎さんの気持ちは確認済です。今確かめたいのは、その先です」

「……え……?」


 ケイの思わぬ言葉に、虚を突かれた城崎の激昂が止まる。


「単なる惚れた腫れたの浮気話ではない、何か複雑な事情があるのでしょう?」

「……」


 実態は単なる不倫に始まる痴情のもつれに過ぎないのであろうとケイは推察しているが、理解者を装う事で信頼を得て、詳しい事情や内心を聞き出し易く出来る。そうして、城崎からぽつぽつと語られた内容。


 彼女は、この限界集落ツアーが携帯も圏外である事を見越して、これまでの杵島との不倫の証拠などを集めた資料を、ここに来る途中に杵島の家族宛に送っていた。

 不倫旅行なので杵島は自分の行き先を家族に伝えておらず、城崎も当然、周囲に情報を漏らしていない。

 今日のお昼頃には杵島の家に届く筈なので、城崎は背水の陣で杵島との関係に決着を付けるつもりでいたのだ。

 もし、杵島がこの旅行中に自分と添い遂げる事を選んだなら、このまま逃避行しようと思っていたそうな。


(なるほど。それが叶わなければ、杵島の家族に不倫の証拠資料が届くタイミングで、心中を図る計画だった訳か)


 何とも深い情念を感じると思いつつ話の続きを促す。城崎がケイに対して警戒心を持ち始めたのは、ケイとの接触後に杵島の態度に余裕を感じられた事などから、自分の計画がすべてバレているのでは? と不安になったから。

 城崎は、ケイが杵島と自分を別れさせようとしている、そういう方面の仕事をしている人間だと思っていたようだ。


「杵島さんのご家族は、城崎さんとの関係を?」

「薄々は、気付いているみたいです」


 杵島は、数年前から今の奥さんと上手くいかず、不仲になっていた。杵島が勤める会社の取引先に勤務する城崎は、夫婦仲が良くない事を嘆いていた杵島と交流を重ねるうちに不倫へと発展。

 しかし、最近になって奥さんとの仲が修復されたので、この旅行を最後に別れようと言い出されたそうだ。

 実は、城崎は一度杵島との子供を堕胎している。その理由が、今の奥さんと別れて一緒になってから、ちゃんと二人の子供を作ろうと説得されたからだったらしい。


「だから……今さら別れるなんて考えられない」

「……」


 話を聞いた限り、城崎は堕胎した頃から少し気持ちが不安定になり、度々思い詰めては我が侭を言って杵島を困らせる事があったようだ。

 そして城崎が欝気味になった事も、杵島が今の奥さんとの関係を修復しようと思った切っ掛けになっていると思われる。


(予想以上に酷い事になってるな)


 結構ハードな内容に、幾分気持ちが重くなるケイ。しかし、他人の人生に介入する事で、自らを含めて相手とその周囲の人々の運命を変えるという覚悟を持って干渉しているのだ。既に心構えは出来ている。

 伊達に何度も死に戻りはしていない。


(このまま杵島さんと二人きりにさせるのは危険かもしれないな。ここで手を打っておこう)


 ケイは当初、今日は詳しい事情を聞くだけに止め、本格的な介入は明日以降に予定していた。

 だが、既に不倫の証拠資料が杵島家に届いているであろう事や、城崎の精神状態が今も不安定である事を踏まえ、今夜中に確実な心中回避の策を打っておくことにした。

 もはや城崎には後が無い。杵島も家に帰れば破滅が待っている。

 まだこの状況を把握していない杵島は、旅行が終わるまでは現状維持で大丈夫だが、将来に希望を見出せない城崎は、いつ心中を実行に移してもおかしくない。


 城崎に、将来への希望を持たせる事が、心中回避の要となる。


「なるほど、城崎さんの事情は良く分かりました。意思の確認は出来たので、貴女と杵島さんとの今後の事についてお話しましょう」

「私と、幸弘ゆきひろさんの、今後の事……?」

「杵島さんは、夢を見ています。今の家庭を保ったまま、貴女の事も手元に置こうと考えている」


 しかしそれは叶わぬ夢――ケイは、そんな論調で城崎の関心を引きつつ、懐柔と思考の誘導を始めた。


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