三日目・昼下がり~



 お昼からの撮影会には旅館の従業員達も誘いたい、という恵美利の提案は、元々そうする予定だったので問題無く採用。

 昼食後にそのまま食堂から撮影を開始した。


「や~~もう~照れるわ~、美人に撮れた? とか言っちゃったりして、あっはっは」


 と、食堂のおばちゃんは結構ノリノリな様子で撮影会を楽しんでいた。食堂の料理人もちらっと顔を見せた際に写り込んでいる。

 おばちゃんの話では、特殊な観光地だけに普段から客足も少なく、こういったお客さんと一緒に楽しむイベントには憧れる気持ちがあったらしい。

 皆でわいわいとコミュニケーションを取れる機会はあまりないので、素直に嬉しいそうだ。その後も遊技場やサロン、廊下や受付などを巡り、受付の奥に居る事務の人、旅館の周りを掃除しているおじさん達、裏方で働いている若い衆、それぞれ旅館の従業員達と一緒に記念撮影をおこなった。


 そうして午後の撮影会が終わったのは、昼の三時ごろであった。


「それじゃあこれにて解散です。皆さんお疲れ様でした」

「お疲れさま~」

「おつかれー」

「部屋で一服するかー、リエー酒選んできてくれよ」

「それじゃあ僕らも部屋に戻ろうか」


 ケイが撮影会の終了と解散を告げると、皆それぞれの部屋に戻って行った。


「いや~撮った撮った」

「お疲れ、哲郎」


 一度にこれだけ多くの人を撮影したのは初めてだと言って、玄関ホールの休憩所でソファーに埋まりながら『やり遂げた感』を醸し出している哲郎に、缶コーヒーを奢りながら労うケイ。


 その後、編集作業に入るという哲郎を部屋まで送ったケイは、他のツアー客全員が各自の部屋に居る事を確認してから広場の祠を訪れ、石神様に念じた。


(さて、ここまでは概ね順調だ)


 旅館の一階ホールへと戻ったケイは、ソファーに背を預けながら考える。加奈と恵美利はもう大丈夫だろう。しかし、事件の起きそうな種はまだ二つも残っている。

 梨絵と清二。

 杵島と城崎。


(とりあえず、梨絵が使っていたスタンガンが、加奈の持ち物だった事から考えるか……)


 ケイは改めてここ数日のループで知り得た情報から推理に入った。まず、梨絵はどうやってあのスタンガンを手に入れたのか。


 加奈がどこかに落としたのを拾った? 

 あるいは盗んだ?

 どうやって?

 お風呂場の脱衣所で加奈の荷物の中に見つけたとか?


(いや……それだと、一周目で加奈に刺された時に感じた、梨絵と加奈の繋がりを説明できない)


 梨絵と加奈に繋がりがあると考えるなら、梨絵はスタンガンを加奈に借りたと判断するべきだ。その場合、どういう経緯でそうなったのか。


(同じ目的を持つ者同士で共感を得たとか? だとしても、いつどこで交流したんだ?)


 一つ一つ疑問点を挙げては、推理でその答えの仮説を立てていく。仮説すら立てられない場合は一度棚上げにして、その先にある疑問点への仮説から考える。


(一周目の経緯は一先ず脇に置いて……二周目の経緯について考えよう)


 実は二周目の方が手掛かりが多い。今日の朝の撮影会で崖の上に立った時に浮かんだ、二周目の恵美利の水死事件に関わる『嫌な繋がり方』から導き出した推測。


 二周目の三日目の朝。洞穴の奥の様子を見下ろせる崖の淵に梨絵が立っていた時。洞穴の中には、恵美利と加奈が居た。その時も、加奈はスタンガンを持っていたはずだ。


 恵美利の遺体を調べた時、首筋に虫に刺されたような小さな赤いあざがあった。


(あれは、スタンガンの痕だったんじゃないのか?)


 洞穴の奥で、加奈が恵美利にスタンガンを使うところを、梨絵が崖の上から目撃していたとしたら。それをネタにして、加奈からスタンガンを借りたのだとしたら。


(梨絵がスタンガンを手にする二周目の経緯がそうだったと仮定して、一周目はどういった流れで借りたのか)


 ケイは一周目の時の梨絵の様子を思い出す。心中事件が知らされた夜。清二は動揺からニヤニヤへらへらとした態度でつまらない冗談など口にしていた。

 梨絵はそんな彼に相槌を打ちながらも、どこか上の空で、普段より大人しい感じだった。梨絵が上の空でボーとしている場面は、二周目の時にもあった。

 三日目の昼の食堂にて、一周目の時は清二の苦手なもの、すなわち高所恐怖症に対して詰っていた梨絵は、二周目の時は上の空で、清二の自慢話を聞き流していた。


(二周目のあの日は、昼食をとってすぐ後に、俺と哲郎が砂浜で恵美利の遺体を見つけたんだ)


 野次馬根性を出して何があったのか訊ねて来た清二に、恵美利の事故死について伝えた時、梨絵は一瞬はっと驚いた様子を見せた後、何だか複雑な表情を浮かべていた。

 ケイはそんな憂いを帯びた雰囲気の梨絵に、違和感を覚えたのだ。


(やっぱりあの時の梨絵は、崖の上から洞穴の中の出来事を一部始終見てたんじゃないのか?)


 加奈が恵美利にスタンガンを使うところを目撃。そして、恵美利の遺体が見つかり、水死として扱われた。事件性を疑う声も無かった。

 そんな時、清二が高所恐怖症だった為に、崖から突き落とす計画が使えなくなっていた梨絵が、加奈に犯行の相談に行った?


 自分と同じように仲良い振りをして、相方の殺害を狙っていたのかもしれない。そう思った梨絵は、加奈に探りを入れた。


『あたし、見てたんだよね』

『……』


 崖の上から見た事について話がしたいという梨絵を部屋に招いた加奈は、護身用のスタンガンを取り出して梨絵に向ける。そして梨絵は、加奈の犯行を黙っているから、それを貸してくれと頼んだ。

 もしかしたら、梨絵はその時に清二の殺害を狙っている事を明かして、加奈の信用を得ようとしたかもしれない。

 二周目の裏でそんな出来事が起きていたという仮説を基に、一周目でも同じような流れがあったと仮定するならば、一周目の梨絵はどこで何を目撃したのか。


(一周目の事件の舞台は雑木林だよな……)


 ケイが知る限り、梨絵と清二が雑木林に向かった事は一度も無かったはずだ。三日目の朝に砂浜海岸に出掛けていた以外は、殆ど部屋に籠もっていた。


(梨絵が加奈に接触を試みようとするような何かが、旅館内であったと見るべきか)


 そんな事を考えていたケイは、ふと、旅館の裏口から雑木林に繋がる小道があった事を思い出す。人目を避けて雑木林に出入り出来そうな田舎道、という印象を持った覚えがあった。


(確か、一階のトイレの窓から見えたんだったな)


 その後すぐ、誰かが階段を下りてくる足音を聞いてトイレを後にし、サロンに入っていった杵島にアプローチを仕掛けたのだ。


 ケイが推理した一周目の事件の概要では、雑木林を歩いていた加奈と恵美利が心中現場を発見し、その場で加奈が恵美利を殺害、心中に巻き込まれたかのように偽装した。

 その辻褄合わせの為に、加奈は恵美利について『男癖が悪い』と嘘を吐いた、という事になっている。

 心中のあった現場で恵美利を殺して、さらに発見者に杵島と恵美利の不義を疑わせるような細工をしたとなれば、刺されていた二人に細工を施す際、加奈の手や衣服に血痕が付着していてもおかしくない。

 雑木林から誰にも見咎められず部屋に戻るなら、旅館の裏口に続く小道を使うのが自然だろう。


(梨絵は、サロンのお酒を漁りに度々一階まで下りて来てたみたいだし)


 その時にたまたま、血に濡れた手を隠しながらとか、血痕のついた服を気にしながらこそこそと旅館の裏口を通る加奈の姿を目撃したかもしれない。


 一周目で心中事件が発覚した夜、食堂で梨絵がぼんやりしていたのは、昼間に雑木林から出て来る加奈の怪しい行動を目撃していたから。

 二周目の昼の食堂で梨絵がぼんやりしていたのは、朝に崖の上から加奈の犯行の一部始終を見ていたから。


(恵美利の遺体が見つかり、水難事故として扱われた)


 梨絵は加奈の犯行である事を確信し、自らの犯行計画を進める為の武器を手に入れるべく、加奈の元を訪れる。

 そしてあのスタンガンを手に入れ、その夜に清二を洞穴まで誘い出して使用する。その時の光を、ケイが部屋から目撃した。


 一周目で加奈に刺されたのは、梨絵の犯行がバレると自分も危ういと思った加奈が、暴走して口封じに動いたとも考えられる。


(……こんなところか)


 ほとんどが仮定と推測に基づく、憶測も入り混じった仮説だが、ある程度の『こうだったのであろう』という出来事の道筋を定める事が出来た。


「ふう……まあ、こっちは一先ずこれで様子を見よう」


 加奈と恵美利の事件が起きなければ、梨絵も事を起こす切っ掛けを掴めず、行動を躊躇するかもしれない。また別の手を考える可能性もあるので、ツアーが終わるまでは油断は出来ないが。

 今後も梨絵と交流するチャンスはあるのだ。その中で彼女が抱える問題に触れて、犯行を思い止まらせるよう働き掛ければいい。


 一つ溜息を吐いて推理を一段落させたケイは、不倫カップルの問題処理に思考を切り替えた。


(夕食の時間まではまだ余裕があるな)


 杵島はすっかり上機嫌で少々危機感が薄れてきているようだったが、城崎はケイに対する警戒心がかなり強くなっている様子だった。


 ケイは当初、城崎からの接触を待つつもりでいた。旅館の中では凶行に及ぶ事もあるまいという推論から、杵島と二人きりで人気の無い場所へ行かせさえしなければ、大丈夫だろうと考えていたのだ。

 今は杵島の態度の変化に戸惑っている事もあってか、城崎に不穏な空気は感じられない。しかし、今日は事件が起きていた三日目。万が一という事もある。


(やっぱり、今の内に仕掛けておいた方がいいかな)


 彼女から心中という選択を遠ざけ、別の道を選ぶよう誘導する。ケイはとりあえず、客室の並ぶ二階の廊下へと足を運んだ。

 階段を上がってすぐの201号室では、現在哲郎が記念撮影画像の編集作業をしている最中だろう。自分達の宿泊部屋を素通りし、一番奥にある206号室の前まで歩く。


(さて、どうやって会うか……)


 ケイが城崎を説得するために用意している話のネタは、杵島には勿論の事、他の人達にも聞かれてはまずい内容だ。なので、城崎と二人きりでじっくり話せる時間と場所が必要になる。

 しかし、城崎はある意味杵島にベッタリなので、梨絵と清二達のように二人で一緒に行動している場合が多い。


 旅館の外を出歩く城崎に、偶然を装って近づくのがもっとも無難な接触方だが、前二周を含む、ケイのここ九日間分の記憶の中でも、城崎が一人で行動している姿は見た覚えがなかった。


(杵島さんが一人でサロンにでも行ってる間に、部屋を訪ねるとか? でもなぁ……)


 直接部屋を訪ねるのは、客室同士が近い事を考えると他の人達に見られるリスクも高い。杵島と城崎は、旅館の従業員からも不倫旅行疑惑を持たれているのだ。

 そんな訳有り感のあふれる城崎に、ケイがこっそり会っているところなど見られようモノなら、たちまちあらぬ噂が立ち兼ねない。


(それでツアーが平穏に終わるなら構わないんだけど……まだ『牧野 梨絵』の問題も残ってるからなぁ)


 加奈と恵美利という、二人の若い女の子とも親しくなっている現状で不倫疑惑の噂が付いてまわるのは問題がある。まず間違いなく梨絵にも警戒されて、後々動き難くなるだろう。

 そんな事を思いながら廊下で考え込んでいると、206号室の扉が開いて杵島が現れた。旅館の浴衣姿にタオルなど肩に掛けている。


「おや、曽野見さん」

「あ、どうも」


 杵島は夕食前に一風呂ひとふろ浴びに行くらしい。朝の撮影会では潮風に当たり、旅館内の撮影でも割と歩き回っていたので、結構汗を掻いたのだそうだ。


「いやぁ~やはり大浴場は旅行の醍醐味ですねぇ。志津音も誘ったんですがね、部屋でゆっくりするそうです。しかし混浴じゃないのが残念ですな」

「ははは……」


 何だか一方的に喋りまくった杵島は『それではまた』と、スリッパをぺたぺた鳴らしながら一階の大浴場へと向かった。

 それを見送ったケイは、周囲に人の気配が無い事を確認すると、206号室の扉をそっとノックした。


「はい……」


 城崎の気だるそうな声がして扉が開かれる。


「幸弘さん? 忘れ物でも――っ!?」


 少し乱れた髪と、はだけた服の胸元を抑えながら顔を出した城崎は、ノックの主がケイだった事に気付くと、ギョッとなって固まった。

 ケイの方も一瞬目を瞠ったが、先程の杵島がやけに饒舌だった理由が分かった気がして納得すると、気を取り直して用件を伝える。


「杵島さんの事でお話があります。少しお時間頂けませんか? 今夜辺り、杵島さんには内緒で」

「え……? 一緒にじゃ、無いんですか?」

「城崎さん一人でお願いします。この話は、城崎さんの意思確認になるので」


 ケイの言葉に、警戒を滲ませた表情で逡巡していた城崎は、やがて静かに了承した。


「……分かりました」

「ありがとうございます。では今夜、杵島さんが寝静まったら一階のサロンにでも来てください」


 城崎と会う約束を取り付けたケイは、軽く頭を下げて206号室を後にしたのだった。


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