三日目・朝の撮影会終了~昼



 誰も居なくなった静かな広場の、古い小さな祠前にて。ケイは"石神様"の波動を感じながら、考えを整理していく。


 一周目の夜、加奈に刺されたのはなぜか。

 最初の三日目の夜、洞穴に向かう道で梨絵と遭遇した時の状況を思い出す。彼女は明かりも持たず、ボンヤリした様子で歩いていた。ケイと出くわした事に酷く動揺していたが――


(今思えば、あの時の彼女の反応って、昨日の夜サロンで仕掛けた時に見た"素顔"だったよな)


 『傍若無人な不良女』という仮面が剥がれた、本来の彼女だったと思える。

 その直後に、加奈に刺されて時間を遡る訳だが、あの時の梨絵と加奈の様子、最後の瞬間に見たわずかな記憶を慎重に掘り起こす。


(梨絵は、加奈の接近に気付いて驚いた表情を浮かべてたけど)


 ケイが刺された後の、彼女達の行動を冷静に振り返ってみると、梨絵は加奈の行動に驚きこそすれ、恐怖の悲鳴を上げたり、その場から逃げ出すといった当たり前の行動を取らなかった。

 急速に意識が薄れゆく中だったので、ハッキリとは聞き取れなかったが、梨絵は加奈に説明を求めるような口調で咎めていたように思う。

 本当の非常時には肝の据わった行動が取れる人だった、という説は、これまでに見た梨絵の様子、本来の梨絵の反応を考えるに、今回のケースには当てはまらないと思われる。

 目の前で人が刺されるという非常時に、冷静な行動が取れる人ならば、まずは救命処置を優先するはずだ。しかし、梨絵の反応は驚きと困惑の中で説明を求めながら批難するという内容だった。


(例えば……あの時点で梨絵は、自分が加奈に攻撃される事は無いという確信があったとか?)


 この推測で考えた場合、まず思いつくのは二人の共犯説。だが、これまで見てきた限り、梨絵と加奈に元々の面識があったとは思えない。


(予め示し合わせて来たってわけじゃないとして、このツアーの最中に知り合う機会があった?)


 しかし、あの二人が親しくしている姿は、ここまでのループの中でも見た事が無い。単にケイが見掛けなかっただけ、という事もありえない。

 一周目の時ならともかく、二周目は心中事件の発生を防ぐ為に加奈と恵美利には積極的にアプローチを仕掛けていたのだから、加奈が梨絵と親しくなれば気付く。何より、二周目で恵美利が死んだ後、食堂での会話で加奈は明確に梨絵達との交流を否定している。

 三周目となる今回に至っては、初日から全員の動きを追って把握しているのだ。


(まあ、今回はとにかく不穏な空気を潰すように動いてるから、不倫カップルからも奇妙な雰囲気が消えてるわけだし)


 今回は色々と流れが違っているので、過去二周分の情報と比べてもあまり参考にならないかもしれない。

 少し飛躍させて考えるなら、ケイが刺されたり崖から落とされたりする直前までに知り合った、という事も考えられる。

 恵美利が死亡した日の夜からの足取りは、一周目、二周目ともに把握していないのだから、ここは判断しきれない部分だ。


(加奈と梨絵の関係については一旦置いて、まずは順番に考えよう)


 一周目で、加奈が恵美利の人柄について嘘を吐いたのはなぜか。


(恵美利が心中に巻き込まれて死んだから? いや、だからと言ってあんな嘘を吐く理由が無い)


 昔虐められた恨みを持っていたとしても、わざわざあんなタイミングで恵美利を貶めるような事を言うだろうか。二周目の時は、恵美利の本当の姿を語っていた。その違いは何なのか。


(一周目に比べて、二周目は親密さが増してたから? いや、まてよ……)


 二周目の三日目の夜、部屋で『何かおかしい』と考え込んでいた時に、加奈に対して恵美利の死に関わっているのではという疑惑を抱いた。

 そして、今日の撮影会で崖の上から洞穴を見下ろした時に浮かんだ『嫌な繋がり方』を思い出す。


(……もし、加奈が恵美利を手にかけていたと想定した場合――)


 不倫カップルが心中したとされる雑木林の奥で、ケイは現場を見ていないが、あの時確認に行った旅館の男手作業員達の話によれば、杵島も恵美利も、刺されて死んでいたらしい。

 城崎による突発的な無理心中で、恵美利はそれに巻き込まれた。最初に事件が起きた時はそう思っていた。


(刺される……そういや、最初は加奈に刺されて時間を遡って来たわけだけど……)


 人を刺す等という行為は、そんなに簡単に出来る事では無い筈だとケイは考える。まして加奈はごく普通の、一般人の女子高生だ。素人は刃物を人に向けるだけでも躊躇してしまうだろう。

 よほどの覚悟なり、強い想いなりがなければ、あるいは一度経験した事があるなどの特殊な経緯が――と、適当な例を思い浮かべたところで、唐突に一つの答えが浮かんだ。


(そうか、逆だ。加奈が嘘を吐いた理由は、恵美利の死因にあった)


 恵美利の『男癖の悪さ』という人物像は、加奈にとって、恵美利が不倫カップルの心中に巻き込まれる為に必要な『設定』だった。


 この推測に基づいて考えた場合、雑木林での心中発生の原因とされる、恵美利と杵島による性的な交流という事実は無く、恵美利は心中が起きた現場で、心中とは関係ない理由で殺された。

 そして、遺体には心中に巻き込まれたかのように、その原因になったかのように、衣服を乱すなどの偽装が施され、杵島達を探しに来た旅館の従業員によって発見された。


(恵美利を殺したのが加奈だったとすれば、偽装した本人だから、辻褄を合わせようとして咄嗟にあんな嘘を吐いた?)


 あの時、哲郎が何気なく口にした疑問『あの男の人って結構歳いってそうだったけど』に対して、加奈は軽く息を吐きながら『そうですよね』と呟き、微かに自嘲するような笑みを浮かべた。


(違和感を覚えたあの自嘲のような笑みは、本当に自嘲の笑みだった?)


 二周目で恵美利を探しに行く時、一緒に出掛けなかったのは、ボロを出さない為か。それとも、恵美利の水死は本当に事故だったのか。


(いや、加奈に不審な点はある。だけど……)


 疑い始めたらキリが無いが、二周目の三日目の朝。恵美利と洞穴に行った後、一人で帰って来た加奈の、あの妙にスッキリした雰囲気の表情をしていた意味は。


(実は和解していた、という訳ではない?)


 恵美利は常々、加奈に謝りたいと思っていたようだし、今回はその事をケイに相談しているが、二周目では前日に学校の話題が出た事を切っ掛けに、朝の洞穴で謝罪を切り出した可能性もある。


(だから、二周目の時の加奈は、恵美利の人柄について貶めるような事を口にしなかった?)


 色々と可能性を考えてみるものの、現時点では決定的な証拠となるような要素を見つけていないので、まだ判断はしきれない。

 だが、一周目の加奈の嘘と恵美利の死については、何となく当たらずとも遠からずではないかという手応えは感じていた。


(加奈が要注意対象なのはとりあえず確定、次いで梨絵の事を探っていくか。城崎さんについては、分かり易いというか心中確定だから、こっちの問題の処理も最優先事項だな)


 今後、注視しておかなければならない相手は、杵島を刺して首を吊る無理心中の城崎しろざき 志津音しづね。 

 スタンガンでケイを崖から落として殺した、恐らく戸羽とば 清二せいじの命を狙っている牧野まきの 梨絵りえ

 そしてケイを刺殺し、もしかしたら恵美利も殺しているかもしれない御堂みどう 加奈かな


(……三人とも女ってどういう事だよ)


 とりあえず、この三人の動向を注視しつつ、死者が出るような事件が起こらないよう立ち回る。


(よし、現状確認と今後の方針はこんなもんだな)


 今日を乗り切れば、明日、ツアー四日目からは完全に未知の領域。いつ何が起こるか分からない。もう一度撮影会のお誘い演説をする羽目になるのも面倒なので、ケイは現在の状態を記録しておくべく石神様に念じる。

 そうして石神様が響いたのを確認すると、祠前を後にした。



(さて、まずは場所の選定からだな)


 加奈と恵美利の問題解決に向けて。ケイは先の推測からイザという場合を考え、外ではなく旅館内にその舞台を用意しようと考えた。

 ループを含めたこの数日間に、旅館内の構造や施設は概ね把握している。思わぬ邪魔が入らないよう、なるべく人気ひとけが無い場所で、かつオープンな空間として、一階廊下の突き当りにある休憩所を舞台に選ぶ。

 旅館が元々学校施設だった事もあってか、客室から離れた場所はほぼ昔の校舎そのままなので、何だか学校に居るかのようにも錯覚する。



「哲郎、ちょっといいか?」

「うん? どうしたの?」


 201号室に戻って来たケイは、画像編集が一段落して寛いでいる哲郎に、加奈と恵美利の事情をかいつまんで話し、協力を依頼した。


「ええー……加奈ちゃん達にそんな過去が……」

「一応これ、解決するまでは二人の前はもちろん、他所でも話題にしちゃダメだぞ」


 旅行先で知り合っただけの、他人の問題とは言え、思いがけず重い話に緊張する哲郎。ケイは、哲郎にしか協力を頼めない問題としてサポートを求めた。


「わ、分かった、協力するよ」

「助かる、じゃあさっそくだけど――」


 ケイは哲郎を指定の場所に向かわせると、次いで恵美利達を探しに部屋を出た。一応、二人ともまだ部屋には戻っていないようなので、食堂から順に回る。


「お、加奈ちゃんみっけ」

「あ、曽野見さん」


 一階ホールの休憩所に加奈の姿を見つけたケイは、彼女をキープしておくべく声を掛けた。


「今からちょっと付き合ってもらっていいかな? 多分、三十分くらい」

「え? 私、ですか?」


 キョトンとした表情を浮かべた加奈に、ケイはとりあえず準備を整えたら呼びに来るので、それまで待っていて欲しいと告げる。


「いいですけど……」

「そっか、よかった。じゃあまた後で」


 加奈との予定を取り付けたケイは、恵美利を探しに玄関ホールを後にした。

 旅館を出て広場の方から順に、建物を囲む散歩道沿いをぐるりと巡ると、旅館の裏口辺りを歩いている恵美利を見つけた。


「恵美利」

「あ、ケイ君」

「加奈ちゃんへの謝罪イベント、実行するぞ」

「えっ、い、今から?」


 いきなりの実行宣言に動揺する恵美利だったが、心構えは出来ていたようだ。日や機会を改めようとする言葉は出てこない。


「今が一番頃合いかと思ってね。覚悟は出来てる?」

「う、うん! 大丈夫」

「よし、じゃあそこの裏口から旅館に入ろう」


 ケイはそう言って、恵美利を廊下の突き当りにある休憩所へと案内する。玄関ホールを通らないので、ホールの休憩所にいる加奈とは顔を合わせずに済む。

 割と重要な話になるだけに、謝罪前に本人と顔を合わせるのも気まずかろうと配慮した。


「ここに加奈ちゃんを呼ぶから、待機しててくれ。その後は恵美利次第だ」

「分かった」


 奥の休憩所で恵美利を待たせ、玄関ホールの休憩所にいる加奈を呼びに行く。廊下の途中に待機している哲郎に『今から始める』と目配せしつつホールへと向かった。


「加奈ちゃん」


 休憩所のソファーでボ~としていた加奈に声を掛けたケイは、「実は恵美利の事で話がある」と切り出す。


「恵美利の……?」

「彼女から話しは聞いた。恵美利は、いじめの事を謝りたいんだってさ」


 ケイの言葉を聞いた加奈から、表情が消えた。ケイは加奈の反応を見ながら、慎重に言葉を選びつつ、恵美利が真剣に悩んでいる事などを告げる。すると加奈は、警戒を滲ませながら問うた。


「……恵美利から、何を聞いたんですか?」

「具体的ないじめの内容までは聞いてない。ただ、恵美利は本当に後悔してるって事と、当時の人間関係には裏があったらしい事くらいかな」

「裏?」

「詳しくは恵美利から直接、謝罪と一緒に聞くといい。謝罪を受け入れるかどうかは別に、真相は知っておいても悪くは無いと思うよ」


 ケイのそんな言葉に、加奈は意外そうな表情を浮かべた。


「てっきり、『赦してやれ』的な事を言われるかと思ってました」


 加奈が警戒していたのは、謝罪の押し付けによる受け入れの強要だという。ケイは、そんな加奈の気持ちに理解を見せる。


「他人が簡単に判断していい事じゃないからね。俺に出来るのは双方に話し合う機会を作るくらい。当事者同士でしか解決できない問題もあるっしょ」

「……」


 加奈の表情から警戒の色が薄れた。加奈は少し、ケイを信用してみる事にしたようだ。


「あ……その前に、ちょっと部屋に寄っていいですか?」


 荷物を置いて来たいと言う加奈に、ケイは頷いて答える。


(加奈にとってもいきなりのイベントだしな。部屋で一旦気持ちを落ち着けてから、恵美利の謝罪の場に臨むのもいいだろう)


 それから五分ほどで戻って来た加奈を廊下の突き当りにある休憩所へ案内したケイは、そこから哲郎が待機している場所まで離れて見守る事にした。

 二人の声が聞こえるか聞こえないかくらいの距離。直ぐ傍に立ち会うのは、謝罪を受け入れろという圧力にもなり兼ねず、反感を買う恐れがある。

 加奈には最大限の配慮をしつつ、暴発が起き無いよう安全も考慮した距離だ。何かあれば直ぐに駆けつけられる。



 そわそわしている哲郎と廊下の壁にもたれ、休憩所からぼしょぼしょと聞こえてくる話し声に耳を傾ける事しばらく。


「あ、出てきた」


 加奈と恵美利が休憩所から並んで出て来た。二人とも目元を赤く腫らしていたが、スッキリした表情をしている。


「決着ついた?」

「うん、ついた」

「つきました」


 二人して微笑みながら答える。どうやら無事に和解出来たようだ。もらい泣きで涙目になっている哲郎をネタにしたりしつつ、『よかったよかった』と和やかな雰囲気で談笑しながら、四人で玄関ホールの休憩所に場所を移す。


(とりあえず、これで加奈と恵美利の問題は片付いたかな)


 と、ケイは心の中で一つ安堵の息を吐いた。これでもう恵美利が死亡するような事件は起こらない筈だ。――加奈が犯人だった場合は、だが。


「あ、それで午後の撮影会の事なんだけどー」


 恵美利がこの後に予定している、『旅館内での撮影会』について話題にしたその時、隣に座る加奈が姿勢を直そうと身じろぎした拍子に、服の隙間から何かを落とした。

 ゴトリと、若干重そうな音を立てて転がった物体を見て、ケイは一瞬目を瞠る。黒っぽい長方形をした箱状で、先端に短い金属の突起が二本。テレビのリモコンにも似たソレには見覚えがあった。


(ちょっと待て、なんで加奈がそれを持ってる)


 もしや自分の把握していないところで、既に梨絵と接触があったのか。あるいは、最初の推測で前提から外した共犯説。二人は元々知り合いで、示し合わせてこのツアーに参加しているのか。

 ケイの頭の中で目まぐるしく思考が巡る。何故、加奈が今このスタンガンを持っているのか――そんな、ケイの硬直した気配を敏感に感じ取った恵美利が、慌てたようにフォローを入れる。


「あ、それは加奈がいつも持ち歩いてる護身用のやつで――」


 別に深い意味は無いからと、恵美利は加奈が物騒な物を持っていた事について擁護しようとした。しかし、その証言はケイにさらなる混乱をもたらせる。


(っ! いつも持ち歩いてる……? それはつまり――)


 このスタンガンは梨絵の物ではなく、加奈が持ち主だという事になる。少し混乱を残しながらも、ケイは恵美利のフォローに応えてこの場を取り繕うべく、ネタを口にした。


「いや、何故テレビのリモコンを持ち歩いてるのかと思って一瞬フリーズしちゃったよ」

「……きゃはははっ」


 ツボにハマったらしく、恵美利がソファーでお腹を抱えて笑い転げている。加奈も恥ずかしそうに、スタンガンを服の下のホルスターに仕舞いながら笑顔を浮かべている。哲郎も雰囲気につられて笑っている。

 ケイは、この和やかな空気に仮面の笑顔を装いながら、新たに判明した事実と謎について考え込んでいた。


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