三日目・朝~撮影会



 部屋で着替えをしたり、荷物を整理したりする内に良い時間になった。ケイは時計を確認しながら哲朗に声を掛ける。


「そろそろホールに下りようか」

「そうだね。みんな集まってるかも」


 カメラを首から提げた哲朗が同意する。二人で部屋を出ると、ちょうど恵美利と加奈も隣の部屋から出て来たところだった。


「あ、ケイ君達もこれから?」

「うん、タイミング良かったね」


 それじゃあ一緒に行こうかと、四人で一階に向かう。玄関ホール前までやって来ると、杵島と城崎が休憩所のソファーで待機していた。ケイはとりあえず二人に声を掛ける。


「杵島さん」

「ああ、どうも」


 相変わらずにこやかな杵島と挨拶を交わしたケイは、城崎にも挨拶をしておく。


「城崎さんも、今日はよろしくお願いします」

「あ、はい……こちらこそ」


 自分に対する戸惑いと警戒の色が交る城崎の視線をスルーしたケイは、梨絵と清二もそのうち下りて来るだろう事を見越して、皆でソファーに腰かけ待つ事にした。

 その間、撮影会の予定について話し合う。


「今日は砂浜海岸、洞穴と周辺、雑木林、旅館内を巡って、それぞれ集合写真を撮るって事で」

「いいですね、素晴らしい思い出の写真が撮れそうだ。綺麗な若い子も居て華やかですなぁ」


 杵島はすっかり不倫問題を忘れているようだ。機嫌の良さゆえか恵美利達にも気さくに話し掛けている。

 恵美利と加奈は、これまでほとんど接する事のなかった『大人の男性』でもある杵島に気後れしているのか、人見知り的な距離感が見て取れた。

 雑談には応じても、ケイと話す時に比べて態度に遠慮が見られる。杵島の隣に座る城崎の頬が、心なしか引き攣っているようにも見えるのが原因かもしれないが。

 そうこうしている内に、梨絵と清二がホールに下りて来た。


「よぉーっす、おまったー?」

「全員揃ったようですね。それじゃ行きましょう、今日は皆さんよろしくお願いします」


 清二のおちゃらけ挨拶を華麗にスルーしたケイは、そう言って皆に出発を促した。



 砂浜海岸へ続く道をぞろぞろ歩く。途中、先行ダッシュした哲朗が道の先に三脚でカメラを立ててタイマーをセット。走って列に戻って来ると、砂浜海岸に向かう集合写真を撮影した。


「自分もしっかり写り込んでいくスタイル」

「ははは、上手い事考えたな」


 カメラマンは手だけとか、影だけとか、誰かと交代して写されるという、昔ながらのお約束を破る用意周到な哲朗であった。


「これも技術の向上でカメラの性能が上がったお陰だよ」

「ああ、確かにな」


 一昔前のカメラでこの方法を使っても、上手く撮影出来ていない可能性が高かったであろうが、今はほとんど全自動でピントから構図にまで補正が掛かって良い絵が撮れる。


「ところで、風で倒れそうになってるぞ?」

「のわあーーーー!」


 三脚のカメラが今にも倒れそうなほど傾き、哲朗が再び猛ダッシュして行く。そんなコミカルな光景に、思わず皆から笑い声が上がった。


(いい雰囲気だ。このまま和やかな空気で最終日まで進んでほしいところだけど……)


 ケイは密かにそんな事を願っていた。



 その後は砂浜で海をバックに撮影。旅館と海岸の道をバックに撮影と、一ヶ所に付きアングルを変えて二、三枚の集合写真を撮る方針で撮影が続けられた。


「じゃあ次は洞穴の上の丘になってる崖で」


 順番に回るなら砂浜海岸、洞穴の上の丘、洞穴内部、そして雑木林を巡って旅館へと戻る。

 最後は旅館前の広場で撮るのが妥当だろうと順路を告げるケイに、恵美利達や杵島達は特に異論もなく頷いた。のだが――


「……あそこ、上がるのか」

「ええ、風が心地いいし、見晴らし良いですよ」


 清二が洞穴の上の丘を見ながら問うので、ケイがそう答える。


「お、おう、そうだな」

「……?」


 何やら清二が少し挙動不審になった。ケイはそれを訝しむよりもまず、その態度の意味について考える。あの場所に行きたくない理由でもあるのだろうかと。


(単純に考えれば、高いところが苦手とか……? いや、それは無いか)


 ケイは前回のこの日の夜に、あそこから梨絵に落とされた。『清二が崖から落ちて途中にしがみ付いている』と、梨絵に助けを求められ、ついて行った先の出来事だった。

 それを踏まえて考えると、高いところが苦手な人間が夜中に崖の上まで足を運ぶとも思えない。と、そこまで考えた時――


(……あれ? いやまてよ……?)


 何かがケイの記憶に引っ掛かる。だが、今はじっくり考えている時ではないと判断して、撮影会を優先した。皆でわいわいと丘の道を登って行き、やがて丘の天辺に到着する。

 心地よい潮風と地平線まで続く大海原。開放的で広大な景色は、気持ちを高揚させる。


「ああ、これはいい。素晴らしい景色だ」

「ここから見える景色をバックに撮りましょう」


 まだここに来た事がなかった杵島が、額に手をかざしながら周囲を見渡している。その傍に立つ城崎も、心なしか絶景に心惹かれているように見える。ケイに対する視線の頻度が落ち着いている。


 哲朗がカメラをセットしながら、砂浜海岸の入り江と海の地平線、雑木林の森がバランス良く背景に入るベストな立ち位置を模索する。


「もう少し左側に、ケイの位置を中心に――あれ?」


 ファインダー画面を覗き込んで並び位置を指示していた哲朗が、ふいに顔を上げてキョロキョロと見渡し、目的の人物を見つけて声を掛けた。


「あの、戸羽さん、列に入ってくれません?」


 皆がカメラの前に並んでいる中、カメラマンである哲朗の後方で一人うろうろしている清二。何をしているのかと全員の視線が集まる。


「セイジ? どうしたの?」

「ん? いや、別に……おう、もう撮るのか」


 梨絵に促された清二がもたもたとやって来る。そんなに崖側に寄っている訳でもないのに、しきりに足元を気にしながら恐る恐る歩く。その様子を見て、もしやと思ったケイはストレートに訊ねてみた。


「戸羽さん、もしかして高いところ苦手なんですか?」

「えっ? あ、いやまあ、別に、今日はちょっとな……」


 引き攣った笑みを浮かべながら誤魔化そうとしているが、彼が高所恐怖症である事はその態度からもはや明白だ。


「あー、苦手な人は本当にダメみたいですからねー、無理はしない方がいいですよ」


 杵島がそう言ってフォローする。今回は人の目の多さからプライドでここまで上って来られたが、本来ならこの丘に近づく事すら拒否する重度の高所恐怖症らしい。


「え……セイジってそうだったの?」

「いやぁ、まあ……昔からな」


 この時、梨絵は初めて清二が高所恐怖症だった事を知ったらしく、意外そうに驚いている。

 ケイはそのリアクションから、前々回、梨絵がサロンで清二を詰っていた『苦手なモノ』とは、これの事だったかと察した。しかし――


(あれ? おかしい)


 その場合、ケイを崖の上におびき寄せてスタンガンを使った、前回の夜の行動に矛盾が出て来る。ケイの脳裏に色々な可能性が浮かんでは消え、事件の全体像として一連の流れがシミュレートされていく。


 昨晩の検証で三日目の夜に見える例の光が、洞穴の横穴から見えていた事が分かっている。つまり、前回ケイが崖から落とされたあの前に、梨絵は洞穴内でスタンガンを使った事になる。


(あの時点で、梨絵が清二の高所恐怖症を知っていた場合……)


 そこにピンと来るケイ。あの夜、梨絵は咄嗟にケイを崖上に誘い込んで、スタンガンを使って落とした。


(あれって、あの瞬間咄嗟に一連の計画を思いついたのか? 元々崖の上でスタンガンを使う計画があったんじゃないのか?)


 清二が高所恐怖症だったので、崖の上に誘えなくなった。なので別の手に切り替えた。それが、洞穴での使用だったのでは?


 崖の上からは、下の洞穴の中が見える。昨日、洞穴の一番奥から天井の穴を見上げて確認した、崖の先端部分が、今自分達の立っている場所だ。


 やはり、何かがケイの心に引っ掛かる。


(思い出せ、梨絵と清二の行動に、この違和感を解く鍵がある)


 一周目の三日目では――

 食堂の隣にあるサロンで、駄弁っている梨絵と清二を見つけた。


『えーっ、それはちょっと意外ていうか、男としてどうかだよー』

『いやマジ苦手なんだって、だいたい行くイミねーじゃん』


 あの会話は、清二の高所恐怖症を知った梨絵がそれを詰っていたもので間違いないだろう。清二の『行く意味が無い』とは、崖の上に行く意味を指していると考えられる。


 二周目の三日目では――

 ケイは非常階段の踊り場から海岸の方を見渡し、梨絵が洞穴方面の崖上の道を一人で下りて来る姿を見ている。その時の清二は、旅館に戻る道のずっと先を、梨絵を振り返りながら歩いていた。


 つまり、恐らくあの日は梨絵が一人で崖の上まで行ったが、清二は途中で引き返したと思われる。そして、その日の昼のサロンでは――


『それでよー、オレがそいつに言ってやったんだよ』

『へぇ……』


 梨絵が清二を詰る姿は無く、かわりに清二の自慢話が聞こえていた。梨絵はどこかぼんやりした雰囲気で、清二の自慢話に適当な相槌を打っていた。

 この時のケイは、苦手なモノの話題はもう終わったのか、あるいはこれからなのかと特に気にせず流した。


 三周目の現在、ケイはあの時の事を疑問に思う。なぜ、二周目は梨絵の雰囲気が違っていたのか。一周目と同じ流れだったのなら、清二の高所恐怖症を詰っている場面だったはず。


(あの日の梨絵は、確か崖の上から下りて来ていた。つまり、この崖の先端まで来ていた?)


 あの時、ここから洞穴の中を見ていたとしたら。そしてあの時間、そこには恵美利と加奈が居た可能性。

 そしてあの日、加奈は一人で先に旅館に帰って来て――その後、恵美利の遺体が砂浜海岸に打ち上げられた。


(くそ……っ 嫌な繋がり方だ)


 その時、哲朗の呼び掛ける声が、ケイを過去の記憶の迷路から呼び戻す。


「ケイ、とりあえず場所を少し下にずらそう」

「ああ、分かった」


 推理を一旦保留にしたケイは、撮影場所を清二に配慮して少し坂を下った辺りに設定すると、そこで改めて記念撮影を続けた。

 背景の海や砂浜がしっかり入るよう、哲朗が構図の工夫に走り回っていた。何だか生き生きとした様子だったので、哲朗にも良い思い出作りにはなったようだ。

 その後は予定通り順番に洞穴と雑木林を巡り、朝の撮影会は無事に終了した。


 最後に集合写真を撮った旅館前の広場にて、解散した一行はそれぞれ自由行動に移る。哲朗はさっそく部屋に籠って、撮影した画像ファイルの編集作業に入った。

 恵美利と加奈、杵島と城崎は食堂に昼食を取りに向かった。梨絵と清二はサロンに直行。プチ酒盛りをやるつもりらしい。旅館内を巡っての撮影は午後からになる。


 ケイは、この自由行動の時間で恵美利に加奈への謝罪の機会を作ろうと予定していた。


(けど、その前に……)


 朝の記念撮影会で得た情報から、色々と考えの整理を済ませておく事にした。今後の加奈と恵美利への接し方にも影響する、重要な課題になる。


(とりあえず、石神様のところで考えるかな)


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