二日目・夜~三日目・朝



 サロンを後にしたケイは、部屋に戻りながらこれからの事を考えていた。全員が抱えている問題を解決する訳ではない。出来るとも思わない。だが少なくとも、このツアーを誰一人死なせずに終わらせる事くらいは出来るかもしれない。それでいい。ケイはそう考える。

 その為にも、自分の手が届く範囲で出来る事はやっておく。


(今日はまだやれる事が残ってるな)


 201号室に戻って来たケイは、明日、三日目の夜に見える光について検証する為、さっそく哲朗に手伝いを依頼した。もちろん検証の内容や目的は伏せている。


「ここは哲朗だけが頼りなんだ」


 哲朗に予備の小型カメラを借り、いつも持ち歩いている動画撮影機能付きのカメラで部屋の窓から見える景色を撮影してもらう。


「この方角で哲朗も一緒に見張っててくれ。戻ったら位置の確認をするから、メモも頼む」

「カメラのフラッシュで現在地を調べるのか。よく分からないけど、分かったよ」


 どんな意味があるのかは分からないけれど、ケイのする事だから何か理由があるのだろうと納得する哲朗は、ケイの検証作業の手伝いを引き受けた。


 互いの時計の時間を合わせて、哲朗は窓の前に待機。ケイは部屋に備え付けの非常用懐中電灯を手に、上着を羽織りながら部屋を出ると、まずは砂浜海岸へと向かった。


(こんな時、トランシーバーでもあれば便利だったんだけどな)


 時間を確かめながらカメラをお腹の辺りに構えてフラッシュを焚く。これはスタンガンを手にしている事を想定した位置取りだ。砂浜海岸を端まで歩き、岩壁の辺りでまた一枚撮って海岸線の道へ戻る。

 そうして崖の上に続く道と、洞穴に向かう分かれ道までやって来ると、ここでも一枚。


「さて、ここからが本番だ」


 洞穴はまだ水没していない。ケイは手早く済ませようと、懐中電灯のスイッチを入れて洞穴内に踏み入った。入り口から少し入った場所でパシャリ。さらに奥へ進んだ場所でもパシャリ。

 そして最奥の辺りでもパシャリと、それぞれ時間を確かめながらカメラのフラッシュを焚いた。


「これでよし。後は部屋に戻って確認だ」


 上手く行けば、三日目の夜に見える光が、どの位置で発せられたのかを特定出来る。ケイの推測では、梨絵が持っていたスタンガンの光だろうという事になっているが。



「ただいまー、ほいコーヒー」

「おかえりー、さんきゅー相棒」


 急ぎ足で部屋に戻って来たケイは、階段前の自販機で買った缶コーヒーを哲朗に渡しながら、さっそく検証に取り掛かる。

 哲朗に撮影してもらった窓の景色の動画を確認しつつ、フラッシュを焚いた時間と場所のすり合わせを行う。

 結果、明日の時間にケイが目撃していた光は、洞穴の最奥より少し手前付近にある横穴から漏れた光であった事が分かった。


(あそこは、反対側が海と繋がってた場所だな)


 つまり、梨絵はあの時あの場所でスタンガンを使った。相手は恐らく、戸羽 清二だ。


(洞穴の中でスタンガンを使って気絶させた? その後、洞穴が水没すれば……)


 ふと、ケイは恵美利の溺死の件を思い出す。あの時、恵美利はどこで溺れたのか。

 洞穴内に海と繋がっている個所はいくつかあるが、そうそう足を滑らせて落っこちたりするような場所ではなかった。

 もし、恵美利が事故ではなく、故意に海に落とされるなどして殺害されたのだとしたら……


(前回、恵美利が洞穴に行ってた時間帯は……)


 ケイは食堂で浮かんだ『殺意ありき』の可能性を念頭に少し考えようとしてみたが、アリバイの有無を含め不確定要素が多過ぎて、今の段階ではまだ推論が立てられないという結論に至った。


(やっぱり、もう少し色々な情報が必要だな)


 こうして、ケイの三度目となるツアー二日目の長い夜は、静かに過ぎて行くのだった。



 翌日。

 ツアー三日目の朝。前回よりさらに早く起き出したケイは、まだ眠っている哲朗を横目に手早く着替えを済ませると、部屋を出て非常階段に向かった。哲朗には起きたら食堂に向かうよう昨日の夜寝る前に伝えてある。

 階段の踊り場に出て旅館の周辺を見渡す。広場で落ち葉を掃除している従業員の姿が見える他は、海岸沿いの道や旅館前の通りにも人影は見えない。


(よし、まだ全員が旅館内にいるな)


 ケイは今日、ツアー客の全員に声を掛けて記念撮影を持ち掛ける予定を立てていた。昨日までの工作の成果も見定める。

 旅館の出入り口を見張れる玄関ホールの休憩所にやって来たケイは、ソファーに陣取って人の出入りを監視し始めた。

 それからしばらくして、最初に客室から下りて来たのは恵美利と加奈だった。休憩所にいるケイを見て「あら?」と反応を示す。


「二人ともおはようさん」

「おはよー、ケイ君」

「おはようございます」


 とりあえず挨拶を交わしたケイは、二人の様子をさっと観察する。恵美利はいつもと変りなく、元気そうだ。加奈は昨日、部屋の前で別れた時のような奇妙な雰囲気は、今のところ感じない。


「ていうか、ケイ君はここで何してるの?」


 小首を傾げた恵美利が問う。


「ちょっと食堂でサプライズを考えててね。その下準備」

「え……サプライズって……」


 一瞬、強張った表情を浮かべた恵美利に対し、ケイは『皆で記念撮影計画』の事だよと明かして、恵美利が今『心に懐いたであろう不安』を解消した。


(昨日の今日だし、恵美利は多分、加奈に対する謝罪の機会について思い浮かべたんだろうな)


 あからさまに『なぁ~んだ』と安堵して見せる恵美利の隣で、加奈はキョトンとしている。こうして並んでいる姿は、本当に仲の良い友達に見える。


「今日はまた後で一緒に洞穴を見に行こうな~」

「うんっ。それじゃあたし達は先に食堂行くね」


 恵美利は小さく会釈した加奈と連れ立って食堂へと向かった。それから5分ほどが経過し、次に下りて来たのは不倫カップルだった。

 ケイに気付いた杵島が、にこやかに挨拶をして通り過ぎる。彼の後ろに続いていた城崎はケイに何か言いたそうな雰囲気を残しつつも、会釈して去って行った。


(もうそろそろ接触して来そうだな)


 出来るだけこちらのペースに巻き込むようにしなければと、ケイは城崎と話す時のネタを頭の中で反芻する。正直なところ、不倫カップルに対するケイの立場は、双方どちらの味方にもなり得ない。どう転んでも良い結末に至れるとは思えないアドヴァイスをする事になるが、今はこのツアーを平穏無事に乗り切る事を優先すると決めていた。


 不倫カップルを見送って直ぐ後に、哲朗が下りて来た。


「あれ? 相棒、何してるんだ?」

「ちょっとな、例の計画の事で思案中」


 恵美利と加奈も食堂に居るので、二人と同席しててくれと席の確保を頼んでおく。哲朗は緊張でギクシャクした歩き方になりながらも「わ、わかった」と頷いて食堂へ向かった。


 それからさらに数分が経った頃。ペッタンペッタンとスリッパを鳴らす足音と、男女の駄弁る声が廊下に響いた。


「なんだよー、まだアタマ痛いのかよー?」

「んー……二日酔いだと思う……」


 朝から騒々しい雰囲気の不良カップル、牧野 梨絵と戸羽 清二が最後に下りて来た。梨絵は昨晩深酒をしたらしく、調子が悪そうにしている。

 休憩所のソファーに座っているケイを見て、一瞬ギクっとなる梨絵。清二はそんな梨絵の様子に気付く事も無く「俺のペースに合わせたせいかもなー」と、自分の酒の強さをアピールしている。

 二人が通り過ぎた後、ケイはゆっくりとソファーから立ち上がると、彼等の後に続いて食堂に向かうのだった。


 ケイの積極的な行動により、今回の三日目の朝は、全員が食堂に集まっていた。


 恵美利と加奈は、前日に恵美利がケイと朝から一緒に行動をする約束をしていたため。

 杵島と城崎は、杵島が部屋以外では二人きりになる事を避ける行動を取ったので、城崎が杵島を雑木林に誘えなかった。そしてケイの事が気になる城崎は、一人で部屋に残る事はしなかった。

 梨絵と清二は、昨晩の件で動揺した梨絵が、不安を打ち消そうと飲み過ぎて二日酔いに。二人が予定していた早朝の散歩には出られなかったようだ。


 食堂の出入り口に立ったケイは、全員が揃っているその光景を見渡して、ふと足を止める。


(そうだ、ここを区切りにしよう)


 恵美利達と向かい合わせに座っている哲朗が、こちらに気付いて手を振っているが、ケイは哲朗に『ちょっとスマン』というゼスチャーをして足早に食堂を後にした。

 玄関を出て旅館前の通りを走り抜け、広場にある古い小さな祠にやって来たケイは、石神様にお呪いの言葉を念じる。


(この状態で石神様に念じておけば、次に何かあってもここから始められる)


 "石神様が響いた"のを確認したケイは、食堂に急ぎながら現時点で感じ取れた、一つの可能性について考えていた。

 今日、三日目に死亡者を出さずに乗り切れば、何とかなるんじゃないかという予感。タイミングや原因に多少の違いはあれ、死者が出るのは決まって三日目だった。

 この旅行で殺人を計画していた者が居たと仮定して、事前に下見をするなど、よほど念入りに計画を立てていたのでもなければ、初日や二日目は近辺の地理なども覚えなくてはならないし、事を起こすには早急過ぎると考えられる。


(恐らく、迷いもあったはず)


 もし、計画は立てていたが踏ん切りがつかず、なかなか実行に移せずにいた場合。現場に慣れ、迷いを断ち切って行動を起こすとすれば、三日目は丁度良い頃合いだったのではないか。

 明確な裏付けは無いが、これまでの経験の記憶と集めた情報の欠片から勘でそう判断した。


 食堂にやって来たケイは、哲朗の隣の席に着いた。既に料理も用意されている。


「おかえり相棒。何か朝から忙しそうだね」

「いやー悪い悪い、ちょっと野暮用を済ませて来た」


 哲朗に軽く詫びたケイは、朝食に口を付けながら食堂全体の様子を窺う。恵美利と加奈は対面の席で静かに食事中。不倫カップルは城崎がこちらを気にしている以外は、いつもと変わりない。不良カップルも普通に食事をしている。


(あの二人が普通に飯食ってる姿は珍しいかもな。……さて、それじゃあ――)


 全員の様子を確認し、一つ深呼吸をしたケイは、考えていた"サプライズ"を実行に移す事にした。おもむろに立ち上がって食堂全体を見渡せる窓際まで移動すると、皆に向かって一言告げる。


「みなさん、食事中失礼します。そのままでいいので少し聞いてください」


 全員の注目を集めたケイは、記念撮影の話を持ち掛けた。


 ツアーも三日目で約半分を過ぎ、残すところ四日となりました。こうして同じツアーに参加し、同じ旅館で一緒に食事を取っているのも何かの縁。お急ぎの用事が無ければ、今日はみんなで一緒に記念撮影をして回りませんか? ――そんな内容を語る。


「友人がカメラマンをやってくれる事になっているので」


 そう言って哲朗を指し示すと、哲朗はキョドリながらも頷いて見せた。ケイはそのまま恵美利と加奈には既に了解を得ている事も付け加える。


「今のところ、樹山さんと御堂さんが参加してくれる事になってます。皆さんもどうですか?」


 と、ケイはここで戸羽 清二に視線を向けながら言った。これまでの言動から考えて、彼は目立ちたがり屋タイプだと思われる。撮影会のようなイベントになら、乗って来る可能性が高いと判断した。そしてそれは当たっていた。


「おー、面白そうじゃね? 俺らも参加すっべ」

「じゃあ、戸羽さんと牧瀬さんも参加で。杵島さん、城崎さんもどうですか?」


 すかさず二人の参加を決定したケイは、気が進まなさそうな顔をしている梨絵から異論が出る前に、不倫カップルに話を振った。こちらは杵島が城崎と一緒に写るのを嫌がって参加は見送られるかもしれない。

 だが、今回の杵島は城崎と二人きりで人気の無い場所に行かないように注意しているので、心中の発生は避けられる。城崎も旅館内で凶行に及ぶとは思えない。

 心中を断念した城崎が一人で首を吊るという可能性も無くは無いが、『殺意ありき』はまだ限りなく正解に近いであろう『仮定』に過ぎないのだ。あまり推測で悩んでも仕方がない。

 と、そんな事をつらつら考えていたケイだったが――


「いいですね、ぜひ参加させてもらいますよ」


 意外にも、杵島が撮影会に賛成した。城崎も反対する理由は無いようだ。これにより、ツアー客の全員が今日の記念撮影に参加する事となった。


「それじゃあ9時頃に皆で玄関ホールに集合するという事でいいですか?」


 特に異議も上がらず、記念撮影会の予定が決まった。ケイが自分の席に戻って来ると、哲朗が見ているだけで緊張したと言って『相棒スゲーわー』を連発していた。恵美利達もうんうんと頷いて同意を示す。


「あんな風に仕切るの、自分には絶対無理だわ……」

「ははは、馴れれば結構どうにかなるもんだよ」


 その後、朝食は平穏に進み、食べ終えた人から順に部屋へと戻って行く。時刻は8時を過ぎた頃。食後のお茶で一息吐いていたケイは、席を立ちながら食堂内を見渡して現状を確認した。

 哲朗は撮影準備のため、先に部屋へと戻った。恵美利と加奈も既に食堂を後にしている。そして今し方、不良カップルの清二と梨絵が出て行った。

 食堂に残っているのはケイと同じく、お茶で一息吐いていた不倫カップルの杵島と城崎だけだ。やがて、城崎が一人で席を立ち、やはりケイの事を気にする素振りを見せながら食堂を後にした。ちらっと聞こえた二人の会話内容から、着替えの準備のために先に部屋へ戻ったらしい。

 丁度良い機会だと、ケイは杵島になぜ撮影会の参加に賛成したのか訊ねてみる事にした。


「杵島さん」

「ああ、どうも曽野見さん」


 ケイが声を掛けると、杵島はにこやかな挨拶で応じた。やけに上機嫌な様子を訝しみつつ、ケイは疑問に思った事を訊ねる。


「持ち掛けておいて何ですけど、撮影会の話、良かったんですか?」


 彼女と一緒の写真を撮られるのは不味くないんですか? と聞いてみたところ、杵島は含み笑いをしながら声を潜めると、城崎の変化について語った。

 杵島は、ケイにアドバイスを受けた夜から、城崎と行動する時は常に人の居る場所を選んで移動するようにしており、必然的にどこへ行くにも杵島が行き先を決めるようになっている。

 その影響なのか、城崎が『以前のように』素直になって来たという。


「志津音は付き合い始めた頃は、僕の言う事を何でも聞いてくれるいい子だったんですよ」


 最近の彼女の我儘は、少し甘やかしていたせいかもしれないと笑う杵島。どうやら彼は城崎との関係で主導権を握った気分になって、少々浮かれているようだ。

 杵島が自分から動く事でそれが自己主張という形になり、城崎は彼の決定に従う。杵島は、その状態を『志津音が自分に従順になった』と勘違いしているらしい。


「これも曽野見さんのアドバイスのおかげですよ。今の志津音なら、僕も彼女の事をちゃんと愛してやれます」

「そ、そうですか……」

「おっと失礼、いい歳をしてちょっと惚気過ぎちゃったかな。はははっ」


 城崎が大人しくなった事に気分を良くして、また今までのように愛人関係を続けられると思っているようだ。


(ダメだこの人……)


 これはもはや擁護出来ないと判断するケイ。死なれるのは寝覚めが悪いので、心中は回避させる方針で進める。だが今後、不倫カップル彼等との交流で有利になりそうな情報を吹き込むのは、城崎の方にしようかと考えるケイなのであった。


(さて、俺も撮影会に向けて部屋に戻るか)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る