二日目・夕方~夜
部屋に戻って来たケイは、哲郎に記念撮影会の話を持ち掛けた。加奈と恵美利に限定した撮影会では行動が制限されるので、ツアー客全員を対象にした記念撮影というイベントの下地を作る。
「記念撮影かー、でもなー」
哲朗は提案に乗る事にはやぶさかではないのだが、果たしてこのツアーでそんなイベントが可能なのだろうかと懐疑的な様子だ。
現時点でケイ達と交流を持っているのは、旅館の従業員を除けば恵美利と加奈の二人だけ。不良カップルとは接点無し。不倫カップルとも特に会話があるわけではない。
「他はこれからアプローチしてみるよ。不良カップルだって今は印象悪いけど、話してみたらいい人かもよ?」
「うーん、相棒ならやれそうな気がしてきた」
ケイはとりあえず、夕食の席で恵美利達に持ちかけてみるので、良い返事が貰えたなら他の人達も誘い、最終的に記念撮影の対象者をツアー客全員に広げるという計画を挙げた。
「このバラバラなツアーを最後に一つにして、全員で記念の集合写真を撮影するんだ」
「おおー」
何か面白そうと、哲朗も乗って来た。ケイはこれで全員と話す理由が一つ出来たと、次の予定を思案する。記念撮影計画はあくまでも話し掛けるための口実なので、返事が芳しくなくとも良い。
そうして夕食時。哲朗と共に食堂へとやって来たケイは、恵美利にこっちこっちと呼ばれたテーブルに着くと、早速、記念撮影の話を持ち掛ける。
「明日一緒に行動してさ、景色のいい場所でパチリと」
「ケイ君って積極的だよね……記念撮影かぁ、どうしよっかなぁ~」
前回同様、恵美利は満更でもなさそうな反応で加奈に相談し、少しくらいならと同意を得た事で、ケイ達は二人との撮影会の約束を取り付けた。
「出来れば記念撮影会には他のお客さん達も誘おうと思ってるんだ」
「あ、相棒が、最後に全員で、纏めて記念にツアー客皆でって」
哲朗が頑張って話の輪に入り、フォローに動く。かなり噛み噛みだったが、言わんとする内容は伝わったようだ。クスリと笑った恵美利が「そういうのも良いね」と、『皆で記念撮影計画』に理解を示した。
「それじゃあ、明日は一緒に行動するという事でよろしく」
「うん、分かった」
目的を達成したケイは、今回は恵美利と加奈、二人の関係を探る雑談はせず、夕食を済ませれば直ぐに席を立った。この後、恵美利と会う約束をしているので、その事を加奈に気取られないためにも、早めに退散する。
恵美利と加奈は、まだしばらく食堂でゆっくり過ごすらしい。ケイは哲郎と食後のコーヒーを買いに自販機へ向かう途中、ざっと食堂の中を眺めた。
不良カップルは前回、前々回と変わらず、隅の席でイチャイチャとちちくり合っている。彼等との接触は、どちらか片方が一人になったところを見計らうので、もう少し後になりそうだ。
不倫カップルの様子を観察すると、やはりあの重苦しい奇妙な空気は無く、杵島は変わらず落ち着いている。城崎はそんな杵島を前に戸惑いを浮かべながら、ケイにちらちらと視線を向けてくる。
(だいぶ気になってるみたいだな)
彼等に記念撮影の話を持ち掛けようかとも考えたが、この二人が一緒に並んだ写真が残るのを、杵島は嫌がるだろう。城崎は喜ぶかもしれないが。
ケイは、
(今はまだやめておこう。城崎さんからの接触を待つか、もう少し様子を見てからだ)
彼女に対しては、こちらからのアプローチは先延ばしする事にした。今回の杵島と城崎は、前回までのような深刻な状態に陥っていない。不穏な動きが無いのなら、そのまま何事も無くツアーを終えるという手もある。
始めから殺意有りきで旅行に来ているのでもなければ、心中などそうそう起きない筈だ――と、そこまで考えたケイは、ふと引っ掛かる。
(……殺意有りき?)
最初から殺す目的で、あるいはそれを視野に入れてここに来ているのだとすれば……そんな仮説を思い浮かべた。そしてこの仮説は、不倫カップルに限った話では無いのではないか。
ケイは前回、三日目の夜に部屋で色々と考えていた時、恵美利の死について加奈に猜疑を懐いた事を思い出す。
「……」
「相棒、どうした? 難しい顔して」
缶コーヒーを片手にハテナ顔で覗き込む哲朗に『何でもないよ』と答えたケイは、新たに浮かんだ『あまり考えたくは無い可能性』について考えながら、部屋へと戻るのだった。
(早急な判断は危険だ。まずは恵美利から話を聞かないとな)
その後しばらく経った頃。ケイは散歩に行って来ると言って部屋を出ると、恵美利との待ち合わせ場所である一階のサロンに足を運んだ。それから少しして、恵美利は直ぐにやって来た。
「ケイ君、おまたせ」
「やあ。じゃあ行こうか」
恵美利と合流したケイは、裏口から砂浜海岸に続く道へ向かう。初日に不倫カップルが修羅場を演じていた場所なら、うまい具合に土手で死角になっているので目立たない。
「ここなら人も来ないだろう。それじゃあ相談に乗ろうか。学校と加奈ちゃんの事だっけ」
「うん……あのね、実はあたし――」
ポツポツと語り始めた恵美利の話によると、加奈は小学校、中学校と、いじめグループから嫌がらせを受けていたらしい。
「ていうか、加奈にはあたしがその主犯格だと思われてるんだけどね……多分」
「それは、恵美利が加奈ちゃんをいじめてたって事?」
「……うん。正確には……イケニエにしてたの」
「
恵美利の話を纏めると、恵美利達のクラスにはいじめグループがあって、恵美利はそのグループの表向きのリーダーとされていた。
しかし実態は、そのグループのリーダーが他の取り巻き達と一緒に『恵美利の取り巻き』を装い、恵美利にいじめのターゲットや内容を指定させていた。
学校で問題視された時に、責の大部分を恵美利に押し付ける魂胆だったのだろう。
「あたし、自分がいじめられるのが怖くて……あの子達の言いなりになってたんだ」
高校に入ってからは、そのグループとも学校が別になって離れられたが、恵美利は当時の事を酷く後悔しているという。
「高校で同じクラスになって……ずっと謝りたいと思ってるんだけど、中々言い出せなくて……」
そんな折、加奈が教室で旅行のパンフレットを熱心に読んでいるのを見掛け、思い切って声を掛けた。恵美利は、この旅行で加奈にきちんと謝罪をして、仲直りしたいと思っているそうだ。
「ふむ……加奈ちゃんは、恵美利の事情をどこまで知ってるの?」
「ん~、多分あんまり突っ込んだところまでは知らないと思う」
なるほどねと相槌をうって頷いたケイは、前々回の時に見た加奈の恵美利に対する、あの突き刺すような嫌悪の眼は、中学時代の問題を起因にした怨恨の類だったかと理解した。そして今回、恵美利がケイに対して抱えていた不安の内容も、何となく分かった。
恵美利にとって、ケイが『自分と加奈の関係を知っている人物』だった場合、自分が加奈をいじめていたグループに居た事を話題に出されるかもしれないと、恐れたのだ。
(あれ、まてよ? という事は……)
ケイの脳裏に過る、繰り返されたここ八日間分の光景。その中で、恵美利と加奈に関する記憶が目まぐるしく浮かんでは消える。
「ケイ君……?」
急に深刻な表情になって黙り込んだケイに、恵美利は不安気な表情を浮かべながら声を掛けた。今の話を聞いて、軽蔑されてしまったのではと思ったのだ。
そんな恵美利の気持ちを察したケイは、じっくり考えるのは後回しにして、まずは予防策を図る。少し早急かもしれないが、恵美利になるべく加奈と二人っきりにならないよう忠告しておいた。誰かしら第三者の目がある場所に居る事を心掛けるように、と。
「明日の朝、洞穴に行く時も、俺達と一緒に行動するようにしてくれ」
「え? え? (ていうか、何で明日の朝に洞穴に行くつもりだった事、知ってるの?)」
突然の忠告に戸惑う恵美利に、ケイは今し方の話題を繋いで続ける。
「恵美利は、加奈ちゃんに謝りたいんだろ?」
「う、うん」
「俺達で何とかその機会を作るから」
「……分かった」
ケイの真剣な説得に、恵美利は困惑した様子ながらも頷いたのだった。
その後、ケイと恵美利は時間をずらして旅館に戻る為、一旦ここで別れる。ケイは砂浜海岸方面から遠回りし、恵美利は広場の前を通って部屋へと向かう。
砂浜海岸から旅館前に続く道を歩きながら、ケイは恵美利と加奈の事を考えていた。
(多分、上手くいっても、加奈はそう簡単に赦してはくれないだろうな)
しかし少なくとも、ケイ達の前で加奈が恵美利に謝罪を受けたという事実を作れば、ひとまずは恵美利の安全を確保出来る。ケイはそう推測していた。
理想としては、加奈からも本音の気持ちや認識を聞き出し、彼女の胸の内に深い恨みや復讐心があったならそれを鎮め、二人を和解に持っていきたい。
(慎重にケアするようにしないと、加奈の恨みがこっちに向く可能性もあるからな)
既に何度も殺される経験をしてきた
旅館に戻って来たケイは、そのまま部屋には戻らず、食堂に寄っておばちゃんとの交流に努めた。今回は初日から色々と話をしておいたので、おばちゃんのケイに対する友好度は非常に高い。
おかげで不倫カップルや不良カップルについて、いくつかの新しい情報を得る事が出来た。おばちゃんは彼等の部屋に食事を届けるなどもしており、その時の彼等の様子を聞き出せたのだ。
その話の中で、ケイは不良カップルの女性、
おばちゃんの見立てによれば、彼女は根は気立ての良い素直な娘ではないかとの事だった。部屋に届け物に行った際の梨絵の対応が、
「きちんと挨拶やお礼もしてくれてね、それがすごく自然に出てる感じだったのよ~。やっぱり好きな男の人の前では、その人好みになろうとしてるのかしらねぇ」
しっかり身に染みついた作法は、無意識に出てしまうものだからと語るおばちゃん。彼女に関しては、ケイも『根は良識人ではないか』と思った覚えがある。
不倫カップルについては、
城崎が始めから心中するつもりでいたなら、身辺整理的な意味で旅行に持って来る荷物が少なくなったと考えられる。
(まあ、あくまで可能性でしかない。とにかく慎重に判断するようにしないとな)
おばちゃんとの雑談を終えたケイは、部屋に戻ろうと食堂を後にする。そこでふと、廊下に人影を見つけた。
(ん? あれは……)
それは、隣のサロンに入って行く牧野梨絵だった。どうやら酒を持ち出しに来たようだ。ケイは『チャンス!』とばかりに、彼女の後を追ってサロンに足を踏み入れた。
「こんばんは」
「っ!?」
薄暗いサロンにて、棚の酒瓶を物色している梨絵にケイが声を掛けると、梨絵はビクリと肩を揺らしてゆっくり振り返った。
「……何か用?」
梨絵は、胡乱げな目で睨みながら煩わしそうな態度を取って見せる。ケイは気にせず話し掛けた。
「良いお酒は見つかりました?」
「別に」
ぷいっと棚の方へ向き直る梨絵。その背に一歩近づき、ケイは続ける。
「手伝いましょうか?」
「い、いいわよ別に……」
手に取った酒瓶を胸に、慌ててケイから距離を取った梨絵は、棚を背にじっと様子を窺っている。その表情には、警戒の色が浮かんで見える。
「まあ、俺は未成年なんでお酒飲めないんですけどね」
「そう……」
ケイは前回、崖の上でスタンガンを握り締め、泣きながら詫びていた梨絵の姿を思い出しつつ訊ねた。
「牧野さんは、このツアーにはどうして参加を?」
「あ、あんたには関係ないでしょ」
ふいっと目を逸らして、酒瓶を抱えた手の指をもじもじさせている梨絵。無意識にやっているのであろうそんな仕草からも、彼女が緊張している事を読み取れる。
「このツアーの参加者って、みんな何かしら訳ありみたいなんですよねー」
「ふ、ふーん……そういう事もあるんじゃないの」
こんな調子で梨絵と話して分かった事。
(この人、やっぱり演技してるな)
横暴な態度を取ろうとしているが、緊張の度合いから見ても、それが自然に振る舞えているとは言い難い。彼女が清二と一緒にいる時に見せるあの傍若無人な振る舞いが、身に着いた自然な行動であったなら、今も彼女にとって煩わしいであろうケイを怒鳴りつけて威圧したり、無視する事だって出来たはずだ。なのに、こうしてわざわざ返事をして会話に応じてしまっている。
それはつまり、『不良女の梨絵』は演技で、上辺を繕った偽りの姿。本来の梨絵は、こうして誠実に話し掛けられると無下にも出来ない、根は優しい人だ。ケイはそう結論付ける。
(なるほど、おばちゃんの見立て通りだ)
とにかく、やっと得られたアプローチの機会。ケイはこの機を逃さず、梨絵にも恵美利に仕掛けた時と同様の手を使って、自分に興味が向くよう働き掛ける事にした。
「今は周りに誰もいませんよ」
「? 何のこと?」
梨絵は意味が分からないという表情で訝しむ。ケイは今し方出した結論の検証も兼ねて、梨絵に揺さぶりを掛ける。
「無理に悪い人を演じなくても大丈夫って事です」
「っ!」
一瞬ハッとなった梨絵は、若干声を
「な、なに言ってんのアンタ、ぁ頭おかしいんじゃない?」
「そんな申し訳なさそうな表情で悪態吐かれても」
とケイは苦笑を返す。もちろん、梨絵はそんな表情はしていない。これは揺さぶりのカマ掛けだ。すると、梨絵はギクッとなって自分の顔に手をやる。
「っ!? そ、そんな顔してないしっ!」
動揺を浮かべつつ、少し赤面した頬を抑えながらムキになる梨絵。これで、ケイは彼女に対する『根は良い人説』を確信した。『傍若無人な不良女』は、こんな反応をしないだろう。
(さて、それじゃあ……今ここで次の布石を打っておくかな)
前回、崖から落とされた時の梨絵の様子を考えるに、彼女も何か深い事情を抱えていると思われる。
「なにか悩みがあるなら、相談に乗りますよ」
「は、はあ!? な、何なのよあんた……さ、さっきから、わけの分からない事ばっかり言って!」
困惑と動揺で混乱する梨絵に、ケイは優しく諭す言葉を掛ける。
「あまり、一人で思いつめないようにね」
「……っ」
静かに去って行くケイに、今度は梨絵からの悪態は出てこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます