二日目・朝~
「哲郎ー、朝飯に行くぞー」
「うー……いま行くー……」
恒例の低血圧な哲郎起こしで始まる二日目の朝。これから食堂に向かうべく、時計を確認して部屋を出たケイは、廊下で恵美利を待っている加奈に軽く声を掛ける。
「やあ、おはよう。君達も今から朝食?」
「あ……お、おはよう、ございます。これから食堂に、向かうところです……」
加奈はおっかなびっくり、ケイのアプローチに応じる。と、そこへ、狙い通り恵美利が遅れて現れた。
「はにゃー? あひゃひのふりっふひら――……っ!?」
髪留めのゴムをくわえ、頭の後ろに髪を纏めていた恵美利が、ケイを見てギクリと固まる。
ケイはそんな恵美利に対し、若干目を細めながら軽く表情を緩める、という『見守るような微笑み』を意識して作りつつ、おはようの挨拶をした。そうして恵美利が戸惑っている間に、部屋から出て来た哲郎と連れ立って食堂へ向かう。
二日目最初の恵美利達との接触ポイントを無難に回収したケイは、哲郎に『さっきの女の子達と仲良くなれるかもしれないぞ』等と吹き込んでおく。ここは前回の流れを参考にした。
哲郎が彼女達と仲良くなる事に期待と興味を持ってくれれば、これからの活動で恵美利達と行動を共にする理由も作りやすい。そんな風に下地を整えながら、次の接触ポイントとアプローチ内容を模索する。
(さて、今日は初日以上に忙しくなるな。気を抜かずに行こう)
食堂では焼肉を所望する
ケイは席に着きながら食堂内を見渡し、ツアー客全員の様子をざっと確認。歳の差カップル改め、不倫カップルの姿を見つけると、こっそり彼等を窺った。観察した限り、前回までのような奇妙な雰囲気は感じられない。
やがて食事を終えて席を立ったケイは、杵島と目が合ったので軽く会釈する。すると、杵島も少し笑みを返した。
(やっぱり例の変な雰囲気は消えてるな)
恐らく、前回までは前日から昨晩や今朝に掛けて、杵島を萎縮させるような修羅場が城崎との間であったのかもしれない。今回は杵島に『ケイ』という『秘密を知る相談相手』が出来た事で、杵島の気持ちに余裕があるのだと思われる。
ケイのそんな推察を裏付けるように、ケイと杵島のやり取りを見た城崎が訝しむような表情を浮かべた。
(あの様子だと、城崎さんから何らかのアプローチが仕掛けられる可能性もあるな)
いきなり刺される事は無いと思いたいが、彼女と話す時は杵島と同じく、
「っ!?」
ぼーっとケイの姿を目で追っていた恵美利は、ケイと目が合ってしまい一瞬硬直する。この食事中、ケイは彼女達にあえて視線を向けずにいた事で、向こうからこちらを長く観察するよう仕向けておいたのだが、上手く噛み合ったようだ。
ケイは、固まっている恵美利にニコッと笑みを向けてから食堂を後にした。
(一応、こっちの事は気になってるみたいだな……とりあえず、次は洞穴でのイベントだ)
今回は恵美利、加奈との触れあい方が、前回までとはかなり違っている。洞穴で会っても恵美利が直ぐに離れるかもしれないので、逃がさないようにしなければならない。
部屋に戻ったケイは、さっそく哲郎と出掛ける準備を済ませた。
「よーし、じゃあ撮影にいくか」
「おーう」
哲郎には昨晩の内に『撮影する場所に関連する画像を用意しておけば、そこで出会った人と親睦を深めるアイテムになるぞ』と提案して、洞窟画像をカメラに仕込ませておいた。
上手く前回の流れに入る事が出来れば、役に立つ筈だ。
砂浜海岸を見渡せる土手の上の道を進み、崖上に続く分かれ道を過ぎて洞穴の入り口に到着。辺りを見渡せば、道を挟んで反対側に雑木林が広がっている。
(一度、ここから旅館までのルートも調べておいた方がいいかもな)
撮影を始めた哲郎の後に続き、波の打ちつける音が響く洞穴に入る。崖の下を砂浜海岸側に向かって、ぐるりと回り込むように伸びる洞穴は、海側や天井付近にも横穴が空いているので、入り口から奥まで、結構明るい。
横穴から外の景色を見ていたケイは、一番奥まで来たところでふと、天井の穴から崖の先端が見えているのに気付いた。
(そう言えば……前回は、あそこから落ちたんだな)
梨絵にスタンガンを当てられ、あの時『謎の光』の正体を見たと確信したのだが、前回の時も前々回の時も、部屋から見えた光の位置はもっと下だった。
(洞穴の中でスタンガンを使った?)
その光が、洞穴の横穴から漏れた、という事なのかも知れない。ケイが後で検証してみようと考えたその時――
「わー、もっと真っ暗かと思ったけど、こういうのもいいね」
「なんだか抜け道みたいね」
洞穴内に恵美利達の声が響いた。
(来たか……上手くやらないとな)
ケイは軽く深呼吸をすると、振り返って彼女達が現れるのを待つ。やがて、恵美利が壁や天井を見渡しながら、この最奥の空間にやって来た。
「ここって、一番奥は――あ……」
「やあ、来たね」
と、ケイはここで二人と遭遇したのは当然の事であるかのような態度を装いつつ、話し掛ける。問答無用で逃げられないようにするためには、こちらに対する興味や疑問を懐かせて、答えを欲する状況を作り出せば良い。
「君達が来るのは分かっていた」
「え? ど、どうして……?」
まるで、映画やドラマのワンシーンのようなシチュエーション。インパクトを狙い過ぎて気味悪がられてしまっては元も子もないが、恵美利の性格を把握しているケイは、初日のアプローチで自分の事が気になるよう関心を引く下地を作っておいた。
彼女の好奇心を刺激し、興味と疑問で警戒心を塗りつぶして会話の糸口をつかむ。恵美利と加奈の中で、『彼は何者なのか』という気持ちが膨らんでいく。
一方、女の子二人組との突然の遭遇で『本当に出会いが!』とテンパっていた哲郎も、ケイが何を言い出すのか注目していた。
ケイはこの微妙に高まった緊張感を感情の揺さぶりに利用するべく、オチを放って突き崩す。
「だって、ここって砂浜海岸か洞穴くらいしか観光するところ無いからね」
「……へ?」
「ぶっ」
そんなオチだったのかと哲郎が吹き出すと、一瞬ぽかんとなっていた恵美利達も肩の力が抜けたらしく、和んだ空気を醸し出している。気が緩んだ今がチャンスと、ケイは二人を会話の流れに引き込んだ。
「君達二人は……クラスメイトかな? 幼馴染っぽい感じもするなぁ」
「え!? すごいっ 両方当たってる……」
思わず目を丸くする恵美利に、ケイは少しおどけて場の空気をさらに軽くする。
「え!? 俺すごいっ 適当に言ったのに」
「ちょっ……」
今ので、恵美利はケイに対して『別に自分達の事を知っている訳ではないらしい』と認識した。それによって恵美利が気持ちに抱えていた幾ばくかの不安が軽減し、警戒心が緩和される。
「もしかして……あの事も適当に言ったの?」
「うん? どの事?」
「その……引率って」
昨日、ケイが自販機前で仕掛けたアプローチがかなり効いていたらしい。恵美利はあれからずっと気になっていたようだ。
(よし、上手く会話が繋がった)
ケイは、ここまでとにかく彼女達の気を引く事を前提に行動していたが、ここからは親睦を深めていく方針にシフトする。相手をリラックスさせられるよう、おどけた振舞いを続けた。
「あー、うん、ふふん、いや、あれはどうかなぁ」
「……絶対テキトーだ」
どうやら恵美利は、ケイが『自分と加奈の関係を知っている人物かもしれない』事を不安に思っていたらしい。ケイの対応からその可能性が否定されて、安堵しているように感じられる。
(やっぱりこの二人のプライベートに触れる時は、慎重に進めないとな)
とりあえず、ケイは哲郎と相部屋になった経緯をネタに、哲郎と加奈も会話に引っ張り込んだ。ケイと恵美利が話している間、大人しい加奈は黙って成り行きを見ていたし、女の子と話す機会に恵まれない哲郎はオロオロしていたので、自発的なコミュニケーションは期待出来ない。
互いに自己紹介を済ませた後は、哲郎のカメラに仕込んでおいた洞窟画像の閲覧も含めて、前回と大体同じ流れになった。
その後、洞穴を観光する恵美利達と別れたケイ達は、砂浜海岸の撮影に向かう。
「いや~相棒マジすげーわ。カメラに画像仕込んどく策とかバッチリ決まってたし、尊敬するわ」
「ははは……今回はたまたまだよ」
哲郎は「これが高レベルコミュスキルか」と感嘆していたが、ケイは内心で罪悪感にも似た感傷を覚えていた。
(どちらかというとこれ、チートにあたるんだよなぁ)
既に二回もやり直して三回目なのだから、上手くいく率は高くて当然なのだ。だからこそ、悲劇を回避して、このツアーを穏便に終わらせたい。
ケイは気持ちも新たに、次の行動を模索する。
(次は昼食後だな。撮影会の誘いはどうするか……今回は他の人とも接する必要があるし……)
今回は恵美利と加奈にばかり集中するわけにはいかない。あまり予定を入れると、柔軟に動けなくなる。自身の行動枠を固定してしまわないよう、上手く調整していくしかないだろう。
そうして昼頃には旅館に戻り、昼食を済ませて哲郎は部屋でPC作業中。取り合えず部屋を出たケイは、ここからの行動を選択する。
前回は遊戯室の窓から広場を散歩している恵美利を目撃し、その後、大浴場の出入り口でお風呂上りの加奈と遭遇、話をして部屋まで送った。
(あの時は、加奈と仲良くなれたと思うけど、特に有意義な情報は得られなかったよな)
前回の、加奈の恵美利に関する言動が、前々回の時と違っていた事も気になる。その辺りの情報の正否を明確にしておくためにも、今回は恵美利から情報を得ようと考えた。
お風呂上りの加奈はスルーする方針で、ケイは大浴場のある廊下を避けて裏口から表に出ると、旅館前の広場に向かった。
落ち葉の積もる広場をぶらぶら歩く恵美利に近づいたケイは、さっそく声を掛ける。
「恵美利」
「あ、ケイ君……」
背を反らすように首を向けて肩越しにケイを認めた恵美利は、後ろ手に結んで立ち止まりながら、くるりと振り返った。斜めに崩した姿勢が女性独特のラインを描き、可愛らしさを醸し出している。
「散歩?」
「うん、まあ。……ケイ君ってさ、誰でも名前で呼ぶの?」
少し目を逸らしながら訊ねる恵美利に、ケイは一瞬、内心で『しまった、馴れ馴れし過ぎたか』と焦るも、恵美利に対する二つの認識を明確にするチャンスかと思い直す。
すなわち、『男癖が悪い』のと『男っ気が無い』、どちらが正しい恵美利像なのか。
「名前で呼ばれるのは嫌?」
「別に嫌じゃないけど、何か照れくさいよ」
「ふむ」
それなら呼び方を変えようかと、試しにちゃん付けで呼んでみる。
「恵美利ちゃん」
「……なんか、ちがう?」
「だね、違和感が半端無い。"加奈ちゃん"は違和感ないのに」
「あははっ、加奈は確かに……――」
言いかけて出てこない恵美利の言葉を、ケイが補足する。
「子供っぽい? もしくは可愛いか。いや、両方かな?」
「なぁに? ケイ君、加奈に気があるの?」
「ははは、そういう訳じゃないけど。しっかりしてそうに見えて、ちょっと危なっかしい感じもするんだよね、あの子」
「危なっかしい?」
小首を傾げる恵美利に、ケイは例の『引率』をネタにして話に引き込む。
「引率って言い方したのはさ、恵美利は慣れてる感じがしたからなんだ」
「え?」
「昨日、自販機の前で言った事だよ。朝の洞穴の時はちょっと濁したけど」
初日に広場の祠前で初めて会った時、加奈は自分に対して無用心に声を掛けていた――と、あの時、警戒を怠らなかった恵美利の判断を褒めて持ち上げる。
前回の洞穴内の会話では、ケイが倒れた事に加奈が気付いてくれたと持ち上げたが、見事に逆のパターンになった。
「あー、あれは……ケイ君が急に倒れるところを見た加奈が心配して……加奈は、優しいから」
褒められる事に慣れていないのか、少し顔を赤らめた恵美利は、シドロモドロになりながらあの時の状況を説明する。そして、加奈の行動を擁護してみせた。
ケイの脳裏に、前回の食堂での出来事がよぎる。『大事な友達だから』恵美利はそう呟いていた。しかし、その直後に加奈が見せた微笑は、目だけ笑っていない異質なものだった。
一周目の時から二人に感じていた違和感が、ケイの頭の中で形を成していく。恵美利は加奈に対して、普通に友人としての好意を持っている。
(でも、加奈の方は……?)
恵美利と加奈の関係について、ケイがつらつらと考えを巡らせていると、ふいに恵美利が話し掛けてきた。
「ねえ、ケイ君」
「うん?」
「ケイ君って、人付き合い多そうだし……人間関係とか、色々な人生経験も豊富そうだよね?」
「うーん、まあ、そこそこかなぁ」
曖昧に答えたケイは、何か知りたい事でもあるのだろうかと訊ねてみた。すると恵美利は、言い難そうにモジモジしながらも、折り入って相談したい事があるという。
「俺に相談?」
「うん……えっと、その……加奈の事、なんだけどさ……」
ここで、ケイは恵美利が加奈との関係について話す時、学校の話題を避けようとしていた事などを思い出す。
「もしかして、学校の事とか?」
「っ!? ど、どうしてわかったの?」
「何となく」
驚く恵美利に軽く答えたケイは、内心で情報を整理していく。恵美利が避けようとした学校の話題を加奈が口にした時、恵美利は最初、驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。
前回のあれは、単なる照れ隠しなどではなかった可能性。その後の、どこかほっとした様子から察するに、恵美利にとって学校の話題は、加奈絡みのタブーに触れるものだったのかもしれない。
やはり、この二人には何かある。ケイはそう確信した。
「俺でよければ何でも相談に乗るよ」
「よかった、ありがとう」
長話になるので、二人きりでゆっくり話せる時間と場所が欲しいという。ケイはいつどこで話すのが良いかと、恵美利との予定を考える。
(三日目の朝以降は危険だな……重要な情報は出来るだけ早く回収した方がいいだろう)
「じゃあ今日の夕食後にでも、サロンで待ち合わせて広場か砂浜海岸で話そうか」
「うん、分かった」
こうして、ケイは今日の夕方過ぎに恵美利の相談に乗る約束を取り付けたのだった。
もう少し広場の散歩を続けるという恵美利と別れたケイは、哲郎の待つ部屋へと戻る。途中、二階の廊下でお風呂上りの加奈と出くわした。
(あれ? 少しタイミングがずれてたかな)
前回は一階の廊下で加奈と立ち話をしてから二階へ向かった。今回は広場で恵美利と結構長く話し込んだので、加奈が前回と同じタイミングでお風呂を上がったなら、とっくに部屋に帰っているだろうと思っていたのだ。
(休憩所で一息ついてたのかもしれないな)
ケイはこれ幸いと加奈にも何かアプローチを考えるも、加奈はケイが声を掛ける前に話し掛けてきた。
「恵美利と、何を話してたんですか?」
「え?」
一瞬、ケイの心臓がドキリと跳ねる。
(みられてた……?)
思わず加奈の表情を観察してみると、普段と変わらないすまし顔を装っているが、目は猜疑に満ちているような雰囲気を感じた。
「別に、他愛の無い雑談だよ。気になる?」
「……ええ、少し」
下手に『相談を受けている事』などを漏らすと、部屋で色々画策されて恵美利と話す機会がつぶれるかもしれない。
(加奈には一度殺されてるからな……警戒はしておいたほうがいいかも)
ここは慎重にいこうと、ケイは恵美利と話した最初のネタを挙げて話題を逸らす事にした。
「実は恵美利に、誰でも名前で呼ぶのか聞かれて、加奈ちゃんはちゃん付けがしっくり来るって話してたら、加奈ちゃんに気があるのかと突っ込まれました」
「え、な、何ですかそれは」
「はははっ、いや本当にしっくり来るって話で他意はなかったんだけどね。恵美利ってそういうのに鋭いのかな? 男性経験豊富とか?」
「そ、そんな事ないですよ。恵美利は、男の人と付き合ったりって話、ほとんど聞きませんし」
加奈の言葉を聞いた瞬間、ケイは心の中で小さくガッツポーズを取った。恵美利に彼氏が居ないからという話ではない。今ので、加奈が語った恵美利に関する情報の正否が、ほぼ明確になった。
恵美利は『男っ気が無い』の方で正解だ。それはつまり、一周目の心中事件で恵美利が死んだ時、加奈は嘘を吐いた事になる。
(まだ断定は出来ないけど、ほぼ間違い無いだろう。加奈は、なぜあんな嘘を吐いたのか……)
なにか、二人の秘密に近づいているような感触を覚えたケイは、とりあえずこの場を繕って部屋に戻る事にした。
「それじゃあ、また夕食の時でも」
「あ、はい……お引き止めして、ごめんなさい」
ケイは「いいよ、いいよ」と手を振って自分の部屋の扉を潜る。去り際にちらりと様子を窺うと、加奈はじっとこちらを見つめていた。
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