中編
夕食時。ケイと哲郎が食堂にやって来ると、恵美利がこっちこっちと手を振っている。前回の時よりも親しくなっているので、ごく自然に彼女達と対面のテーブルに着いた。お茶を配っていた食堂のおばちゃんが「すぐ用意しますねー」と厨房に入って行く。
恵美利達と互いに「そう言えば何処から来ているのか」と言うような話題で雑談を交わしつつ、ケイは明日の昼から撮影会をやらないかと持ち掛けた。
「旅の思い出的な感じでさ、出会った人の写真も記念に撮っておきたいじゃないか」
「うーん、どうしよっかな~」
恵美利は満更でもなさそうにしながら、加奈に「どうする?」と相談している。ツアー客同士で記念撮影をするなどの交流は、特に珍しい訳でもない。加奈も少しくらいならと、撮影される事には同意した。
「あ、写真画像は、後で纏めて、ネット環境が……」
「なるほど、アドレス交換しておけば後でメールで送って貰えて便利だな」
哲郎のたどたどしい提案をケイがフォローする。恵美利と加奈は、昼間の洞穴での画像鑑賞で哲郎がPCを使ってカメラの画像を編集している事も聞いていた。その為、特に躊躇する事もなく連絡用のアドレスを教えてくれる事になった。
「そう言えば、二人はクラスメイトだっけ?」
「う、うん……」
(……ん?)
少し言いよどむ恵美利の様子に、ケイは洞穴で話した時も同じような反応を見た事を思い出した。学校の話題を避けたいのなら、別の話題に切り替えようとするケイだったが――
「小学生の頃から一緒の学校だったんですよ」
加奈が、そう言って割と長い付き合いである事を明かす。恵美利は、若干の戸惑いを浮かべながら加奈の顔を窺っている。二人は確か、中学の頃からの友達だったと聞いていた。
「へ~、じゃあ小学校の頃も顔を会わせる事はあったわけだ。一応、幼馴染になるのかな」
「ま、まあ、そんなとこかな」
ケイは二人の表情を注意深く観察してその心情を探り、慎重に言葉を選ぶ。恵美利が学校の話題を避けるのには、何か事情がありそうだ。加奈の様子を窺う恵美利の表情からは、何かを気遣っているような雰囲気が感じ取れた。
「なんか、いつも加奈ちゃんが恵美利に振り回されてる図が浮かぶ」
「そ、そんな事無いわよ」
「ははは、でも一緒に旅行が出来るような友人がクラスメイトに居るのはいいね」
ケイがそう話を振ると、加奈が今回の旅行は恵美利が自分に付き添ってくれたようなものである事を明かす。
「こういうツアーには以前から興味はあったんですけどね。私、一人で旅行とかしたことなくて」
「へえ、そうだったのか」
「……加奈が、熱心にパンフレット見てたから。あたしに出来る事をしてあげたいなって、思ったのよ」
恵美利は少し照れるように視線を逸らしながら、「大事な友達だから」と呟いた。ケイは、なるほど照れ隠しの類だったかと内心で推察する。それなら無理に話題を避ける必要も無い。
「いい友達を持ったね」
「……そうですね」
ケイの言葉に微笑む加奈。
(……?)
一見すると照れているようにも見えるが、ケイは直感的に加奈の表情に違和感を覚えた。恵美利の表情からは、どこかほっとしたような心情が読み取れる。しかし、加奈の微笑みは、目だけ笑っていない。
ケイは、二人のプライベートに触れる話題には今後も注意が必要だなと、心のメモ帳に刻んでおくのだった。
「じゃあまた明日」
「うん、またね」
夕食を終え、まだしばらく食堂でゆっくり過ごすつもりらしい恵美利、加奈達と分かれたケイと哲郎は、自販機で食後のコーヒーなど買って自分達の部屋へと戻る。
「相棒、やっぱすげーわー」
「そうか? 哲郎もいいタイミングの提案だったと思うぞ?」
哲郎は、ケイのフォローで恵美利と加奈のメールアドレスをゲット出来たと、心底感心している。自分一人だったら彼女達と仲良くなれる機会さえ無かっただろうと。
「何にせよ、明日も平穏に過ぎるよう楽しもう」
「ボクにとっては平穏どころか刺激に満ちてるよ」
そう言ってニコニコしている哲郎は、就寝するまでずっとご機嫌な様子だった。
ツアー三日目。
何時もより少し早起きした哲郎と共に、朝から旅館を撮影して回る。ケイは前回より早めに非常階段の踊り場に出ると、そこから周囲を見渡した。
恵美利達が砂浜海岸から洞穴への道を移動しているのが見える。そして、旅館前の道を不良カップルが下りて行く姿があった。これから砂浜海岸に向かうのだろう。
(なるほど、この日の恵美利達は最初、砂浜海岸を見に行って、その後洞穴に向かったのか)
恵美利達と、ついでに不良カップルの正確な足取りを確認したケイは、広場の方を見下ろした。そこには、歳の差カップルが旅館前の小道を歩いている。あの二人はこの後、雑木林へ向かう筈だ。
(……大丈夫だよな?)
一抹の不安も覚えつつ、ケイは散歩する彼等を見送った。
早めに旅館各所の撮影を済ませた哲郎は、昼の撮影会に間に合わせるべく部屋でPCに向かって編集作業に入っている。
ケイは作業の邪魔をしないよう部屋を出ると、非常階段の踊り場から周囲を見渡して各人の動きを観察する。前回、この時間はまだ撮影をして回っていた。
広場の一角には、掃除で集められた落ち葉の山が幾つか並んでいる。歳の差カップルの姿は既に見えない。今は雑木林の中を散歩している頃だろうか。
海岸の方を見れば、不良カップルの女が洞穴方面の崖上の道を下りて来ている。男の方は旅館に戻る道のずっと先を、時々女を振り返りながら一人で歩いていた。
(そういえば、前回の夜のあれは何だったんだろう?)
前回、深夜に見た謎の光。夜道で遭遇した不良カップルの彼女から話を聞く前に、加奈に刺されて戻って来てしまった。なので、あの光の正体や不良カップルがあの時間、あそこで何をしていたのかは分からず仕舞いだ。
(まあ、単なる"カップルの不埒な行為"なら、特に気に掛ける必要もないだろうけど)
食堂のおばちゃんに聞いた"夏場の不埒なカップル"という困った客のカテゴリに入るだけだろう。
(ああ、そうだ。今回はおばちゃんとあまり交流してないから、今の内に適当に喋っておくか)
他の客達に関する貴重な情報源だ。親睦を深めておけば、重要な情報も聞き出し易い。あの事件が起きた夜に色々詳しい事情を知れたのも、おばちゃんの話し相手になっていたからこそである。
部屋の哲郎に一声かけて食堂に向かったケイは、昼食の下準備を済ませて一休みしているおばちゃんに、サロンなど施設の使い方を訊ねながら雑談に持ち込む。旅館の歴史や困った客の話など、概ね前回哲郎と共に昼食を一緒しながら聞いた内容が殆どだった。
哲郎が夜中に飲み物を買いに行った時に聞いたという、歳の差カップルの不倫疑惑についても、若干詳しい内容を聞く事が出来た。
(男性の方は、
『杵島さんは五十代くらいに見えたけどなぁ』などと考えつつ、おばちゃんとの雑談を終えたケイは食堂を後にした。そろそろ昼前になる。
「おや?」
部屋に戻ろうと廊下を歩いていたケイは、階段前まで来たところで、玄関脇の休憩所に加奈が一人で居るのを見つけた。一応、声を掛けてみる。
「加奈ちゃん、一人?」
「あ、曽野見さん。はい、恵美利はまだ洞穴にいるみたいです」
先に帰って来たという加奈は、何だか肩の力が抜けているような、妙にスッキリとした表情をしている気がした。
「そうなんだ? 恵美利は本当に洞穴好きなんだなぁ」
「そうですよね」
微笑んで同意する加奈。ケイは、前回とは随分違う流れだが、今日までの経緯が色々変わっているのだから、行動も変化して当然だろうと考える。
「恵美利が、お昼からの撮影会を楽しみにしてましたよ?」
「そっか、哲郎にも言っておくよ」
良い流れになったのなら問題無い。ケイはそう納得しておいた。
正午になる頃。そわそわと落ち着きがない哲郎と連れ立って食堂にやって来たケイは、食堂内を見渡して恵美利達を探した。が、まだ二人とも来ていないようだ。先に席についておこうと、いつものテーブルへ向かう。
ふと見れば、向かいのサロンに不良カップルの姿があった。前回、昼食を受け取りに来た時は、男に何か苦手なものがあり、女がそれを軽く詰るなどのやり取りが見られた事を思い出す。
「それでよー、オレがそいつに言ってやったんだよ」
「へぇ……」
今回は女の方がどこかぼんやりした雰囲気で、男の自慢話に適当な相槌を打っている。苦手なモノの話題はもう終わったのか、あるいはこれからなのか。
(ま、どうでもいいか)
特に気にする事でもないなと、ケイは不良カップルから意識を外した。
それから暫く経った頃。おばちゃんが持って来てくれた昼食を前に、ケイと哲郎は先に頂こうかと話しているところへ、加奈が食堂にやって来た。恵美利の姿は無い。
「あれ? 加奈ちゃん、こっちこっち。恵美利は?」
「あ、曽野見さん、栗原さん。それが、まだ帰って来ないんですよ」
困ったような表情をしながらテーブルまでやって来た加奈は、恵美利が直接食堂に来ているかもしれないと思って下りて来たのだそうだ。
「ど、どうしたんだろうね? まだどこか歩いてるのかな?」
「うーん、どうなんでしょう?」
頑張って会話に参加して来た哲郎の言葉に、加奈は呻りながら小首を傾げている。ケイは、そんな哲郎のフォローに回るよりもまず、食堂内を見渡して今現在、確認出来る人物を把握する。
そして加奈にもテーブルにつくよう促すと、そのまま席を立つ。
「哲郎、ちょっと厨房行って来るから後頼む」
「え? ああ、そっか、分かった」
哲郎は、ケイが加奈の昼食を用意してもらえるよう、食堂のおばちゃんを呼びに行くのかと納得して送り出す。
――ケイは、内心で嫌な予感を覚えていた。
(食堂には俺達だけ。サロンに不良カップル。恵美利は洞穴? 歳の差カップル――杵島さんと城崎さんはどこだ? まだ雑木林か?)
厨房の入り口にやって来たケイは、配膳の準備をしているおばちゃんに加奈が来た事を伝えると、恵美利と歳の差カップルの二人の事も訊ねてみる。
「あらあら、じゃあすぐ持っていくわねー。樹山さん? う~ん、朝食の後は見てないわねぇ~。杵島さん達は、今日は朝も食べに来なかったし」
「そうですか……」
食事を運ぶおばちゃんと一緒にテーブルまで戻ったケイは、とりあえず昼食を終えたら恵美利を探しに行こうと提案した。
「撮影会は中止だな。もしかしたら、どこか変な道に入って迷子になってるかもしれない」
「ああ、近道しようとして遠回りになったりとか」
「それじゃあ、行き違いにならないように私は部屋で待機してますね」
ケイの提案に哲郎と加奈も同意し、ケイと哲郎は洞穴から旅館方面に伸びる小道などが無いか付近を捜索。加奈は部屋で待つ事になった。
洞穴に続く道は向かって左側に砂浜海岸が広がり、反対側には雑木林が広がっているので、ケイはそちらを優先して探すつもりでいた。
今さっき哲郎が言ったように"近道"をしようとして雑木林に入った恵美利が、そこで歳の差カップルと遭遇する可能性もある。だが今回は早い段階から恵美利、加奈の二人と行動を共にしていたので、恵美利が歳の差カップルの男性、杵島さんにアプローチをする暇は無かった筈だ。
もし雑木林で遭遇しても、同じツアーの客として挨拶するくらいだろう。偶々、歳の差カップルの女性、城崎さんが席を外していて、僅かな時間に恵美利と杵島さんが意気投合し――などという事もありえなくはないが……。
今日の朝方、旅館前を行く歳の差カップルを見送った時に覚えた"一抹の不安"を改めて胸に懐きつつ、昼食を済ませたケイは、一度部屋に戻って準備を済ませると、哲郎と連れ立って洞穴方面へと出発した。
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