二周目
前編
「お仕事ですか?」
「え? あ、いえ……旅日記というか、ちょっと今日の分のレポートを」
旅館側のミスで相部屋になり、そこで栗原哲郎と出会う。一日目は概ね前回の流れをなぞるように辿った。哲郎と親睦を深め、明日は一緒に撮影に行く。
(問題は二日目からだな)
恵美利との距離を縮めて、彼女の死亡を回避する。そうする事で、歳の差カップルにもトラブルは起きないだろう。ケイは今後の流れをそう推測した。
加奈が自分を刺した理由は分からないが、飛躍した推理をするなら、不良カップルが恵美利や歳の差カップルの死に関わっていて、それを知った加奈が復讐を決意。暗かったので不良カップルの男と間違えた、という可能性などが挙げられる。
(まあ、正確な情報も無い内に色々考えても、際限無いだけで無意味だな)
まずは目の前の問題から対処する。各人の行動が大きく変わらないように、出来る限り前回と同じ流れを作るのだ。
翌朝。
「先に行くぞー」
「うー……」
眠そうにモソモソと服を着替えている哲郎に一声かけて、返事だか呻きだか分からない声を聞きながら廊下に出たケイは、計算通り、丁度廊下に出て来ていた加奈と鉢合わせた。
「おはよう」
「あ、お、おはよう、ございます……」
ケイが挨拶をすると、加奈は若干、戸惑いながら挨拶を返した。昨日の朝、祠の前に倒れていて、謎の問い掛けをして来た得体の知れない人物から当たり前のように声を掛けられれば、戸惑いもするだろう。
だが、同じツアーの客同士。朝の挨拶をしても特におかしい事は無い。彼女達と親睦を深める為、ケイはその辺りから積極的に話し掛ける方針を取っていた。
その時、隣の部屋の扉が開いて恵美利がバタバタと飛び出して来る。
「
「あ、
髪を頭の後ろで纏めながら髪留めのゴムをくわえている恵美利が、はたと立ち止まる。目の前のケイを見上げてしばし固まっている恵美利に、強く印象を与えるべく、ケイは行動に出た。
「クスッ」
「っ!」
ケイに『面白い子だな』というような視線と笑みを向けられ、動揺を浮かべた恵美利の頬が仄かに赤面する。そこへ、予定通り哲郎が登場。
「やー、わりーわりーお待たせー……うん?」
「よーし、朝飯に行こう」
廊下でお見合い状態のケイと恵美利に哲郎が首を傾げたが、ケイはここで恵美利が動き出す前に哲郎を連れて食堂へと移動を始めた。今回は哲郎にも恵美利には良い印象を持って貰う必要がある。
哲郎が恵美利のツンツンに悪印象を持つ前に、彼女達に興味と期待を懐くよう誘導するべく、一言吹き込んでおく。
「哲郎、上手くやればさっきの子達と仲良くなれそうだぞ」
「えっ、ケイって女の子口説いたりするの?」
「別にナンパ師みたいな事はしてないさ。旅慣れると、普通に人と話して仲良くなれるだけだよ」
「な、なるほど……」
食堂では、哲郎にリア充カップル認定されていた二人が不良カップルに認定された。問題の歳の差カップルも前回と変わりなく、奇妙な雰囲気を醸し出している。
(とにかく心中騒ぎの切っ掛けを潰してしまえば、このツアーは平穏に終わるはずだ)
一つ向こう隣のテーブルについている加奈と恵美利達の様子も窺いつつ、ケイは次の接触ポイントでのアプローチを考えていた。
食事を終え、この後の撮影予定について哲郎と話し合う。
「それじゃあ撮影に行こうか」
「哲郎、海岸は後回しにして先に洞穴に行こう」
「へ? なして?」
「出会いの予感がする」
ひそひそと声を潜めて告げるケイに、哲郎も声を潜めながら『マジでー』とノリで返す。洞穴から回る事には特に異存はないらしく、それじゃあ準備しようと一旦部屋に戻る。
食堂を出る際、ほんの一瞬視線を向けて視界の端に捉えた恵美利は、チラチラとこちらを窺っている様子だった。
出発前、哲郎にはカメラに廃墟とか洞窟関連の画像を入れておくようアドバイスをしておいた。撮影に行く洞穴と同じカテゴリの画像を用意しておけば、そこで出会った人と共通の話題が出来る。
わざわざ洞穴を見に来る人は、そういうのに興味がある人だろうから話題になると。
「なるほどー」
と感心した哲郎は、PCから他の旅行先などで撮影した洞窟の写真を、カメラのメモリに移していた。そうして撮影を始めて暫く経った頃――
「わー、もっと真っ暗かと思ったけど、こういうのもいいね」
「なんだか抜け道みたいね」
恵美利が加奈と連れ立ってやって来た。
「ここって、一番奥は――あ……」
「やあ、君達も洞穴を見に来たんだ?」
加奈とお喋りをしながら奥までやって来た恵美利が、ケイ達を見つけて足を止める。すかさず声を掛けたケイは、そのまま会話をする流れへと持っていく。
「二人は友達? あ、もしかして姉妹とか」
「クラスメイトだけど……あたしと加奈ってそんなに似てる?」
「いや、全然」
「ちょっ……」
前回、僅かながらも恵美利と加奈とはコミュニケーションを交わしていたので、そこから覚えている限りの、恵美利が好む話題の振り方、会話の繋ぎ方を駆使して興味を引く。
哲郎はカメラを胸に『出会いが』『マジで』とオロオロしていて使えないので、全面的にケイがリードしていくのだ。
「俺と哲郎は旅館の手違いで相部屋になってさ。結構気が合ったんで、結果的には良かったよ」
「え、そんな事ってあるんだ?」
旅先でのハプニングが良い結果に転がった、というような話に良い反応が得られる。恵美利も旅行にはよく出かける方らしい。加奈と旅行に来たのは今回が初めてのようだ。
「へ~、中学からの友達なのかー」
「うん……まあね。そういえば、ケイ君ってなんであんなところで寝てたの?」
ケイは恵美利と加奈の関係を話題にして親睦を深めようと試みたが、恵美利は昨日の広場での話を振って来た。ケイが石神様が奉っある祠前で目覚めた時の事だ。
恐らく一周目の時は、二人は祠前で手を合わせているケイの姿を見ていたと思われる。二周目の今回、倒れているケイを見つけて加奈が声を掛けた。
もしくは、石神様に記憶を運ばれたケイがあの時間に戻った瞬間、その場に倒れた筈なので、倒れるところを見て駆け寄って来たのかもしれない。
「んー、寝てたというか何というか――」
ケイは答えながら、ちらっと加奈に視線を向けた。「ん?」と、ケイの視線を追って恵美利が加奈を振り返る。あの時の事についてコメントを求められていると感じた加奈は、自分が見たままを語った。
「えっと……曽野見さんが、急に倒れるのを見たから」
「あれ? そうなんだ?」
加奈はあの時、恵美利に腕を引かれながら、さっ
今回のファーストコンタクト時の正確な状況を上手く聞き出せたケイは、早速その情報に基づいて話を作りつつ、恵美利達と親睦を深めるネタにする。
「酸素が濃かったのか、寝不足だったせいか、急にフラ~となってね。しかしそうか~、加奈ちゃんが気付いてくれたのに、恵美利はスルーしたのかー」
「えっ! あ、いや、だって何か怪しかったじゃんっ」
「基準が分からん」
そんな会話で盛り上がりつつ、ケイは哲郎が置いて行かれないようネタを振って、恵美利が話題逸らしに使うように誘導する。
「そういや哲郎、あの祠は撮影するのか? 何か"廃墟"っぽい絵になりそうだけど」
「え? あ、ああ、あの辺りも後で、旅館と纏めて撮るつもりだよ」
「哲郎君て、廃墟とかも写してるの?」
「う、うんまあ、一応」
狙い通り、廃墟好きな恵美利が話題逸らしも兼ねてそのネタに食い付く。恵美利は、哲郎がブログ用に旅行先で色々と撮影している事を聞いて、興味を懐いた。
「軍艦島とか行った事ある?」
「む、昔、ツアーで行った事あるかな」
「恵美利って、そういうの好きなのか」
「うん、あと洞窟とか」
上手く話題が繋がった、と内心でガッツポーズなど浮かべたケイは、ごく自然な流れで仕込んでおいたネタへと導く。
「あーそれで
「え? どこの洞窟? 見せて見せて」
恵美利に急かされるようにしながら、カメラのウインドウに洞窟画像を呼び出した哲郎は、ケイに尊敬の眼差しを向けた。ケイは軽く目配せしてそれに応える。
洞穴で洞窟の画像を閲覧するという、妙なコミュニケーション。しかしこれで一気に、恵美利、加奈達と親睦を深める事が出来た。
(よし、明日も一緒に行動すれば、歳の差カップルとのトラブルも防げる筈だ)
ケイは目論見通り事が進んでいる状況に、ひとまずホッとする。恵美利と歳の差カップルの男性に間違いが起こらなければ、突発的な殺人や心中も発生しない。
後は無事にツアーが終われば、同年代の気の良い友達が増えて平穏な日常に戻れる筈だ、と。
その後、ケイ達は洞穴の上にある岸壁や砂浜海岸を一緒に回りながら撮影を続け、昼頃には旅館へと戻った。食堂で昼食も一緒に済ませると、哲郎は部屋で画像の整理、ケイは旅館の施設巡りなどで夕方までの時間を過ごす。
(ん? あれは恵美利か)
ケイは一階にある遊戯室の窓から、旅館前の広場をぶらぶら歩いている恵美利を見かけた。彼女達も今は別行動をしているようだ。
哲郎の様子でも見に部屋へ戻ろうかと廊下を歩いていると、大浴場の出入り口前で加奈と出くわした。こちらはお風呂に入っていたようだ。
「あ……」
「やあ」
ケイが軽く手を振って声を掛けると、加奈は着替えなどが入った鞄を胸に小さく会釈する。少し湿った髪が揺れ、微風に乗ったシャンプーの香りがケイの鼻孔をくすぐる。
一瞬、加奈に刺された時の事を思い出したケイは、前回の加奈に感じた違和感の事を考えた。
加奈が恵美利を振り返る僅かな瞬間に浮かべた、あの突き刺すような視線、嫌悪の眼。今回はまだ、あの時の表情を見ていない。
(単なる見間違いか……あるいは、向けられた対象が俺だったか)
「?……あの?」
急に黙り込んでじっと顔を見つめて来るケイに、加奈は戸惑いながら小首を傾げる。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「か、考え事ですか……」
人の顔を凝視しながら考え事というのもおかしな行動である。加奈に不信感をもたれないよう、ケイは探りも兼ねたフォローを入れてみる。
「正確には、君に見とれてた、かもしれない」
「な、なに言ってるんですか急に」
ふわっと、加奈の首元が上気したのは、お風呂上りで体温が上がっている為か。少なくとも、冷たい視線を向けられる事は無いようだ。
「はっはっは、冗談冗談」
「もう……曽野見さんって、実は結構軽い人なんですか?」
ちょっと"警戒の眼差し"で上目遣いにそう訊ねて来る加奈。今回は前回とは状況が違っているので、一概には断定できないが、やはりあの時の視線は恵美利に向けられたモノと考えて良いのかもしれない。
「フレンドリーなだけさっ」
「ふふっ 確かに、曽野見さんってお話し易いですね」
(……ま、前回の記憶ってアドバンテージがあるからなぁ)
相手が好む話題や、安心する距離というものを最初から知っているので、第一印象を最良のものにする事が容易だ。
風呂上りに廊下で長話するのもなんだからと、部屋に帰る途中だったケイは加奈と連れ立って客室のある二階へ移動。部屋の前で別れた。
部屋に戻ると、哲郎がカメラを繋いだPCの前で作業を続けていた。
「ただいまー」
「おかえり、ここともー」
「何それ?」
「心の友よの略」
哲郎の妙な造語に、略す必要があるのかそれはと突っ込むケイ。恵美利や加奈達と仲良くなれた事で、哲郎のテンションが上がっているようだ。
「なぜ略した……それより哲郎、夕食の時に多分、恵美利達と一緒になると思うから、明日の予定について打ち合わせしておくぞ」
「明日の予定?」
明日も一緒に行動するよう話を持ちかける。今日は主に風景の写真を撮ったので、明日は"ツアーで知り合った友人"という名目で恵美利や加奈を被写体にするのだ。
「撮影OK貰えたら、昼から一緒に行動。ダメ元で誘ってみよう」
前回の記憶では、明日の加奈と恵美利は、かなり早い時間に起きて活動していた。そして昼食時には、二人で食堂に向かっていた。朝が弱い哲郎は起きられない可能性がある。よって、確実に接触出来る昼の時間を狙うのだ。
(歳の差カップルとの接触も、出来るだけ阻止するようにしないとな……)
ケイは前回、恵美利が歳の差カップルの男性と問題を起こしたのは、三日目の昼過ぎから夕方にかけて、加奈と別れた後だと推測していた。
したがって、今回は哲郎の編集作業を早めに終わらせ、明日の昼に時間を作って、恵美利達と行動出来るよう画策する。
「朝は旅館の撮影、昼からは上手くいけば恵美利や加奈ちゃんをモデルに撮影会だ」
哲郎は『おおうー』と、どこか緊張気味に感嘆した。
「わ、わかった。ここともに任せる」
「……"相棒"にしないか?」
やはり"こことも"は違和感があると、前回の呼び名を提案するケイなのであった。
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