13.公爵



「公爵様、クソ王子の処刑は、まだなのですか?」


 ここは、公爵の執務室です。私は、クソ王子の暴力で逝去した国王陛下の次男であり、呪いで豚に似た姿になった公爵へ、文句を言いに来ました。


 頭の後ろで一つに結ぶ、歴代の聖女の力が宿る黒いポニーフックで飾った銀髪が、大きく揺れます。私は、聖女シャルトリューズです。



「第一王子の処刑は、すぐには行われない。現在は、病気療養中として、幽閉している」


 応接セットで向き合った公爵は、少し申し訳なさそうに説明してきました。


「納得いきません」


 浮気や暴力を繰り返す、あんなクソ王子、生かしておく価値はありません。


「弔問外交が終わったら、貴族金の理解を得て廃嫡し、それから事件を公表する」


「そして、新しい国王陛下が、処刑を命じる」


 どうも、何かを隠している気がします。

 公爵は、私を手玉に取るつもりなのでしょうか。



「その間に、逃げたらどうすんですか」


「第一王子には何も知らせていない。聖女が、そんな怖い目をするな、美人が台無しだ」


 私の怒りに、少し腰が引けたようです。



「罪を憎むのも、聖女の仕事です」


「まさか、罪人に痛みを与える魔法を使えるのか?」

 公爵は、ドキッとしています。


「これから覚えます」

 世の中、そんなに都合よく進みません。




「すでに弔問外交が始まっているのは、知っているな」


 公爵が、ため息交じりに、話題を変えました。


「主要なお客様には、第一王子の仕出かした事件を説明している。もうすぐ終わるから。処刑の話は、この根回しが終わってからだ」


 この話は、これで終わりだと、言ってきました。



「実は、その挨拶の中で、シャルトリューズと話をしたいと、ある人から要望があった。これから少し、付き合ってくれ」


 話の主導権が、彼に移りました。



「公爵様、首にオレンジ色のルージュが付いていますよ」


 オレンジ色の小さな点が見えます。

 私のルージュは、紅色です。


 公爵が、慌てて拭き取りました。


 私を手玉に取る公爵に、一矢報いました。



 執務室を出るため、公爵が私に近づいた時です。


「そういえば、ノアとは会えているか?」

「いえ、第二王子様はご挨拶するお客様が多くて……」


「ノアが国王になるための、大事な時期だ。勘弁してやってくれ」

「はい、承知しております」


「忙しい時期は、もうすぐ一段落するから」

 ワザとらしく、私の肩をたたき、元気づけてくれました。



「その時が一番危険だ」

 公爵が、そっと伝えてきました。


「まさか……」

 暗殺!


 第二王子と聖女を邪魔に思っているのは、王族、あの伯爵家…


 この公爵は味方なの?



「お心遣い、ありがとうございます」


 私は、護衛兵たちに分からないよう、遠回りさせて、返答しました。



 第二王子と私に、暗殺の可能性があることが、公爵が私に伝えたかったことでした。



    ◇



 貴賓室の扉が開くと、中に、金髪の美しいご夫人が座っていました。横に、隣国の金髪王女も座っています。


「お母さま、彼女がシャルトリューズ嬢でゴザイマス」

 耳打ちしているのが聞こえました。


「正面は、隣国の女王陛下だ」

 公爵が、小声で教えてくれました。



「女侯爵のシャルトリューズです」

 王族にカーテシーをとります。


「楽にして下さい。娘がいつもご迷惑をかけて、申し訳ありません」


 これは、女王陛下としての挨拶ではありません。母親としての挨拶だったので、驚きました。



 女王陛下が、人払いを命じました。



 中央に、応接セットのイスが四つ、円形に配置されており、座って話をします。これは、上下関係を排除し、対等に話し合うという、円卓会議です。


「私たちは、姉の最後に、疑問を持っています」

 女王陛下が切り出しました。


「姉?」

 私は、隣国の女王陛下の姉を知りません。


「女王陛下は、王太子の二番目の妃様の妹だ。つまりノアルジェドの伯母だ」


 公爵が説明してくれました。


「この公爵様とは、義兄弟でもありますよ」

 女王陛下が含み笑いをしました。


「姉は、この公爵様の婚約者になるはずでした」

 女王陛下が残念そうに言います。


「それは、言うな」

 公爵が視線を落とします。


 あれ? 一瞬、公爵が金髪王女の方を気にしました。



「王太子の二番目の妃様は、ノアルジェドを産んで、突然、お亡くなりになった」


「原因を徹底的に調べたが、形跡が消されていて、不明に終わってしまった」


 気を取り直した公爵が、補足しました。


「公爵様が呪いを受けたのも、その頃ですよね」

 女王陛下は、話を戻そうとしているみたいです。


「娘の体重が異常に重いのは、姉の重い思いが原因かも」


 重い思い…ここは、まさか笑う所なの?

 女王陛下は天然ですか?



「王女は、測りきれないほどの魔力を体に秘めており、それが、体重となって表れたと考えている」


 公爵から補足がありました。ナイスです。



 けど、重さがないはずの魔力で、彼女の体重が常人の5倍になるって、どんだけですか。



「シャルトリューズ嬢、貴女に会えて良かった。貴女には、何かしら、力を感じます。どうか、娘をよろしくお願いします」


 女王陛下、私によろしくと言われても困ります。


「困ったでゴザイマス」

 金髪王女も困っているようです。



「王女様、オレンジ色のルージュが乱れているようですが」


「え? 先ほど、直したはずでゴザイマス」


 やはりです。



「女王陛下、お願いする相手を間違えています。娘さんのことは、こちらの公爵様に、おっしゃって下さい」


「そうなの? 公爵様、娘をよろしくお願いしますね」


「しゃ、シャルトリューズ」

 公爵と王女の顔が、真っ赤です。


 女王陛下は、微笑んでいます。



「では、シャルトリューズ嬢には、甥のノアルジェドを、よろしくお願いします」


 今度は、私の顔が熱いです。きっと、真っ赤です。



 この女王陛下は、全てを分かっていて、ワザと天然のように振舞っているようです。




(次回予告)

 次回は最終回。浮気や暴力を繰り返す第一王子、婚姻を迫る王太子、ノアが王太子を刺した? 悪党にはざまぁします!

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