14.ざまぁ



「シャルトリューズお嬢様、第一王子様が暴れて、手が付けられません」


 特別に王宮で与えられた個室で、一休みしている時です。私の専属侍女が、報告に駆け込んできました。


 私は、嫌々ながら第一王子の婚約者をしている、銀髪のシャルトリューズです。



 急いで現場に向かいます。

「なんで、王太子陛下の寝室なの?」


「王太子陛下が、密会の場として、寝室を貸したそうです」


 侍女が答えました。


 婚約者がいるのに密会する第一王子もクソですが、それを助ける父親の王太子も、クソだ!



 部屋の扉の前では、公爵と護衛兵が、困ったという顔で私を待っていました。


「シャルトリューズ! 第一王子の廃嫡が、貴族院で認められた。もう我慢する必要はない」


 公爵が、決意の目をしています。


 私は、護衛兵を見ます。彼は知った顔です。


「公爵様、私は、この護衛兵に、罪人となった第一王子の首を切り落とす役目をさせると、約束しています。よろしいですか」


「ん?」

 公爵様は、鋭いけど可愛らしい目を丸くしました。


「先日、第一王子から流産させられた令嬢は、この護衛兵の婚約者です」


「わかった」


「第一王子の狂暴化は、筋肉増強剤の副作用だ。もはや人間ではない、中に生存者はいない、油断するな」


 事情を理解した公爵は、私たちに状況を説明します。



「増強剤を使った筋肉の速度程度なら、私が懐に入って、吹き飛ばすことが出来ます」


 私は、手袋を外し、呪われた手のひらの肉球を確かめます。


「よし、護衛兵には、俺の剣を貸そう」

 公爵の剣は“聖戦士の剣”と呼ばれる名品です。


「一気に、ケリをつけるぞ!」


 扉を開けて、一斉に飛び込みます。


 暴れていた第一王子が、こちらを向きます。遅い! 私はすでに懐に入っています。


「ドス、こい!」


 友好国の公爵夫人から教わった“突っ張り”が、第一王子を吹き飛ばしました。


 柱にぶつかり、王宮が揺れます。


「いまだ!」

 公爵が、護衛兵に指示します。



「見事だ……」



 終わったようです。でも、私は、壊れたベッドを見ています。


 ベッドは、つぶれた伯爵家令嬢と思われる何かで、赤く染まっていました。


「ありがとう」

 ふいに、女性の声がしました。


 友好国の公爵夫人に似た優しい声です。



「どうした、シャルトリューズ?」


 公爵が、剣の血ノリを拭き取りながら、私に声をかけてきました。彼にも声が聞こえたようです。




「シャルトリューズお嬢様、王太子陛下が、刺されました」


 私の専属侍女が、報告に駆け込んできました。


「なんて日だ」

 公爵が吐き捨てます。


「犯人は、第二王子様です!」

 侍女の報告に、目の前が真っ暗になりました。


「いくぞ! シャルトリューズ」

 公爵の声で、目が覚めました。


「はい、場所は?」

「礼拝堂です、お嬢様」


 侍女の説明では、礼拝堂で、王太子から第二王子へ“女神の短剣”を与えていた最中に、第二王子が、王太子を、その短剣で刺したとのことです。


「証拠はあるの? 本当にノア君が刺したの?」

 私は、まだ信じられません。


「はい、密かに、新しい魔道具で三次元録画しています。あれは、第二王子様を罠にかけるための、王太子の自作自演ですね」


 侍女は、ひょうひょうと答えました。



「シャルトリューズ、その侍女は、何者だ? どこの出身だ」


「私の専属侍女です。出身は乙女の秘密だそうです」


「侯爵め、とんでもない宝物を拾ったようだな」


「父も、同じことを言っていました」


 それよりも、早く、早く礼拝堂へ……



    ◇



 王宮の礼拝堂です。


 扉を開けると、正面の奥、女神像が飾られた祭壇に、ハリツケされようとしている第二王子が見えます。


 手前の聖書台に王太子が立ち、そして、長椅子が片付けられた中央には、隣国の王女が仁王立ちです。



「む? 遅かったな、シャルトリューズ」


 王太子は言いますが、ウソですね。第二王子を処刑する前に着いた私たちに、驚いています。



「第一王子の密会などで、目をそらそうとしても、無駄でしたね」


 このために、第一王子に寝室を貸したのですね。


「どうせ、筋肉増強剤で狂うか、処刑される邪魔者だ。最後くらいは、時間稼ぎくらいしてもらわねば」


「その様子じゃ、第一王子の処刑は、もう終わったようだな」



「こっちの第二王子は、国家反逆罪で、ちょうど、これから処刑するところだ」


「だが、この令嬢が邪魔をしていて、困っている」

 視線が、隣国の王女に向きます。



「刺されたなんて、ウソだろ」

 公爵が、王太子に語りかけました。


「その“女神の短剣”は、飾りは豪華だが、人を刺すと、刃先が柄の中に引っ込む、オモチャだからな」


 公爵は、扉から中央部に進みながら、言い放ちます。


「そうか、お前も知っていたのか」


 この発言は、王太子が、第二王子を罠にはめたことを認めた、言質になります。


「呪いを受ける前は、俺も王族だったからな」


 公爵の言葉を受けて、王太子が短剣の刃先を、自分の腹に押し付けると、刃先が引っ込みました。



 公爵が、隣国の王女をかばうように、前に立ちました。


 私は、隣国の王女から離れ、全体を見渡せる位置となる、少し後方に立ちました。



「動くな!」


 王太子の声とともに、私を中心に、三人を拘束する大きさで、足元に魔法陣が広がりました。


 突然、体が重くなり、立っているのがやっとです。


「何も準備していないと思うか?」


 王太子が大声で笑いました。



「護衛兵、扉の外へ後退して待機だ! 魔法陣には触れるな」


 公爵が、王太子の護衛兵たちが、どうしたらいいのか判らずにいるので、ゲキを飛ばし、彼らを逃がします。



「用があるのは、シャルトリューズ、お前だけだ」


 王太子が、ゆっくりと私に歩み寄ってきます。


 魔法陣から立ち上る光で、視界がききません。


 下手に動けません。体重が5倍になった感じで、動いたら、倒れてつぶれそうです。


 え、5倍?


 呪いで、幼い頃から体重が5倍になっている隣国の王女が、そっと動いて、祭壇に駆け寄っています。


 王太子は、まったく気が付いていません。



「シャルトリューズ、お前の持つ力を、この“女神の短剣”に差し出せば、ノアルジェドを助けてやる」


「そうやって、これまで、お妃様たちの命を、吸い取ってきたのですか」


 時間稼ぎのため、質問を投げます。



「そうだ。国王の妻は、大聖女でなければならない」


「素質を持っていたあいつらを、この“女神の短剣”を使って、伝説の聖魔法を使える大聖女にしようとしたのだ」


「あいつらは女神の力に耐えられなかったが、お前なら成功するだろう。どうだ、お前も、大聖女になって、国王の妻になりたいだろう」


 王太子が、真実を語りました。




「狂ってる……」


 まさか、まさかの答えです。私の手のひらの肉球で、チリチリと、青白い怒りの火花が走ります。



「 …… 」

 公爵が、体を震わせました。


 筋肉は膨れ上がり、振り返りました。視界がきかない中でも、顔が怒りと悔しさであふれているのがわかります。



「クソが! 私を、その短剣で刺しなさい」

 私は、王太子を挑発します。


「これで刺しても、痛くはないだろ。ほら」


 王太子が、“女神の短剣”で自分の腹を刺しました。


「ぐッ」


 短剣が光り、王太子の腹が、赤黒く染まっていきます。


「なぜだ?」

 床の魔法陣が、フッと消えました。



「ドス、こい!」


 動きが戻った私の“突っ張り”が、王太子を吹き飛ばしました。


 王太子は、第二王子が助け出された後の祭壇にぶつかり、ハリツケ状態になっています。


 公爵が走り、一閃、王太子の首が、ドスンと床に落ちて転がります。


 祭壇の上の女神像が倒れ、祈りの手が、それを刺し潰しました。



 公爵は、隣国の王女に駆け寄ります。王女は、体が光っています。


 私は、床に寝かされた第二王子に駆け寄ります。私の体も光っています。



「……だな?」

「……様、愛してます」


 公爵と光る王女? イケメンと恋人がキスをしているのが、一瞬見えた気がしました。



 でも、隣りを見ている時間などありません。


 アザだらけで、息が弱くなっているノア君に、想いを込めて、祈りを捧げます。


「ノア君、あの約束、私、ずっと待っているから」



 治癒の金色ではなく、さらに光の強い、ダイヤモンドのような輝きが、第二王子と私を包み、聖なる魔法が発現しました。


 私は、輝きの中で、彼の唇に顔を近づけます。



 彼は、ゆっくりと目を開きました。


「ありがとう、母上」


 そう言って、また眠ります。


 彼の呼吸は、正常です。でも、私は呼吸をするのを忘れてしまっています。……母上? 私ですから!



「ありがとう」


 また、女性の声が聞こえました。

 今度は、隣国の女王陛下に似た優しい声です。



 礼拝堂の中は、静寂に包まれています。




「シャルトリューズお嬢様、大変です」

 私の専属侍女が、報告に駆け込んできました。


「今度はなんだ?」

 豚に似た姿の公爵と、子猫に似た姿の私は、頭を上げて、侍女を見ます。



「旦那様が、侯爵様が、私に求婚しました!」


「「え?」」

 二人でハモりました。


「おめでとうでゴザイマス」

 包む光が消えた隣国の王女が、喜んでいます。



「でも、断りました。私はシャルトリューズお嬢様の専属侍女がいいです」


「「「えー!」」」

 三人がハモりました。




「シャルトリューズ、第二王子を救護室に運ぶから、そいつの唇に付いた紅色のルージュを拭き取っておけ」


 公爵が、したり顔で言ってきました。


「公爵様、唇に、オレンジ色のルージュが付いていますよ」


 すぐに切り返します。


「私が拭き取るでゴザイマス」

 隣国の王女が、公爵にキスをしました。


 こんな目の前で、キスシーンを見るなんて、本日、2回目?



「シャルトリューズお嬢様、そんなものを見てはいけません」


 専属侍女が、私の手を握って、引っ張ります。


「「あれ?」」


 私の手のひらにあった、呪いの肉球が消えています。


 でも、呪われた耳と、小さいままの胸は、そのままです。ちょっと残念です。


 公爵が、第二王子をお姫様抱っこして、救護室へと向かいます。


 はぁ~、ここは、私が、第二王子からお姫様抱っこされて、退場する場面でしょ。





    ◇





 私は、子猫に似た姿のまま、純白のウエディングドレスに着替えました。


 国王陛下の喪が明けて、今日は私たちの結婚式です。


 王宮のバルコニーで、国民からの大きな祝福を受けていた時です。


 突然、ノア君が、幼い頃に約束したとおり、私をお姫様抱っこしました。




 空は青く澄み渡り、心地よい風が、私の銀髪を優しく撫でました。


 今夜、私の呪いが全て解ける、そんな気がします。




 ━━ FIN ━━




 次回は、恋愛要素はありませんが、侍女とのおまけ話です。ついでに読んでいただければ、幸いです。

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