12.婚約
「シャルトリューズ嬢、新たな国王となる私との婚姻を命ずる」
今年40歳になる栗毛の王太子が、まだ高等部の銀髪の私に命じました。
王太子の執務室に呼ばれた時、予想はしていましたが、やはり来たかと、嫌な感じです。
聖女になることを決意した私が、国王陛下の長男である王太子、次男である公爵、孫である第二王子、誰と契りを結ぶかで、貴族院の動きが変わります。
例えば、私が、第二王子と婚約すると宣言すれば、貴族院は、国王を第二王子にするでしょう。
「王太子陛下は、聖女ワン・グランプリで連続優勝した私を聖女だと、お認めになられますか」
私は、彼の言質を取るため、会話をはぐらかします。
「もちろんだ、レベルの高い光魔法で隣国の王女のキズ痕を治癒させたことも、調べが付いており、シャルトリューズ嬢は聖女だと認める」
私の仕掛けた罠にかかりました。
「聖女は、初婚の男性とだけ婚姻が認められると、法で定められています。亡き国王陛下が法を立案し、先日から施行されております」
「なぜ、そんな法を……」
執務室の重そうなイスに、座ったままの王太子陛下です。
先日までは王太子だったのに、国葬の後に“王太子陛下”と呼ぶように通達が出ました。
「王太子陛下、聖女の力が弱まるからだと聞いております」
本当は、国王陛下が、私を王太子から護るため立案し、公爵が密かに施行した法です。
「そうだったのか、それで二番目の妃は……」
これまで、策士と言われてきた王太子ですが、最近は、キレがありません。
「聖女である私は、王太子陛下と婚姻を結べません」
私の回答に、王太子は、初めて表情を崩し、苦々しい顔になりました。
「ならば、シャルトリューズ女侯爵を、第一王子の婚約者とする」
逝去された国王陛下の代理者である王太子の宣言です。これは想定外です。
午前中なのに、目の前が真っ暗になり、夢オチかと思いましたが、ここは王太子の執務室に間違いありません。
私は、王立学園の高等部に通っており、今も学園の制服を着て、ここに立っています。
銀髪を後ろで一つに結び、第一王子から追放と言われたことから金欠になったため、ドレスどころか、アクセサリーの一つも身に着けていません。
「王太子陛下、私は第一王子様から婚約破棄を申し渡された身、そして第一王子様は新しい婚約者と王宮で同棲されているのは、ご存じでしょうか」
形勢を逆転するため、断る理由を探します。
「そのような報告は受けていない。第一王子の部屋にいるのは侍女だ」
ぬけぬけとウソを言ってきます。
「第一王子が、パーティー会場で婚約を破棄したのは、余興だ。冗談だったのだ」
数多くのお客様が見ていたのに、冗談で済ませる気ですか。
「私が、追放を宣言されたのは、ご存じでしょうか」
第一王子から追放を宣言されたため、侯爵家の令嬢としての立場を追われ、金欠でバイト生活をしているのは、これも冗談なのですか。
「そのような報告は受けていない。第一王子の面白い冗談だったのだろう」
また、ウソを言ってきます。
「シャルトリューズ嬢は、今も侯爵家の令嬢である。貴族名鑑に名前が載っている」
それは、お父様が、私の復帰の道を残しておくため、尽力してくれたおかけです。
裏目に出ました。万事休すです。
「私が貴族のままであるなら、国王陛下の命令に従うのが義務です」
そう返事をして、執務室を後にしました。
国王陛下の命令には従いますが、王太子の命令には従えませんと、本当は言いたかったのです。
でも、ここで事を荒立て、逆ギレされることは得策ではありません。
いつもなら、悲しみで熱を出し、寝込むのですが、今回は怒りの方が強いです。
呪いで、手のひらにできた肉球が、手袋の中で、チリチリと発光しています。
「ノア君に会いたい……」
◇
「貴方が、第一王子の婚約者ですか」
ここは王宮の貴賓室です。
友好国の公爵夫人から、呼び出されました。
公爵夫人は、王太子の最初の妃様の妹です。
金髪碧眼で、スリムですが筋肉質なところは、甥にあたる第一王子とそっくりです。
逝去した国王陛下の弔問のため、この国を訪れています。
この対応もあって、私は第一王子との再婚約を命令されたのですね。
「シャルトリューズ女侯爵です、公爵夫人様」
王宮から借りたドレスでカーテシーをとり、丁寧にあいさつします。
このドレスは、王太子の最初の妃様の形見だそうです。胸がガバガバだったので、詰め物で誤魔化しました。
「楽にして。椅子に座りなさい」
公爵夫人が座っているのは、応接セットの長椅子です。腰をずらして、私が座る場所を示しました。
目上の者に横に座ることは、マナー違反だと言われかねませんので、警戒します。
「そうでした、王妃教育を受けているのですね。私が命じます、ここに座りなさい」
公爵夫人は女侯爵よりも格が上なので、従います。
「第一王子と貴女とのことは、既に、ある方から話を聞いています。さすがに驚きましたが、貴女は緊張しなくても大丈夫ですよ」
第一王子のクソ事件、私との婚約がフェイクであること、全てご存じでした。
「私と手をつなぎましょう」
夫人は、そう言って、私が手袋をしていることに、気が付きました。
「人払いを命じます。しばらく2人きりで話します」
私のわずかな動揺に気付いた夫人が、気を利かせてくれました。
護衛兵たちが、退室していきます。
「ありがとうございました」
私は、お礼を申し上げます。手袋の中の手を見られたくなかったからです。
「まぁ、これは見事な肉球ですね」
私が手袋を外すと、夫人は、私が呪いで手のひらにできた肉球に見入ります。
「なるほど、大きな悲しみ、強い怒り、あふれ出た魔力で、一時的に出来た魔法の肉球ですね」
私でも解らなかったことを、冷静に分析するこの夫人は、いったい何者なんでしょう?
私と両手をつなぎました。私の魔力を感じ取っているようです。
「懐かしい。お姉さまの聖魔法の力に似ていますね。でも、貴女のほうが、ずっと強い」
「貴女をお姉さまの後継者として認め、貴女に私が知っている事を教えます」
友好国の知識を、様々教わりました。
私が聖魔法を使えることは、秘密にしているのに、この夫人は簡単に見破りました。
「いいですか、聖魔法のことは、絶対に知られてはなりません。特にあの王太子には」
きつく言われました。
「今から20年近く前、第一王子を産んだお姉さまは、突然、亡くなりました」
夫人の瞳は、とても悲しそうな色に変わりました。涙が滲んでいるためです。
「私は、お姉さまが亡くなった真相を、あの王太子が隠していると疑い、ある方と共に、証拠を探しています。このことは秘密です」
「そして、もう救いようがない第一王子を、出来ることなら、お姉さまに代わって……お願いします」
固い決意を秘めた声で、お願いされました。
「貴女には、お姉さまの力が宿っています。今日は、お姉さまに会えたようで、私は感激しています」
夫人は、私をギュっと抱きしめました。小さく震えているのが、伝わってきます。
◇
「クソが!」
日が傾いたころ、現場に着いた私の、怒りの声です。
第一王子の浮気が再発しました。いや、続いていました。
ここは、王宮の庭にある、第一王子が密会に使っている、秘密の小屋です。
建物の外観はボロボロですが、内装は豪華な作りになっています。
バイト生活の私には、様々な裏の情報が、嫌でも耳に入ってきますので、この小屋の存在を、知りました。
ドアを破り、突撃してきた私に驚き、第一王子と伯爵家令嬢は、ベッドから飛び起きて、壁際に逃げます。
「ドス、こい!」
友好国の公爵夫人から教えて頂いた“突っ張り”が、二人を吹き飛ばしました。
壁を破り……「ドップン!」
逝去した国王陛下が育てた肥溜めに、見事に落ちました。
「次はありませんよ。あなたの母に代わって、きつく吹っ飛ばしますからね」
今日の夕焼けは、いつもより赤く、滲んでいます。
(次回予告)
ルーとノアの身に暗殺の危険があると知らされました。それでも、豚の公爵を応援したくなります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます