7.留学生



「第二王子様、平民らをそばに置きますと、平民くさい匂いが移りますよ」


 王立学園の教室の中で、そんな差別を言う令嬢は、第一王子の新しい婚約者です。


 彼女は、栗毛の可愛らしい伯爵家令嬢ですが、化粧は濃く、内面はドロドロに腐っています。



「へ?」

 驚いているのは、第二王子です。


 黒髪で、黒い瞳のイケメンで、誰にでも優しい彼です。



 平民と言われた銀髪の私は、女侯爵ですが、第一王子から婚約破棄され、追放を言い渡されたことから、平民同等と偽って学園に通っています。


 なので、令嬢なのに私の服装はパンツルックで、見た目は、平民の男性です。



「くさい香水の匂いが移るより、よっぽど良い環境でゴザイマス」


 もう一人、私と一緒に平民と言われた令嬢が反論しました。


 彼女は、昨日から短期留学して来た、隣国の特待生です。


 でも、金髪碧眼の美人で、所作も美しく、どう見ても平民ではなく、たたき上げの上級貴族だと思われます。


 学園の寮ではなく、外から通っているとの話でした。



「この香りの良さがわからないとは、平民とは悲しいものですね。これは隣国の最高級の化粧品なのよ、オーホホホ」


 栗毛の婚約者さんは、大笑いしていますが、彼女の香水の匂いで、教室の窓を開けても、キツい香りが充満しています。


 たぶん、薄めて使う原液を、無知なのか見栄なのか、そのまま使ったのだと思います。



「隣国に、そんなくさい化粧品はない、取り消すでゴザイマス」


 せっかく美人なのに、隣国の訛りのせいで、全てが吹っ飛びます。



「何を騒いでる、授業は始まっているぞ」


 教室に入って来た先生に一喝され、席に着きます。


 私の席は、最後尾の窓側、横の席は第二王子、その横には留学生の彼女が座ります。



    ◇



 学園の中庭、3人でお弁当を口にします。


 私は一人分のサンドイッチ、第二王子は2人分、留学生の彼女はなんと5人分を食べるようです。


「相変わらず、大食漢だな」


 第二王子は、彼女の食事量を知っているようです。なんで?


「そういう体質なの、知っているでしょ。婚約の話をした時に説明したでゴザイマス」


 婚約! 彼女がすごい単語を口にしました。


「ルー、勘違いするなよ。中等部の時、騙されてお見合いをしたんだ、婚約はしていないから」


 第二王子が、慌てて言い訳をします。


 ふん、仲がよろしいことで。



「私は、婚約を承諾したのに、ノアルジェド様には、想っている令嬢がいるらしくて、断られたのでゴザイマス」


 彼女が、少しホホを膨らましますが、口の中に食べ物がまだ残っていて、怒っているのが、わかりにくいです。



「彼女は、隣国の王女なんだよ」

「それは秘密にしているでゴザイマス」


「短い期間ですが、王女の立場を忘れて、ノアルジェド様と過ごしたいでゴザイマス」


 王女なの? 王女なのに指を舐めていますよ。どんなに気を許しているのですか。



「貴方は、ルー君ですか。ノアルジェド様の想い焦がれている令嬢を知らないかでゴザイマス」


「もうやめてくれ!」


 ふーん、第二王子には、想っている令嬢がいたのですか。それにも、嫉妬します。



    ◇



 午後の授業、先生が誰かを連れて教室に来ました。


「急ではありますが、隣国の王子様が、お忍びで授業を視察にいらっしゃいました」


 先生が、横に立つ隣国の王子とやらを紹介します。


「初めまして、この国の王子様の婚約者が勉学に励まれているとの話を聞き、急ではありますが、視察に来ました」


 隣国の王子というには、貧相な顔と身なりです。


 護衛兵たちも、悪党のような顔です。



「この私が、第一王子様の婚約者です。お初にお目にかかります、隣国の王子様」


 栗毛の婚約者が、抜け目なく、立ち上がってカーテシーをとりました。


「お美しい栗毛のお嬢様、婚約者は銀髪と聞いておりますが、噂は間違っていたのでしょうか?」


 隣国の王子は、栗毛の婚約者を見て、不思議がっています。



「銀髪の婚約者は不貞を働いたため、婚約を破棄されて追放されました。今は私が第一王子様の婚約者です」


 栗毛の令嬢が、ぬけぬけと言います。


「そうでしたか、僕の情報が古かったようですね」


 隣国の王子が笑い、彼女にハグしようとします。



「隣国の王子は、そんなクソではない! 隣国を、弟を、侮辱するな! 謝れでゴザイマス!」


 金髪の留学生が、顔を真っ赤にして、怒りの声を上げます。


 その声に、教室が一瞬固まりました。



 隣国の王子が、栗毛の令嬢の腕を引っ張りました。

 先生が、とっさに他の生徒たちを護ります。


 偽王子が教室から逃げます。その周りを仲間が固めています。



「逃がさないでゴザイマス」


 金髪の留学生が追いかけ、ノア君が後を追いかけます。もちろん、私も駆け出しています。


「人命が優先だ!」

 ノア君が叫びます。


 廊下の先を、栗毛の婚約者の護衛兵たちが塞ぎます。私たちの後方には、金髪の留学生の護衛兵たちが駆けつけます。


 偽王子たちを、1階廊下の途中で、追い詰めました。



「動くな、動くと、この婚約者の命はないぞ」


 腰の短剣を抜いて、栗毛の令嬢の顔に当てて、偽の王子がすごみます。


「ボス、この窓から」

 偽王子の子分らしき男が、廊下の窓を開けました。


「謝れでゴザイマス!」


 金髪の令嬢が、無謀にも、ショルダーアタックで突っ込みます。


 偽王子と、ついでに栗毛の令嬢も、ヘドを吐いて吹っ飛びました。


 しかし、運悪く、金髪の令嬢の顔に刃先が当たって、ホホが切れてしまいました!


 護衛兵たちと私たちも突っ込み、残りの悪党をぶちのめします。


 この王国では、悪党に人権はありません。



    ◇



 学園の中庭、3人でお弁当を口にします。私は一人分のサンドイッチ、第二王子は2人分、ホホに包帯を貼りつけた金髪の彼女はなんと5人分を食べます。


 彼女は、スリムな体形なのに、体重は見た目の5倍はあるそうです。


 そんな彼女のショルダーアタックなら、悪党が吹っ飛びますよね。



「留学は今日で打ち切りだってな」

 ノア君が寂しそうに言います。


「包帯が邪魔で、口を大きく開けられないのでゴザイマス」


 金髪の令嬢は、無理に明るく振舞っています。



「治癒魔法でも、体質のせいで、完全にはキズが消えなかったのか」


 ノア君が、すまなそうに尋ねます。


「仕方ないね、このキズを消すのは、女神様の聖魔法じゃなければ無理だそうでゴザイマス」


 金髪の令嬢が、珍しく、うつむきました。


「ホホにキズが残った令嬢なんて、もうお嫁にいけないでゴザイマス」


「ノアルジェド様、私と結婚して欲しいでゴザイマス」

 顔を上げた彼女の目は、真剣です。



「ルー、ちょっと見てやってくれないか」


 ノア君は、彼女の言葉を止めて、私に、秘密の魔法を使ってはどうかと、遠回しに頼んできました。


 私はうなずき、彼女のホホの包帯を剝がします。


 これは……大きなキズが残っています。

 でも、私が秘密にしている聖魔法なら……


 聖魔法のダイヤのよう輝きが5粒、ホホのキズ跡に吸い込まれました。



 輝きを感じた彼女の護衛兵が、私たちを取り囲みました。


 第二王子であるノア君がいるので、私の魔法は見えなかったようです。


「大丈夫です。通常の5倍の光魔法で、治癒を施しました」


 5倍の体重だから、5倍の魔力を消費させた事にしました。



「姫様、お顔のキズが消えています」

 護衛兵の上官らしき男性が驚き、声を上げました。


「ルー君、貴方は何者? 何者でも良いわ、私と結婚して欲しいでゴザイマス」


 金髪の彼女から、手を握られました。


「こ、困ります」

 あっ、思わず声を出してしまいました。


 私が、第一王子の婚約者であった銀髪の令嬢であることを隠すため、ずっと声を出さないでいたのに。



「私、シャルトリューズは、男装していますが、女性なんです」


「え? まさか、貴女がノアルジェド様の……」

 金髪の令嬢が混乱しています。



「護衛団長。我が国では、女性同士の婚姻は認められているのかでゴザイマス」


「はい、姫様、認められております」

 護衛団長が片ヒザをついて、答えました。



「ダメだ、シャルトリューズは俺の……」

「ノアルジェド様の何ですか! でゴザイマス」


 ノア君の言葉を、金髪の令嬢が遮りました。最後まで聞きたかったのに。


「ノアルジェド様が私と結婚するか、シャルトリューズ嬢が私と結婚するか、国へ帰って、国王陛下と相談しますので、二人とも、首を洗って待っているのでゴザイマス」


 息巻く金髪の令嬢の横で、護衛団長が、私たち二人に申し訳ないと、平伏しております。





(次回予告)

 ルーを可愛がってくれた国王陛下は、突然、帰らぬ人となってしまいました。救いようがないヤツは、肥溜めに……

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