6.月明り



「見なさい、私が先週頂いたネームカードです」


 第一王子の婚約者になった伯爵家令嬢が、金曜日の教室で、たくさんのカードを見せびらかしました。


 最近、貴族で流行っている“ネームカード”です。


 パーティーでダンスを踊った令息と令嬢が、お互いのネームカードを交換します。


 家督を継いでいない独身貴族は、自分のネームカードを持てないので、表に家紋と家名が印刷されたカードの裏に、小さく自分の名前を手書きしておくのです。


 そして、独身令嬢は、次の日にお礼の手紙を書いて、令息からの好感度を上げます。これが、独身令嬢の大事なお仕事です。


 ネームカードの数の多さは、令嬢のステータスになります。


 私は、少し、ムッときました。これは、嫉妬でしょうか。



 私は、第一王子から婚約破棄され、追放された、銀髪のシャルトリューズです。



 侯爵家令嬢であった時代には、ダンスをしていないのに、たくさんのネームカードを頂きました。


 そして、屋敷の侍女に頼んで、返事を書いてもらい、好感度を上げていました。


 将来、第一王子と政略結婚する立場なので、これは必要な仕事でした。




 でも、追放された私は、もうダンスを踊る機会は、ないかもしれません。少し、寂しいです。




「この数、貴女には無理でしょ」


「一部に同じ令息のカードが3枚ありますが、同じ方と3回も踊るのは、禁止されておりますよ」


 悔しいので、細かい所を注意します。



「たくさんの方と踊るので、いちいち回数なんて数えていませんわ」


 この伯爵家令嬢は、自分勝手です。



「こちらのネームカードは、婚約者がいる令息ですよ」


「いいじゃない、結婚したわけじゃないし。まぁ、結婚している方であっても、イケメンなら踊りますけどね」


 彼女の社交ダンスは、身体を密着させるチークダンスだと、ヒンシュクを買っていたことを思い出しました。



    ◇



 金曜の午後、学園の玄関前は、馬車で渋滞しています。上級貴族の方々が、週に一度の夜会に向かうためです。


 夜会にはドレスコードがあるので、平民の特待生、男爵家クラスの令嬢では、毎週の参加は難しいです。その分、学園でのパーティーで、頑張っているわけです。



「最近まで参加していたのに、なんだか、遠い昔の事に思えますね」


 追放された私は、王宮でのパーティーには参加できません。馬車の列を眺めるだけです。


 学園の制服で、歩いて寮への帰路につきます。



「ルー」

 私を愛称で呼ぶ、この声は。


「ノア君、どうしたの、今夜のパーティーは?」


 第二王子である黒髪の彼は、学園の制服のまま、私の横を歩きます。



「最近、ネームカードを集めるのを目的としている令嬢が多くて、ちょっと嫌気がさしたんだ」


 もともとは、金曜の夜会は、結婚相手を探すパーティーです。



「今日、時間はあるんだろ、一緒に夕食を食べないか」


「もちろん、俺のおごりだ」

 ノア君から、金欠の私にうれしい誘いです。


「どこで? 追放された私は、上級貴族寮のレストランには入れないよ」


「大丈夫、個室を用意してもらった。今日は上級貴族寮には人がいないし、料理長も〇なら大歓迎だって」


 最初から、私を誘う計画だったのですね。


「ありがとう、久しぶりに、あの料理長の料理が食べたいです」



    ◇



 二人きりで、夕食を楽しみました。



 そうそう、私のネームカードを作りたいと、彼に相談したんです。


 私はもう侯爵家令嬢は名乗れないので、国王陛下から拝命した女侯爵の爵位でカードを作ることにしました。


 家紋も無いので、ひし形を三つ組み合わせたような子猫の顔のデザイン、それを家紋に決めました。


 ノア君が、子猫の顔に、可愛らしい目を描いてくれました。彼には、デザインのセンスがあるようです。


 こんな楽しい時間、追放されなければ、なかったかも。



 食事の最後には、シュークリームが出てきました。


「ノア君がケーキ作りを挫折したシューですね」

「あれは、幼かったから失敗したんだ」


 彼は、幼い私が母をなくして悲しんでいる時、僕がルーのお母さんになるからと言ってくれました。


 ケーキ作りに挑戦した結果、クッキーは成功したんですが、シュークリームのシューが膨らまず、挫折したのです。



「それでも、うれしかったですよ」


 私が悲しみから立ち直れたのは、彼のおかげです。


 でも、その時から、彼が、少し女性っぽくなったと思っているのは、私だけではないと思います。



「このシュークリームも、とても美味しいですね」

「そうだな、俺にも作れるかな」


 可愛い彼です。



    ◇



 日が沈みかけてきましたので、学生寮に帰ります。もちろん、ノア君が送ってくれます。



「あれ? 一台の馬車が帰ってきましたね」


 少し暗くなってきましたが、馬車に、あの伯爵家の家紋が大きく描かれているのが見えました。



「あぁ、あの馬車か。婚約者がいる令息と何度も踊るような、マナー違反の令嬢がいると聞いたので、見せしめに、出禁とした」


「そうでしたか」

 私は、少し、スカッとしました。



 まだ、薄明るいですが、空には満月が出て来ました。


「ノア君、私と踊っていただけませんか」

「もちろんだ」


 月明かりの下、二人でダンスを楽しみます。彼のリードは、とても心地よいです。






(次回予告)

 隣国からの短期留学生、金髪の美人は、ノアの婚約者なの? 二人の親密な関係に嫉妬していたら……

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