5.失敗



「あれ? 私のノートが無い、机が荒らされているから、盗まれたかも」


 ここは王立学園、もうすぐ午後の授業が始まります。


 教室の最後尾、自分の机に入れておいたノートが無くなっています。


 私は、結んだ銀髪を揺らし、カバンの中も探しますが、見つかりません。



「ノア君、私のノートを見なかった?」


 隣の席の黒髪の令息、彼は第二王子ですが、私の幼馴染でもあります。


「いままで、中庭でルーと一緒に、昼のお弁当を食べていただろ、教室の中での盗みは分からないよ」



 私は、女侯爵のシャルトリューズで、ルーは愛称です。


 幼いころ、この第二王子のノア君が好きだったのに、嫌いな第一王子と婚約させられたため、熱を出して一週間寝込みました。


 その際、呪いで、胸が大きくならなくなってしまい、代わりに、耳はよく聞こえるようになっています。


 耳を澄まして、目を閉じて、周りの会話を盗み聞きします。



「シャルトリューズが泣いていますね。いい気味ですわ」


 聞こえました。教室の最前列の席。


 私のノートを盗んだのは、第一王子の新しい婚約者となった、栗毛で派手な化粧の伯爵家令嬢のようです。


 でも、証拠がないですね。どうしましょうか。



「ルー、ノートに、読まれて困るような秘密事項など、書いてあるのか?」


「授業の内容だけなので、見られても心配はありませんし、私の復習にも支障はありません……自室での復習」


 あ、ノートの魔法……


「しまった、寮で就寝前までに、ノートを開いて勉強しないと、魔法が、勉強しろと騒ぎ出します」


 思い出しました。強制的に勉強するようにと、ノートに目覚ましの魔法をかけています。


「それはマズいな。先生に相談しよう」


 ノア君に促されて、先生に相談しに行きました。



    ◇



「結局、ノートは見つからなかったな」


 授業が終わった教室で、ノア君が申し訳なさそうに言います。


「いえ、ノア君が悪いわけではありませんから」


 犯人は、あの伯爵家令嬢だと思いますが、証拠が見つかりません。悔しいです。



「帰ろうか。俺が貴族寮へ帰る途中に、回り道をして、学生寮まで送るよ」


「実は私、今日はバイトの日なんですよ」


 私は、侯爵家令嬢なのですが、第一王子から追放だと言われたので、お父様を頼るわけにはいかなくなり、バイトをしなければならないほど、金欠なのです。


「魔石20個に魔力を充填するんです。王宮で涼しい風を送る魔道具に使うそうですよ」


「そっか、王宮の夜が快適なのは、この魔石が動力源になっていたのか。俺も手伝おうか」


 優しい彼です。



 小さなリップスティックのような形をした魔石に、私が涼しい風をイメージして魔力を充填し、ノア君が布に包みます。


「これが、最後の一本です」


「なぁ、ルー……俺が面倒をみれば、バイトなんて、しなくてもよくなるんじゃないか」


 え? 突然、誰もいない教室で、プロポーズですか!


「ランチのお金は、俺が毎日支払うよ」


 え? ランチの話でしたか!



「どうした? 顔が赤いぞ」


 ノア君が私の顔を覗き込んできました。彼の黒い瞳に私が映っています。


「熱でもあるんじゃないのか」


 彼が、オデコを、私のオデコに、密着させました。近いです。私の体が一気に熱くなります。


「少し熱があるようだな。今日は帰って休め」


 彼は、私を心配するあまり、周りが見えていないようです。



「そ、そうですね。この魔石に魔力を充填したら、すぐに提出して、今日は早く休みます」


 でも、今のことを思い出すと、心臓がドキドキし、体が熱くなり、ゆっくりは休めないかも。




    ◇




 翌朝、熱が下がり、私は普段どおり学園に登校しました。


 でも、学園の上級令嬢たちが眠そうです。


「昨日の夜、令嬢たちの上級貴族寮で、ベルの音が鳴り響いたため、みんな寝不足なんだよ」


 ノア君が教えてくれました。


「まさか、私のノート?」

「ノートを開けば、直ぐに止まりますよ」


 最初は小さい音で、徐々に大きな音になるという魔法ですが、ノートを開くことで鳴り止みます。


 でも、寮中に響くような大きな音には設定していません。あの設定を動かせるのは、私と、転職した私の専属侍女だけです。



「音が鳴り響いたのは、兄上の婚約者である伯爵家令嬢の部屋だった」


「しかし、夜なのに部屋の中から令嬢の返事は無く、ドアもカギがかかっていたんだ」


「管理人がカギを開けたが、室内に令嬢がいなかったため、誘拐ではないかと、大騒ぎになったということだ」


 ノア君が説明してくれます。



「男性なのに、女性の寮のこと、詳しいのですね」

 私は、疑問を口にします。


「勘違いするな。この話は内緒だぞ」

「伯爵家令嬢は、王宮の兄上の部屋に泊まっていたんだ」


 ノア君が、超一級の秘密を、ばらしました。



「昨晩、兄上が『魔道具から涼しい風が出てこない、逆に暑いくらいだ』と騒いだので、夜勤のメイドが確認しに行ったら、あの伯爵家令嬢が部屋の中で、暑いと騒いていたそうだ」


「メイドの引継ぎの書類に、全て書いてあって、もみ消しするため、朝から王宮も大騒ぎだった」


 彼も眠そうです。



「ノア君、朝早くから、王宮に呼び出されたの?」


「暑い風を出した魔石を包んでいた布が、俺の家紋が入ったハンカチだった」


 彼は、うなだれています。


「あ、あの時の、最後の一本!」


 私は、あの時、集中が乱れ、体が熱くなってしまったので、充填をミスったのかも。


「ごめん、すべて私が原因かも」


 上級貴族寮のベルの音も、第一王子の部屋が暑くなったのも、私が原因だと、彼に謝りました。



「兄上は、昨夜の件が引き金になって、悪い噂が広がると、失脚するかもしれない……」


 第一王子が失脚すると、第二王子であるノア君の負担が、途方もなく増えます。



「あ、それと、たぶんだが、ルーは、魔石のバイト、クビになるだろうな」


 ノア君が、王国の一大事と、私のバイトという小さな話を、並べて語ってきます。


 そこをツッコミたいですが、今はそんな雰囲気ではありません。



「いや、俺が原因だ。ランチのお金は、俺が面倒をみる。プラスして、ルーの将来も、俺が面倒をみるから」


 こ、これは、今度こそプロポーズ?



「皆さん、授業が始まりましたよ、静かにしなさい」

 先生が教室に入って来ました。


「このノートは、シャルトリューズ嬢の物ですね。授業の後、学園長室に行きなさい」


 先生の目が、怖いです。



「あ、王宮からも、魔石のことで、俺たち二人に呼び出しが来る予定だから」


 ノア君が、追い打ちをかけてきます。



「大丈夫、今日のディナーは、俺がおごるから」



「今日だけじゃなく、ずっと面倒をみて下さい」


 驚いた彼の黒い瞳が、きれいです。







(次回予告)

 夜会で流行のネームカード。追放されたルーは、夜会でダンスを踊る機会は、もう無いですが、自分のネームカードを作ろうと思い……

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