4.禁断
「ルー、その子は、誰の子だ! 俺は許さないぞ」
幼馴染で黒髪の第二王子が、驚きで倒れそうになりながら、私に詰め寄ります。
「ノア君、落ち着いて。この子は、私の子ではありません」
銀髪を左右に揺らし、私は否定します。
王立学園の暖かなお昼休み、中庭の木陰で赤ちゃんを抱いたまま、私はどうしたらよいかわからず、立ち尽くします。
「この木陰で見つけたのです。もしかしたら捨て子かもしれません。このまま見て見ぬふりは、できません。どうしましょう」
第二王子のノア君に相談します。
「そ、そんなこと言われたって、俺だって分からない」
そうですよね。私は一人っ子なので、赤ちゃんを抱き上げた経験はありません。
私は、嫌いな第一王子と婚約させられた時、胸が大きくならない呪いを受けたことを、思い出しました。
「そうだ、ノア君、私の胸を見て。とても産後の母親の胸ではないでしょ?」
泣く赤ちゃんを彼にあずけ、私は制服の上着を広げ、彼に、シャツの上から胸の大きさを見せます。
「シャツの上からといえ、男性に胸を出すな」
彼が狼狽しているのを見て、私は正気に戻ります。
「ご、ごめんなさい」
はしたない行動は、不覚でした。赤面します。
「おぎゃあー」
私が赤ちゃんを受け取ると、赤ちゃんが泣きだしました。
その声を聞きつけ、中庭に人が集まってきます。
「第二王子様、シャルトリューズ様、不潔です」
どこかの令嬢が涙を流して、走り去って行きました。
「違いますって!」
私が大声を出したら、赤ちゃんがそれ以上の大声で泣きます。
「あの2人は、そんな関係だったんだ。婚約破棄されたのも納得だな」
先日、私は第一王子から婚約を破棄されましたけど、原因は相手側の浮気ですから。
「学園に子供を連れて来るなんて、大胆」
ギャラリーが、好き勝手なことを言っています。
「なんの騒ぎですか!」
先生たちが、駆けつけてくれました。
「助けてください、先生!」
ノア君と私は、先生に泣きつきました。
◇
学園の指導室で、ノア君と私は、女性の先生から事情聴取を受けています。
「産まれてすぐの赤ちゃんには、産んですぐの母乳を与えることが大事なのよ。わかりますよね」
「シャルトリューズさんは、まだ母乳が出ないようなので、乳母を呼んでいます」
先生が私の胸を見ながら、少し失礼なことを言いましたけど、乳母さんが来てくれたのなら、安心です。
「授業でも教えましたが、子供を授かることは」
「先生、ちょっと待って下さい。俺たちは、そんなことはしていません」
「あら、ノア君はどこまでしたの?」
「彼女の手にも触れたことはありませんから」
ノア君が、顔を真っ赤にして、否定します。
「そうすると、捨て子として、教会にあずけることになりますが、二人は、それでも良いですか?」
「先生、お願いですから、俺たちの話を信じてください」
ノア君は、もう泣きそうです。
「同じことを角度を変えて何度も聞くのは、事情聴取の基本ですよ。いずれ王国を背負う二人も、覚えておいてくださいね」
学園の試験でトップを争う私たちですが、ベテランの先生には、まだ勝てないようです。
◇
事情聴取は、学園の授業が終わる時間までかかり、やっと終わりました。
二人で中庭に戻ります。
ノア君は、何か手がかりが残されていないかと、周囲を探します。
私は耳を澄まして、学園中の声を拾います。私は、呪いで、胸が大きくならないかわりに、耳がとてもよく聞こえるようになっています。
「やめて下さい、教頭先生」
令嬢の声です。なにやら、トラブルのようです。
「あの赤ちゃんは、男爵家令嬢の貴女と、非常勤の先生との間にできた子だよね?」
教頭の声は、いつも以上に、いやらしい雰囲気です。
「私は、証拠も持っているんだよ。人に知られたくないなら、私の愛人になりなさい」
これは、令嬢のピンチです。
「ノア君、緊急事態です。至急、持ってきて欲しい書類があるの」
「OK!」
私の頼みなら、直ぐに行動する頼もしい彼です。
◇
「さぁ、この書類にサインをしなさい」
日が傾き、教頭のいやらしい声が、誰もいないはずの2年生の教室から、聞こえます。
ペンを走らせる音、男爵家令嬢が仕方なく、サインしたようです。
ノア君から、頼んでおいた書類を受け取り、私一人で教室に入ります。
「困ったわ、私の大事なノートが見つからないわ」
精一杯の可愛らしい声を出して、歩きます。
「なんだね、君は?」
教頭が慌てています。
「お~い、ノートは、あったか?」
ノア君が入り口から声をかけてきます。
計画どおり、教頭が入り口を向きました。
その瞬間、私は、机の上の愛人契約の書類を、手に持っていた退職届の書類へと、すり替えます。
「それが見つからないの、別の教室を探しましょ」
可愛らしい声を残して、教室を出ます。
「危なかった、なんだったんだ?」
教室の外で、私たちは教頭の声に聞き耳を立てます。
「まぁいい、この書類に私もサインして、これで愛人の契約が完了だ」
「書類を提出してくるから、今日から、私の屋敷へ来るんだ、いいな」
言い残して、教頭は教室から出ていきました。
◇
「さて、話を聞かせてちょうだい」
私たちは教室に入り、胸の大きい男爵家令嬢から話を聞きます。
しかし、その時です。気配も無く、誰かが入って来ました。
「皆さん、やはりこの教室にいましたか。これで、関係者がそろいましたね」
入ってきたのは、私たちに事情聴取した、あの女性の先生です。
そして、後ろから男性も入ってきました。
「先生!」
男爵家令嬢が驚いて、声を上げました。
「すまなかった、妊娠したことに気が付かなくて」
これは、教頭の話に出てきた非常勤の先生ですね。
ノア君と教室を出ていこうとしたら、女性の先生に止められました。
「まだですよ。いずれ王国を背負うお二人なのですから、こんな場面も見て、勉強してくださいね」
正直、勘弁して欲しいです。
「さて、純愛の二人には、責任をとってもらいますよ。応接室にご家族がお待ちです」
この女性の先生は、妙に手回しが良いです。
「この愛人の契約書は、証拠としていただきます。そして、こちらの、教頭がサインした退職届の書類も証拠としていただきますね」
え? なぜ、教頭が持っていった書類を、この女性の先生が持っているの?
純愛と言われた二人は、静かに教室を出ていきました。
「大丈夫ですよ、あの二人には、ちゃんと監視を付けていますから」
「それから、いやらしい教頭なら、廊下でヘドを吐いて、寝ていますわ」
「退職に追い込むだけだと、退職金を出す必要があるのですよ。いずれ王国を背負うお二人なのですから、悪人を甘く処罰しては人気が出ませんよ」
なんなの? この怖い先生は。
「まさか……」
第一王子の婚約者だった私には、心当たりがあります。
「まさか、国王陛下のカゲ……」
ノア君も、同じ考えにたどり着いたようで、こわばっています。
「そんな化け物を見るような眼をしないで。あなた達を護るのも私の仕事なのよ」
女性の先生が、私たちの緊張をほぐすためか、ウインクをしてきましたが、逆に怖いです。
「あなた達なら、本当に跡継ぎを産んでくれても、良かったのに」
先生の言葉で、私はノア君と目が合いました。
私たちの顔が赤いのは、夕日のせいではありません。
(次回予告)
ノートを盗まれたルーは、貴族寮と、王宮で騒ぎを引き起こしてしまう。でも、ノアから、ご飯をおごってもらえるかも……
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