3.金欠



「婚約破棄され、追放されたシャルトリューズ嬢が、なぜ学園にいるのですか!」


 栗毛で派手な化粧の伯爵家令嬢が、教室の中、はしたない大声で、私に言いました。



 王立学園の朝、授業が始まる前、友人たちと歓談していた時です。


 教室が一瞬にして静まりました。


 銀髪の私は、第一王子の婚約者でしたが、先日、破棄されました。



「伯爵家令嬢ごときに、答える必要はないと思いますが、お情けで教えましょう」


 私の爵位は、女侯爵で一代爵位なので、領地は持っていませんが、地位だけなら伯爵家ごときに負けていません。



「侯爵家令嬢のシャルトリューズは領地に帰りましたが、女侯爵であるシャルトリューズは、これまでどおり学園で勉学に励みます」


 私との婚約を破棄した第一王子は、私に追放を言い渡しました。


 でも、誰をどこから追放するのかを宣言しなかったことから、侯爵家令嬢の私は領地に帰ったことにして、女侯爵の私は学園に残ったのです。もちろん詭弁です。



 でも、お父様の後ろ盾が無くなったので、王都にある侯爵の屋敷を離れて、学園の上級貴族寮ではなく、安い学生寮に住んでいることは、秘密です。


 今の私は、金欠病です。



「“ごとき”とは、私を、王太子妃と知っての発言ですか」


 さっきまで、友人たちと話していたのは、この栗毛で派手な化粧の伯爵家令嬢のことです。威張り具合が、激しくなって、皆が迷惑しています。


 私の婚約破棄の原因となったのは、婚約者であった第一王子が、この伯爵家令嬢と浮気していたからです。


 鼻高々な彼女は、以前から、第一王子と浮気をしていると匂わせるよう、教室で自慢げに話をしていたので、私だけでなく、クラス中の話題となっていました。



「婚約だけでは、第一王子と結婚する候補者ですし、現在の王太子は第一王子様のお父様ですので、王太子妃ではなくてよ、伯爵家令嬢」


 流行りの悪役令嬢のように、言ってやります。


 国王は年老いていますがご存命で、王太子は国王の息子であり、孫の第一王子は王太子ではありませんので、彼女の軽率な発言を、たしなめます。



「なら、この指輪を見なさい。これが王族に加わる女性の証なのです」


 彼女の指には、派手な指輪が光っています。


 グリーンエメラルド、イエロートパーズ、レッドガーネットと、大玉の宝石3個が横一列に並べられた、その派手な指輪には見覚えがあります。


 学園の授業で身に着ける指輪ではありません。


 それは、第一王子が私に贈ると用意した高価な指輪ですが、石の中に混じり物が多く、カットも甘く、一目でわかる安物だったので、受け取るのを断った指輪です。


 金欠の今なら、受け取って、直ぐに売って、生活費に充てますけど。


 たぶん、第一王子は、宝石商の口車に乗せられています。見た目を重視して、中身を見ないというタイプでしたから。


 貴族社会には、目の肥えた方がたくさんいらっしゃいますので、アクセサリー一つで、軽視されることになります。


 お二人は、これから大丈夫なのでしょうか。私には、もう関係ありませんけど。




「騒がしいな。授業は始まっている、席につけ」

 先生から注意されました。


 急いで席に着きます。私の席は、最後尾の窓側、隣はイケメンの第二王子である黒髪のノア君という、超優良物件な席です。



 今朝は、先生が、留学生を紹介しました。メガネをかけた地味な令嬢です。


 すぐに、伯爵家令嬢が、自分の取り巻きに、いや、ご友人に加えるのを、遠くから眺めます。


 伯爵家令嬢の、この積極性を他の所に活かせば、世の中、もっと平和になるのにと、ボーっと考えます。



 それにしても、お腹が空きました。


「一人暮らしだと、もっと早起きして、ちゃんと朝ご飯を食べないとダメですね」


 ため息交じりに、つぶやきます。



    ◇



 やっと、お昼休みになりました。お弁当を購入するため、席を立とうとした時です。


「ルー、君と一緒にランチしたいのだが」


 ノア君が、私をランチに誘ってきました。


 ルーは、私のシャルトリューズという名前の、幼い頃の愛称です。



「第二王子様、先日の件で、私は貴族社会から距離をとりたいと思っています。貴族の食堂は使わないつもりでいますので、ほかの令嬢を誘ってください」


 私は貴族社会から離れますが、幼馴染の彼とは離れたくないので、こうして学園に残っているのは、内緒です。


「では、お弁当を購入するから、中庭で食べよう。それなら良いだろ?」


「お弁当……おごってくれるのですか?」

 金欠の私にとって、うれしい提案です。


「コインは持っていないが、大丈夫だろう」


「平民も使うお店では、サインでの支払いは無理です。今日は私が立て替えますので、後日、お返しください」



    ◇



「お弁当も、美味しいですね」


 空は、雲一つなく、青く澄み渡っています。


 学園の中庭で、木陰のお気に入りのベンチに、二人並んで座りました。


 テーブルに置いたランチプレートから、サンドイッチを口に運びます。



 私の服装は学園の制服で、スカートではなく、男性と同じようなパンツルック、上は、燕尾服に似たブレザーを着ています。


 私の体形は、嫌な婚約を受けた時の呪いで、女性としては胸が小さいので、うれしくはないのですが、男装がよく似合っています。


 令嬢の大半は、ロングスカートを着用しますが、男装の方が、洗濯の費用が安価だという理由は、秘密です。



「そうだな、これは機能的だ。パンと野菜と肉が一度に、しかも片手で食べれる」


 男性って、効率重視の方が多いのでしょうか。デートっぽい雰囲気が台無しです。



「このアイスティーも、冷たくて爽やかです」


 テーブルに置いた私のカップに、紅色の口紅が付いています。



「ルー……」


 ノア君は、真剣な顔になりました。黒髪に黒の瞳、第一王子よりも整った顔立ち、普通の令嬢なら、一目で惚れるイケメンです。


「ルー、婚約破棄や追放のことは、申し訳なかった」

 彼は頭を下げました。


「やめて下さい。第二王子様が頭を下げたら、王族としての威厳が落ちますよ」


「王族か……今回の件は、国王陛下に事前の報告が無かったので、おじい様はもちろん、王太子である父上までも怒っている」



「でしょうね……私がもっとしっかりしていれば」


 政略結婚なのだから、私がガマンすれば良かったのかもしれません。



「ルーは、昔から兄上を嫌っていたよな」

 幼馴染の彼には、私の気持ちがお見通しのようです。


「政略結婚は、貴族の役目です」

 私は、心にもないことを言ってしまいます。



「もしも、もしもだ。俺がルーの婚約者として名乗りを上げたら、困るか?」


 ノア君から見つめられました。


「こ、困るなんてことは……ありません」



「そうか、わかった。あとは、俺に、そんな大それた事をする勇気が、あるかどうかだ」


 彼には、第二王子という立場があります。


 聖女に一番近い令嬢と言われる私と結ばれる王族は、王位継承権の順番を飛ばして、次の国王だと言われることになるでしょう。


 それなら、私は聖女にならなくてもいいのに……



「ノア君は、幼いころに、私をお姫様抱っこすると約束したのに、まだ約束を果たしていませんよ」


「え?」


「私、ずっと待っていますから」



「そ、そっか、約束は必ず守る。ノドが渇いたな」


 彼は、テーブルに置いていた私の飲みかけのアイスティーのカップを掴み、一気に飲み干しました。


「それ、私の……」

 言いかけて、止めました。


 彼の唇に、少しだけですが、紅色の口紅がついていました。



「しまった、カップを間違えた。ごめん、ルーは、こっちを飲んでくれ」


 ノア君が、彼の飲みかけのアイスティーを私に勧めてきました。


「ありがとうございます。私もノドが乾いてきました」


 ノドなど渇いていませんが、彼のカップに口を近づけます。すごくドキドキします。



 ……木陰なのに、顔が火照って熱いです。




(次回予告)

 赤ちゃんを抱き上げたルーとノアは、二人の間にできた子かと疑われます。いずれ王国を背負う2人は、悪を成敗することが出来るのか……

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