2.追放



「貴族の家具って、重たい!」


 今日は土曜日で、王立学園は休みなのです。


 でも、私は、朝から銀髪を揺らし、学園の上級貴族寮から、普通の学生寮へと、引っ越しの最中です。


 私は、学園の制服姿です。


 呪いで大きくならない胸に白シャツを着て、燕尾服に似た茶系カーキ色の上着、パンツルックと合わせ、まるで男性のような格好です。




「これも全て、あの第一王子が、私を追放なんてするからよ」


 愚痴が出ます。


 私は、呪いで顔が子猫になっていますが、侯爵家の令嬢であり、さらに女侯爵を拝命しているのに、第一王子から追放されました。




「シャルトリューズお嬢様が、婚約破棄なんて、されちゃうからですよ」


 引っ越しの手を動かしながら、ツッコミを入れてくれたのは、私の専属侍女です。


 金髪の可愛い顔の年上女性で、私のボケに、ツッコミをいれてくれる彼女は、優秀な相方です。


……思い出したくはありませんが、先日、私は第一王子から婚約を破棄されました……そして追放……




「引っ越し先の学生寮は、侍女の部屋が付いていないので、あなたは失業ね。転職先は決まったの?」


 これまでの上級貴族寮には侍女用の部屋が付いていました。


 でも、これから向かう学生寮は、侍女を雇えない貴族や、平民の特待生のために用意された寮です。



「決まりましたよ。旦那様から聞いていませんか」


「聞いていないわ、お父様はカンカンに怒っていたから、私に教えるのを忘れたのかしら」


 私と第一王子の婚約は、政略的に重要な意味を持っていました。


 なのに、それを第一王子が浮気して勝手に破棄し、加えて私を追放なんてしたもんだから、お父様は顔を真っ赤にして怒っていました。



「でも、旦那様が、第一王子様が宣言した“追放”には、誰がどこからという言葉が抜けていたので、侯爵家令嬢を上級貴族寮から追放することとしたんですよね」


「機転が利く旦那様は、素晴らしいです」


 この侍女は、お父様に心酔しているようです。


 でも、侯爵家令嬢としての私は、領地で軟禁中という形で、体面をとることになりました。



 一方で、女侯爵という爵位は国王陛下の後ろ盾があるので、女侯爵のシャルトリューズは、これまでどおり、学園に通います。まぁ、詭弁です。




「私が、学園での勉強が続けられて良かったのか、領地に引きこもって暮らした方が良かったのか、わかりませんけどね」


 初等部のころから、第一王子に振り回されたため、この王都には良い思い出はありません。


 このまま王都に住み続けて、好奇の目にさらされるのも、少しつらいです。



「聖女を追放するなんて、こんな王都なんて、見捨てれば良かったのに」


 侍女が、今度は怒っています。


 私は“聖女に一番近い令嬢”と言われていましたが、追放を宣言されたことによって、聖女への道も閉ざされました。


「第一王子が言う聖女は、可愛い令嬢のことなんです」


 第一王子の父である王太子も、聖女の素質を持った女性を、王族に迎え入れることを切望していたので、きっと、私の追放をカンカンに怒っていると思います。



「しかし、さすがに、この家具は重いですね」


 今朝の私は、愚痴が多いです。


 木製のサイドチェストは、堅牢で、思っていたより重く、女性2人では、とても持ち運べません。


「通常は、引き出しを抜いて、中の物も抜いてから運ぶのですが、お嬢様が面倒だとサボるからです」


 侍女のツッコミは的確で、返す言葉はありません。


「なんで引っ越し業者さんを呼んでいないの?」


「シャルトリューズお嬢様は、手持ちのお金がないでしょ」


 そうです、私は侯爵家からの援助が無くなったので、とても金欠です。




「はぁ~、そうだ、玄関にいるノア君に運んでもらいましょ」


「え? 第二王子様を女性専用の寮に入れるのですか」


 この建物は男子禁制ですが、引っ越しの時に、一時的に男性のお手伝いが入ることは認められています。


「この家具で最後なので、大丈夫です」


「では、呼んでまいります」




 今日は、私と侍女の2人で部屋から荷物を運びだし、玄関でノア君が馬車に積むよう、仕事を分担しています。


「これから私一人だからと不安に思っていたけど、ノア君が近くにいると思うだけで、とても心強いものなのですね」


 彼は第二王子なのですが、私と同級生であり、幼馴染なので、いざという時は頼りになります。


「私が第一王子の婚約者に選ばれなければ……」


 ため息が出ますが、世の中には、抵抗できない運命というものがあります。



    ◇



「このサイドチェストを運べばいいのだな」


 女性2人では持てなかった家具を、軽々と持ち上げました。


 黒髪のノア君は、今日は学園の制服姿です。私とおそろいです。当たり前のことですが、そんな小さな事でも、今朝はうれしいです。


 でも、頭に白タオルを巻くのは、勘弁して欲しかったです。



「ふむふむ、第一王子様のような作られた筋肉ゴリラではなく、ナチュラルに鍛えた筋肉ですね」


 侍女が、筋肉オタクのようなことを、つぶやきました。


 ノア君が、密かに、日々の鍛錬を欠かさないでいることを、私は知っています。




「さすがノア君ですね、その筋肉で、何人の令嬢を抱き上げたのやら」


 少し意地悪します。


「俺が抱きあげると決めているのは、ただ一人だけだ。その日のために、鍛えてきた」


 幼い日、彼は、私を抱き上げようとして、できなかった苦いトラウマを持っています。


「私だって、体重管理には気を付けています」




「また痴話げんか……」


 侍女が小声でツッコミを入れてきましたが、今のは余計なお世話です。



    ◇



「ここは階段なので注意してね」


「わかってる。足元が見えないので、ゆっくり下りる」


「あ!」


 あと一段のところまで下りた時、ノア君の革靴が滑って、彼はバランスを崩しました。


 床に倒れた彼の上に、サイドチェストの引き出しが抜け落ち、中身が、彼の顔に降りかかります。


 中身は、私のパンティです! ノア君の顔が、色とりどりな布で埋まっています。


「「……」」


 彼がケガをしていないか心配すべきなのは、わかっています。でも、私も侍女も硬直してしまいました。




「ごめん、コケた。直ぐに片付けるから」


 彼にケガはなかったようで、立ち上がり、顔の布を手に持って見ました。


「うわ~!」


 奇声を上げ、彼は、普段の3倍の速さで、どこかに飛んでいきました。




「あらら、洗濯物が増えてしまいました」


 侍女が床に散らばった布を片付けていますが、私は硬直が解けません。



「お嬢様、大変です。一枚足りません」

 侍女が、楽しそうに教えてくれました。


「どれ?」

「赤です」


「あれはドレスに合わせる下着なので、追放された私に必要ないわ」


 私は硬直したまま、ピントがズレた返事をしました。


「そういう問題ではありません。第二王子様に謝罪と賠償を求めます」


 侍女は、薄く笑っています。



    ◇



 なぜか、床にノア君が、正座しています。


 ここは、引っ越し先である学生寮の面会室です。


 私の引っ越しは、別の引っ越しのために来ていた業者さんに、なぜか侍女が指示して、なんとか終わっています。


 この引っ越し業者さんの手間賃は、第二王子に請求すると、侍女は薄く笑っていました。




「申し訳ありませんでした」


 王族である彼が、土下座しました。


「頭を上げて下さい。まずは椅子に座って、それから、お話を聞きますから」


 私は、彼の土下座で、パニック状態です。




「これを、お納めください」


 彼が何やら包みを差し出し、それを侍女が受け取っています。


「この度は、あってはならない事件を起こし、大変申し訳ないと、深く反省しています」


「お2人の、お怒りはごもっともですが、どうかご容赦をお願い申し上げます」


 ノア君が、謝罪してきました。




「お嬢様、持ち去られた品物を回収しました」

 侍女が、包みの中身を確認しました。


「もしも、今回の件で、シャルトリューズ嬢に、悪い噂が立つようなことがあれば……」



「お嬢様に悪い噂がたったら、どうしてくれるというのですか?」


「すでに、寮の周りで、赤い仮面をつけた男性が、彗星のように走り回っていたと、噂が出ていますよ」


 侍女が、ノア君を追い詰めます。




「俺が、責任をとって……」


「責任をとって、どうするのですか、第二王子様がお嫁にもらうのですか?」


 侍女が、薄く笑っています。


「俺が、お嫁にもらうことを、誓います」


 え? ノア君!


「シャルトリューズお嬢様、第二王子様から言質を取りました。このくらいで勘弁しましょうか?」


 侍女の言葉の意味が、よく解りません。




「ふつつかものですが、よろしくお願いします……」


 顔を真っ赤にして、ピントがズレた返事しか出てこない私です。




(次回予告)

 婚約を破棄され、追放までされて、金欠になってしまったルー。なぜかノア君が、ランチに誘ってきて、近づいてきて……

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