子猫令嬢の肉球

甘い秋空

1.婚約破棄



「僕は、シャルトリューズ女侯爵との婚約を破棄する」



 金髪碧眼で筋肉ゴリラの第一王子が、大声で、子猫姿の私に宣言しました。


 第一王子の主催による、アプリコットの開花を楽しむランチパーティーが、王宮の会場で盛大に催されている時です。


 騒がしかった広い会場が、一瞬にして静まりました。



 この王国は、戦争が終わってから数十年が経っており、少し平和ボケが始まっており、貴族は、お金儲けと、自分の爵位を上げることしか頭にありません。


 窓の豪華なレースのカーテンから漏れた日の光が、床に落ちています。




 婚約破棄された私は、王立学園の高等部に通う、銀髪が輝く侯爵家令嬢であり、功績によって女侯爵として一代爵位を拝命しています。


 内緒ですが、幼いころに、この第一王子との婚約が嫌で悲しくて、熱を出し、一週間寝込みました。


 そして、その時に呪われたようで、目は少し吊り上がり、鼻は低く、口角が少し上がり、耳は毛の生えた三角形と、顔が子猫のようになりました。


 瞳の色は、明るい所では青緑、暗い所では朱に変わります。


 身体は人間なのに、胸のカップは初等部の頃のままで、少しも大きくなりません。


 今日は、青緑のパーティードレスに銀糸の刺しゅうを施して、着飾っています。




「婚約を破棄する場面では、第一王子様の横に可愛らしい令嬢が立っているのが流行りですが、なぜかおりませんね、振られちゃいましたか?」


 私は、彼を挑発します。


 第一王子は、金髪碧眼のイケメンであり、体は筋肉増強剤でゴリラ並みになった強靭な王国一の肉体です。


 彼の学園の成績は一番でしたが、お金で買ったと噂になっており、知識を行動に活かせないという、残念な王子様です。




「この場に愛する令嬢を連れてくるほど、僕は愚かではない。ちゃんと別室に待たせているんだ、参ったかシャルトリューズ」


 第一王子は、やはり愚か者ですね。


 愛する令嬢ですか……


 私という婚約者がいるのに、そんなことを話せば、自分は浮気していると、自白したも同然なのに。




「婚約破棄の理由は、私の容姿が、その愛する令嬢とやらに、劣るということだけですか?」


 さらに、彼を追い詰めます。


 呪われて動物に似た姿になることは、この時代、珍しいことではありません。


 王族でも、国王陛下の次男である公爵が、豚に似た姿になっています。


 公爵と私が共通しているのは、深い悲しみで、人間に愛想をつかした点です。




「容姿だけじゃない。学園の出席日数が、ギリギリだと聞いている」


「おおかた、勉強をサボって、遊び歩いているのであろう。それは、僕の婚約者としてふさわしくない行いだ」


 第一王子が、前髪を軽くかき上げます。これは、彼が調子に乗っている時のクセです。


「私には第一王子様の婚約者としての仕事もありますので、学園を休みがちなのは認めます」


「しかし、王族から代理出席を依頼されれば、断ることはできないこと、第一王子様もご承知かと思います」


 貴方が慰問などの公務をサボるから、私が代行しているんだと、遠回しに答えます。




「まだあるぞ。学園の成績が、トップではないと聞いている。それも僕の婚約者にはふさわしくない」


 第一王子が、前髪を軽くかき上げます。


「学園のトップは、第二王子様です。私が陰でシルバーコレクターと言われているのは認めます」


「しかし、第一王子様はトップなんてお金で買えと言っておられましたが、私にはできません」


 あんたが、学園への寄付を倍額にして、成績を買ったと、周囲に自慢していましたよね。


 そんなこと、国民の模範となるべき者が、出来るわけがありません。


 それに、愛する令嬢、たぶん私の同級生の伯爵家令嬢だと思いますが、学園の成績は下から一番でしょう。



 あぁ、コイツを殴りたい。

 でも、人の道を外れた王族を殴れるのは、王族と聖女だけです。


 光魔法を使える聖女は王国に数人おりますが、どなたも夫や子供がおり、実際に王族を殴れる聖女はいないと言われています。


 私は、聖女ではなく、まだ見習いです。




「兄上、お客様の前なので、このくらいに、していただけませんか」


 第二王子が、なんとか幕引きしようと、割って入ってきました。


 第二王子は、ノアルジェドという名前で、黒髪短髪で、黒く太い眉、黒い瞳のイケメンで、独身令嬢からの人気はとても高いです。


 さらに、学園の高等部で私の同級生であり、幼馴染です。



「ん? ノアか、お前はいつも目障りだ! こんな金目当ての客なんか、かまう必要なんかない」


 マズいです。公の場で第二王子を愛称で呼び、さらに、お客様を侮辱しました。第一王子の失言です。



「気分が悪い、僕は別室に戻る」


 会場中の視線が集まっていることに、流石に気が付いたようです。


 主催者であり、彼が第一王子から王太子へ、さらに国王となる足がかりのパーティーなのに、彼は会場から出ていきました。




 パーティー会場には喧騒が戻りました。いや、以前よりも騒がしくなっています。


 私は、耳がよく聞こえるようで、お客様の小声の話まで聞き取れます。


 皆さんは、第一王子と私のやり取りについて話をしており、もう、ランチの出来とか、アプリコットの花の美しさとか、どうでもよくなっています。




 それでも、私はお客様への挨拶に会場を回ります。


 第二王子も、この場を取り繕うため、会場を回っています。




「侯爵様、本日はご出席いただきまして、ありがとうございます」


「シャルトリューズ嬢、私の侯爵家は、これまでと変わらず、貴女様を支援いたします」


「ありがとうございます、侯爵家の益々のご発展を祈念いたします」


 私の家も侯爵家であり、この侯爵も、父と同じ派閥に属しています。


 会場を回って、これから、私の味方になる方と、敵となる方を見分けます。




「まぁ、商会の役員の皆様、お忙しいところ、ありがとうございます」


「いえいえ、我が商会は、シャルトリューズ様のご支援によって、ここまで成長してきました」


「貴女様には感謝しており、今後も、ごひいきの程よろしくお願いします」


 笑いながら挨拶を交わしますが、私への忠誠心が薄れています。


 第一王子の新しい婚約者へ付くという気持ちが、見え隠れしてます。


 この商会に、近いうちに、テコ入れが必要なようです。




 あからさまに、私へ嫌味を言ってくる貴族もいますが、あの第一王子との話を聞かれてるので、顔で笑って受け流し、今は辛抱しています。




    ◇




「シャルトリューズ様、これから、第一王子様が例の令嬢を連れて入室しますが、いかがいたしますか?」


 会場の係の者が、私に早く出て行けと、遠回しに言ってきました。


「わかりました。これ以上、ランチパーティーで騒ぎを起こすのは得策ではありませんね」


 私は、静かに扉へ向かいます。




    ◇




 ここは王宮の礼拝堂です。結婚式や講演会も行えるよう、少し広めに作られています。


 正面の壁には大きな十字架、その上には両手を合わせた女神像と両脇の美しいステンドグラス。この礼拝堂は、私が一番落ち着く場所です。



 女神像に祈った後、今後のことを考えます。


 私は、これで自由になったのですね。これからは、一人で生きていくことになるかな?


 幼いころに、私が第一王子との婚約を悲しんだ原因は、何だっけ?


 おぼろげに、幼い男の子の顔が浮かんできました。




 あれ? 横に第二王子が、並んで祈っています。


「ノア君、どうしたの?」


 思わず、王宮で、王族を愛称で呼んでしまいました。公の場で、名前を呼ぶことすらマナー違反なのに。



「第二王子として、王宮を去るシャルトリューズ女侯爵を見送りすることは、おかしなことではないだろ」


 彼は、正面を向いたまま、答えました。



「それに、俺はルーと並んで祈りたい」


 私の方を少し向いて、学園でイケメンと言われている彼が、小声で言いました。


 ルーは、私の愛称です。



「婚約破棄された私と並んで祈りたいだなんて、冗談でも、うれしく思います」


 社交辞令という感じで、返します。




「ルーは、兄上から婚約破棄を宣言されたから、もうフリーなんだよな?」


 ノア君は、私が、第一王子との婚約を悲観して、寝込んだことを知っている、数少ない貴族です。




「国王陛下とお父様が、正式に婚約解消の契約を交わしたならば、私はフリーになります」


 国王陛下は、ノア君のおじい様です。


「おじい様なら大丈夫、おめでとう」


「めでたくはありませんが、ありがとうございます」




 あぁ、思い出しました。おぼろげに浮かんだ幼い男の子は、このノア君だ。


 あの時、私はノア君が好きだったので、第一王子との婚約を悲しみ、寝込んでしまったのでした。


 あの時から、私は子猫姿の令嬢になったままです。




「ノア君……王宮から立ち去る私を、エスコートして頂けますか?」


 ノア君にお願いしてみます。


「もちろんだ。この先には、少し段差があるからな。俺がエスコートする」


 彼が、私の手を取ってくれました。少しドキドキします。




 これからは、ノア君と手を取り合って生きていくことになるかな?


 外は、青く晴れ渡り、薄い桃色のアプリコットの花が、私たち2人を祝福するように満開です。


 第一王子の「追放だと」笑う声が響く会場を背に、2人並んで、まぶしい外の世界へと、歩きだしました。



 なんとなく、ノア君が、私を子猫姿から人間の姿に戻してくれる、そんな気がします。




(次回予告)

 追放されたルーは、侍女と一緒に貴族寮から引っ越しします。それを手伝うノアは、アンラッキーでルーの秘密の品を見てしまい……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る