8.逝去
「この先は、通すことができません」
王宮の廊下で、護衛兵に止められました。
土曜日の午前、今日も青空です。
第二王子と私は、年老いた国王陛下のお見舞いに伺うところです。
私は、女侯爵であるシャルトリューズです。学園の制服とはいえ、この銀髪を見れば、護衛兵といえど、わかると思うのですが。
第二王子は、幼馴染のノア君です。同じく学園の制服ですが、黒髪を見ればわかるはずです。
「この先は、兄上の部屋がある程度のはずだが?」
第二王子は不思議がります。
「はい、第一王子様の言いつけです」
護衛兵は、なぜか悲しそうに説明してきました。
護衛兵は、第一王子の扉の前に立っているのが普通ですが、彼は少し離れて、廊下で通行を制限しています。
私は、何かおかしいと思い、耳を澄まします。私は、呪いによって、耳がとても良いのです。
第一王子の部屋の中からは、女性の嫌がる声が聞こえます。
「この先に行かせてしまうと、私の家が潰されます。どうか、ご理解下さい」
護衛兵が必死に頼んできます。
この護衛兵は王立学園の先輩であり、子爵家の次男であることを、私は覚えています。
部屋の中の声は、男爵家の令嬢です。たしか、この護衛兵の婚約者のはず……
「そうですか。第二王子様、道を変えましょう」
私は、第二王子を促します。
「第一王子様が処刑される際は、罪人の首をはねる役目を、貴方に任命すると、第二王子様が言っています」
去り際に、護衛兵にそっと声をかけます。
「なんだか物騒な話だが、シャルトリューズ女侯爵の言うとおりにする」
第二王子が訳が分からないという声で答えます。
回り道をしたのに、また、別の護衛兵に止められました。
「この先は、兄上の婚約者の部屋がある程度だろ?」
第二王子は不思議がります。
「はい、ここを通られてしまうと、私たちは、王宮での仕事から外されます。どうかご理解をお願いします」
護衛兵が泣きながら頼み込んできます。この護衛兵も学園の先輩で、最近、子供が産まれたと……
護衛兵は、婚約者の扉の前に、2人で立っていなければなりません。それが出来ない状況とは、まさか……
私は、耳を澄まします。婚約者の部屋の中から、男女の話し声が聞こえます。
「そうですか、第二王子様、道を変えましょう」
私は、第二王子を促します。
「もう一人の護衛兵は部屋の中のようですね。貴方も、首に口紅を付けたままにしては、いけませんよ」
去り際に、護衛兵にそっと教えます。
第二王子様は、口をへの字に曲げています。
◇
やっと、国王陛下が静養している部屋に着きました。
中では、年老いた国王陛下がベッドに臥せています。
窓が開けられ、鼻の良い者だけが感じる程度、わずかに、たい肥の匂いがします。
出来が良いため、不快な匂いではありません。
このたい肥は、国王陛下が大事に育ててきた農園の、大きな肥溜めで作られています。
「おぉ、シャルトリューズちゃんか。やっと胸を揉ませてもらえる日が来たのかな」
国王陛下の、いつもの挨拶です。
「ご冗談を、私の胸は、呪いで小さいままですよ」
「そっか、まだ呪いは解けないのか」
国王陛下は優しく、すまなそうに笑います。
私が、第一王子との婚約を悲しんで、高熱を出し、呪いにかかった事を、国王陛下は今でも自分の責任だと思っています。
先日、その婚約は破棄されましたが、今も呪いは解けていません。
「そうだ、今日から新しい魔道具が設置されたんじゃ」
「この部屋を三次元で録画する優れもんじゃ」
国王陛下は無邪気に喜んでいます。
「これで、シャルトリューズちゃんが帰った後でも、録画を再生して、いつでもシャルトリューズちゃんを愛でることができるわけじゃ」
「おじい様、はしゃぎすぎです」
第二王子が、たしなめました。
国王陛下は、元気に振舞っていますが、症状は思わしくありません。
「ノアか…2人には申し訳ないことをした」
私と第二王子の婚約を認めなかったことを、今では後悔しているようですが、政略結婚のことを勘案すれば、いたし方ない決断だったと、大人になった私たちは理解できています。
「国王陛下、私の魔法で、延命することができます。ご理解いただけませんか」
私は、治癒の光魔法は使えなくなりましたが、その代わりか、上位の聖魔法を使えるようになったことを、一部の王族だけが知っています。
「ありがとう、でも必要ない。寿命は、受け入れる主義でな」
国王陛下は、これまでと同じ答えを返してきます。
「それよりも、シャルトリューズちゃんの魔力が、必要以上に溜まっていて、爆発しそうじゃな。ちゃんと発散しておきなさい」
病に臥せながら、私のことを心配してくれます。
「私を、孫同然に可愛がっていただき、さらには功績を評価し女侯爵の爵位を賜り、国王陛下には本当に感謝しております」
「シャルトリューズちゃんは可愛いからな。そういえば、聖女となる件は考えてくれたか?」
「シャルトリューズちゃんから、この王国を背負う覚悟が出来たと、そんな答えを聞きたいものじゃ」
国王陛下が、大きく口を開けて笑いました。
◇
王宮から馬車で学園へ帰る道、空がどんよりと曇っています。
不意に、国王陛下の魔力が消えた感じがしました。
「すぐに馬車を止めて!」
第二王子が乗る後ろの馬車に、走り寄ります。
「ルー、どうした!」
「国王陛下が! ノア君、私、どうしたら……」
私は、涙声になっています。
◇
急いで、馬車で引き返しましたが、国王陛下は、既に息を引き取ったあとでした。
「さっきまで、会話していたのに、なぜ……」
第二王子も納得がいっていないようです。
部屋には、主要な王族が集まっています。
国王陛下の息子である王太子と公爵、孫である第一王子と第二王子のノア君、そして国王陛下の筆頭執事と、なぜか私です。
「それでは、この部屋の録画の再生を続けます」
筆頭執事が魔道具を再生させます。
私たちで見舞っていた場面、国王陛下が「シャルトリューズちゃんから、この王国を背負う覚悟が出来たと、そんな答えを聞きたいものじゃ」から再開されました。
少し早送りすると、私たちが部屋を出てまもなく、第一王子が見舞いに入ってきました。
「おじいちゃん、お小遣いをくれよ。遊んだ相手に子供ができたようなんだ」
「自業自得じゃ、自分でなんとかせい」
「うるせい、さっさと金をだせ!」
なんと、第一王子が国王陛下を殴りました。
そして、国王陛下はピクリとも動かなくなりました。
録画を見ている私たちの空気が凍り付きます。
「いや、殴るつもりはなかったんだよ。小遣いさえもらえれば、それで済んだんだ」
「録画の魔道具を設置したなんて、聞いていないし」
第一王子が言い訳を探し、窓際へと後ずさりします。
彼のゴリラみたいな腕で殴られれば、屈強な男性でも、息を引きとることは、誰でもわかるでしょう!
私の魔力が、悲しみで、むせび泣きます。
部屋中に魔力が膨れ上がり、異常な圧力に、皆さんが耳を押さえます。
「この腐れ〇ンポが!」
私の魔力を手のひらに集中させた掌底! 第一王子の巨体を吹き飛ばします。
窓を突き破り、二階から落ちていき……
「ドッボーン」
庭の肥溜めの中に落ちました。
外は、冷たい雨が降り始めています。
「王族を殴り飛ばした……」
筆頭執事が固まっています。
「……父上、シャルトリューズ嬢が覚悟を決めましたよ。やっと、待ち望んでいた答えを、出してくれましたよ」
王太子が泣きながら、国王陛下に話しかけています。
ノア君が、私を抱きしめてくれました。
「もう泣かないから、お願い、今だけ泣かせて……」
彼の胸で、私は泣きじゃくります。
(次回予告)
事件の後、ルーが目を覚ますと、王国の将来を握る聖女だと噂されていた。契りを結ぶ相手としてノアを選べるのか……
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